小さな足掻き
とがわ
小さな足掻き
雨が降ってきた。ぽつぽつと地面を濡らしていく。ほんの少しの隙間さえ満遍なく濡らしていく。
「ねぇ知ってる? 雨って空にいる人たちが泣いてるってこと」
雨音とその声は合わさって、綺麗な音と空間を創っていた。
雨の予報を知らずに傘を持たず出掛けていた。仕方なく雨に打たれながら信号機が変わるのを待っていただけなのに、同じ年くらいの男の子に話しかけられるとはちょっと驚いた。そして君も傘をさしていなかった。
「空にいる人?」
「うん。天国があるんだ」
「死んじゃった人?」
「そうだよ」
目の前の信号が青に切り替わる。ぼくが一歩踏み出すと君も動き出した。
「傘は?」なんとなく、きいてみた。
「家にはあるよ」
「忘れたんだ。ぼくと一緒だ」
「いや違うよ」
そういうと君は短く頼りない両腕をいっぱいに広げて、雨を受け止めるみたいに仰いだ。
「ボクはね、この涙と一緒に泣くんだ」
明るめの声でそういう君の顔をよく見ると、瞳にいっぱいの涙が溜まっていて、雨のように零れて、落ちていた。
横断歩道を渡り切ったあともぼくらは行く方向が同じだったのか、一緒に道を歩いていた。雨は一定の速度で降ってきていた。冷たい。
「キミ、名前は?」
今度は君から質問が投げかけられる。
「ツバキ。きみは?」
「シズク」
「きれいな名前だね」
「ほんとう? うれしいな」
本当に嬉しそうに笑うのに、相変わらずシズクは涙を流し続けていた。
「シズクも小学生?」
「そうだよ」
「何年?」
「三年」
「一緒だ」
会話の声は何も震えているわけではない。悲しいから泣いているのではなさそうだ。それならシズクが雨と一緒に泣く理由ってなんだろう。ぼくには分からなかった。
「ねぇ、シズクはどうして泣くの?」
分からないことは聞かないと分からないと、大人が言っていた。
「一緒に泣いてるだけ」
「どうして?」
「ボクも悲しいから」
悲しそうには見えないけど、とは言わなかった。シズクは何を想って泣いているのか、結局何もわからない。たぶん、今のぼくではシズクの感情を理解することはできないのだと、なんとなく思った。
「あ、じゃあボクこっちだから。またね」
「あ、うん。またね」
〝またね〟。もう一度会える確証などないのにシズクはまるで会えると信じて疑わないみたいに言葉を紡ぐからぼくも会えるのではないかと期待した。
シズクはぼくと同じ小学三年生だったけど、同じ学校ではないようだ。隣の小学校だと考えるのが妥当だ。それならまた会えるのも強ち間違っていないかもしれない。
それにしてもシズクはどこに向かったのだろう。
シズクが進んでいった道の先には、墓地しかなかったはずだ。ぼくは首を傾げながら凍え震える身体をさすりながら目的地についた。
再会という期待の花は思っていたよりもすぐに開花した。
初めてあったあの交差点の信号で、ぼくらはほぼ同時にお互いを見つけた。この間と違う点といえば、雨が降っていないこと。
「一週間ぶりだね」
「そうみたい。また会えてうれしい」
「ボクは会えるって思ってた」
今日のシズクは泣いていなかった。ただ楽しそうに笑っていた。
「どこに行くの?」
「この先にある公園だよ」
「ぼくもだよ! 一緒にあそぼうよ」
「うん!」
無意識に手を繋いで、ぼくらは何の悩みもない純粋な子どもみたいに歩いた。
公園はいつでも一定数の子どもが遊んでいた。ぼくもいつもその一人だった。でも今日はシズクがいるから倍楽しい気分だった。
「シズクはこの公園よく来るの?」
「ううん。初めて」
「そうなの?」
「ここに公園あるって聞いて行ってみようって思って歩いてたときにツバキと会ったの」
「そうなんだ!」
