第7話 秘密会議とザッハトルテ

「なにそれ、大丈夫なのー?」


桜が眉間に皺を寄せて訊いてきた。


「しっかり者の冴梨は恋愛ごとにはからきし駄目だもんねー・・・・」


トップコートを爪に塗りながら絢花が言う。


「でも、悪い人じゃないしさぁ・・・」


「あんたにかかったら、悪い人っていないでしょ」


「桜、それは言いすぎ」


「あたし、人を見る目はあるから大丈夫よ」


「騙されてたりしないでしょうね?」


「バイト先の家族さんだよ!?」


「ちょろっと遊んでポイっと捨てられるんじゃないのー?」


「桜、口悪すぎるから・・」


「だって・・・あ、ちょっと絢花、綾小路くんに言って真っ当な男子高校生紹介してやってよ。それか、夏期講習中に別れた海星の元彼に伝手頼んであげようか?」


「はい?」


「あんたは、同い年位の男の子とのオツキアイから始めたほうがいいわよ」


「なにそれ・・・」


「カズ君の友達なら安心だけどー・・・・友英ってカッコいいコいっぱいいるし」


「興味ないよー」


「えー・・・例えば、剣道部の和田君とか、カズ君の仲良しの貴崎君とか!後は運動部部長の大河くんと・・・加賀谷くん!みーんな優しくていい子だよ?どう?」


「あたし、週4でバイトしててそんな暇ないもん」


冴梨の返事に絢花がきょとんとする。


「暇無いのに、その篠宮さんとは会ってるの?」


「・・・・バイト先まで来てくれるから」


「はー・・・なるほどね・・・そりゃあ車持ちの大人のオトコ知ったら同い年の男の子なんかに興味無くなるわよねー」


桜がポンと手を打った。


「ちょっとー、それは同い年の彼氏を持つあたしへのイヤミなのー?」


絢花がジロリとこっちを睨んできた。


「そーじゃないって」


「車なんか無くたって、電車で出かけるのは楽しいし、ふたりで歩いて買い物行くのも楽しいし、散歩だってそりゃー最高なのよ!」


「はいはい。あんたのノロケはいいから。あたしこれでも失恋直後なんですけどー」


「別れ話出た時も全然傷ついてなかったくせに」


「まあそうだけど・・・彼受験生だしね、まあ潮時かなって・・・」


「そこでサラッとじゃあねーって言っちゃうのが桜だわ・・・」


「あ、でも、移動手段が欲しいなら貴崎くんは、バイク乗ってるよ?」


「だからー絢花・・・別に誰も紹介していらないよ」


「まあ、あたしはあんたが変なことに巻き込まれないならいいけどねー・・・・」


「大丈夫だって」


「冴梨の怖いところは、自分のことを、かなり強くて、逞しいと思ってるところよ」


「逞しくない?」


「こんな校則厳しい学校で、こっそりバイトするその根性と度胸は逞しいけど・・・・いざと言う時は、なにかする前に相談してよ」


桜が冴梨の手を握って真面目な顔で言った。


「うん」


「あー残念・・・」


冴梨の隣で携帯を開いていた絢花が突然項垂れた。


冴梨と桜が同時に何事かと顔を見合わせる。


「貴崎君、本人が認めてないだけで、彼女同然の子がいるんだってー・・・」


「え、なに、いま綾小路くんに連絡取ってたの?」


「早いほうがいいでしょ?」


「絢花、あんたねー・・・」


「だって、すごいカッコいいんだよ?貴崎君、1コ下だけどね」


「はいはい。気を使わせてごめんね!でも結構ですから」


冴梨の言葉に絢花がでもさぁ、と笑う。


「せっかくの高校生活。恋愛しないでひたすらバイトと勉強に明けくれるなーんてナンセンスでしょう」


今年の春まで家族以外の男の人は全員苦手だった女の子だと思えない発言だ。


