5-7 多分、お説教案件

 カレル・レアールが、先々帝の弟であるリヒャルト・ブルーノ・エイダル公爵の娘であったと言う事実は、恐らくもう数日で公国くにの至る所にまで情報として伝わるだろう。


 そうなればカレルやデュシェルと繋がりを持ちたい貴族連中が、あの手この手で接触してくるのが目に見えている。


 レアール家の公都邸宅はまだ未完成だ。


 そのためしばらくは〝迎賓館〟が窓口となる筈であり、そこに押し掛ける連中なら、ストライドやサージェントであしらえるだろうと見越してのだ。


「そして最後に――実はこれが一番重要かも知れませんが、奥方様に、私の妻同様にレアール侯爵夫人とも友誼を結んで頂けるよう、お願いをして頂きたいのです」


「……妻に?」


「レアール侯爵夫人は社交界とは距離を取りたい方で、それに代わる侯爵家への貢献手段も既にお持ちでいらっしゃる。ただ、だからと言ってこの先交流皆無と言う訳にもいかなくなってしまった。サージェント侯、侯の奥方であれば、マナー含め色々な事を伝授出来るのではと思いましてね。……如何いかがですかキャロル室長。お詫びの品は品として、今申し上げた3点ほどの追加事項があれば、レアール侯は『誠意の証』として受け入れて下さいませんか」


 ストライドの笑顔が眩しい――もとい、めちゃくちゃ胡散臭い。


 などと面と向かってはとても言えないが、乾いた笑い声しか出てこないのは勘弁して欲しいとキャロルは思った。


「……あれだけのヒントで、よくぞここまでピンポイントで突いてこれますね」


 キャロルの後ろで小声で感心したように呟いているイオにも、頷く事しか出来ないくらいだ。


「……イオ。これ多分、お説教案件かも」

「あー……」

「室長殿?」


 ストライドの発言だけでは一方的だと思ったのだろう。

 答えを求めるようなサージェントの視線がキャロルに向けられる。


 うーん……と、キャロルも視線を宙に泳がせた。


「……多分、足元見ていると逆ギレされそうな気がします」

「「えっ」」


「あ、でもキレられるとしたらストライド侯爵に対してだけか……」


 表情に盛大に「?」を飛ばしているサージェントを尻目に、ストライドは僅かにこめかみを痙攣ひきつらせた。


「私の話は荒唐無稽でしたか、キャロル室長」


「いえ、有効だと思うからこそ、怒るに怒れなくなって逆切れ――の、パターンを想定してます。その後、私が『相手が察するのは勝手だが、おまえ自ら地雷を暴露する必要があるか』とか、こっぴどく怒られそうです」


「……なるほど」


「でもそうですね……いっそ目録自体を後回しで、その3つを今から持ちかけるくらいのインパクトがかえって必要かも知れません。今となっては」


 サージェントにとっては何を言っているんだと言わんばかりの三条件も、どうやらレアール侯爵家にとっては意味があるらしい。


 自分の「提案」を是とされたストライドは満足気だ。


 これまで妻越しでさえ話を聞く事があまりなかったが、これほどまでに頭が切れる男だったとは、サージェントは正直思わなかった。


 まして堂々と、そのストライドと会話を成り立たせているレアール侯爵令嬢――現在はエイダル公爵令嬢――は、明らかに息子と格が違う。


 三歳と言う、実年齢差以上の開きがそこには存在している。


「キャロル室長。それはこの後の打ち合わせに、サージェント侯爵と御子息にも同行いただく――と?」


「私は午後には公都ザーフィアを発ちますし、今の『誠意の証』に関して宰相閣下やレアール侯爵に話を通すなら、この後しかありませんよね。ちょうど陛下もいらっしゃる訳ですから、色々いっぺんにカタがつきますよ?」


 ストライドにそう返しながらも、実際のキャロルは「ああ、また斜め45度上から事態を動かしたって、宰相閣下に怒られる……」と、呟きながら頭を抱えている。


「……キャロル様、とりあえず宰相室に先触れを出しておきますか」


 キャロルの足元にひざまずき確認を取るイオに、お願い、とだけキャロルは答えた。


 こうなればサージェント父子おやこは巻き込んでしまうより他はないのだ。


 都合が悪い部分が出てくれば、適当なところでエイダルが帰らせるなり何なりするだろう。


「おまえ……っ、おまえさっきから父上の事をなんだと……っ! 仮にも司法大臣だぞ⁉︎ それを……っ‼︎」


 それまでロクに会話にも加われなかったジェラルド・サージェントが、苛立ちのこもる声と視線をキャロルに叩きつけたのは、そんな時だった。


「……それ、貴方が怒るところじゃないよね」


 スッ……と、冷ややかな視線になったキャロルを、ストライドとサージェントが、ジェラルドの方を止めるのを忘れて見やった。


「自分が色々と不利だからお父様の威を借ろうとでも? 敢えて言わなかったけど、さっきから頭を下げているのはお父様お一人。あ、鉄拳制裁分はノーカウントよ? それにしたって貴方からは一言も『ごめんなさい』を聞いてない。仮にも司法大臣様をおとしめているのはどっち?」


「この……っ」

「ジェラルド‼︎」


 キャロルの冷ややかさに気を取られた分、サージェントとストライドの反応が遅れた。


 机越しに、キャロルの胸倉を掴もうと手を伸ばした――ようだったのだが、そこから先が、彼らの想像の上を行っていた。


 馬鹿……と、微かに唇が動いたのとほぼ同時に、伸びていた手を掴んだキャロルがくるりと身を翻し、そのまま思い切りジェラルドを投げ飛ばした。


「「は⁉︎」」


 ここが書庫である事を鑑みたキャロルは、掴んでいたジェラルドの手と腕は離さずに、身体だけを足元に叩きつけていた。


 本は無傷な筈だ――多分。


 そしてキャロルの足元の床にジェラルドが仰向けに投げ出された瞬間、どこからか繰り出されてきた刃が、ジェラルドの首の真横の床に、突き刺さった。


「ひっ……」


 もちろんサージェントの仕業でも、ストライドの仕業でもない。


「……別に大丈夫だったのに」

「そうだろうとは思いましたが。先触れはユーベル文官に行かせました」

「何でも使うなぁ……」

「お褒めいただき」


 剣に加えて片足までジェラルドの胸の上に置き(むしろ踏みにじり)ながら――イオが微笑わらった。

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