(19)守りを固めよ!
マリアンヌは指示をしながら、自身も刺繍を進めていた。注文されたウサギ柄の刺繍である。
「不思議な刺繍ですわね。縫う時に空調魔法のように魔力を使うようね」
「マリアンヌ夫人、その刺繍は【魔法刺繍】なのですか?」
「魔法図案ではあるそうよ。でもこんな図は見た事ないわね」
マリアンヌ夫人の仕立て屋に居るお針子達は、空調魔法など貴人が必要とする刺繍を使える者が多く集まっている。王城の刺繍職人達程では無いが有名な仕立て屋であった。
だからこそ、ニーナの図案をイリスママは『カート家注文経由だけで扱うように』としたのである。
その頃、ジルパパ達は荒地で魔法を放り放題やり、敷物に寝そべり魔法薬を飲んで回復したらまた魔法を全力で使う荒行をしていた。
「エイダよ、それは本気でやっておるのか? 室内に籠りきりでなまったのではないか? ジルフォードの方がマシではないか」
「エブラフ老師、貴方もそう思うでしょう? やはり、ニーナの父である私は格好よくなければな! ハッハッハ!」
そう言いながらも、ジルパパは大の字で寝ている。ジルパパが放った攻撃魔法で小山が無くなっていたが。
「私は山を消す事にしないで、意図的に穴を掘ったんです!」
そういうエイダの放った魔法では、クレーターが出来ていた。
「お主達はやり方が荒いのぅ。魔法を限界まで使うだけで良いと言ったでは無いか」
「「エブラフ老師は塩湖を干上がらせたではないか!」」
エブラフ老師によって、塩湖は干上がり塩の塊だけになったのだった。
やりたい放題の3人である。
「これをニーナがやったらどうなるのでしょうかね?」
エイダが言い始めて考えた3人は恐ろしくなる。3人は頷き『ニーナには攻撃魔法を教えない方向で!』と無言で確認しあった……。
その頃のニーナは、持って来てもらった使用人達の真新しいエプロンとポケットチーフそして手袋に〖守護〗を掛ける為、花を持つ【8匹のウサギの輪】を小さく〖転写〗しては〖守護〗を掛けるという作業を繰り返していた。
「ねぇ、ニーナ。それが出来るなら刺繍は要らなかったんじゃないかしら?」
傍で見ていたイリスママが話しかける。
「転写された物より【形ある物】の方が強い様なのです。それにこれは何時まで保たれるか分かりませんから」
エプロンの左胸にウサギ柄を〖転写〗しながらニーナは返信をする。
「ニーナに皆守られるのね! いっそ、そのマークはカート公爵家の印だと誤魔化そうかしら」
「騎士の皆さんにも本当は〖守護〗を掛けてあげたいのです。お母様、小さくて良いのです。刺繍を頼んで貰えませんか?」
「騎士団は確かに護衛や戦時で怪我する可能性もあるし必要課題ではあるわね……。でも我が家の私兵だけでも500人になるわよ? ニーナしか〖守護〗は掛けられないのでしょう?」
「それが、解決しそうなのです! 今このウサギは8匹居るでしょう? 元々は2匹だったのですが8匹から12匹間でのペアで輪を作れば魔力使用量が減ると分かったのです! エイダ様やお父様も〖守護〗を使えるかもしれません!」
「あら! そうなの。じゃあ私も使えるかしら? これでも一応ジルより少し魔力量が少ない程度なのよ」
イリスママは嬉しそうに言う。
「お母様もやってみますか? こちらのウサギ柄を使って下さい。後は〖守護〗の魔法図陣の紙は……」
ゴソゴソとウサギポシェットから図陣と魔法文字列の描かれた紙をイリスママへと渡す。
イリスママは紙を受け取り、瞳をキラキラとさせながら見入っていた。その紙は前日ジルパパの書いてくれた図陣であり、ニーナの心をくすぐるウサギがとても素晴らしい出来なのである。だが、ジルパパには何故8匹なのか言うのを忘れていたニーナであった。
「では、ニーナが〖転写〗で描いたポケットチーフにやってみましょう!〘守りし印を持つ物、防汚し防御す、時の流れも忘却せよ〖守護〗〙」
イリスママは魔力で包んでいくが、大きく魔力を吸われる事はないようだ。この魔力で包んだり魔法の気配は意識して消せなければ他人に伝わるものである。これを上手に出来なければ、宮廷魔法使いや魔法騎士にはなれないのだ。
「お母様、魔力の減り具合はどうですか? 大丈夫そうですか?」
「ええ! だいぶ魔力量を使ったけれど幾つも作れるくらい魔力量はのこっているわ! 最初はエブラフ老師が椅子に座ってしまうほど魔力量が必要だったのでしょう? ニーナは凄いわね」
ニコニコとしながらニーナの頭を撫でるイリスママ。確かに魔力量は大丈夫そうである。
「ニーナお嬢様、私も試す事は出来ませんか?」
見ていたニルスが真剣な顔で聞いてくる。
ニルスは元々はカート公爵家の騎士団への入団希望だった子らしい。王都では朝早くから護衛達と朝練していると聞いていた。
「ニルス、魔力量は多い方?」
「あら、ニルスの父親ガーランドは元々子爵家の次男だし、ある程度あるとは思うわよ?」
知らなかった……。ジルパパの乳兄弟は子爵家の次男らしい。
「ニルス、じゃあ自分のジャケットに魔法を掛けてみる? 内側にウサギを転写してあげる」
ニーナは元々ニルスにも〖守護〗を掛けるつもりであった。ニルスも覚えて損は無いだろう。
「はいっ! 読ませて頂きますね!」
嬉しそうに魔法図陣を受け取り読んでいる。その間にニーナはニルスのジャケットの裏地へウサギ柄を〖転写〗した。
「それでは!〘守りし印を持つ物、防汚し防御す、時の流れも忘却せよ〖守護〗〙」
イリスママが大丈夫だったので安心していたのだが……。少し顔を歪ませている!
