機械仕掛けの恋人形

新月

第1話 辛い現実


『厳正に審査しました結果、今回は佐藤様のご期待に沿うことの出来ない結果となりました。貴殿のこれからの益々の発展とご活躍をお祈り申し上げます。』


 この春先だけで、幾つ同じようなメールを貰えばいいのだろうか、と満員電車に揺られながら落ち込む。


 スマホのメールボックスには数えたくもない、新卒不採用のメールが未読のまま放置されている。

 どのメールも形式的で使い回された感が滲み出る、典型的なお祈りメールだ。「佐藤」なんてよく居る名前なせいで、去年の佐藤さんに送ったのと同じでも気づけないよな、なんて想像もしてしまう。


 揺られている千代田線の車内は、ほとんど出社する社会人で埋まっていた。ツヤ感のあるスーツを格好良く着こなす人も何人かいる。この全員が就活を乗り越えた人だと思うと尊敬が止まらない。しかも都内屈指の優良企業の集まる大手町周辺だ。どうにかしてエントリーシートのコツだけでいいから教わりたい。そんな勇気ないけど。


『次は大手町、大手町です。丸の内線、半蔵門線、東西線、都営三田線をご利用のお客様はお乗り換えください。お出口は右側です。』


 真っ暗な電車の窓に映る自分と見比べて更に落ち込む。電車が駅に到着し、一気に人が流れ出る。

 周りの社会人の流れに乗ってそのまま降車し、人の流れに乗って東京駅の方に進む。どこからか流れてきた潤滑油の匂いが鼻を突いた。


 

 今日は第1志望の企業、『ウィズドールズ』のOB訪問だ。お会いするのは星加先輩という同じ大学の先輩で、OB訪問専用のサイトでマッチングした。会社に合う合わないから給料の事まで、しっかり言ってくれると書かれていて評判も良かった。

 場所は東京駅前KITTEのスターバックスコーヒー。初めてのOB訪問が第1志望というのも心配だが、友達が楽しかったと言っていたので大丈夫だろう。質問も準備したし、と心の中で呟いて足を早めた。

 

ー数十分後ー


「佐藤くん、この志望動機がどういうことか分かってる?」

「えぇと、恐らく……」


 がやがやとカフェにしては騒がしい空間で、星加先輩の澄んだ声が響く。


「機会人形も人間と同じように生活出来る世界を創る1人として働きたいって、確かにうちが掲げてる事だ。でも実際はまだロボットと人間って区別ははっきりとあるんだよ。理想論は夢として持って、それをうちで具体的にどう実現するかを話さないと…。」

「はい……。」


 始まってしばらくして、僕は先輩に諭されていた。隣の席にいたカップルは、気まずくなったのだろう。そそくさと席を立つ準備をしている。そりゃぁ俺が同じ立場でもそうする。

先輩の後ろの席では、茶髪の整った顔立ちの機械人形が静かにティーカップを重ねている。

 視界の端でその子を眺めていると、先輩がまた話し出した。


「怒ってるわけじゃ無いんだけど、多分これだと人事の人もどうしていいか分からなくて落とされちゃうと思う。」


 払っていただいたコーヒーも余計に苦くてこれ以上飲めない。

 湯気も大分おさまったから飲み頃だろうけど、とても飲めるような雰囲気でも無い。


「で、数年で達成したい事とか、目標はある?」


 先輩の真っ直ぐで、少し期待の籠った目線を受けて、心のどこかが少し痛んだ。

正直に言うと、機械人形に関係のある業界なら何でも良くて、その中で1番待遇が良いと噂だから行きたいだけだ。

志望動機によくある、昔から世話をされていたとかそんな経験も無い。工学部ではあるが、なんなら法学の道に進むと言っている同期も割といる。ここじゃなきゃいけない理由を知りたくて来た、なんてとても言えそうな雰囲気では無かった。

 仕方なくでっち上げた理由を言うしかなかった。

「業界最大手で時代を牽引してらっしゃる企業なので、これから……」


 自分で話していて薄っぺらい理由だな、と思う。咄嗟に口から出てくる単語は自分の語彙力の中からしか選ばれない。よくもまぁこんな適当な理由がペラペラと出てくるもんだ。

 星加先輩も同じように感じたのか、怪訝な顔をしている。カフェのBGMも、注文の声も益々遠のいてゆく。


 俺の口から出てくるものはもはや意見というより保身の為の言葉達だった。


 結局準備した質問もほとんど意味をなさず、自己分析の仕方やどんな人間を欲しているか、などの基本的な情報を教わった。

 

「とりあえず佐藤くんが何をするのが好きで、何をしたら幸せで、何なら頑張れるのか。自己分析って言われる事をもっかいやってみたらいいんじゃない?」


 と言われて解散になった。あのまま呆れられて解散してもおかしくなかっただろう。OB訪問としてちゃんと成り立たせてくださった先輩は、やはり流石だ。


「ま、こっからだよ。がんばってね。」という別れ際の先輩の声が、また駅の喧騒の中から聞こえてきた気がした。

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