新たな地へ
第11話 新たな旅立ちでござる
俺らは道なき道を延々と歩いた。喉の渇きは川の水で、空腹は僅かなパンの残りで凌いだ。これまでの人生で経験したことのない、過酷な現実だった。出口の見えない現状に、嫌気が差すのは珍しいことではなく、俺は何度か生きるのが辛く感じる瞬間もあった。
ただ、そんな俺とは裏腹に、俺の仲間はたくましかった。その昔は飢えと闘いながら生きていた3人は、一切文句も言わずに前を向いていた。秀吉さんも、武士としての誇りを胸に、俺らの護衛に全うしくれていた。
そんな日々が続いたある日の夜、俺らはとうとう森を出た。目の前に小さな集落が見えた。
「やっとじゃ。やっと着いたぞ」
裕太郎さんは心身共に疲労困憊している様子だった。心の底から、声が出ていた。
俺らはその集落に足を踏み入れた。そこは宿場町のようで、宿屋が多く立ち並んでいる。俺らはその中から適当に1つを選んで、そこに泊まることになった。
6人で泊まるには十分な部屋をとった。銭湯も小さいながらついている。俺らはそこで久しぶりのお風呂に入って、束の間の休憩を取った。
時刻はちょうど日が変わる頃、他の宿泊客の声はもうしなくなった。提灯の明かりがなければ、何も見えない、暗闇の中だった。
「ただいまー」
綾さんが風呂から帰ってきた。なんだか、数日ぶりに表情に笑顔が戻った気がする。
「ということで、全員揃いましたな」
秀吉さんは、俺らに円になるように言った。
「某から、話があるのじゃ」
秀吉さんはそう切り出した。提灯の中の炎が揺れる。
「まだまともに自己紹介もしておらんかったな。某、木下藤吉郎改め、羽柴秀吉でござる。ヤス殿にお仕えいたす」
2、3日山の中で過ごしていた俺らは、落ち着ける機会がなかった。秀吉さんは改めてそう言った。だが、彼の最後の言葉に俺は突っ掛かった。
「待ってください、秀吉さん。なぜ、俺らの味方になってくれるんですか?信長に仕えていたんですよね?秀吉さんはそっちの方がいいと思うんです、なんとなく」
俺は彼にそう言った。正直言うと、俺は彼に信長のもとに帰って欲しかったのだ。そうすることで彼は今後、日本中に名を轟かせ、いずれは天下を統一するような人だ。そんな方が、俺と一緒にいていい訳がない。果たして許されるのか、この俺が日本の歴史を変えてしまって。
「信長とは反りが合わんのじゃ」
秀吉さんは呑気に答えた。
「だからって、俺みたいな武士とは真逆の人間に仕えるっておかしくないですか?」
「だからじゃよ」
「え?」
「お主が武士とは全く違った正義を持っているから、お仕えしたいと思ったのじゃ。そんな人間に初めて会ったのじゃ」
「武士とは違った正義.....?」
彼は真面目な顔をして答えた。俺は彼が何を言っているか、何もわからなかった。俺の中にそんな大それたものはない。考えたこともない。
「お主が先日信長と言い合いになった時、お主はなんと申したか覚えておるか?」
「いや、全く....」
「民一人一人の夢を考えたことはあるか、とおっしゃったのだ」
「はあ、そんなこと言ったっけ....」
俺はあまり記憶になかった。信長と言い合いになった時、俺は完全に感情に身を任せて言葉を発していた。
「某はその時、大変驚いたのだ。お主は、武士の私利私欲のために働いて当然と思われてきた民衆、兵のことを心配なさっていたのだ。誰にも出来ることではあるまい」
秀吉さんは随分と暑く語った。
「あ、ありがとうございます」
秀吉さんは俺のことをすごく褒めてくれた。しかしそれは俺の意見ではなく、現代日本にすでに普及している民主主義や個人の人権の考えだ。あまりにも普通の思想のように思う。俺は特別凄いわけではない。なんなら、隣にいる綾さんも同じ考えのはずだ。
「正直なところ、某はまだヤス殿の考えていることはほとんどわからない。だからこそ、お近づきになってその知識を得たいと、そう思ったのじゃ」
秀吉さんは俺の顔をじっと見つめた。
「ヤス殿、この羽柴秀吉を側近としてそばに居させてはくれまいか」
彼は俺に頭を下げた。俺には恐れ多い限りであった。
