「陰キャのあんたが一番ちょうどいいわ」そう言われてカップルのフリをした俺は、一切の恋愛感情を抱かなかった
うさこ
恋愛感情は無い
「陰キャのあんたが一番ちょうどいいわ。あんた私と付き合ってるフリしなさいよ」
放課後の誰もいない教室、クラスメイトの
俺、
昔よりもマシになったけど、言いたい事も口ごもってしまう陰キャという存在だ。
正直、高校になってもクラスの女子生徒とは関わりたいとは思えない。
女子にはあまり良い思い出が無いからだ。
谷口は高校に入学してすぐに連日告白されるほどの美少女であった。
「あの……、逆に考えると、俺と谷口さんが付き合ってしまうと、俺ごときでも付き合える前例ができちゃうからおすすめしませんよ」
「あっ……、そ、そう。考えてもみなかったわ。で、でも大丈夫よ。高校にいる時だけ付き合っているフリというか、噂だけあればいいのよ。あんた女子に興味ない感じでしょ? 見ればわかるわよ」
俺は陰キャだ。内向的な性格で、人に流されやすい。幸い、いじめとかはないけど、友達はいない。
そんな俺がクラスの人気者の谷口さんと付き合っているという事になったら大変な事になる。
というか、似たような状況に陥るのは何度目か?
「ご、ごめんなさい。妹を迎えに行かなきゃいけないから帰る」
「あ、こら! 待ちなさい!!」
俺は谷口さんの制止を振り切って教室を出るのであった。
翌日、学園に着くと、俺が谷口さんと付き合い始めたという噂が耳に入ってきた。
廊下を歩くたびに陰口が聞こえてくる。
「陰キャのくせに」「あんな奴が谷口さんと?」「脅したんじゃねえの?」「釣り合ってないじゃん」
そんな事自分が一番わかっている。
谷口さんにとってはただの告白避けだろうと思うけど、本当にいい迷惑なんだ……。
せめて期間を設けてもらおう。
教室に着き、自席に座るとクラスメイトから視線を感じる。いつもの視線だ。慣れっこだ。
谷口さんがニコニコした顔で俺に近づく。
「ふふ、源君、これからよろしくね! 今日は一緒に帰ろうね!」
俺は谷口さんに近づいて小声でささやく。
「ちょ、ち、近いよ!?」
「……あとでちょっといいかな。ちゃんと設定を決めますよ」
「う、うん……、べ、別に構わないよ!」
クラスメイトの視線を振り切り、俺は谷口さんの手を引いて教室を出るのであった。
屋上で谷口さんと話したことはこうだ。
付き合う期間は一年生の間だけ。春休みには契約は終わり。
新学年になったらお互い一切関わらない。
クラスが変わってカップル自然消滅する事は珍しくない。
じゃないと、俺の身体が持たない。
俺と付き合う宣言をした谷口さんは、自分勝手で俺に迷惑をかけている事は一応は理解しているみたいだ。
なんとか一年生の間だけ、という契約に了承してくれた。
「てか、安心してよ。あんたと真面目に付き合うわけじゃないわよ。たまに一緒に帰ってくれればいいのよ」
「わかりました。……あと、もう一つだけお願いがあるんだ」
「なによ、あんた陰キャのくせに注文多いわよ。仮にでもあたしと付き合えるなら喜びなさいよ」
俺は谷口さんの言葉を無視して話を続ける。
「――お互い絶対に恋愛感情を持たない事」
「はっ? あんた何様なの? ちょっとムカつくんだけど……」
俺は知らずにため息が出ていた。
変に断って拗れるよりもいいだろう。
こうして、俺と谷口さんとの疑似カップルの生活が始まったのであった。
**********
谷口さんとの一年間は色々あった。
一緒に帰ったり、遊園地デートしたり、映画を観に行ったり、旅行にも行った。
俺は谷口さんが望む彼氏を演じていただけだ。そこに感情が入り込む一切の余地はない。
忙しかったけど、谷口さんは初めに週に一回しか会わないと決めていたから楽だった。
……前とは違う。
半年が過ぎた頃、毎日一緒に帰りたいと言われた時は困った。
俺はその時、とても忙しかった。
妹が『また』勝手にアイドルオーディションに応募をしていて……。
それの本選の出演があって……。
谷口さんとの絡みは週に一度だったからどうにかオーディションも乗り越えられた。
そんなこんなで、あっという間の一年間が過ぎ、契約終了の日が訪れた。
二学年に上がり、クラス表を見たら愕然とした。
そこには谷口さんの名前があった。
契約終了したから大丈夫だろう。
谷口さんと同じような関係に陥った二人の女子生徒の名前を見つけたからだ。
幼馴染であった
俺の初恋であり、百回告白したら付き合っていいと言われた関口カンナ。
嘘告白をしてきて俺が空気を読んで付き合ったフリをした原島美紀。
俺にとってあまり関わりたくない二人が同じクラスだ。
俺は軽いため息を吐く。
もう過去の事だ。俺には関係ない。俺は誰かを好きになることは一生無い。
今の俺は陰キャだ。
友達もいなく、誰とも話さないクラスのモブキャラ。
妹だけが家族であり友達だ。
