まつろわぬもの

@hinorisa

第1話 前編

 ——自分にとっての『特別』な相手が、自分の事を『特別』だと思ってくれたら、それはどれほどの幸福なのだろうか。


 ふわふわとした微睡みの中、朧気だったシキの意識が目を覚ました。

 自分の体の感覚が戻り、意識とつなぎ合わされて鮮明になっていき、自身が地面に立っている事を認識する。

 聞き流していた雑音が力を持って言葉となり、視界に映る光景が像を結ぶ。言葉と映像が情報としての形をとり、脳内が満たされて、自身が置かれている状況を理解した。

 シキが今いる場所は、旅館の玄関の前。世間一般が想像する格式高い老舗旅館といえば、思い浮かべるのはそう難しくない。

 その建物の前に様々な身なりの男女が横に二列になって並び、シキもその列の端に加わっている。周りの人達は隣の人と話したり、不安や期待で緊張していたり、それぞれ思い思いに待ち時間を過ごしている。

 目の前にある建造物は、厳かの雰囲気を纏いながらも、気品ある佇まいをしている。破損一つ見られない瓦の屋根には、蛇とも竜にも見えるモノを象った飾り瓦が、じっと訪問者達を見張っている。

 ここに辿り着くまでの石畳の道も、敷地を守る重厚な門と漆喰の壁も、シキには馴染みがなさすぎる。せいぜい学校の修学旅行で訪れた京都と奈良観光で、神社仏閣巡りをした時以来だ。

 おそらくは優れた技術者の手により、頻繁に清掃や修復を受け、持ち主に大切にされているのだろうと推測はできる。

 手間暇をかけて育てた松と梅の木が優美さを添えてくれる玄関は、清潔感があり塵一つ落ちていない。

 開け放たれた引き戸の奥には広々とした玄関ロビー。奥には所謂ラウンジ、ローテーブルとゆったりと座れる木製の椅子が置かれ、休憩所が設けられている。そこだけでも数人が生活できるほどの広い。

 玄関だけでも全体の広さを想像させるには十分で、これを人口密度の高い都会で再現するとしたら、いったいどれだけの経費が掛かるのだろうかと、シキは馴染みがない空間に対して、風情も情緒もない感想を持ってしまう。

 手持無沙汰なシキは周りの人間達を見やり、彼らは自分と同じ理由でこの場で並んでいるのだろうかと考え、同じとは限らないが似た理由という事は充分にあるかと、暇を持て余すシキは思考する。

 そんなシキの思考は、突然訪れた静寂によって遮られた。周囲の人達が先ほどまで好き勝手にしていた雑談が、突然ぱったりと止んだ。

 何事かと思い、シキが俯けていた顔を上げると、そこには一人の男性が佇んでいた。

 端的に言えば、気難しそうで近寄りがたい雰囲気を纏った、綺麗な男性だ。邪魔にならない様に整えられた灰色の髪。深い海のような紺青色の目。凛々しい顔立だが、眉間には皴ができており、どことなく不機嫌そうに、列に並んでいる人間達を睨みつけている。

 皴一つない紺色の着物を着こなし、隙なく真っすぐに伸びた姿勢が、男性の性格を物語っているかのようだ。

 おそらくは真面目で規律を重んじる性格なのだろう。自分が現れるまで、好き勝手に雑談をして、列を崩していた事が気に喰わないのだろうかと、シキは他人事の様に思う。シキ自身は列から動いてはいないし、誰かと会話もしていない。というよりは話す相手が居ないので、大人しく指示された通りに、その場から動かなかっただけだが。

「……こちらとしては規則に従い、こちらの指示通りに動くのであれば、客のいない所で何をしようと自由ではある」

 よく響く声で紡がれた言葉に、数名がばつが悪そうに顔を俯けるのを一瞥すると、男性は視線を正面に戻す。

「俺はこの『旅館』の支配人を務めている者だ。——まあ、名前はいいだろう。どっちにしろこの『旅館』でだけの付き合いだからな。適当に支配人と呼べ。お前達にはこれからこの『旅館』で働くにあたって、研修を受けてもらう。と言っても数日程度だ」

 これだけ立派な旅館だというのに、付け焼刃の素人を雇って働かせると言う。よほど人手不足なのだろうかとシキは首を傾げる。

「お前達に求めているのは、指定された事柄をこなし、『客』を接待することだけだ。もちろん最低限の片づけや掃除はしてもらうが、基本的には『客』の世話を最優先でしてもらう事になる」

 接待、世話という単語にシキは僅かに眉を顰める。彼と似た様な反応をした者が他にも居たらしい。

「——分かっているとは思うが、別に色事をさせるつもりはない。それならば、それこそ玄人を雇う。ここに来る『客』は、言ってしまえば短期間療養の様なものだ。最低限の能力があればそれ以上は求めない。——ではこれから研修に入る。お前達の宿泊所は別館にある。必要な物は揃っているし、基本的には衣食住は保証する。足りない物があるのであれば、他にいる従業員に頼め。許可されている物であれば、大概の物は揃えられる」

 支配人に促されるまま、その場にいた全員が一列になって、カルガモの行進の様にぞろぞろと、彼の背中に付いて歩いていく。

 本館の正面玄関から離れ、脇にある木で作られた門を潜り抜ける。木の門や塀は時間の流れを感じさせるが、やはり手入れがされていてささくれなどは無い。開かれたままの木の扉には、達筆な文字で従業員以外立ち入り禁止と張り紙がされている。

 小道は竹林の中を突っ切るように作られていて、竹で組まれた柵によって道との境界を明確にしている。

 真っすぐに伸びた深緑の竹が作る林は静かで、聞こえるのは足音と小さな声だけだ。時折、吹き通る風が竹を揺らし、枝がしなり葉が擦れて、さわさわと心地よい音がする。

 竹の葉を通した日の光が柔らかに降り注ぐ光景は、思わず息を吐くほど美しい。

 実際にシキも画面越しでしか見たことがない光景に、思わず見とれてしまう。従業員用の通用口にはもったいないと、シキは思いながらも、最初に感じた感動を忘れぬように目に焼き付けた。


 竹林の先はやはり木の柵と門で終わり、そこを潜ると別館と呼ばれた建物が姿を見せる。

 確かに本館には及ばないが、こちらの別館も充分に旅館としても申し分ない。本館よりも装飾の類は少なく、規模は小さいが、数十人は充分に泊まれる広さはある。

 シキからすれば、旅行先で宿泊するのであれば、敷居の高そうな本館よりも、むしろこちらの方を選ぶだろう。

 別館の前に着くと、本館よりは小規模の玄関の前の広場に、先ほどと同じように整列をし直す。

 先ほどと違うのは支配人の後ろに、淡い赤色の着物を着た女性達が建物に沿うようにして一列に並んでいる事だろう。

「ここに居る従業員達がお前たちの『指導役』になる。研修を終えた後には、彼女達と組んで一人の『客』の世話をする事になる。言ってしまえば、ここで働く間の相棒。仲良くしろとまではいわないが、お互いに軋轢を生まない程度に、大人の対応をするように」

 聞いていて心地よい支配人の声は良く通り、滞りなく全員の耳に届いている。

「——そして、これから伝える事は、お前達がここで守るべき規則だ」

 強調するように強い口調で、支配人は全身の記憶に残るように、言い聞かせるように、ゆっくりと話す。

「一つ。ここでは自分の名前を口にしない事。決して自分以外の者に知られない様にしろ。研修が終わった後に、仮の名を与えるので、ここに居る間はそれを名乗るように」

「二つ。仕事中は決して素顔を客に見せない事。これも後で顔を隠すための面を配布する。本館にいる間は決して外すな。別館でどうするかは自由だ」

「三つ。客から物を貰わない事。自分の私物を客に渡さない事。……例えばここで客に出すし好品を渡された場合は、受け取っても構わないが、持ち帰ったり食べる前には必ず俺に確認をとれ。問題がなければ構わない」

「四つ。客には決して噓をつかない事。言えない事と言いたくない事は、素直に『規則で言えない』と伝える。しつこい時は無言を貫き通せ。その時は『指導役』か俺が対応する」

