あなたは『空路木真実(うつろぎまこと)』というVtuberをご存じだろうか?

羅田 灯油

出会いの初配信


「あーあー、ちゃんと配信始まったな……って、なんでSNSで宣伝もしてないのに視聴者いんの? どんなオススメアルゴリズムしてんだよ、変態」


 上記の台詞を見て、これをVtuberが初配信の第一声で言い放ったものと見抜ける人はいないのではないだろうか? あまりに衝撃的だったので、筆者である私が実際に投げかけられたものをアーカイブから書き起こしてしまったくらいである。



 ――あなたは『空路木うつろぎ真実まこと』というVtuberをご存じだろうか?


 これを読んでいるであろう熱心なVtuberファンだとしても、おそらくはキャラデザはおろか、名前すら見たことがないかもしれない。それも当然だろう。なにせ登録者数は百にも届かず、同時接続数が一桁の時も珍しくなかった、弱小個人Vtuberである。


 Vtuber戦国時代と呼ばれて久しい昨今、企業所属していない個人Vtuberの実情などそんなものだろう。数えるのも両手で事足りる視聴者。程遠い収益化の壁。虚空に呑まれるような無力感に、喜びと瑞々しさに満ち溢れていたやる気はゾリゾリとそぎ落とされていく。

 えてしてそういった個人勢に尖った逸材が眠っているものだと人は言う……だとしても、記念すべき初配信でたまたま見てくれていたファン第一号候補生にする挨拶としては、あまりにも鋭利すぎた。そのうえ言葉どおり、今時珍しくSNSによる広報活動すらしていなかったのだから、鼻白んで当然だったとも言える。

 とはいえ印象深かったのは本当だったので、この備忘録をわざわざネット上に遺そうと思い立った理由の一つになってしまったのだが。



 時を遡って、私がどうやって『空路木うつろぎ真実まこと』の配信に辿り着いたかを語ろうと思う。


 私は元々、平成の終わりに彗星のごとく現れた四天王(五人)に始まり、記憶に新しい空前のお嬢様ブームもリアルタイムで見てきた、生粋のVtuber好きである。


 Vtuber――平たく言えば、「アバターとキャラクター性を持った配信・投稿者」といったところだろうか。この辺りの曖昧なボーダーの判断は有識者の諸兄らに任せるとするが、活動内容でイメージされるのは「ゲーム実況」「歌」「雑談」の三つではないだろうか。


 私はゲーム実況や歌動画も好きだが、その中でもとりわけ雑談が好きでよく聴いていた。「ゲーム実況」や「歌」は専門の配信・投稿者がいるだろうが、純粋に「雑談」を主立って行っているのはなかなか見かけないように思われる。

 お便りを募って読むラジオ形式ではなく、無軌道に、日頃のよもやま話をただするだけの雑談。人によっては「なにが面白いんだ?」を首をひねられてしまいそうなそれを、私は好んでいた。

 先んじてVtuberに辿り着いてしまった身としては、他サイトでの配信者の動向を知らないので、もしかすると雑談メインにやっている人も存外多いのかもしれないが、私個人の事情のなので割愛させてもらう。なんとも勿体ない気もするが。


 そんなわけで企業勢のみならず、雑談配信をしている個人勢にも食指を伸ばしていたため、オススメアルゴリズムが気を利かせて出してくれたのが『空路木うつろぎ真実まこと』の初配信に辿り着いた、すべての始まりだった。くしくも冒頭の台詞となった第一声が図星だったわけだが。


 真っ白いサムネイルに、文字は「初配信」だけ。

 クリックしてストリーミングを見れば、白背景にVtuberによくいる美少女キャラがいた――そして件の台詞に至る。


 要は『空路木うつろぎ真実まこと』もVtuberの「アバターとキャラクター性を持った配信・投稿者」という基準を概ね満たしていたが、特異な人間性もまた有していたという話である。


『くうろぎしんじつ?』

「は? 『うつろぎまこと』だっつーの。チャンネル名にローマ字で書いてあんだろ。ヘボン式アンチか?」


 やっと埋まったコメント欄の空白にもこんな感じの反応だったもので、「初配信」の文言に吸い寄せられてきた人達はたちまち退散し、コメントをしない傾聴するだけのROM専数名ばかりが取り残された。


「やっと静かになったけどまだいんのかよ。まー黙ってんならジャガイモと同じか」


 そこで怯むどころか煽ったのだ。冒頭の台詞以外はうろ覚えだが、内容はほぼ間違いないだろうと自負している。まかり間違ってもこびへつらうような言葉は一切なかったからだ。


 名実共に人気商売となったVtuber失格と言ってもいい、プレミ発言のオンパレード。

 企業勢ならば即謝罪配信送りにされそうな傍若無人の限りだ。流石に初配信こそ行く末を見守ろうと心に決めていたものの、正直言って炎上商法だと冷ややかな目だったのは否めなかった。


「一応ジャガイモにも自己紹介しとくか。オレ様は『空路木うつろぎ真実まこと』。次『くうろぎしんじつ』とかコメントしたつまんねー奴はブロックするからな。ハッシュタグとかファンマークとか、そんなしゃらくせぇモンは決めない。つーか勝手にしろ。あと雑談配信しかしないつもりだから、他行くなら今のうちだぞジャガイモ共」


 雑談配信という需要と供給の一致。

 私が人間ではなくジャガイモになった瞬間だった。



 ――そして、たった一年で人間に戻るとは思いもしなかったジャガイモである。

 その軌跡を備忘録として、折角なのでネット上に遺しておこうと思う。

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