普段の雑談配信
Vtuber『
ここでスクショの一つでもあればいいのだが、残念ながら残っていない。
そもそもあってもここはカクヨムなので作品内に画像の貼り付けはできず、そもそも持ち合わせていないので近況ノートにも掲載できない。ないない尽くしの「たられば」なのだが。
むしろスクショしていた人がいるならば、記念に取っておきたいのでこっそり送ってほしいくらいだ。なので言葉での拙い説明になってしまうのを許してほしい。
とはいえ他のVtuber……特にプロ絵師がキャラデザしている企業勢の、良く言えば豪華、悪く言えば装飾過多な見た目とは異なり、かなりシンプルめだった。特徴といえば、黒髪のツインテールと大きなアホ毛、ピンクのセーラーワンピース、そして立体感のないバッテンヘアピンぐらいだろうか。
黙っていれば美少女なのだが、産声から全方位に喧嘩を売っていた『
『一人称オレ様とか男か? バ美肉勢?』
「男か女かとか今更言うと思うか? つーか目の前にいるこのオレ様がすべてだろ。それ以上求めるんなら余所行け余所」
『性別特に決めてないならなんで美少女キャラ? 男の娘?』
「は? この地球上において美少女が一番好かれてるからに決まってんだろ、バッキャロー。こんなん言うとポリコレとかクソうるさそうだけど、道訊かれるのがおっさんより美少女の方が構えないのは実際そうだし、流行の最先端がJKな時点で世間が物語ってんだよ」
兎角、こんな感じである。
夢の国のキャストよろしくなバーチャルのキャラクターとしてではなく、あくまでバーチャルというアバターをまとったリアルの人間だと最初から明らかにしていた。
反面、そういったVtuberにありがちな半生や日常生活に関する話題はまるっきりなかった。時期的にあったはずの選挙カーの声も、親フラのような家族の闖入もなく、配信の向こう側にはリアルな人間がいるはずだというのに、人間性が透けて見えてこないという特異性も有していた。
配信は数日に一度の雑談が三十分程度。決して豊富な情報量があったわけではなかったが、一応ファンを自称する私ですら、出身地が窺い知れそうな方言やご当地性を聴いた覚えがないくらいなのだ。相当気を配って、自覚的に個人情報に蓋をしていたに違いない。
『初見です! 声かわいいですね!』
「ボイチェンだよ残念だったな。オマエの耳、ギョーザかよ」
『リアルの見た目もこんな感じなのカナ!?』
「くだらねぇ夢見んな。出せる見た目してんならリアルの顔で勝負してるっつーの」
『歌枠してほしい』『ゲームやらない?』『シチュボ言って!』
「揃いも揃って何様だボケ。音痴に『歌枠してほしい』? シンプル下手くそで3D酔いする奴に『ゲームやらない?』だぁ? 大根に『シチュボ言って!』って、ふざけんじゃねぇバッキャロー。歌い手とゲーム実況者と声優の元に行きやがれ」
雑談という、どんなに気をつけていても人間性が透けて見えるであろう配信を続けながら、性別も年齢も出身地も不明。歌わず、ゲームも実況せず、声劇もしない。そしてコラボも一切しなかった。
ただバーチャルに対する敬虔さは言葉の端々から窺い知れた。それはたまたま荒らしが湧いた時が顕著だった。
『絵畜生死ね! 絵畜生死ね! 絵畜生死ね! 絵畜生死ね!』
「は? オレ様が絵畜生ならオマエは肉畜生だろ。たかだかタンパク質と水分の塊が、電気信号ごときでイキがってんじゃねぇカス」
速攻で通報とブロックが処置されたが、堂々啖呵を切ってみせた姿は、いっそ清々しかった。
Vtuberであることへのプライド……とでもいうべきなのだろうか。
最新技術だ夢の世界だと持て囃されていた頃は過ぎ去り、プロモーションやタレント業の一環とひとくくりにされた昨今において、Vtuberの特殊性は限りなく薄まってしまった。それでなくとも中身が人間であることに変わりはないのだから、凡庸になることも時間の問題だっただろうが、そんな現在においてもVtuberが特殊なものだとアピールするような言動は、一周回って奇異に映った。
ただまあ、その手の信念が透けて見えていなかったとは言いがたい。というより、少しでも見たことがあるリスナーならば嫌でも気づきそうなほどプンプン匂わせているからだ。
そもそも名前が「
「二次元の魔法使いなイラストレーター様々が体を作ってくれて、ドブボでもボイチェンという最新技術で少しはマシになる……リアルとかいうクソウゼぇしがらみから、いっとき自由になれる。バーチャルは最高だよ」
『リアルは嫌い?』
――いつもは聞き流しているだけだが、この時はコメントしたので記憶に残っている。
「は! 愚問だな。でもまあこの際だから答えてやるよ」
まだまだ発展途上のトラッキング技術でもよく分かるほどに、ニイと笑って。
「バーチャルだってリアルの一部だろ。デフォルメとかカリカチュアとか、そういうのしただけで」
『わけわからん』
「絵じゃなくて肉でできてる三次元の脳味噌こねくり回してよく考えろ」
第三者のコメントに『
……しかし今の私なら、おおよその意味が分かるような気がする。
リアルにはしがらみが多すぎる。
仕事や勉学といった日常生活が煩雑なのは言うに及ばず、それらを内包する肩書や容姿、体格、声色、出身、方言の含む喋り方……ややもすれば色彩豊かだと表現できるが、そう素直に思える人間がいかほどいるだろうか? 特に私のようにVtuberに耽溺して、リアルを直視するのが堪らなく恐ろしい人間も、いかほどいるだろうか。
色彩豊かも裏を返せば、自分に塗りたくられた色を拭い去ることは難しい。先の言葉を借りれば、「リアルとかいうクソウゼぇしがらみから、いっとき自由になれる」のがバーチャルなのだろう。
だが同じような文脈であれば、「リアルはクソ!」に収束しがちだ。
ままならないリアルと違って、自由なバーチャル。フィクションのテーマであれば、逆に「バーチャルには人のあたたかさがない」「バーチャルという楽園を捨てて、リアルという外に出よう」と訓戒にされるところだ。
いずれにせよ、バーチャルを甘い夢としてリアルには敵わないといった文言は、耳にタコができるほど聞き飽きた――けれども『
当時からその言葉がいい意味で心のどこかに引っかかっていて、だからこそ口の悪さに辟易しつつも、なんだかんだ視聴を続けていたのだと思う。
……いや違う。むしろ熱心なスコッパーも寄り付かない『
そんな日々も、長くは続かなかった。
始まりがあれば終わりがある。かの親分がスリープ状態という名の活動休止になったように――『
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