 支配人はその場の研修生の顔を一人一人視線で確認すると、話は終わりだと伝える。

 支配人は従業員の名を一人呼ぶと、列の中から一歩前に出て、彼の少し後ろに立つ。その後に支配人が今度は番号を口にする。

 番号はここに来た際に割り振られたもので、それに従って研修生達も列から外れて支配人の前に立つ。

 すると傍にいた従業員が前に歩み出てきて、呼ばれた研修生の横に並び、お互いに挨拶をする。

 どうやらこれで仕事中の相棒が決まったらしく、支配人に一礼をしてから、従業員に従って建物中へと入っていく。

 呼ばれる番号が進むにつれて、シキは研修生達に違いがある事に気がついた。

 先に呼ばれた番号の者ほど、身なりが良く、行動に迷いがない。それに比べて後に呼ばれた番号の者達は、服装はカジュアルなものや質素な物になっていき、自信が無いのか行動もどこか不安そうで、前の人間の行動を真似しているのがはっきりと分かる。

 一番最後に呼ばれたのがシキで、二十一番と呼ばれて前に行くと、ニ十代半ばぐらいの女性が彼を待っていた。

「……言っておくが、これは登録された順番だ。お前がどうこう言うことはない」

 最後まで残されていたシキが不安そうに、硬い表情を見ていたのだろう。シキ本人は表情に出さないように心掛けてはいたが、やはり隠しきるのは無理だったようだ。

「……ありがとうございます。大丈夫です」

 シキは従業員との顔合わせが終わると、支配人に向き直ると深々と頭を下げて、その場を後にした。とりあえずは、感謝と謝罪はちゃんと伝える事にしている。

 案内された部屋は個室で、独りで生活するには十分な広さだった。畳は使い込まれてはいるが、イグサの香りがまだ僅かに残っている。

 押し入れの右側には布団と枕と座布団が仕舞われていて、左側には桐の箪笥が備え付けられて、一番上の段には鍵がかけられるようになっている。

 必要な家具や消耗品、仕事着や道具は予め用意されているようで、生活に必要な物は一通り揃っているので、生活するのは問題がなさそうだった。

 

 『指導役』の従業員達は、時間をかけて必要な教育を受けおり、皆が着物を着こなし違和感がない。真っ直ぐに伸びた姿勢が、この仕事への誇りを物語っている。

 それに比べると研修生達は年齢も性別もばらばらで、服など身なりにも全く統一感がない。従業員達と同じように着物の者もいれば、シキと同じように洋装の者達もいる。さらに言えば着物を着ていても、明らかに高級そうな物から質素な物。洋装もスーツの者が居れば、シキの様に大量生産品を着ている者と様々だ。

 素人目に分かるほど質の良いの着物を着ている者は、佇まいも洗練されていて、一つ一つの所作も美しい。

 それに比べると明らかにシキを含めた、所謂一般人の恰好の者達は、手順や礼儀作法を覚える事で精一杯だ。

 シキは渡されていた教本を開き、その日の終わりに再度教本を読みながら、今日に学んだ事の復習を繰り返して何とかものにしていく。

 特殊な技能を必要としない代わりに、礼儀作法などをしっかり覚えることが大切なのだろう。

 明らかにここに来る以前に習っていたと分かる者や、卒なくこなす者がいるのだが、番号で呼ばれた際に最初の方に呼ばれていた者が多い様に思えた。

 そもそもの話、それだけお金をかけられる余裕があるのであれば、得体の知れない短期バイトなどするものなのだろうかと、シキは内心疑問には思ってはいたが、それを当事者達に尋ねる事はしなかった。

 ——正しく言えばしなかったのではなく、出来なかったが正しい。

 基本的に研修生が話すのは担当の『指導役』だけだ。稀に言葉を交わしている研修生達もいるが、明らかに顔見知り同士なのが分かり、その中へと入っていく気にはなれない。

 さらに言えば、番号的で後から呼ばれた者達は、明らかに切羽詰まった様子で余裕がない。常に何かに追われているかの様で、怯えている様にすら見える。常に緊張で空気がピリピリとしていて、用がなければ——用があっても話しかけ辛い。

 幸いにもシキの担当になった従業員はベテランらしく、教えるのもかなり上手い。朗らかで人付き合いも慣れているのか、シキや他の研修生と話す際も問題はない。

 シキの『指導役』——葉月と休憩中の雑談で分かったことだが、『指導役』の名前も支配人がつけたもので、全員に『月』という文字が入っているのだという。

「いつも顰め面で、真面目で取っ付き難い所があるけれど、とても面倒見のいい人なんですよ」

 その話を聞いて、シキはああなるほどと同意する。知らない土地で知らない人間に囲まれて、最後まで残されて不安そうな彼を放っておけなかったのだろう。

「基本的には支配人の話を聞いて従っていれば、大概の問題なくこなせる筈。いざという時は私たちが時間稼ぎぐらいはするから」

「……そこは助ける、ではないのですね」

「助けれられるならばそうする。けれど、本当のいざという時は私たちでは役不足。良くても問題の先送り、悪くて共倒れ」

 葉月は苦笑しながら、シキの方を見る。

「……貴方には家族はいる?」

 唐突な質問に、シキはその意図を掴めずに首を傾げる。

「——ええ。父と兄弟が」

 これから世話になるというのに答えないのも失礼だと思い、シキは大まかな返答をする。

「……そう。だったら、帰らないとね」

「もちろんそのつもりですが……」

 意図を理解できていないシキの様子を見た葉月の瞳が、酷く不安そうに揺れる。葉月は何故自分がシキの担当にされたのか、支配人の意図を察した。

「……頑張りましょうね。大丈夫。お客さんの相手と言っても、身の回りの世話や話し相手が殆どだから。最低限の作法を学んでおけば、よほどの事が無ければお叱りを受ける事はないから」

 背筋をまっすぐに伸ばして胸を張る葉月の姿が支配人に似ていて、シキは何となくだが、この人なら大丈夫そうだと思った。

 それなりに苦労したのは旅館の地理を覚える事だ。広い建物の構造を把握するために労力を要した。

 所々に庭が設けられていて、どの部屋も美しい庭の景色を拝めるように設計されている。その分作りがややこしいのだが、基本的には担当する客の部屋と要所要所を往復できれば、最悪問題はないと言われた。

 必要な部屋や施設、立ち入り禁止の場所。そして支配人が基本的には常駐しているらしい執務室。何とか迷うことなく、目的地まで着けるようにはなった。

 ——数日間の研修を終え、約一月に及ぶ短期の住み込みの仕事が始まりをむかえた。


 研修中に教えてもらった着物の着付けを何とか終え、シキは全身が映るほどの大きな鏡に映る自分の姿を見てため息を吐く。

 ——白衣と袴。一昔前は当たり前だった格好だが、今となっては所謂、神職が身に纏っている装いの印象が強い。近所の神社での祭事や修学旅行先で目にした事はあるが、それを自分が着る羽目になるとは思ってもみなかった。

 見慣れない自分の姿が、より一層これから起こる事への不安を煽る。

 シキは所謂マニュアル人間で、決められて割り振られた仕事を言われた通りにこなす事は問題なく出来るが、例外やトラブルが起これば、それに対するマニュアルが無ければ動揺するばかりで、思考や判断力が鈍くなってしまう。

 気を回す事、相手の意図をくみ取ることは苦手な部類で、なるべく口を挟まないようにしているため、大人しく物静かに見られがちになる。

 だが、そういうわけではなく、ただ単に率先して自分から行動を起こす事が出来ないだけ。踏み出せば、その勢いのまま走り切ってしまう事は出来るが、一度立ち止まってしまうと、再び走り始める事が出来るかは分からない。