さすが、大恋愛中の女の子は違う。


頑ななつぼみのように固まっていた絢花の心を解いて花開かせた友英学園の生徒会長の実力を思い知らされた。


最近の絢花はその名の通り綺麗に咲き誇っていて、ちょっと羨ましい。


「それは絢花の価値観」


「えー、でも桜もそう思うでしょ?次の恋愛したくないの?」


「んー・・・当分はいいかなぁ・・・あんたたちいるしね。暫くは友情優先で」


「・・・あら、嬉しい発言」


「だいたい絢花位のもんよ。毎日飽きもせずにメールだ電話だって・・」


「ただでさえ学校違うしさあ・・・・やっぱり不安になったりするでしょ?」


「別に?浮気したらそれまでの男ってコトだし」


「うーわー・・・強気発言・・・・」


冴梨の感想に桜は平気な顔で言い返した。


「そう?別に普通でしょ。追いかける価値なし」


クラスメイトよりも大人びた雰囲気と色気を兼ね備えている桜は、他校生からも密かに人気がある。


友達の贔屓面を差し引いても、この学校で一番聖琳女子の制服を綺麗に着こなしているのは桜だと冴梨は思っていた。


彼女は、幼い頃から、年上の従姉の影響で聖琳女子に憧れていて、夢を叶えた一人なのだ。


「カズ君は、あたしが寂しいって言ったら夜中でも会いに来てくれるけどなあ・・・」


飛び出して来た驚き発言に、冴梨は思わず目を瞬かせた。


「それはあんたたちだけに通用する価値観だよ」


桜がゲッソリして言い返す。


「そう?」


「もーノロケはいいってば・・・・綾小路くんがあんたにベタ惚れなのは知ってるし」


二人が付き合い始めた頃から知っているのでもうこの手の話題は耳タコなのだ。


「えー・・・・」


まだグチグチ言いながらも絢花は、すぐに返って来た彼氏からのメールですぐにご機嫌になった。


どこまでも可愛い女の子だ。


あたしも男だったら絢花みたいなふわふわしたを子を彼女にしたいと思うだろうなあ・・・素直で可愛くて・・・いいなあ・・・・


んん?いいなあ・・・?


冴梨は自分で自分に問いかける。


羨ましいの?あたし・・・?何で・・・・?


「・・・あのね・・・」


「「ん?」」


真顔で切り出した冴梨に、絢花と桜が首を傾げる。


「好きになったらさぁ・・・・・相手を喜ばせてあげたいなって思うの?」


「そーね・・・あたしが何かして、笑ってくれたら・・・倍嬉しくなって幸せな気持ちになるかな・・・」


桜が言った。


「うん。カズ君が、悩んでたら、力になりたいしあたしに出来ることならなんでもしてあげたいって、自然に思えちゃうよ」


絢花が携帯を握り締めて真剣に答える。


「そっか・・・」


「どうして?」


「・・・あたし、そういう気持ち知らなかった・・・好きになるって、そういう事なんだね・・・」


冴梨の言葉に二人が顔を見合わせて笑った。


「そういう立場に自分を置いた事なかったもんね、冴梨はさー・・・いっつも人のことばっかりで・・・誰かに好きになられるなんて、想像もつかなかったよね?」


「冴梨の思考回路には、自分が誰かを好きになるってのはあっても。誰かが冴梨を好きになるってのは無かったもんねー・・・・」


確かにこれまでも、ずっと片思いだったし、その思いが返ってきたり、ましてや知らないところで自分がを思う人がいるなんてこと。


一度だって考えた事なかった。


「これからさ、もっと色んな気持ちを知っていくんだよ?その、篠宮さん?を好きになるかもしれないしもしかしたら、別の人を好きになるかもしれない。でも、あたしは、冴梨に怖がらずに人を好きになって欲しいなぁ・・・・それで、素敵な恋をしてほしい」