ぼくはシズクの手を握って早速ジャングルジムに登ろうと提案した。シズクは満面の笑みで返事をしてぼくらは着実に一歩ずつてっぺんに近づいていった。それは、たった数メートル。
「うわ、高い」
シズクは初めてみるその景色に驚いていた。
「怖くない?」
「うん、だいじょうぶ」
「ね、みて。ここから見る景色、ぼく好きなんだ」
シズクは目線を上げると、ぱぁと顔を明るくして「きれーー」と感嘆の声を零した。かと思えばシズクはぼそっと言葉を呟いた。
「天国に近づいた」
「え?」
驚いて変な声を出た。
「ほら、空に少し近づいたよね」
ジャングルジムのてっぺんの一つ下の棒にお尻をつけて身体を安定させながら、シズクはその儚い腕を精いっぱい空に向けて伸ばした。
「空ははるか遠いの、知ってる?」
それはぼくでも少しだけ知っている。どれだけ遠いか数字までは知らないけど、漠然と遠いということは知っている。頷くとシズクはまた口を開いた。
「手を伸ばしたって届かないし、ジャングルジムも低いんだろうね。でもボクは少しでも空に近づきたいんだ」
すこしだけ、寂しそうな横顔を垣間見た。それでも今日のシズクは涙を流さなくて、ちぐはぐだなと思った。
「そっかぁ」
シズクの言ったことを理解したとは言えない。それでも相手の望みが叶う事を願いたいから、「いつか空に触れられたらいいね」なんて言おうと思って、とどまった。シズクが空を天国として捉えているのなら、その言葉がシズクを傷つきかねないと思ったから。少なくともボクは、シズクとまだまだ遊んでいたい。
「ねぇ、一緒に鬼ごっこしない?」
しばらく静かに風を仰いでいたら、ジャングルジムの下から公園で遊んでいた別の男の子たちがぼくらに話しかけてきた。
「え! やるやる」
そう答えたのはシズクだった。
「いこうツバキ」
「うん!」
たまにどこか不安定なシズクだけど、同じ子どもの顔をしたときは何より安心した。
夕方のチャイムが合図するまで、ぼくらは公園の中を自由に走り回った。
「じゃあねー!」
定刻、チャイムが街に響いた後、ぼくらは遊びを終えバイバイをした。シズクは大きな声で今日遊んだ全員に手を振った。ぼくは隣でシズクのその姿を見つめていた。
「あれ、ツバキは帰らないの?」
「帰るけどさ。シズクは帰らないの?」
「帰るよ」
「そっか」
そうはいってもお互いに帰ろうとしなかったから、少しだけ沈黙がぼくらを包み込んだ。歯がゆい、でも心地いいとも思った。
「シズクって、学校どこ?」
シズクの答えはぼくの予想と合致した。やはり隣の小学校の様だ。
「そっか! じゃあ家も少し遠いのかな」
「そうだね。今までは学校のルールに従ってたんだけど破りたくなってこっち来ちゃった」
シズクの言っていることがわからない。ぼくは訝しむ表情を浮かべていたようで、それを汲んだシズクはわかりやすく説明してくれた。
「学区外に子どもだけで行っちゃだめってルール。シズクの学校にもあると思うんだけど」
「あぁ聞いたことあるかも」
「それそれ。ボクの学校の場合ここはもう学区外なんだけど来ちゃった。ツバキに初めて会ったあの日が初めてルール破った記念すべき日!」
小学校の小さなルールとはいえ、約束や決まりを破ることは悪い事だと教わってきた。シズクはそれをしてしまうほどに悪い子なのだろうか。そうとは思えない。きっと破っただけの理由があるのだと思った。
「そろそろ帰ろっか」
シズクはそういって話を半強制的に終わらせた。
「うん」と言わざるを得ない。
「またね」
そういうと、「うん!」とシズクは大きく笑った。
また一週間後、シズクに会った。今度は公園で。
「よかったぁ来てくれると思った」
公園につくとシズクは既にそこにいて、ジャングルジムからぼくを見つけると、素早く降りてぼくに近づいてきた。もちろんそれはシズクに限ったことではなく、ぼくも嬉しくて小走りでシズクの元へ駆け寄った。