 ふと鏡に映る自分の顔があまりにも情けなく見え、さっさと用意されていた布で出来た面をかぶる。視界は網戸越しに見る光景に近く、仕事で動き回るのにも支障はない。

 布越しに自分の表情が見えないか確認してみたが、薄い割にはしっかりとしているおかげで、朧げに顔の輪郭が分かる程度。 

 たった一枚のの薄い布でも、ちゃんと顔を隠してくれて、誰だか分からないようにしてくれる。表情が相手に見えないという事実が、シキに確かな安心を与えてくれる。

 仕事着という名の戦闘服に着替え終わったシキは、覚悟を決めて部屋を後にした。


 最初の日と同じように本館の玄関前にずらりと並んだ人間達は、程度の差異はあるが皆緊張していた。

 全員が白衣に袴にという神職スタイルに、布で出来た面という出で立ちのため、はた目から見れば怪しい集団に見えるだろうなと、シキは他人事のように思う。

 これだけの人数に紛れてしまえば、個人を特定する要素は少ない。実際に初日に比べれば身なりの良さや表情といった差が減り、個ではなく集団という中の一人という事が、シキに落ち着きを与えてくれている。

「おはよう。では、これより本格的な仕事をしてもらうわけだが、担当する『客』は、基本的には最初に着いたままだと思っていて欲しい。だが、何らかの理由で、別の客に就いてもらう事もあると、理解しておくように」

 支配人の聞き取りやすい声は、今日も良く響き渡っている。朝が弱いのか少し頭が不安定に揺れていた者が居たのだが、支配人がしゃべり始めた途端にビクッと体を震わせて、焦った様子で姿勢を正していた。

 それを見ていた数人が、非難するように小声で何かを呟いている。シキの位置からは何を言っているのかは聞き取れないが、言われた本人は恥ずかしそうに顔を俯ける。

 支配人はそれを一瞥したが、興味が無いのか必要性が無いのか、すぐに前を向き話を続ける。

「『指導役』に聞いているとは思うが、ここに居る間は本名を隠して仮の名を使ってもらう。文句も変更も一切受け付けない。では一番から——」

 登録番号順に名前を言い渡されていき、最後のシキ番が回ってくる。

「——二十一番。紅い葉と書いて『モミジ』」

 言い渡された『モミジ』という名を、シキは口の中で小さく呟いて確認する。

 分かりやすくいい名だとは思うが、この場では少々ややこしくはないだろうかと、シキは支配人の方を見る。

 視線を向けられた事に気がついたのか、支配人が視線をシキに向けたが、すぐに逸らして口を開く。

「全員その名前を頭に刻み、それら以外の名を口にするなよ。分かっているとは思うが、ここに居る時点ですべては自己責任だ。規則を守れば何の問題もなく事が終わる筈だ。問題が起きた際は、それを補うのは周りにいる人間だという事を忘れるな」

 自己責任という単語に、何人かの人間がピクリと肩を揺らす。

 シキはその大げさな反応に首を傾げる。確かに何事も自己責任ではあるだろうが、心なしか強調された支配人の言い方が妙に気になって仕方がない。

 この場にいる研修生——『世話役』達は、全員が差はあれど緊張している。

 けれど、シキには、その緊張の種類が各々違うものだと感じてしまう。気のせいだろうかと、その不可解な同僚達とやっていけるのだろうかと、シキは小さくため息を吐いた。


 シキと葉月が担当する事になった客は、白く、儚く、綺麗な男だった。

 指示された通りに楓の間に着いたシキは、木張りの廊下に正座した状態で、目の前の扉を前にして、ゆっくりと息をして呼吸と鼓動を整える。

 扉にはこの部屋の由来なのだろう、見事な楓の木の絵が描かれ、その横には楓の間という札がかかっている。

「大丈夫。ここのお客様は、何度も宿泊している常連だから。ここに慣れているし、基本的には良い人。多少の失敗は目をつぶってくれる筈だから」

 シキの横で葉月が小声で勇気づけてくれる。彼女もいつものより少し表情が硬いが、流石ベテランなのか見事な微笑みを浮かべている。

「覚えた通りの最低限の礼儀。後はお客様の様子を見ながら、適度に相打ちと会話を続ける事。こればっかりは実践するしかない。貴方の役目は、お客様の話し合い手と身の回りのこまごまとした事。難しい事はないし、あったとしても私が対応するから」

 何とか平常を保ちながらシキが頷くと、葉月は前に向き直って、部屋の中へ声をかけて入室許可を取ると、扉に手をかける。ピクリと僅かに震えてしまったシキの前で、ゆっくりと扉が開かれる。

 頭を下げてから入室した葉月に続き、シキは頭を下げてから立ち上がり、部屋の中に足を踏み入れる。正面にいる客を真っ直ぐに対面する気にはなれず、視線は自らの足元に向けたまま、葉月の隣に座り、彼女と共に再び頭を下げる。

「この度、この部屋を担当させていただく事になった、葉月でございます。こちらはこの度、お世話をさせていただくことになった『モミジ』でございます。よろしくお願い致します」

「……『モミジ』でございます。しばらくの間、お客様のお世話をさせていただく事になりました。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 嚙んだり言い淀んだりしない事に集中していたために、抑揚のない淡々とした物言いになってしまう。だが、何とか及第点と自己採点できる程度には、教わった通りの挨拶が出来たと思い、シキはゆっくりと伏せていた頭を上げる。

「——ああ。よろしく。雪と名乗っている。しばらく世話になる」

 雪と名乗った男は朗らかな微笑みを浮かべている。それに安堵するよりも先に、シキは彼の容姿の美しさに目を奪われていた。

 名を現す通りに全体的に白い。白とも白銀ともとれる艶やかな髪。白いが健康的で滑らかな肌。儚げで中性的な整った顔立ち。その中で最も引きつけて印象に残るのは、宝石のように美しい金色の目。

 身長はそれなりに高いが、体つきは一見すると細くて華奢で、彼の儚げな印象を強くする。骨格などで男とは分かるが、髪が襟足は背中まで、横は耳が隠れるほどに伸ばされていて、顔だけ見れば女性と間違えても不思議ではない。

 シキが今まで出会った人の中で、最も綺麗な容姿をしていた。

 雪を見た瞬間、その金色の瞳に魅入られたかの様に、シキの思考が止まってしまったが、すぐに無理やり動かして、面の下で何とか愛想笑いを浮かべた。

 雪はその様子を値踏みする様に、目を細めてじっと見つめている。

 蛇に睨まれた蛙、という諺がシキの脳裏をよぎったが、何とか微笑みを浮かべたまま雪を向き合う事が出来た。——後から考えれば、布で表情など見えないというのに、頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。

 雪はシキと葉月を交互に視線をやると、ゆるりと苦笑を浮かべた。

「おいおい……。さすがに緊張しすぎだろう。これからひと月近く一緒にいるというのに、お互いに気が滅入る。よほどの無礼を働かなければ、どうこうするつもりもないから、安心してくれ」

 低い声を聞きながら、やはり男なのだと再度認識して、シキはちらりと葉月の方を見る。彼女はその視線に対して、苦笑を浮かべて軽く頷く。

 どうやら葉月が言っていた通り、よほどの事が無ければ大丈夫な相手のようだ。

「至らぬ点もございますが、しばらくの間よろしくお願いします」

 再び深々と頭を下げたシキに、雪は肩を竦める仕草をして葉月の方を見る。葉月は今度は口元に微笑みを浮かべて、小さく頷いた。

 シキが頭を上げた時には、すでに両者とも視線を外していたので、その意図は彼には気づかれないままだった。

「まあ、俺がここに来たときは、君みたいに場慣れしていない新人があてがわれる事が割と多いんだ。俺も毎回同じというのもつまらないしな。君ぐらいの反応の方が気が楽だ」

 雪が人好きのする笑顔を浮かべて、少しでもシキの緊張を弱めようとしているのを察して、葉月はそれに乗っかる。

「それでいうと、慣れ切った私の反応も退屈なのでしょうか?」

「いやいや。君が居るからこそ、彼は力を抜くことができるんだろう。君は何というか、安心感の塊みたいなものだからな」

「ふふっ……。誉め言葉として受け取っておきますね」

 お互いに信頼があるのと分かる、からかい交じりの会話に、シキは気づかれない様に胸をなでおろした。


 彼らが世話役として客に紹介されたのは、夕餉よりも少し前。

 昼を過ぎた頃に、『客』が各々旅館に到着した後に、『指導役』が『客』を部屋まで案内をしてから、必要な注意事項を述べる。

 常連であっても、この注意事項は毎回口頭説明を受ける決まりになっている。

 あとは『世話役』が来るまでの時間、各々好きな事をして過ごす。『旅館』の中を見て回ったり、部屋で寛いで体を休めたり、知人の部屋を訪ねたりと様々だ。

 そうして夕刻の鐘が鳴った頃、『世話役』が『指導役』と共に『客』の元を訪れる。

 『客』への紹介が終われば、すぐに夕餉が始まる。

 夕餉の内容は、リクエストがあればある程度は融通をきかせるが、なければ決まった通りのメニューが配膳される。

 周囲が山に囲まれているためか、山の幸の割合が多い。山菜やキノコや川魚、新鮮な獣の肉などもあれば、新鮮な野菜や果物もあり、一通りの好みには答えられる様になっている。