「大丈夫!? ニルス無理しないで止めて!」
「だ、大丈夫です。もう終わりました」
ニルスを見ていたニーナとイリスママは、ほっとした。やはり魔力量は必要そうである。
「ニルス、魔法薬は飲んどく? 魔力切れした時用にってエイダ様に貰ったの」
「いえ、魔力切れでは居ませんしこれ程とは思わなかったのでビックリしただけですよ」
ニーナは魔力がゴッソリ減る感覚を知らない為、魔力切れの状態を体験していない。魔力切れが完全になってしまえば起きてなど居られないのであるが、小さな子にありがちな状態なのでニーナも知っているはずだと大人達は思っていた。
「ニルス、出来上がったジャケットを見せてくれる?」
ニーナはニルスがキチンと護られるか心配で、ジャケットを手にして確認する。
(うん……、大丈夫かな。でも少し頼りないかも? せめて刺繍だったらなぁ。これは何かに〖守護〗を掛けてプレゼントしよう)
そんな事を考えていたニーナはいい事を思いついた。ジルパパが帰宅したら相談だ!
夕刻ジルパパの帰宅を聞いたニーナは執務室へとエリーと共に急いだ。
「お父様、お帰りなさい! お話したい事があるんです!」
ドアが開けられた瞬間ニーナは部屋へと飛び込んでいく。
「ニーナ、どうしたんだい? そんなに急いで。パパに会いたかったのかな?」
「お父様に報告があるんです! 〖守護〗魔法の魔力量軽量化が出来ました!」
「え!! ニーナ、お父様は使える様になろうと魔力量を今日も増やして来たんだよ? 使う前に使用魔力量が減ってしまったのかい?」
「ごめんなさい、実は昨日の時点でもう少なくなってました。お父様が頑張ってたので言い忘れてしまって。それでですね! あのお父様大丈夫ですか?」
ジルパパはニーナの運の良さや実力を見誤っていたようだ。2日間頑張って来た自分をどうやって慰めようかと悲しくなっていた。
「大丈夫だ……ニーナ。それでどうしたんだい?」
「あのですね! ウサギさんの柄を8匹から12匹の偶数ペアにすると使用魔力量が減る事が分かって! 使用人達のエプロンやポケットチーフに絵を〖転写〗して〖守護〗を掛けたんです! その時にお母様やニルスも出来るようになって!」
「ちょっと待ってくれ! 私が居ない間にイリスや、ニルスまで出来てしまったのかい?!」
「はい!8匹ならニルスも数回出来ました♫」
「なんて事だ……!! ニルスがに負けるなんて!」
悲しんでるジルパパの言葉をニーナは聞いていなかった。
「それで思いついたんです! 護衛や騎士団は危険が付き物でしょう? 帯剣ベルトに〖守護〗が付いていたら安心だろうと思って! ベルトに守護範囲を足したらイけると思うんです! だけれど……」
護衛や騎士団と聞いてジルパパも負けた等と言ってはいられなかった。
「だけどどうしたんだい?」
「〖転写〗という頭の中の図案を貼り付ける物では弱いので、絵を描いて貰ったり刺繍をしたりと物理的に図が無いと駄目なんです。それで革に焼き印したらどうかと思って。焼き印なら大量に作るのも早くなるし、数人で魔法を掛けてはどうでしょう? 焼き印を造ってもらえないですか? 護衛のニルスにもあげたいんです」
ジルパパは最後の“ニルス”という言葉にちょっとスネたが、確かに良い案である。
領地の信頼できる騎士に装備させれば、安心度は格段に上がるだろう。この大事な娘を守る為にも……。
「分かった! 図案を貰えるか? 懇意にしている鍛冶屋に早速注文してこよう」
ニーナは予め図案を〖転写〗してあった紙を渡す。
「ニーナは先に寝ていなさい。鍛冶屋と少し寄る所があるからね」
「分かりました。お父様、気をつけて下さいね」
ジルパパはその言葉で立ち直り、機嫌よく出掛けて行った。
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