「今日もたくさんあそぼ!」
ぼくらはまずジャングルジムに登って空を仰いだ。
「あれツバキ、膝のところ怪我したの?」
ぼくの右膝の大きな絆創膏を見つけシズクは心配そうに聞いてきた。
「今日体育でかけっこしたら転んじゃったんだ」
「痛そう……だいじょうぶ?」
「うん。少しだけ痛むかも」
そういった後、またこの間の男の子たちから今度は色鬼をしようと提案された。ぼくは楽しそうと思って顔を煌めかせたけど、シズクは丁重にその誘いを断った。
「鬼ごっこでもいいよー?」
男の子たちは何とかぼくらを誘い込んでくれた。それなのに。
「違うんだ。ツバキ怪我してるから走れない」
「そんな! ぼくだいじょうぶだよ。あそびたい」
その言葉は誰にも届かなかった。
「じゃあまた今度誘うよ」
男の子たちはぼくらを置いて色鬼を始めた。ぼくはその時初めてシズクに怒りを覚えた。
「ねぇなんで」
「なにが?」
「ぼくあそびたかった」
「だって怪我してるじゃん。痛いんでしょ?」
「でも色鬼くらいできるよ。勝手に決めないで!」
そう吐き捨てるとシズクを置いてジャングルジムを下りると誘ってくれた男の子たちの輪に入っていった。ぼくは希望通り色鬼をして遊んだ。シズクは暫くはジャングルジムで空やぼくらを眺めていたけど、遊びに夢中になって、気づけばシズクの姿はもう公園内になかった。
ぼくがシズクを傷つけたのを知ったのは翌日だった。少し気になったぼくはまた放課後、公園に足を向かせた。シズクは今日はジャングルジムではなくベンチに座ってぼくを待っていた。いつも空に向かって顔を向けているシズクが、今日は足元ばかり見て明らかに元気を失っていた。ぼくの所為だとすぐにわかった。
「シズク」
ぼくはシズクの元へと駆け寄って声をかけた。シズクはゆっくり顔をあげ、ぼくだと分かると目を大きくして「ごめん!」と言った。
「ボク、ツバキの気持ち考えてなかった。ごめんなさい。許してくれる?」
そんなの決まってる。
「ぼくもひどいこと言ってごめんなさい。ぼくの怪我心配してくれてありがとう。お互い様ってことで仲直りしよ?」
手を伸ばすとシズクはぼくの手をぎゅっと握った。
「ありがとうツバキ」
いつものシズクだ。
ぼくらはよくこうして間違える。間違いだらけの毎日で成長していくのだろうと子どもながらに思った。
「ジャングルジム登ろ!」
ぼくらはそうやって仲良くなっていく。手から感じるシズクのぬくもりが温かくてずっと繋いでいたいと思った。
「ね、また明日もあそぼ」
ぼくは笑顔で頷いた。
けれど翌日は雨だった。この雨なら公園で遊ぶことはできそうにない。シズクもそれを分かっているだろうか。初対面で自ら傘をさしていなかったシズクの姿を思い浮かべる。もしかしたらぼくが来るのを待っているかもしれないと思ったら行かずにはいられなかった。ランドセルを玄関に置くとすぐさま公園に向かった。
ぽたぽたと傘に雨が打ち付ける弾ける音は面白い。
公園につくとやっぱりシズクはいた。それも傘もささずにジャングルジムに登っている。
「シズク!」
雨音に声が消されないようにいつもよりも張り上げて名前を呼んだ。シズクは気付いて顔を明るくさせたけど、泣いていた。
「危ないから下りておいでよ」
そういうとシズクは下りてきた。ぼくはシズクを傘に入れ、びしょ濡れのシズクの服にハンカチを当てた。でもシズクはすぐに傘の外に出た。
「シズク! 風邪ひいちゃうよ」
「ありがとう。でもいいんだ。ボクに傘はいらないの」
「だめだよ!」
ぼくは無理やりにでもシズクを傘に入れた。
「シズクが風邪ひいちゃうのぼく嫌だよ」
シズクは懲りたのか、弱々しく頷いた。
「今日は公園であそべないよ」