 この日のメイン料理はモミジ鍋、所謂鹿肉と野菜や豆腐などを醬油をベースに煮る、言ってしまえばすき焼きの様な料理だ。

 ……これは支配人なりの冗談だったりするのだろうか。

 葉月とシキで配膳したモミジ鍋を前にして、シキ——仮名『モミジ』は戸惑いながら眺めていた。

 鍋以外にも、新鮮な野菜を使った煮物や漬物やお浸しなどが、小鉢に入れられて並んでいる。食器はあまり柄物は無く、色合いも落ち着いたものが多い。だが、シキの素人目にも、使われている食器類が高価である事はそれとなく分かる。

 この旅館に来てから、シキが常々思っていた事なのだが、使われている家具や小物が確実に良質で高価な物だ。

 さらにその品々は丁寧に長年使われている様で、ただ高級なだけではなく、そこには確かな格式と気品を纏わせている。

 正直な所、シキには縁遠く、気軽に扱う事が出来ないので、それがさらなる緊張を生んでいたりする。

 最初は顔を隠す面に対して困惑していたシキだったが、今となっては、表情が隠れているという事へのありがたみが身に染みていたりする。

 もしかして顔を隠す面も、支配人の優しさで出来ているのだろうかと、自らの仕事をこなしながらシキは考えていた。

 『世話役』と言っても、やるのはお酌や話し相手が主だ。雪を挟むようにして、動く事の多い葉月が入り口に近い方に座り、その反対側にシキが座っている。

 鍋の世話は葉月担当なので、シキは徳利に入った清酒を雪の手にあるお猪口にそっと注ぎながら、雪の様子を観察する。

 やはり料理は見た目通りに美味しいらしく、見た目が細い雪が、次々に料理を平らげていく様は見ていて面白い。何より箸使いが綺麗で見ていて惚れ惚れする。

 一通り料理を食べ終えた雪が、予備のお猪口をシキと葉月にそれぞれ渡してきた。

「君たちも飲むといい。相変わらずいい酒だ。飲まないと損だ」

 手渡されたお猪口と雪に葉月と、順番に視線を向けた後、シキは素直に雪からのお酌を受け取る葉月を眺めていた。

「——ん?ああ、これは規則的には問題ない。旅館が出した物を君達に分けているだけだからな。俺の私物ではないし、対価も求めていない」

 葉月の方からシキの方へと向きを変えて、雪は口元に微笑みを浮かべて酒を勧めてくる。

「……大変申し訳ありませんが、私は未成年ですので、飲酒はできません」

 徳利を差し出したまま一瞬固まった雪が、首をねじって視線を葉月の方に向ける。葉月が苦笑しながら頷くと、雪は何も言わずに首を傾げながら、徳利をお膳の上に戻した。

「——未成年。そういえばそういう決まりがあったな。……それはどうしても守らなければいけない決まり事なのか?」

 とっさに断りを入れてしまったせいで、雪の機嫌を損ねていないかとシキはハラハラしていたのだが、彼はあまり気にしていない様なのでほっと息を吐く。

「必ず、というわけではありませんね。実際の所、正月に祝いとしてお猪口一杯分ぐらいは飲みますから。……まあ、ここで飲んでも、何と言うか良心の呵責を感じる程度だとは思いますが、……個人的にお酒をあまり美味しいと思えないもので、苦手なのです」

 いいお酒を飲んでいないと言われればそうなのだろうが、シキは清酒を飲んだ時の喉が熱くなる感覚と強い酒の風味が苦手なのだ。

 シキとしても、一年程度の誤差の飲酒でどうこうなるとは思ってはいないが、子供の頃から培われてきた良識というものが邪魔をする。

「まあ、苦手な相手に無理に進めてもな。そうか、まあ、決まり事を守るのは悪い事ではないからな。——特にここでは」

 物憂げに微笑み、雪はシキが手に持っていたお猪口をそっと取ると、お膳の上に戻す。その横では、葉月がお酒の美味しさに、思わず満足げなため息を吐いていた。

「——所で君は未成年との事だが、何でこの仕事をする事になったんだ?」

 プライベートな質問にシキは一瞬躊躇したが、せっかく勧めてくれたお酒を断ったばかりで、あれもこれも断るのは失礼だろうと思い、ちらりとは葉月の方を見た。彼女は彼の判断に任せるつもりらしく、軽く微笑んで小さく頷いた。

 本当に拙くなる様であれば、彼女が何かしら口を出してくるだろうと思い、シキは当り障りのない答えを考えながら口を開く。

「——知人からの紹介ですね。色々と物入りでどうしようかと悩んでいた時に、知人がこの仕事を紹介してくれました。一応は短期の派遣の仕事をすると、親の許可も取りました」

 少々説明が大雑把ではあるが、嘘はついていないから問題は無いだろうと、念のため葉月の方を見ると小さく頷くのが見えた。

「——まあ、色々が気にはなるが、人それぞれだろうしな。うーん、そうだな……、しばらく付き合うのだし……、君、何か好きな事や趣味はあるのか?」

 悩んだわりには無難でお見合いのような質問に、シキは苦笑する。

「そうですね……。強いて言えば、読書、ですかね」

 人の事は言えない返しだなと思いながらも、シキは言葉を続ける。

「——とはいっても、小説の類ならば色々読むので、拘りはありませんね。ああ、でも強いてい言えば、大概がフィクションですね。後は、神話やお伽話なんかも、割と好きです」

「ほう。昔から伝わる話は、大概は意味や教訓があるものが多い。読んで損ではないと思うぞ。……俺も地方のお伽話なら、いくつか知っている」

 意外と雪の興味をそそるものだったらしく、酒の肴だと思って聞くように促されて、シキは雪の話に耳を傾ける。

 雪の語る話は、確かにどこかで聞いた事のあるような内容の物も、聞いた事の無いとんでもない展開のものもあった。どうしてそういう話が伝わっているのか、こういう暗喩だとか、注釈を入れてくれるので、シキは最後まで飽きる事なく彼との会話を楽しんだ。

 初日の職務が終わり、雪の部屋の退室した後『世話役』達は支配人によって呼び出されていた。

 静かな夜で、すでに休んでいる客もいるため、騒がしくして迷惑がかかる可能性があるため、別館の寮での玄関ホール内に集合となった。

 さすがに二十人以上も入ると手狭ではあるが、隣の人とぶつかる程という事はないのだが、物理的というよりも、精神的な重圧のようなものがあって息苦しい。

「——一日目はこれで終了した。だが、これからはしばらくの間、お前達は出来うる限りの誠実さをもって、お客の相手をしなければならない。気を抜かずにしっかり仕事をこなすように。……何か相談があるのであれば、これから一時間ほど受け付けるので、俺の所に来るように」

 支配人の解散という号令を合図に、重圧が消えて喧騒が戻ってくる。

 シキは得体の知れない重圧に開放されて、抱えていた不安を吐き出す様に、大きなため息を吐いた。


 二日目以降は用事が無い時は朝礼は無いため、各々が就業時間に合わせて起きて身支度を済ませて朝食をとる。

 『世話役』達は、基本的には別館で食事をする様に言われている。厨房の傍の広間が食堂の代わりに開放されているので、ほとんどの者はそこで食事をとる。例外としては客に一緒の食事を求められた場合と、体調不良の場合などがあげられる。

