栗田さんの憂鬱な美少女生活

黒田庄悟

第1話 憂鬱な美少女生活


「私と何を話したいの?」


 放課後、校舎裏への呼び出し。

 お約束過ぎる。もはや古典と言うべきか。


「ちょっとな。その、栗田さんに、言わなきゃならん事があるんだ」


 五月晴れの下で二人きり。

 対峙する男子は、視線を地面へと向けながら頭を掻いた。


「メールじゃダメなん?」

「直接、伝えたくてさ」


 あぁ、面倒くせぇ。

 この先の展開、確定事項だろ。これ。


「もしかして、教室では話せないような事?」

「まぁ、そんな感じだ」


 せわしない仕草。

 泳ぐ目線。

 心拍数が指先で計るように伝わって来る。

 そんな相手に当てられてか、コチラまで身体の芯が火照ほてりだした。


「オレさ、その………」


 やめとけ。

 その次の言葉を口にするな。

 いっそ相手の唇を手の平で塞ぐか?

 そんな考えが脳裏を掠めるも、一呼吸後に捨て去った。

 厄介事を先送りするだけで意味がない。

 俺は致し方なく、相手が精神的にバンジージャンプを敢行するまで、辛抱強く待ち続けた。


「オレと、その、付き合って………欲しいんだ」


 あ~あ。

 言っちゃった。

 その返答は、あらかじめ決まっていた。


「ごめん。今、付き合っている人がいる」

「マジかっ!?」


 仰天同地とばかりの表情

 可能性を一切考慮していなかったのか。


「うん、マジ。私、恋人がいるから」


 お前のリサーチ不足だ。

 告白前に確認しとけ。隠さず答えたのに。


「つーかさ。なんで私なわけ? 他にも可愛い子がいるでしょ?」


 ウチのクラス比較的、綺麗どころが揃ってると思うんだが。


「それはだな。栗田さんが、どの女子よりも話しやすいんだよ。その、どこか男っぽいし」

「それ、褒め言葉になってない」


 普通は傷付くだろ。俺だから良いけど。


「女子って、何考えてんのか判んねぇっていうかさ。でも、栗田さんとは、フィーリングが合うっていうか」

「あのさ。判らないって簡単に言うけど。そも、女性の身になって考えた事あるの?」


 まだ中学二年だから、無理な注文かもしれんけど。


「女ってね。男より力が弱い。背も低い。男から性欲の対象として見られる。月に一度は生理痛でのたうち回る。考え方や発想が男子と同じなわけ、ないじゃん」

「オレ、そういうの面倒つーか、苦手だし」


 正直なヤツだな。それとも単純なだけか。


「じゃぁ君は、一生、童貞でも良いんだ」

「はぁっ?!」

「女の子の気持ち、理解する気がないんでしょ? だったら上手く行くわけないじゃん。この先も。大人になってからも」


 一瞬、言い返す素振りを見せるも、その男子は口に手を当てた。

 何か思い当たる節でもあるらしい。

 自らを省みるのは良き事かな。悩むが良いさ青少年よ。


「やっぱオレ。栗田さんの事、好きだわ」

「はぃ?」


 なぜ、そういう結論になるかな。


「栗田さんと、ずっと今みたいな話しがしたいっていうか。ずっと、一緒に居たいっつーか」


 校舎の壁に手をつくと、はにかむように笑った。

 子供のような眼差しで、コチラ見つめながら。

 やば………。

 トクリと脈打つ胸の鼓動。

 身体が勝手に反応し始めた。


「オレさ…」


 相手が何か言い掛けるも、スマホの着信音が水を差した。


「待って」


 上着から取り出し液晶画面を一瞥。


「ごめん。友達が呼んでるから。私、帰る」

「そか」


 じゃぁねと、手を振り背を向けた。


「栗田さんっ!」


 腕を掴むが如く、呼び止める声。


「もし、付き合ってるヤツと別れたら、考えてくれねぇか?」


 今、返事をしないとダメかな。

 振り返り口を開くも、舌が止まった。

 頼むからさ。

 そんな悲しげな顔で、コッチを見るなよ。


「私より、他の子と付き合った方が幸せになれるよっ!」


 もし真実を知ったなら。

 君が抱く甘い想いは全て、最悪のトラウマへと変わるだろう。







「ただいま」


 玄関の扉を開けながら告げる帰宅の合図。


「お帰り、お父さん」


 たまたまトイレから出て来た娘がお出迎え。


「お前、仕事は?」

「今日は夜勤。もうすぐ出掛ける」

「そか」


 シューズを脱ごうとするも紐が固い。

 仕方なく、荷物を下ろし結び目に指を掛けた。


「春佳。前にも言ったけど、お父さんって言うな。今は由喜ちゃんで頼む」

「それを言ったらさ。わたしの事、春佳お姉ちゃんって言わなきゃダメじゃない?」

「………そうだな」


 今は俺の方が年下に見えるので致し方ないのだが、声に出すのは未だに抵抗を感じる。

 それは娘も同じだろう。


「お母さんは?」

「奥の部屋にいるよ」


 判ったと頷きながら、頬から首筋へと垂れた髪を背中へと流した。

 玄関から廊下へ。中扉を開けリビングを見回すも姿は見えず。

 もしかしてと、和室のふすまを開けた。


「あら、お帰りなさい」


 妻が畳の上で正座をしていた。

 左右には折重ねられた衣服やタオルの山。洗濯物を畳んでいたらしい。


「今日は、どうだったの?」

「色々と疲れた」


 室内へ入るなり、体を投げ出すように寝転がった。妻の膝を枕にしながら。


「学校で何かあったの?」

「男子から告白された」


 そう言った瞬間、妻は盛大に吹き出した。


「それは大変。それで? あなたはどうしたの?」

「相手がいるから、ダメだと断った」


 答えるなり、声を上げ高らかに笑った。ツボにはまったのか目に涙を浮かべながら。

 そんなに面白い事か?

 気持ちは判らなくもないが。


「なぁ、陽子。お前は今でも、俺の事が好きか?」


 時折に不安になる。

 こんな姿に変わり果てても、なお愛しているのかと。


「もちろん、好きよ」


 妻は即答した。


「だって、こんなにも可愛いから♪」


 両手で俺の頬を包むなり、すりすりと愛しそうに撫でた。


「好きの意味が、変わっているだろ」


 旦那というより、我が子へ向ける愛情というべきか。

 喜んで良いのか判断に迷う。

 いつになれば元の姿へ戻れるのやら。

 あの日から既に、半年近くが過ぎ去っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る