Sweetie! 私の年上王子様 ~マテリアル・Realize スピンオフ~ 

宇月朋花

第1話 出会いのフルーツ×パンチ!

通い慣れた大学構内を中学からの悪友と並んで歩く。


この辺りでは一番の進学率を誇る私立の男子校からエスカレーターで大学部まで進学した顔ぶれの殆どが、同じような境遇で育った子供ばかり。


所謂跡取り息子と呼ばれる、大手企業の二世や三世、病院経営者や政治家の子息たちだ。


卒業後の進路が完全に決まっている自分と同じレールを走る事が生まれた時から決まっていた涼やかな相貌の男は、キャンパスのそこかしこにから向けられる羨望の眼差しに一瞬たりとも目を向けることは無く、几帳面な足取りで前だけを見つめている。


お膳立てせずとも目の前に転がって来る相手を無下にすることもないだろうにと思うが、この男にとっては、本命以外はそこらへんの雑草と同レベルのようだ。


「ケーキ届いたよ、喜んでくれた」


温厚な表情をさらに柔らかくして、今にも蕩けそうな顔で報告してくる一鷹。


「そりゃ良かったな」


隣で嬉しそうに笑う一鷹の肩を叩いて俺は言う。


遅咲きの初恋を延々引きずっている一鷹は、実る可能性の少ない片思いの年上の女性に、習慣のように贈り物をし続けている。


彼女を喜ばせたい、その一心で。


「いつまで黙ってるつもりなんだよ・・・」


「俺が大学出るまでは、言えないよ」


「気持ちは分かるけどなぁ・・・」


「分かってないよ。一度くらい、死ぬ気で人好きになってみれば?」


急に大人びた顔になって言う一鷹。


死ぬほど惚れた女がいると、変わるのね。


まるで他人事のようだ。


しみじみ思う。


「そんな相手いるかねー・・・」


どうせ卒業して、家を継げばいやでも会社の利益になる相手と結婚することになるのだ。


惚れた腫れたと言っていられる間位、身軽に恋愛して何が悪い。


そもそも”死ぬ気”で誰かを思うなんて、想像もつかない。


一生縁のない言葉だよ、と呟いた。


と、そのときだった。


「どいてっていってんの!」


女の子の大声が聞こえた。


「なんだ・・・ケンカか?」


「ちょ!桜に触んないでよ!」


切りつけるような鋭い制止の声に、一鷹が走り出す。


慌てて追いかけるように後に続いた。


「・・・違うな。ケンカじゃない」


漏れ聞こえてくるのは男女の声。


どうやらナンパされた女の子がしつこく言い寄られているようだ。


声を頼りに、現場と思われる第二研修室に向かう。


が、ドアノブを回しても、開かない。


「おい、どーするよ・・開かねぇ」


「亮誠、向こうから回り込もう」


一鷹が隣の準備室を指差した。


内ドアから研究室へと入るルートを示されて、頷いた。


急いで廊下を進む間も、口論は続いている。


毅然とした態度で言い返したのは、さっきの怒鳴り声とは別のものだった。


どうやら二人連れらしい。


「あたしたちは、学校の代表で伺ってるんです。桂助教授はどこですか?」


いつも準備室に籠っている助教授は現在不在だ。


それを知らずに彼女たちは尋ねてきたらしい。


俺達は準備室に入り、急いで内ドアを開けた。


地元で有名な女子高の制服姿の女の子が二人。


それを前にする大学生が二人。


なるほど、分かりやすい構図だな。


「助教授なら、昨日から出張だろ?」


割って入った一鷹の声に、背中を向けていた大学生二人がぎょっとなって振り向いた。


「なんだお前ら!」


「それはこっちのセリフだっつの。なーに昼間っからナンパしてんのかね」


「お、俺達は構内案内してやってたんだよ!」


「随分強引な案内のしかただな」


そう言って、女の子の腕を掴んだまま怒鳴る男の腕を一鷹が捻り上げる。


ひょろっとした見た目と、温厚な雰囲気だが、一鷹はこう見えて武闘派だ。


剣道で鍛えた腕力に男が耐え切れず悲鳴を上げた。


「ーっ痛ぇ!!」


突然の出来事に、聖琳女子高生二人が目を丸くしている。


それもそのはずだ。


由緒正しきお嬢様学校のご令嬢には縁のない状況だったから。


「・・・・大丈夫?」


「あ、はい・・・」


困惑気味の二人が顔を見合わせてから頷いた。


その隙に腕を抱えながら、男二人が部屋から逃げ出す。


「あっ待てコラ!」


俺は慌てて後を追うが、すぐに見えなくなった。


「あいつ等、英文科の生徒だろ?」


「水野だったかな?腕捻ったやつ。あとで調べとくよ・・」


俺の言葉に頷く一鷹。


制服の皺を伸ばしながら、友達を庇った女の子が後ろを振り返った。


「桜、怖かったでしょ?大丈夫?」


「あんたが怪我しそうで怖かったわよ・・・冴梨の馬鹿」


「ごめんー・・」


「すみません、助かりました」


「こっちこそ、うちの生徒が馬鹿で悪いね」


ぺこりと頭を下げられて俺は言う。


「で、桂助教授はいらっしゃらないんですよね?」


「週明けの月曜ならいると思うけど・・・次来た時は、事務所で呼び出ししてもらったほうが安心かもしれないね。その制服は目立つし・・・良からぬことを考える輩がまた現れないとも限らないから」


桜と呼ばれた方の子に一鷹が言った。


「だってさ」


「じゃあ、出直しますか」


冴梨と呼ばれた勝気そうな女の子が返事して、桜の腕を引いた。


「ありがとうございました」


冴梨の言葉に桜ももう一度頭を下げる。


お手本となる位、綺麗なお辞儀だった。


さすが、お嬢様学校。


ここまでしっかり教育されているから、平成の世になったいまでも”淑女養成学校”なんてあだ名されるのだ。


「校門まで送ろうか?」


そう言った俺に、大丈夫と答えて二人は部屋を出て行く。


「手、真っ赤になってるじゃない。もう」


どうやら体を張って友人を守ろうとしたらしい。


冴梨の腕を掴んで、桜が思い切り顔を顰めた。


ああいう事態になった時、面と向かって食って掛かれる女の子もいるんだなぁ・・・


自分の身の回りにはいないタイプだ。


「あたし、桜の倍は丈夫だから平気へいきー」


拳を握って心配しないで、と笑う冴梨に、桜が呆れた顔になる。


「無茶するんだから・・・戻ったら保健室行くわよっ」


「えええ、やめてよ、大げさだよ!先生に心配されても困るから!」


「でも、後で酷くなったらどうすんのよ!」


「大丈夫だってば!」


「絢花には報告しますからね!」


「言ってもいいけど、事実だけ言ってよ?ちょっと絡まれただけなんだから」


「ちょっとじゃないわよ!」


言い合いながら外に出ていく二人を見送りつつ、俺と一鷹は顔を見合わせる。


なんともお嬢様らしからぬお嬢様だ。


”ちょっとカッコ良かったよな”


そんな視線を一鷹に向けると、呆れたような眼差しが返ってきた。


”女の子が喧嘩っ早いのは感心しないけどね”




まあ、それはそうだが・・・珍しく骨のありそうなコだなぁ・・・・


後姿を見て、そんな風に思った。



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