絢花が言った。


「嫌いになるより、好きになるほうがいいしね」


桜も頷く。


こんなに女友達を頼もしいと思ったことは無かった。


「今日は、冴梨のバイトも休みだし。久しぶりに駅前でザッハトルテ?」


「最高!!」


「あたし、日直だから日誌つけるの待っててね」


絢花が言って冴梨はOKサインを返した。





★★★★★★





「で、守備は上々?」


「おっまえ嫌な聞き方するなぁ・・・」


「事実だろ?あの美穂さんが直々に攻撃しかけようとしてるわけだし・・・」


一鷹の言葉に俺は苦い顔をする。


「姉貴には釘刺したから大丈夫だろ・・・」


「お前は守備より、攻撃派なんじゃないの?」


「わーかってるよ・・・攻めあぐねてンだよ・・・・」


ポツリと言った俺に、一鷹が目を丸くする。


「珍しいセリフだね」


「何したら喜ぶのかがわかんねー」


「適当なものさえ与えておけば適当に喜んでくる、適当な女とばっかり付き合ってきたからね」


それは紛れもなく事実なのだが、こうもハッキリ言われるとぐさりと来る。


穏やかな表情で辛辣な言葉を吐いた王子様モドキは平然と微笑んだまま。


「何、お前・・・機嫌悪いなぁ・・・」


「別に・・・・」


一鷹の機嫌は、片思いの年上の従姉との関係と直結しているので、恐らく彼女に何か面白くない事があったのだろう。


尋ねれば要らぬ火の粉を被ることになるので、賢明にも言及を避けた。


「純粋に人喜ばすのって難しいんだな」


「やっと当たり前のコト気付いたの?」


「すいませんね、先読みして動くタチで」


いつでも先回りして、計算づくで相手を喜ばせてきた。


自分の利益の為に。


でも、今は、ただ彼女の為だけに何かがしたい。


見返りなんて欲しくない。


そりゃあ、好きになってくれるのが一番だけど。


「いいリハビリなんじゃないの?そのお嬢さんには申し訳ないけど・・・死ぬ気でその子を好きになってみれば?亮誠の事情は抜きにしてさ。あの子が必要なのはわかったけど」


「怖い事言うね。お前・・」


「それくらい欲しがらなきゃ。どうしても欲しいものは手に入らないからさ」


「・・・・・実体験ね・・」


今まさに死ぬ気で欲しがっている男の言葉は重みが違う。


「詳しく訊いた事なかったけど、あの子のどこがそんなにいいの?どこにでもいる普通のお嬢さんだよ、彼女。しかも、ちょっと勝気で無鉄砲、どちらかというと扱いにくいタイプだと思うけど?お前の言う事なんて、絶対聞きそうにないし、確かにいまのお前には一番必要な人間だろうけど、条件合う相手は他にいくらでもいるんじゃない?手が掛かる面倒な女は嫌だ、って言ってなかったっけ?」


「嫌だよ。相手に尽くす時間が惜しいからさ。でも、なんて言うんだろうな・・・あの子、ケーキ好きなんだよ。俺なんかよりもよっぽど愛情持ってんだよ。なんかさ、昔姉貴が作ったケーキにちょっと似てる」


「どういう意味?」


「ケーキが好きっていう気持ちだけ込めましたってこと」


「・・・亮誠さぁ・・・前から思ってたけど、お前結構美穂さんのこと好きだよね?」


「っは?好きじゃねぇし」


「憧れるんだろ?家も立場も全部捨てて、自分の気持ちに正直になれる場所を、見つけたから」


「・・・べつに・・」


「分かるよ・・・俺もそうだから」



コイツが嫌というほど焦がれ続ける相手を俺は知ってる。


彼女が欲しいと願っても、一鷹の肩にかかる志堂の重圧が今はそれを許さない事も。


柵も血縁も投げ打っていけたらどんなにいいだろうと、心で思っている事も。


そう、だから、冴梨を見た時。


これ位真っ直ぐな情熱を、自分に向けてくれないかな、と思ってしまったのだ。


色んなこちらの事情も呑み込んだうえで。


重たい溜息を吐いた後、一鷹が静かに言った。


「あの人にまたお見合い話が来てた・・・」


なるほど・・・それでこの不機嫌か。


珍しく突っかかる様な物言いをしてきたと思ったら、こういう理由だったのだ。


やり場のない思いを吐き出せる場所は限られている。


誰にも言えない思いを飲み込むのは、もう癖のようになっていた。


姉貴が家を出た以上、もうどこにも逃げられない。


一鷹に兄弟は無いので、志堂を継ぐ者が自分以外に居ないのだから、どうしようもない。


同じ境遇に立たされた俺たちだからこそ、零せる本音。


側近として一鷹を支えることになる浅海さんにも、一鷹は思いの丈の全ては吐き出せずにいた。


只でさえ浅海家長男の出奔で苦しい立場に追いやられている彼を、個人の事情で振り回せないと思ったのだろう。


志堂という歴史ある一族を前に”生ぬるい恋愛感情”は邪魔以外のなにものでもなかった。


「当然潰したんだろ?」


「・・・それでもキリがないよ・・・長期戦になるのは仕方ないけど・・・・次に会った時には、別の男に惚れてるかもしれない」


志堂本家をたびたび訪れる彼女と僅かに話す時間。


それだけが、一鷹の幸せだった。


逢瀬とも呼べないようなひと時を過ごすと、また彼女は自分の場所に帰ってしまう。


夢のような淡い記憶だけを残して。


一度も見た事のない一鷹の想い人が、恨めしくもなる。


彼女が一鷹に微笑めば微笑むたび、こいつは馬鹿みたいに泥沼にはまって、逃れられない夢を見る。


”いつか”なんて、馬鹿みたいな奇跡を願ってしまう。


「そんな簡単に、誰かに落ちる女なワケ?そうじゃないから、お前がこんな必死になってんだろーが」


裏から手を回して、危険因子を潰して回っても、年頃の女性だ。


すぐに釣り合う相手は湧いて出る。


いっそ思いを伝えてしまえば決着はつくと思うが、一鷹は頑なにそれを拒んでいた。


”確証が持てるまでは、動かない”


どうしても、勝ち獲りに行くつもりだから、と。


「・・・・慰めてるつもり?」


小さな笑い声につられて笑みを浮かべる。


慰めてやるつもりなんて毛頭なかった。


今の俺に出来る事は、せいぜい背中を押してやることだけだ。


折れるな、逃げるな、負けるな、と。


「ばーか。激励だ」




始めたくても始められない恋。


始め方を知らない恋。



どっちがより困難で、どっちがより複雑なのか。


渦中の俺達は知る由も無く・・・・





どうやって接したらいいのか。


そうやって扱えばいいのか。



それさえ分からず頭を抱える俺には。


恋を始める以前の問題が山積みだ。



手探りすぎる答えのない片思いに、これまでの経験なんて何一つ役に立たない。


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