楽しい自己責任
@moyo
迷惑をかけるな
病気が世界中を覆ったあと、人類はさまざまな解決策を試みた。
病気は千差万別だ。どこかが健康でも、どこかは不健康になる。
みんなが我慢して助け合うよりも、一人一人にあった治療をした方がいい。
孝一もそうした世間の意見にまったく同感だった。
二人の息子にも「人に迷惑をかけるな」と言って育ててきたし、それで医療が発達していくのにも賛成だった。
しかし、いざ自分の身にそれが降りかかると、すぐやってくれとは言いにくい。
病院で言われたのは、内臓に腫瘍ができているということ、その最新の「治療法」に保険が適用されるということだった。
一言でいうと、それは体の『交換』である。
「悪い部分を切るのではなく、生き残りやすいよう方へ『交換』していく」と医者は説明した。徐々に部品となる「材料」を入れていき、弱い内臓の機能を補う体へ作り直していくのだとか。
考えさせてほしい、と診察を終えて、病院を出た。
次の予約はもうすぐに、一か月後と決まってしまった。その間に、どうするか決めなければならない。
自分の母親もがんで亡くなったことを思えば、体の一部を交換してでも生き長らえるのは、そう悪くないことかもしれない。ただ孝一は、以前、病気でなかなか病院にかかれずに自力で切り抜けて以来、病院に長々とお世話になるのに抵抗があった。
病院内で切っていたスマホの電源をつけると、SNSの通知があったことに気づいた。
画面をスワイプして、孝一は次男の翔に電話をかける。
近いうちに、次男は結婚するのだ。
「おう。顔合わせの日取りか?」
『そうだけど、わざわざ電話しなくてもいいのに』
孝一はメッセージで、文字でやり取りするのが億劫だった。苦笑しながら、長男の名前を出す。
「そういや、達は来ないのか」
『達は来ないよ』
翔は兄をそう呼んだ。
『もう家族じゃないし』
―――――――――――
孝一は何度か長男に連絡をかけた。が、まったくつながらない。仕方なくメッセージを残して、夕方まで待った。
夜になって通知の鳴動があると、昼間に次男から聞いた件を問いただした。
「いったい何考えてる? 弟の結婚式にも顔を出さないなんて」
『ああ、戸籍から外れたんだよ、俺』
「戸籍……」
次男に聞いた話を、長男も繰り返した。だが、納得はいかない。
なにしろ親の知らないうちに家族の戸籍を変えて、しかも結婚式に出席できないなど、いまだ日本では許されるものではないからだ。
「お前が脳の手術を受けたって話は翔から聞いたよ。けど、それがどうして戸籍がどうしたとかいう話になるんだ?」
『俺、事故で頭に腫瘍ができてたんだ。』(孝一はそれを聞いて息をのむ。)『それで、医者と相談して、脳の一部をAIを使った疑似脳で『交換』するようにしたんだけど、なんかそれって同じ人とは言えないんじゃないかっていう話があるんだって。内臓の『交換』はもう保険も効くだろ? あれは意識に大きく関係ないからいいんだよ。でも、脳だと「ドウイツセイのホジ」を認定するのに『交換』した部分の……えー、脳の総容量のパーセンテージで判断するわけ』
「……もっとわかりやすく言え」
『まあ、同じ人間じゃないねって言われたんで、戸籍を離脱したんだ』達は、疑似人格籍って言うんだぜ、と笑った。
何を馬鹿なことを!
孝一は怒鳴りつけたかったが、自分を抑えた。
「そんな話は聞いてないぞ」
『親父、ほら、例の病気にかかってたじゃん? そのころ俺も入院したんで、親族の同意が取れなくて。翔に同意してもらったんだよ』
孝一は呆れた。たしかに翔は地元にいるが、達は東京に、つまり遠くで離れて暮らしている。距離が遠いなら、動ける人になんとかしてもらうしかない。
でも、いや、しかし。それでも納得がいかない。
「そんな大事なことを決めたら、あとで教えてくれれば良かっただろ」
『別に、大した話でもないじゃん』
「大した話だ! だいたいなんでそんな手術を選んだんだ」
『会社の人手が足りなくてね。この方法が一番周りに迷惑がかからないと思ったんだ』
孝一は息が詰まりそうになった。
『やってみたら、ほとんど生活も変わってないし、これがベストだったよ。翔の結婚式は戸籍のせいで相手が嫌がったから出ないんだけど……金は出すし、なんかまずかったかな?』
「いや、それは……」
孝一は電話を切った。
……来月、病院に行くべきか、孝一は真剣に迷う。今のままでは迷惑をかけそうだ。
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