「そっか。残念」
「シズクのお家まで送るよ」
「いいよそんな」
「だめ!」
一つの大きな傘を小さな子ども二人で持って歩いた。ぼくは長靴でシズクはいつものスニーカーだ。服や髪も靴も、全身が濡れている。たまに触れるシズクの肩はとても冷たかった。それに震えているようでもあった。泣きながら震えている。シズクは強いようでいて、とても脆いのだと、分かってきた。シズクは何を想いながら雨を受け止めるのだろう。
二十分ほど歩いて、シズクのいう家についた。それは見た事のないタイプの家だった。大きな白い家。渡り廊下のようなものが真ん中にあって、大きな庭みたいなものまである。
「すごい広いんだね」
「うん」
「楽しそうな家」
すこしの間、その家を眺めていると中から大人が現れた。若い女の人だ。
「シズク君! どこに行っていたの。また傘も持たずに……」
びしょ濡れのシズクをみたその人はそういった。そしたらまた別の女の人が大きな白いタオルを持って出てきた。お母さんが二人いるのだろうかと、ぼくの思考は混乱した。
「あなたはシズク君のお友達?」
タオルを持ってきた人がぼくに問う。
「うん。ツバキです」
「ツバキ君、シズク君を傘に入れてくれてありがとう。中で温まっていって」
言われるがままにぼくらはその大きな白い家の中に入った。ぼくの知っている玄関とは程遠い入り口に面食らう。表札もないし、変な門と、読めない漢字があるだけだ。靴を脱ぐと子ども用のスリッパを差し出された。家の中は優しいクリーム色が基調とされていた。ぼくはこんな感じの家を知っている。ぼくが通っていた幼稚園もこんな感じだった。家というより、施設のようだった。
「シズク君はお着がえしようか。ツバキ君はお茶飲んで温まっていてね」
一人はシズクを、もう一人はぼくの手をとってそれぞれ案内された。目的の部屋まで歩くのに、何人もの子どもとすれ違った。「この人だれー?」とぼくを指さす小さな子どもやキッと警戒するような目つきをするぼくよりも年上だろう子どももいた。
ぼくはタオルを持ってきた女の人に連れられ、誰もいない部屋に入った。普段から使っている部屋なのだろう。丸い机と椅子の他にも、ポットや湯呑、ちょっとした食器も置かれていた。何より暖房がつけられているようで温かい。ついさっきまでここで子どもたちが遊んでいたに違いない。
「暖房つけてるけど寒かったら言ってね」
そういってポットから湯を急須に入れるとお茶を注いでくれた。ぼくはよくわからずに軽くお辞儀をした。ぼくが椅子に座るとその人も椅子に座った。
「改めてツバキ君、シズク君と仲良くしてくれてありがとう」
仲良くしているのはぼくがシズクを好きだからであって、ありがとうと言われるのは何かおかしいと思ったから、何も答えなかった。代わりにこの建物の事を聞くことにした。
「ここは家ですか?」
その人は少し考えてから、「そうだよ」と肯定した。
「でもツバキ君が思う様な家とは少し違うのかもしれない。ここにいる子どもたちは、色んな事情を持っているの」
「シズクも?」
「そうかもしれないね」
「どんな?」
「私からは言えないけど、例えば両親がいない子や両親に怖い思いをした子がここにいるよ」
ぼくはそれを聞いてシズクのこれまでの行動に、なんとなく納得した。
お茶を飲みほした頃、シズクは部屋にやってきた。新しい服を纏ったシズクはもう泣いていなかった。
「シズク! よかった」
「ツバキありがとうね」
「ううん」
これまで知らなかったツバキの奥を少し覗いて歯がゆい気持ちになった。大人たちはぼくらを部屋から出した。ぼくが黙って周囲を見渡しているとシズクがぼくに耳打ちした。「また明日公園で」
ぼくは大きく頷いて、シズクたちの家をでた。