「やあ源君! 君も同じクラスなんだね! 俺の名前は
「う、うん……」
西園寺君みたいにキラキラしている人がリア充というものなんだ。俺には程遠い存在だ。
なりたくてもなれない尊い貴重な存在だ。
一年の頃、文化祭の実行委員が同じだったから少しだけ話したことはある。
「俺は源君が同じクラスで嬉しいよ! 文化祭の時は大変お世話になったしな! 君はなんで打ち上げにこなかったんだ? 非常に楽しかったぞ!」
「べ、べつに……」
同級生と二言以上話すのは久しぶりだ。そろそろ視線が気になるから会話を切りたい。
空気を読める西園寺君は、俺に「じゃあまたな」といって他の生徒のところへと向かったのであった。
教室が変わっても俺の立ち位置は変わらない。
陰キャは一人で昼食を食べるのが普通のことだ。
あとは動画を観ながら振り付けでも考えればいい。
一人はやっぱり平和だな。
谷口さんとの契約は3月末に終わった。お疲れ様メールを入れてそれで終了だ。
もう俺と関わる事はないだろう。
「……ちょっと、翼、なんで今朝待ち合わせ場所にいないのよ」
谷口さんが何故か俺に話しかけてきた。
もう契約は終わっている、元々、俺になんの得のない契約だ。付き合いたくて付き合っていたわけじゃない。
周りを確認すると、クラスメイトたちは俺と谷口さんとの会話を聞き耳を立てている。
新クラスが始まったばかりで、新しいグループが固まって教室でご飯を食べている。
俺はただ首を振るだけだ。
こんな状況は慣れっこだ……。何を言っても俺が悪者になる。
「谷口さんは――」
「はっ? なんで名字呼びなのよ? あ、あたしの事、芹亜って呼んでたじゃん……。マジでなんなの?」
横目で幼馴染の関口さんと原島さんが注視しているのを感じる。
胸にしこりのようなものが浮かび上がってきたような気がした。重く、固く……痛い。
俺は小声で谷口さんにそっと伝える。
「……契約は終わったからもう君と関わらないよ、安心して好きな人に告白して」
確か谷口さんは、偽恋人の期間中に好きな人が出来たって言っていた。
「そ、それは……、で、でも、あんたあんなに優しかったのに……、そ、それに、プレゼント……」
「それは全部必要経費だから気にしないで」
「はっ? い、意味分かんないんだけど……。あ、あたしたち、心が通じ合ってたんじゃなかったの!?」
谷口さんの声がどんどん大きくなる。涙声になり、嗚咽が聞こえてくる。
やはり、初めに断っておけばよかったんだろう。流されやすい俺には断れないんだよ。
教室がざわざわし始めた。嫌な兆候だ。
女性の涙にはみんな敏感だ。
これは面倒な介入が入る予感が――
「ん? なんだ喧嘩してんのか? ていうか、源の分際で何様だってんだ」
どこのクラスにも一人はいる、チャラチャラしたやんちゃな生徒の小田原君。
谷口さんに惚れているという噂だ。
まったく、いつも同じ事になる。本当に嫌な気持ちになる。胸のしこりが更に痛くなる。
谷口さんはなぜそんな目で俺を見る?
俺と君はただの仮初のカップルだったはずだ。
そこに感情を介入する余地はない。
周りを見渡すと、関口と原島と目があってしまった。
自分の温度が急速に下がった気がした。あの時の嫌な気持ちが心をかき乱す。
余計な事を言いそうになる。
ここで『仮初めの恋人の契約は終わった』といえば、彼女は周りのクラスメイトから非難されるかも知れない。
小田原くんに言い返せば面倒な事態に陥る。
だから、俺は笑いながら言った。
「あははっ、谷口さん、ごめんね。……全部、俺が悪いんだよ」
あやふやな謝罪で全てのヘイトを自分に向ければいい。
谷口さんは悪くない。クラスメイトも悪くない。
谷口さんは小さく首を振ってその言葉を否定しようとする。
「翼は悪くない……、でも、わ、わたしはあなたと別れたくなくて……」
その否定の言葉はクラスメイトには通じない。
全部、俺が悪い事にすればいつもどおりの生活に戻る。
「なんだこいつ気持ちわりいな……笑ってんじゃねえよ。マジで谷口はこんな奴と付き合ってんのかよ」
「おい、小田原、席に戻ろう! ……源君、君は女性が泣いているのにへらへら笑うような男ではないと思っていたよ。幻滅だ――」
小田原くんは西園寺君によって自分の席に戻った。
谷口さん「違うの……、違うの……、わたしが悪いの……」と繰り返していたが、女友達に慰められながら席に戻る。
女友達からは睨まれたけど気にしない。
ようやく俺は一人ぼっちになれた。
中々ハードな一年間だった。
谷口さんとは色んな思い出ができたけど、それはまやかしのもの。
そこにお互いの恋愛感情が介在していない。
だから、別れなんて辛くない。
俺は一人、味気の無いパンを食べながら振り付けを考えるのであった――
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