 メニューも三食決まっているのだが、頼めば持ち運べるような軽食や夜食なども用意してくれる。閉鎖空間という事もあり、生きる糧となる食事には力が入れられている。

 厨房の傍には冷蔵庫と戸棚が置かれていて、そこに入っている飲み物や甘味の類は自由に持ち帰っていい事になっている。元々、割り当てられた個室にも、小さい冷蔵庫が備え付けられているので、保存に困る事はない。

 良いサービスをするためには、従業員が健康でなくてはいけないと、旅館側が思っての心遣いは従業員達には嬉しいものだ。

 朝食を終えたシキは厨房の横のカウンターに、「ごちそうさまでした」と挨拶を言ってから食器の乗った膳を返却する。

 子供の頃からの習慣で、こういった時の挨拶も何となく口にしている事が多く、シキとしては困った事も無いし、むしろ最低限の礼儀だと思っていたりする。

 シキは一旦自室に戻り、軽く食後の休息をとった後に、職務時間に合わせて雪の部屋へと向かう。

 道中で葉月と合流して、挨拶を交わしてから楓の間に向かうと、ちょうど部屋から出てくる雪と出くわした。

「あら?雪様。こんな早くにお出かけですか?」

 葉月がシキより一歩前に出て、微笑みを浮かべながら尋ねる。朝はあまり強くないシキからすれば、流石はプロだと内心で賛辞を贈る。

「——ああ。ちょっと出てくる」

 どうやら葉月も寝耳水だったらしく、戸惑いながら少し首を傾げる。

「それは、支配人が了承している、という事でよろしいですか?」

 支配人が雪の話を聞いた上で葉月とシキには何も言わなかった、という事を暗に訪ねているのだと、シキにも察する事ができた。

「ああ。支配人には了承を得ているし、俺が頼んだ。だから、支配人も、君達にも落ち度はない。……それと、戻ってくるのは夕餉の前になるだろうから、昼食もいらない。悪いが、葉月とモミジの二人は自由時間という事にしてくれ」

 白い着物に藍色の袴姿の雪はそれだけ言うと、さっさとその場から立ち去ろうと背を向けたので、シキはとっさにその華奢な背に声をかける。

「行ってらっしゃいませ。気をつけて——」

 子供の頃からの癖の一つで、出かける兄弟達によく「気を付けて」と口にしていた。そのせいもあって思わず声をかけてしまったのだが、言われた本人は足を止めて驚いた様子で振り返った。

「……ああ……うん。いや……うん。行ってくる」

 気分を害してしまったのかとシキは不安を覚えたが、その心配をよそに雪は何とも言えない表情で戸惑っていた。雪は視線を彷徨わせてから視線をシキに戻すと、嬉しそうに微笑んでから軽く手を挙げて、その場から立ち去った。

 その成り行きを見守っていた葉月が、口元に手を当てて笑いを堪えていた事に、シキは気がつく事はなかった。

 とりあえずは何事もなく——仕事が無くなってしまった状況にシキは困惑する。

「……葉月さん。この場合はどうすれば?」

 状況についていけないシキは、『指導役』の葉月に意見を求めたのだが、彼女も苦笑を浮かべて軽く口元を触りながら逡巡している。

「……そうね。——とりあえずは念のために、支配人の所に行って確認をとりましょうか。何事もホウレンソウが大切だから」

 社会人の基本だと葉月が冗談交じりに笑い、シキは彼女と共に支配人の部屋へと向かう事になった。

 支配人は、この本館の端にある執務室の隣で寝泊まりをしているそうで、いざという時にすぐに対応が出来るように、用事が無ければ大概は執務室に居るのだと、道すがら葉月が語ってくれる。

 綺麗に磨かれた廊下の上を歩きながら、シキは不意に外の景色に目をやる。

 この旅館はどこも掃除が行き届いていて、庭に植えられている木は丹精込めて育てたであろう立派なもので、地面の土や砂利や砂まで整えられている。まさに日本庭園といった様相に、シキはそれらを見られるだけでも、ここに来た意味がある様な気持ちになる。

「——支配人。少し、よろしいでしょうか?」

 襖越しに葉月が声をかけると、すぐに「入れ」という低い声が返ってくる。

 「失礼します」と言ってから、葉月と共に執務室へと足を踏み入れる。部屋の中はまさに仕事部屋といった内装で、出入り口正面のすぐ前には来客用のローテーブル。それを挟んで数人用のソファーが二つ。一番奥に仕事机が置かれ、そこに積まれた書類の山の隙間から支配人の上半身が覗いている。その後ろにはカーテンに覆われた窓が見える。仕事机を囲うように箪笥や棚が設置され、部屋の広さの割に物が多いせいで狭く感じる。

「……楓の間の『客』の事であれば、本人が言った通りだ。用事で外出するため、半日はお前達は非番とする」

 何となく昨夜よりも疲れているように思えるのは、自分の気のせいだろうかと、シキは失礼にならない程度に支配人の様子を窺う。

「……ああ。葉月。お前には少々話があるから、少し残れ。『モミジ』、お前は自室に戻って待機。資料室から本を持ち出すなり、仮眠をとるなり好きにしろ」

 そう言われてしまえば従うしかないし、雇われの身であるシキにも何の異論もない。頭を下げてから、できるだけ音を立てない様に襖を開閉して退室をする。

 シキが部屋から出て数メートルほど進んだ所で、執務室の方をちらりと見る。研修の時から、基本的には葉月と共に行動していたため、本館での単独行動には慣れていない。

 淡い負の感情がわくのを感じたが、シキには聞かれたくない話なのだろうと思い、年甲斐もない感情を振り払うように、さっさとその場を後にした。

 

 部屋に戻ったシキはお茶と菓子を取り出して机の上に置き、持って来ていた小説を座椅子に座って読みふけっていた。

 気がつけば時計の針が昼過ぎを刺していたので、シキはいったん自室から出て昼食を取りに広間に向かう。

 長い間同じ姿勢でいたために、凝り固まってしまった体をほぐしながら歩くシキの横を、数名の女性達が通り過ぎていく。

 丁度、割り当てられた昼休憩の時間のため、人通りはそれなりに多い。

 流石に数日間、同じ建物で同じ仕事に従事しているこ事あって、顔見知りになって言葉を交わす者達もちらほら出てきている様だった。

 だが、やはりそれは似たような雰囲気——おそらくは似た様な理由でここに居る者たち同士なのだと分かる。

 実際、その女性達に話しかけた別の女性とは二言三言話しただけで、会話はは終わってしまっていたし、彼女達が一線を引いて近づいてこない様にしているのは明らかだった。

 あくまで自分達から露骨に拒絶はしないが、近づいてこない様にやんわりとした牽制をしているのが分かるので、常識的な感性の人間は無理に距離を詰めようとはしない。

 そんな女性たちに話しかけに言った女性は、ここでの暮らしに孤独感を覚えてしまったのだろう。誰かといる事に慣れている者達には、ここの得体の知れない雰囲気と、理由の分からない距離感は耐え難かったのだろう。

 自分が何か悪い事をしてしまったせいでの拒絶ならば納得はできる。けれど、理由も原因も分からず、さらに言えば、嫌われた故の拒絶ではない事が、より一層息苦しくしているのだろう。

 ——人間が恐れるのは、いつだって理解できない事。解らない物。得体がしれない事。

 ここはそれが空気と一緒になって、当たり前の様に漂っている。

 気にしなければ、それまで。けれど、一度気にしてしまえば、眠れない夜の時計の秒針の音の様に、ずっと頭の隅に残っている。

 昼食を終えて、いったん自分の部屋に戻り、再び本を手に取ろうとして、不意に今朝との雪との会話が脳裏をよぎる。

「……少し、馴れ馴れしすぎただろうか」

 従業員としては、客を送り出す際にその身を案じるのは問題は無いだろう。けれど雪は慣れすぎているのは良くないと言っていたし、シキがあの時に思い出したのは、傍にはいない兄弟達の事だった。