雨が過ぎ去った翌日、痛いくらいの太陽の光で街中が照らされた。公園に向かっている途中でシズクに出逢ってぼくらはまた手を繋いで公園まで歩いた。それからジャングルジムに登った。
「昨日はありがとうね」
「風邪ひかなくてよかったね」
シズクはまた手を必死に空に掲げた。伸ばした腕の先で、手のひらで何かを掴む。でも何も捕まえていない。シズクは何を掴みたいのだろう。
「ねぇ昨日、なにか聞いた?」
びくりとした。
「何か……?」
「ボクの親のこととか」
「聞いてないよ」
「そっか」
聞いていいのだろうか。黙るという行為はぼくから聞かれるのを待っているのか、それとももう何も聞くなという訴えなのか。ぼくはまだ、シズクのことを何も知らない。ぼくはどう声を掛けたらいいかわからずに、ただシズクの手を握った。空に伸ばす手をそのままに、シズクの掴みたいそれが掴めるようにと願いを込めながら、もう一方の手を両手でぎゅっと握った。
今日は他の子どもたちは鬼ごっこをせずに小型のゲーム機を持ち寄ってベンチで遊んでいた。昨日の雨で公園の土がぬかるんでいるからだ。ぼくらは今日も二人きりだった。
ただ黙っているのもつまらなく、ぼくは歌を歌い始めた。シズクも知っている歌だったようでシズクは伸ばしていた手を下ろして共に歌った。身体を揺らしながら、風に乗ったメロディはどこまでも遠くまで、空高くまで届いていく。
「ボクさ」
歌い終わった時、シズクはゆっくりと言葉を紡いだ。
「お母さん死んじゃっていないんだ」
施設について教えてもらった時、ぼくはそうなのだと納得した。だから驚かなかったけどいざシズクから言われるとどう反応したらいいのかわからなかった。身体が強張る。
「初めてツバキに逢った日、初めてお母さんのお墓に一人で行ったんだ。学区外は行っちゃダメって、大人は言うんだけど、ボクの家族は学区外にいるから、どうしてって思ってさ」
「うん」
一層強く手を握る。
「もっと空高くまで行きたい」
シズクはまた腕を空に突き付けた。
「じゃあ行こうよ!」
シズクは驚いた顔をしたけどぼくは本気だった。
「お母さんは空にいるんでしょ? 行けるところまで行ってみようよ」
「でも……」
「だいじょうぶだって!」
ぼくは大口をたたいたし、その時は本当にいけると思っていたけど、所詮ぼくらは子どもだった。調べると、日本で一番高い建物は県外で遠いし、責任もお金もなかった。ぼくらは子どもだけでは何もできないことを知った。
翌日、いつもの公園でぼくは、そのことをシズクに泣きながら伝えた。
「ごめんね、期待だけさせて……」
「ううん」
シズクは優しいから怒らないし悲しそうにもしない。それがむしろ胸を締めつけた。
「ぼく全然だめだめだ」
卑下した時、シズクはぼくを強く抱きしめた。
「そんなことない。ツバキはボクのことひとつも否定しなかったよ。ボクのために動いてくれたから嬉しかった」
シズクが泣いていた。雨は降っていない。ぼくのために、嬉しくて泣いていた。
「ツバキが一緒に笑ったり、隣にいてくれるの嬉しい」
シズクのまっすぐな言葉が、ぼくの全身を包み込む。
「ツバキありがとう。だいすき」
子どもは大人に敵わない。立場も権力も、責任もお金もない。でも、シズクの友達でいることはできる。ぼくには、シズクが嬉しいって思えるだけの何かがある。ぼくはそう思った。
「ね、あそぼ」
ぼくらはそうやって成長して大人になっていく。立場も権力も責任もお金も持てるようになっても、きっと大事なのはそれではないのかもしれない。ずっとシズクと笑い合っていよう、シズクが悲しい思いをしないように。ぼくはシズクの手を離さないようにぎゅっと強く握った。
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