「やめてください、秀吉さん。俺には荷が重いです」
「そんなことはありませぬ。どうか、お願いいたします」
彼はそう言って頭を上げなかった。俺は慌ててしまうばかりだった。彼の気持ちに答えてあげたいと思う反面、彼の力になれる自信は微塵もなかった。そもそもそのような古臭い上下関係は得意ではなかった。
「あの、わざわざ俺の部下じゃなくても、例えば友達のような感じでは駄目なのでしょうか」
「と、友達?」
「はい。硬い上下関係が苦手なんです、俺。友達でも一緒にいることは変わりありませんよ」
「しかし、それではヤス殿の面目が立ちませぬ」
「面目などいりません。俺は武士ではありませんから」
「な、なるほど....。やはり面白いお方じゃな」
秀吉さんは俺の「友達」になることになった。俺は彼とは元から友達のつもりだったのだが、いつの間にか俺は尊敬されるような人間に勘違いされていた。
話は進み、パン屋の再開について議論された。営業するには人の多い町に行かない限り、なかなか商売にはならない。だが資金もあと1ヶ月で底をつく。それまでに営業を再開しなければいけなかった。そこで、秀吉さんは妙案を考えた。
「まず、二手に分かれるのが筋じゃろう。某とヤス殿は先に西に向かって、良き町を探し、店の場所を決める。残りの4人はここで臨時で店を開き、少しでも稼ぐ。これが最善と思われる」
俺は感心した。確かにこの案なら上手くいきそうな気がする。この作戦の鍵は、俺と秀吉さんがどれだけ早く店の場所を決めれるか、ということだろう。
「俺はいいと思います」
「そうか。ならば早速準備をして、太陽が昇ったら出発しようぞ」
秀吉さんは準備に取り掛かろうと、立ち上がった。
「待って、秀吉さん」
綾さんは秀吉さんを呼び止めた。
「私も、一緒に行かせてください」
「あ、綾殿もでございますか」
秀吉さんはうーんと考えた。
「ほら、私がいないと、店の場所決められないでしょ?」
俺は納得した。確かに彼女がいてくれた方が心強い。秀吉さんは、
「ならば、そうしよう。では残りのお三方、頼んだぞ」
「はい。お任せくだされ」
助丸さんはやる気十分だった。久しぶりにパンを作れると、とても喜んでいた。
俺と綾さんと秀吉さんは、旅の支度を整えた。現在時刻は夜中の3時。普段なら寝ている時間だけあって、俺はかなり眠かった。しかしそんなことばかり言っていられない。俺は何着かの着物を綺麗に畳んで、風呂敷の真ん中に置いた。そして、首にかけていたネックレスをその上に置いた。
俺は思い出した。そういえば彼女のブレスレットには、なぜか俺が川で拾ってネックレスにした同じ石がついていたのだ。あの騒ぎの中のことだったので、すっかり忘れていた。
「えっ!このネックレス、ヤスくんの?」
俺の思った通り、彼女は俺のネックレスを見た途端、とても驚いた。俺はネックレスを手に取り、彼女に渡した。彼女はじーっとそれを見て
「間違いない。やっぱり同じ石だわ。私のブレスレットと」
紫色に輝く、謎の石。俺が小学生の頃川でそれを拾った時、その石は妙に変なオーラを発していた。ひとつだけキラキラと光っていたのだ。俺はその美しさに惹かれ、今もこうして大事に持っている。
「俺、それ川で拾ったんだ。綾さんはどうやって手に入れたの?」
「私はお母さんから貰ったの。病気で死んじゃったんだけどね.....」
彼女はそう言いながらも、ずっとそれに見入っていた。俺はそんな彼女をずっと見ていたかった。
「それ、綾さんにあげるよ」
俺は彼女に言った。
「え?それは駄目だよ。受け取れない。これはヤスくんの宝物なんでしょ?」
「うん、まあそうだけど……」
俺はその続きの言葉を発する勇気がなかった。
「なら、持っておいて。私は大丈夫だから」
綾さんは俺にそのネックレスを返して、また荷造りを始めた。俺は仕方なくそのネックレスを着物と一緒に風呂敷に詰めた。一握りのもどかしさも、一緒に。
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