 一瞬だけだったが、肉親と他人を重ねて言葉をかけるというのは、少し失礼だったのではないかと気になってしまう。

 雪が帰ってきたら、それとなく謝罪しておいた方が良いかと思うのと同時に、ただの自己満足である事に、シキは自嘲を浮かべた。

 日が陰り始めた頃、シキは身だしなみを整えて部屋を後にする。正確な時間は言われていないが、少し前に行動する分には問題が無い筈だ。

 シキが本館に戻る途中、竹林の道の途中で呼びに来た葉月と出会い、そのまま共に本館へと向かう。

「わざわざ呼びに来て頂いて、すみません」

「ふふっ。それも私の仕事の内だから。でも、予定より早く動き出したのは社会人として良い事だと思う」

 気取った様子もなく、シキに気を使わせないようにしながら、彼の事をサポートしてくれる葉月こそが社会人の鏡ではないかと、シキは素直にありがたく思い、感謝の念を抱く。

「……そういえば、雪様は常連だと聞いていますが、毎回散策に出られているのですか?」

 少し冷たさを含んだ風が、竹の葉を揺らす。もうすっかり秋が深まりを肌で感じ取りながら、シキは隣を並んで歩く葉月を見やる。

「んー……、その時々で、違うと思う。来る時期もまちまちだし、独り行動の時もあれば、従業員と行動をしたりもなさるし、今回みたいに『世話役』を頼む事もあれば無い事もあるの」

 気まぐれなのだと、葉月は朗らかに笑う。それを聞きながら、何故だが猫を相手にしている人間を思い出し、シキは雪に振り回されるのだろうかと考えてしまう。

「……けれど、雪様の担当で貴方は運が良いと思う」

「……はい。とても寛容な方ですね。それに、私は葉月さんが『指導役』で運が良かったと思います」

 シキが心の底からの感想を述べると、葉月は驚いた表情でシキの顔を見て一瞬固まる。次の瞬間には、葉月は少し照れたように微笑んだ。

 シキと葉月が楓の間に着き、まだ雪が帰宅していない事を確認してから、二人で簡単に部屋の清掃を行う。

 はたきで家具の埃をとり、箒で畳を履いて塵を取り除いて、しっかりと絞った濡れた布で拭う。

 シキは縁側を掃除しようを思い、閉じられていた障子を開いた瞬間に、目の前に広がった鮮やかに燃える光景に目を奪われた。

 楓の間が示す通り、この部屋から見える庭には楓をはじめ、赤く色づく植木で占められている。微妙に異なる赤色の葉が重なり合い、日の光を染め上げ、白い軽石が敷き詰められた地面も、木漏れ日で淡い赤に染めている。

 庭の周りは竹を組んで作られた塀に覆われていて、鮮やかな庭に色を添えながら、外と内を区切り守っている。

「ふふっ。綺麗でしょう?この時期は、この部屋は人気なの。この時期に雪様が来る時は、この部屋に宿泊なさるの。今回は予約が遅かったけれど、上手く調整できたみたいで良かった。雪様は見た目も格好も白いから、凄く絵になるでしょう?」

 赤い庭に見とれていたシキの後ろから、葉月が声をかけながら近づいてきた。

「——すみません。仕事中に……」

 シキは我に返り、横に並んだ葉月に謝罪をすると、彼女は微笑んでいて咎める様子は無い。

「いいの。いいの。これぐらいは従業員の役得よ。他の部屋の庭もすごく綺麗だから、もし、機会があれば見た方がいいわよ」

 確かにこの光景は多少の対価を払ってでも見ておいて損はないなと、シキは思いながらも同時にある疑問が浮かんでくる。

「——そういえば、支配人も言っていましたが、担当が変わる事はあるのですか?」

 その質問に葉月の動きが一瞬止まったが、すぐに気を取り直して、口元に苦笑を浮かべて説明してくれる。

「……基本的には無いけれど、例外はあるものだから。担当替えではなくて、ただの補佐で駆り出される事もあるから、頭の隅にでも置いておくぐらいでいいから」

 何となくだが、ごまかしていると感じたシキは、そうですかと微笑んで流す事にした。何か事情があるのだろうし、必要になれば説明をしてくれるだろうと思い、突っ込んで聞く事はしない。

 部屋の清掃が終わり、空が茜色から紺色へと変わり薄暗くなった頃、雪は部屋へと戻ってきた。

「おかえりなさいませ。ご夕食になされますか?それとも先に汗を流されますか?」

 葉月が一日散策をして動き回っていたであろう雪に問いかけると、「……そんなに汗臭いか?」と首を傾げつつも、先に風呂に行く事を告げ、戻ってくるまでの間に夕餉の準備を整える。

 今日は焼き魚を中心に、山菜やキノコの天ぷらや混ぜご飯など、秋の山を感じさせる献立となっている。

 従業員の食事の献立は、『客』へ出す献立の副菜などを減らしたものが多い。今晩の献立を把握したシキが夕飯に思いを馳せていると、大浴場で汗を流してさっぱりとした様子の雪が部屋に戻ってきた。

 部屋によっては内風呂が付いているらしいのだが、楓の間は庭の景色に重点を置いて設計されているので、風呂の設備はついてはいない。

「おお。今日も旨そうだな」

 部屋の中を満たす旬の食べ物の香りに、雪は胸を躍らせる。黙っていれば深窓の貴公子の様に儚げなのだが、ころころと表情を変えて、子供の様に素直に感情表現をするので、むしろ親しみやすさの方が前に出てきている。

 雪は準備されている膳の前に置かれた座布団にいそいそと座り、手を合わせてから箸を動かし始めた。

「てんぷらは素材の味が生かされていていいな」

 サクサクと香ばしそうな音を立てて、山菜やキノコの天ぷらを塩で味わいながら、実に美味しそうに食べる雪の姿を見ていると、シキまで空腹を覚えてしまう。

 時折空いたお猪口に酌をしながら、シキと葉月は雪の話に相槌を打つ。

「——この辺りは自然が豊かだから、いつ来ても見所だらけだな」

「そうですね。おかげで食材に困る事はありませんし。まあ、交通の便が悪い事と娯楽が少ない事ぐらいですね」

 ここに来てから、本館と別館を往復する日々で、旅館からほとんど出ていないシキではついていけない話題が続く。シキには葉月と雪の話を聞きながら、遠くに見えていた山並みを思い出すぐらいしかできない。

 一通りの食事を終え、雪との会話が本格的になってくると、シキはそれとなく今朝の出来事を口にする。

「……あの、今朝に話した際に、少々お節介な事を言ってしまったかと、思うのですが……」

「ん?何か言われたか?」

「……いえ。『気を付けて』と言いましたが、まあ、何と言いいますか……、言い方が少し馴れ馴れしくなってしまった、かなと」

 ばつが悪そうにシキが顔を俯けて、置き場のない視線を膝の上に置かれた自分の手に向ける。その様子を観察しながら、雪は目を細めて微笑む。

「君は変な事を気にするな。誰かを案じる言葉は悪い事ではない。単純に君は俺が無事に戻る事を願ってくれたのだろう?」

 雪の見た目は、シキとそう変わらないように見えるというのに、時折見せる雰囲気が彼を老成してみせる。

「……まあ、誰かに心配されたのは久しぶりだったな」

 揶揄う様に口元を少し上げてから、雪はお猪口に残っていた酒を一気に煽る。

「おかわりはどうされますか?足りなければ肴も用意できますが?」

 持って来ていた徳利が空になった事を確認し、葉月が追加注文を尋ねると、雪は逡巡する仕草を見せた後、ちらりとシキを見る。

「……いや。今日はもいい。結構歩いて疲れたしな。やっぱり年のせいかね」

 肩を竦めて冗談めかす雪に葉月は苦笑する。

「歳なんてあって無いような物でしょうに。それ、私への皮肉だったりします?」

 確かに葉月は雪よりも年上に見えるが、彼女の朗らかな雰囲気と落ち着きのせいか、見た目よりも年上なのではないかと、シキは内心思っていたりする。けれど、それを本人に伝える事が愚行だと理解しているので、シキはそれとなく笑って流す。

「——そうだ。君、お伽話が好きだと言っていたな。せっかくだ。休憩の序でに何か話してくれ」

 突然の提案に、シキは目を白黒させて固まる。直接何かを貰ったりあげたりするわけではないのだが、これには自分での判断が難しく、念のため葉月の方をちらりと見ると、彼女は苦笑しながら小さく頷いた。

