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もやしずむ
第1話 Read:読み始まる物語
人は死ぬ時、いったい何を思うのか。
僕は、後悔だった。
……………………
ピピピピ! ピピピピー!
警報音、とでも言おうか。
学生という立場において、この音というものは緊急地震速報レベルで心臓に悪い。
今日は平日、まぶたシャッターをなんとか
なかなか閉まらん首のホックと格闘していると、なにやらいい香り‥‥。
これが僕の朝の始まり。
これら全過程を終了した者は、
『いってきま~す』
もちろん、僕もその一人であった。
……………………
テテン~テレレレ~
帰りの音楽が流れ始めた、もう帰らないと‥‥。
日直ノートを閉じ、シャーペンの芯を仕舞っていると見えたものがあった。
「おーい、さっさと帰ろうぜー。」
親友の
『あーOK、すぐ行くー。』
いつもと変わらず教科書やノート、筆箱を詰め込み、学校指定のリュックを背負う。
今日は僕が最後みたいだ。教室の電気を消していかなければ。
「おーい! 早よしろー!」
『はいはーい! 分かった分かった!』
教室の後ろのプリントたちはもう剥がされていて、何だかもの寂しい。まるで、もう少しでこの日々は終わってしまうという事を宣告するように。
『お待たせ、行こう。』
「うし、行くか‥‥。」
まだまだ2月下旬、ポケットに手を潜り込ませ、その
この教室の戸を閉めるのも‥‥いや、閉められるのもあと二週間だけ‥‥。
「あーーー、もう卒業なんだな‥‥マジで三
年間、秒だったわ。」
『‥‥あぁ、うん、そうだな。』
ちょうど通りかかった体育館にはパイプ椅子が列を成し、舞台の上には教壇が鎮座する。
そう、僕らは卒業を間近に控えた中学三年生。
『なぁ‥‥お前、将来の夢とかある?』
「どーした‥‥? いきなり。」
『だって‥‥もう卒業だろ、こんくらいは考
えるだろ。』
「そうだな、まぁ‥まだ何も決まってねぇ
けど?」
『そーだな‥‥笑 僕も。』
この日常がもう終わってしまうと考えると、妙にしっとりした
「あ‥ヤバ、俺、証書包むヤツ忘れた。」
それは大問題だ。今はまだなんとかなるけど、当日忘れたりなんてしたら人権は無い。
「取ってくるわ、先帰っといて。」
気付けばもう昇降口、特に待つ必要は無いし、靴を取り出してそそくさと歩き出す。
もう誰も居ないな‥。卒業式の会場作りを手伝っていたらこんなものだ。
『はぁ‥‥なんか、寂し。』
心なしか重い足取りで校門を通り過ぎる。
ふと目についた、歩道と車道の狭間のちょっと高くなってるヤツ。意味もなく登って綱渡ってみる。
誰かとすれ違ったけども、そんなもの知らない。
『あほくさ‥‥やめよ。』
でもすぐに止めてしまった。
もう降りよう‥‥。
『よいっしょ‥‥。』
いつもなら、こんなミス? はない。
足が地面に触れ合う瞬間、視界が揺れる。
そう、コケたのだ。
『いでっ‥!』 ドサッ!
勢いよくコンクリへとダイブ! 全身いったな、しかも音を立てる程、盛大に。
『イテテ‥‥!』
危ない危ない‥‥卒業式前なんだ、気を付けないと‥‥。
腕に力を入れ、足を動かそうとする。
あれ‥‥? 力が入らない‥。もう一度起き上がろうとする。
『痛っ‥! うっ‥‥』
転んだ時の痛みに加え、遅れて横腹から味わったことの無い痛みがジンジンと広がっていく。更には温かくも感じてきた。加えて息も荒くなる、おかしい。
気に障るので、横腹に触れてみた。
生ぬるい水気のある嫌な感じ。すかさず触れた手を見つめる。
『えっ‥‥‥‥。』
そう、紛れもない、赤く垂れる血。
その瞬間、僕の心臓は叫び出す。どくどくと脈打つのがよくわかる。
なんだか、視界‥‥まで‥‥
『はぁ‥‥‥はあ‥‥。』
薄れゆく意識の中、突然、視界が
ザッと聞こえる足の音、確実に、誰か居る。
再び、ザッザッと足の音、今度は離れていった。
だけと、恐怖する暇はなかった。
だって痛いんだもの、苦しいんだもの。
だが、その痛覚すらも消えかけてくる。
『あぁあ‥‥‥‥。』
何でだろう。
両親から貰った、僕の大切な名前。
仲のいい友達も居て、学校での成績は中の上くらい。部活に打ち込んで青春もした。
そして‥‥想いを寄せる人も居て、その人とは良い関係で、卒業と同時に想いを伝えようとも思っていた。
だか、そんな気持ちも今日まで。
体はそう直感していた。
『ううっ‥‥うっ‥あぁ‥‥。』
痛いのか、哀しいのか、それとも死を拒む気持ちか。
頬に垂れてくる涙。
人は死ぬ時、何を思うのか。
僕は、後悔だった。
……………………
(ここは‥?)
真っ白い視界の中、意識がはっきりと冴えてくる。
「随分と不遇な最期だったようですね。」
頭の中に直接響いている、そんな感覚。
うっすらと見える、髪の長い女性?
『あ、あなたは‥!? そしてここはどこで
すか!』
「誰だってよく、どこだっていいではない
ですか。」
焦る僕の気持ちを遮るような優しい声。
「薄々感じているようですが、あなた
は‥‥そう、燃え尽きたのです。」
その言葉に、全て理解する。
そうか‥‥僕は死んだ‥‥の? じゃあ、ここはあの世ってやつなのか。
「‥‥そうですね、あなたに一つ、授けまし
ょう。あなたには不遇過ぎました」
授ける? 不遇? 何のことかもわからない。
しかも勝手に話を進められる。
「私にも知りえませんが、それはこの
先、あなたに必要となるものでしょう。」
またしても、意識が薄れていく。
でも今度は哀しいものでなく、ほろほろと消えゆくようだ。
『待っ‥て‥‥!』
「それでは‥‥あなたなりに、あなたらし
く‥‥。」
この言葉を最後に完全に見失った。
『待って!!』
届いてほしくて、手を伸ばす。
その瞬間、完全に目が覚めた‥‥。
『ッはっ‥‥‥‥!』
意識がはっきりと決まる。
しばらくの沈黙。
『何っ!? なになに!?』
腕がある、足がある。
横腹も痛くない。
鼻に通る草木の香りに、辺りを見回した。
『こ、ここ‥‥は?』
生い茂る木々、たなびく草花。
そして‥‥。
『っ‥‥これは‥‥!?』
僕のすぐ傍には、なぜか英単語帳がある。
しかも、これは‥‥。
僕が生前(?) 想いを寄せていたあの子から貰った大切なもの。
けど、何でここに‥‥?
分かった、悪い夢だ。
そう考えて分かりやすく頬をつねる。じんわりと広がる痛み‥‥‥‥夢じゃない。
これは‥‥もしや‥もしかして‥!?
本で読んだことがある。まさか‥異世界へ転移?
『そんな‥そんなことない‥‥!』
そうだ、そんな馬鹿げた事はない。
けれど、そんな考えをひっくり返す事が起こっている。
ふと、腕に何か見えたのを確認した。
『なんで‥? 何これっ‥‥!?』
はっきりと右腕に刻まれた、readの文字。
そう、これはここから始まる物語。
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