「……お話をするのは良いのですが、あまり上手くはありません。目新しい話もできませんが、それでよろしいのでしたら」

「構わないさ。誰もが知っている有名な話でも、別の誰かに同じ話をしてもらう事などいくらでもあるだろう?俺は君の声でその話を聞きたいのさ」

 有名な話で構わないと言われたので、シキは捻ることなく誰もが知っている話をしてやろうと思いいたる。

「——では、知らぬ人はそうはいない『桃太郎』でもいいですか?」

 少し意地悪心でシキが提案してみると、雪はそれでいいとあっさりと同意してしまう。

「子供にする読みきかせも、眠るまでの暇つぶしな所もあるだろう?なあに、偶には幼少期に戻ってみるのも一興だ」

「ふふっ。雪様にも幼少期はあったんですね」

 大仰に驚いた素振りをする葉月を横目に、シキは雪の幼少期を想像してみたが、まさしく天使の様な見た目をしていたのだろうとしか思えない。

 嫌な顔一つせずに笑いながら、雪がシキに手招きをする。それに従い体を近づけたシキの膝の上に、躊躇う事なく雪が頭を乗せてきた。

 所謂『膝枕』の状態に、状況が呑み込めないシキは、雪の後頭部と葉月を交互に見る。雪の頭の上で、置き場に困った手を右往左往させるシキを尻目に、葉月は楽しげに笑いながら夕食の片づけを始めた。

 ある意味一番助けて欲しい状況下で、放置されてしまったシキの頭の中は混乱状態になってしまう。けれど、とりあえず自分の仕事だという考えが浮かび、自棄になりつつもゆっくりと口を開いた。

「——昔々。ある所に——」

 何とか冷静を装いつつ、シキは慣れ親しんだお伽話を紡いでいく。

 結局自らの手は横において、雪の頭を揺らさないために、足を動かさないように気を付けながら口を動かし続ける。

 誰もが知っているお伽話ではあったが、それらにも時代の流れは影響する。

「——こうして桃太郎は、お爺さんとお婆さんと幸せに暮らしましたとさ。めでたし。めでたし」

 何とか話を終えたのだが、雪は膝枕を止める気配がないので、手持ち無沙汰になったシキは何となく余談を始める。

「ちなみに最近の『桃太郎』は、今話したものとは少々違う所があります」

 気がつけば部屋は片づけわれて、葉月の姿が無い。

「時代の流れと言えばそうなのでしょうが、今の『桃太郎』は鬼を退治はしません」

 その言葉にピクリと僅かに雪の体が動く。

「……ほう。じゃあ、どうやって事を収めるんだ?」

「最近は残酷な表現というものが嫌煙されがちで、退治ではなくて、懲らしめて改心させるそうです。退治というのは、まあ、言ってしまえば暴力ですから。ずっと昔は桃太郎が鬼達を皆殺しにしていたそうです」

「……ああ。俺はむしろそちらの方に馴染みがあるな。そうか、今の話でもかなり大人しい表現になったものだと思っていたが……」

 すっと昔から伝えられてきたお伽話ですら、時代とともに変わっていく——変えられていく。

「それが良い事なのか、悪い事なのかは分かりませんが。……個人的に言えば、寂しいですね」

 人が作って伝えてきた話は、人によって変えられて、忘れられて、失われていく。それがシキにはそれがとても寂しい事の様に思えた。

 もぞりと膝の上の雪の頭が動き、顔を上に向ける。

 いつ見ても綺麗な顔だなと、シキは関係のない事を思いながら、布の面越しに雪と視線を合わせた。布一枚挟んだだけで、他人と視線を合わせる事が出来る事に、シキは少し驚いていた。

「悪いかどうかなんて、結局はその時を生きている人間の都合で決まる。今は良くても、あと数年したら悪くなっている事なんて幾らでもある。価値観なんて時世で変わるものだ。だから、変化してしまう事を君が寂しいと思うのは、間違っていないと思う」

 良いか悪いかではなく、ただ、寂しいのだと。ただそう思うシキの心はそれでいいのだと、雪は言う。

「君は、君が思うままで良いと思う」

 雪の言葉に、シキは不意にここに来る事になった理由を思い出した。

 自分はどうしたいのか分からなくなり、平時であれば断るような誘いを受けてしまった自分は、果たして正しいのだろうか?

「……まあ、しっかり悩んで、自分なりの答えが得られればそれでいいんじゃないか。人間関係なんて正解なんてないさ。年をくえば答えも変わる。今の君の答えでいいと思う。——少なくとも、君は他人に、自分の責任を押し付けたりはしないだろう?」

 雪はまっすぐに、布を貫く様にシキを見つめている。

「……とまあ、偉そうに語ってみたが、所詮は他人事だから言える事だ。お節介な年寄りの助言程度に聞き流せばいい」

 中性的な雪の美しい微笑みに、シキの鼓動が少し早くなる。それは緊張によるものだとは分かったが、それが単純な好意によるものか、綺麗すぎるモノへの恐れなのか、もしくはそれ以外によるものか、シキには判断がつかない。

「……そういえば如何でしたか?。暇つぶしになれば幸いですが……」

 深く考えても自分には良くないと判断して、シキは話の流れを少々強引に変える。

「——君は読み聞かせが上手いな。とても落ち着いた声色だから、穏やかな気持ちになって眠たくなってくる」

 そう言いながら雪は眠たそうに手で口元を抑えて欠伸をする。

「……お疲れでしたら、そろそろ布団に横になられてはいかがですか?」

 目じりに涙を浮かべた雪が目をこする仕草をすると、どことなく幼く見えるから不思議だと思いながら話すシキ口元には、自然と微笑みが浮かんでいる。

 話すだけで楽になるとはよく聞くが、本当なのだと実感しながら、シキは彼に褒められるのは悪くないなと、胸の中のもやもやが薄れるのを感じた。


 朝になり、シキは眠気を引きずりながらも朝食をとり、身支度を終えて予定通りの時間に葉月と合流した。

 まだ少しボヤっとしているシキに、葉月は苦笑しながら今日の予定を伝え始める。

「——これから一緒に雪様の部屋に朝食を持って行きます。食べるかどうかは分からないけれど、今日は何も言われていないから」

 基本的には客に何か言伝を貰わなければ、決まった時間に起こしに行き、朝食を運ぶ事になっている。

 楓の間の前に着くと、葉月が襖越しに声をかける。

「雪様。おはようございます」

 大きすぎず小さすぎない葉月の声に対し、雪の言葉にならない声が返される。そして部屋の中で足音や物が動く音が聞こえた後、勢いよく障子が開いた。

「——……ああ。すまない。今起きた」

 寝巻代わりの浴衣姿の雪が、半分ほど開いた襖から上半身を覗かせる。その言葉通りに、まだ眠そうで艶やかな髪も寝癖がついている。

 あれほど質の良さそうな髪でも寝癖はつくのかと、シキは変な感心をしていた。

「起こしてくれてありがとう。……今朝は寝過ごしたらしい。朝食はいらない。後、今日も夕方まで部屋を空けるから、昨日と同じ感じでいい」

 雪は眠気を振り払ってすっかり目を覚ましたのだが、ただでさえ綺麗な顔立ちのせいで人間味が薄いというのに、表情が薄いせいで、なおのこと人間味が遠のいている。

 何となくそれは良くない気がして、シキは酷く不安になり、思わず余計な口を挟んでしまう。

「——あの、少しでもいいので、何か胃に入れていかないと体に良くないと思うのですが……」

 口にしてから昨日の反省を思い出して、シキはばつが悪くて言葉の最後が尻すぼみに小さくなってしまう。

 朝が早いせいで覚醒しきっていなかった事が災いして、昨日の今日で同じ過ちを犯してしまった自分を内心叱咤する。

 すると雪はきょとんとした表情で、シキの顔をまじまじと見つめてくる。その視線が心地悪くて葉月の方を見ると、彼女はあらあらと微笑ましそうに、口元に笑みを浮かべている。

「ふふっ。彼の言う事ももっともだと思いますよ。一日の初めはしっかりと食事をとった方が、一日しっかりとお務めを果たす事ができるというものです」

「……わかった。今から着替えるから持って来てもらっていいか」

 葉月の援護を受けて、雪は何か思う所があったらしい。頭を掻きながら襖を閉めて部屋の中へと戻っていった。

 葉月に促されて我に返ったシキが、彼女の後を追うように歩きながら謝罪を口にする。

「すみません。余計な口を挟んでしまって……」

 どうしてかは分からないが、シキはここに来てから、度々余計な口を挟んでしまっている事に項垂れてしまう。

「良いの良いの。今回に関しては、貴方が正論だから。まあ、確かに相手によっては悪手になってしまうだろうけど。今回は雪様相手だから」

 葉月の反応を見ていると、雪の事を敬ってはいるが、どこか軽く見ている部分がある様に思えてしまが、おそらくは雪の人となりを分かった上の言葉なのだろう。シキはつくづく自分は人事に恵まれていると、支配人に感謝をした。

 支配人への好感度が本人の与り知らぬ所で上がり、シキは部屋を出た葉月の後を追いながら話を続ける。

「——まあ、珍しいと言えばそうなの。雪様は殆ど朝食をとらないから」

 やっぱり余計なお世話を焼いてしまった事に、シキは内心で頭を抱える。ここに来てから、どういうわけか不意に兄妹の事を思い出して、対応が肉親に対するものが混じってしまう。

「貴方は、なんだかんだ面倒見が良いのね。そういえば、兄弟がいるって言っていたものね」

 葉月にうっかりの理由を察せられてしまい、シキは気恥ずかしそうに顔を俯ける。

 その間にも葉月と共に朝食の膳を受け取って、楓の間へと踵を返す。

 この時間帯は客の朝餉の時間という事もあり、彼らと同じように『指導役』と『世話役』達が忙しそうに動いている。

「……きっと、家族と離れて時間が経って、里心がついちゃったんじゃないかしら。そんなに珍しい事でもないから、気にしすぎないようにね。……偶にね……こういう閉鎖空間だから、少し気に病んで体調を崩す人もいるの」

 言い淀んだ葉月の声に違和感を覚えて、シキは彼女の様子をちらりと窺う。いつもと変わらず、真っ直ぐに伸びる背筋が綺麗だと思いつつ、気のせいだろうと流す事にする。

 二人が楓の間に戻り挨拶をして入室すると、先ほどよりは意識をしっかりとさせた雪が座って待っていた。

「……さっきはだらしない所を見せてすまない。正直、朝はあまり強くないんだ」

「いえ……、私こそ不躾な真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」

 軽く頭を下げた雪に対して、シキは深々と頭を下げて謝罪する。

「まあまあ。朝に何食べないと、頭が働かないと言いますし、一日動くのであれば、しっかりと食事をとった方がいいですから」

 それとなく擁護してくれる葉月には頭が上がらないなと、シキは心底彼女に感謝する。

「そういうものか……。そういえば二人は何か作れたりするのか?」

 雪は手を合わせてから、目の前に置かれたまさに和食といった献立の朝餉を口に運び始める。それを見ながら、そういえば雪の姿勢も所作も綺麗だなと、シキは感心する。

「ふふっ。これでも一通りの事はできますよ。とはいってもここでは殆ど作る機会がないですから、昔よりは腕が落ちているでしょうが」

「……一応は、人並みにはできると思っています。料理の本だよりになりがちですが」

 豆腐とワカメのお味噌汁を啜っていた雪が、不思議そうに首を傾げる。

「人並が分からないから、どの程度か全く予想がつかないんだが……」

 人並という例えが分からないらしい雪の様子を見て、やはり良い所の出で自身で料理をした事が無いのだろうかと、今度はシキが首を傾げる。

「簡単な物であれば適当に作れますが、難しい物になると工程や調味料などが増えるので、料理本で確認しながらになる、という具合ですかね」

「……簡単な物の定義は?」

 さらなる質問に、シキは自宅での調理中の光景を浮かべながら答える。

「材料や工程が三つか四つぐらいなら、まあ、簡単と言えるのではないでしょうか。流石に料理人の真似は無理なので、手軽な顆粒出汁ですが、ほどほどの塩加減で出汁を入れておけば、大概食べられる味にはなりますね」

「そこはわたしも同感です。やはり顆粒出汁は偉大です。あれのおかげでどれだけの食卓が救われたか」

 手軽使えて保存がきく顆粒出汁を作ってくれた大手メーカーに感謝をしながら、シキは葉月と頷きあう。

「まあ、確かにいちいち昆布を水につけて何時間も待つのはなー」

 出汁の価値と苦労は分かっているのか、雪はプロの作った出汁の利いた煮物をしっかりと味わう。

「ごちそうさま。……じゃあ、今日も出かけるから、昨日と同じ頃に戻る予定だ」

 血色が良くなった雪が元気よく部屋を後にするのを、シキ達は深々としたお辞儀で送り出す。その後、葉月と共に食器を片付けて、軽く部屋の掃除をして一旦解散する。

 シキは自室で読書をして過ごし、昼食をとってまた部屋に戻り、昨日と同じ時間に部屋を出て本館で葉月と合流する。

 二人で楓の間の備品を確かめて、消耗品の補充をして、一息ついた頃に雪が戻ってくる。雪は勧められる前に自発的に風呂に向かい、さっぱりして部屋に戻ってきてから、この日も雪の話を聞きながらお酌をして相槌を打つ。

 この土地の名産品なのか、薄く切られた鹿肉のロースト肉に、数多くの葉物野菜のサラダに、根菜類の漬物に、出汁の利いた蜆の味噌汁とそれなりの量がある。

 細い体の割に大食漢の雪が、メインの鹿肉のローストを容易く平らげてしまうのを見て、どこに入ってどこで消費されているのだろうと、シキは不思議で首を傾げてしまう。

 この日は食後すぐに、雪からの膝枕とお伽話の要請が入る。シキはもしかしてこれから期間内ずっとするのかと思いつつも、大人しく要請を受け入れる。

 葉月はあらあらと、じゃれ合う子供を見る保母さんみたいな微笑みを浮かべて、手際よく部屋の片づけをしていく。

「じゃあ、昨日に続きまして、題名は知っているのに内容が曖昧な『金太郎』を」

 牛になる事はなさそうな雪は、すでにシキの膝の上に頭を乗せて寛いでいる。一日で随分と遠慮が減ったなと思い、シキは喜ぶべきが悩むべきかひくべきか判断に困ってしまう。

「『金太郎』は童謡の事もあって、まさかり担いで熊と相撲を取っているイメージばかりが先行していて、話を最後まで知っている人が意外と少ないそうです」

 そんな余談に雪は素直に驚いた様子だ。

「そうなのか。意外なものだな。俺たちの周りでは割と有名人だと思うが」

「——昔々——」

 お伽話の定番の出だしから、力持ちで文武両道の青年になり、金太郎が都で侍になって出世をするまでをゆったりと時間をかけて話す。

「——ふと思うと『金太郎』は割とちゃんと話が作られていますよね。ちゃんと母親の中から生まれて、幼少期を過ごして、大人になって仕事で大成する」

「まあ、そうだな。桃から生まれて、噂を聞いて鬼退治に言って、鬼が奪った宝を持って帰って、爺さんと婆さんに孝行するまでの話だからな。結構突然で思い切りが良いよな」

「ちなみに、最近は取り返した宝は持ち主の所に返してしまうそうです。まあ、やっている事は、強盗のアジトに押し入って強盗しているわけですからね」

「なんだ、つまらないな。危険を冒して鬼を退治したんだ。それなりの対価を貰ったところで罰は当たらないだろう。むしろ、今後は鬼に襲われる心配も無いんだ。むしろ安いものだと思うが……」

 その辺りはシキも同感ではある。何の対価も求めずに、己の命の危険を冒して人助け。聞いただけならば、それこそ聖人君子だろうが、彼を慈しみ育てたお爺さんとお婆さんに心配をかけてまで、彼がしなければならない事であっただろうかと思う。

「それに比べて、『金太郎』はちゃんと人間なんだと思います。まあ、やはり英雄というか、才能ある人なのでしょうけど」

 凡人である自分には縁遠い。むしろ遠くて良いのだと、大人になると心底思うようになる。

「物語の主人公達の様にはなりたくないと、思い始めた頃に、きっと私は大人になったんだなって思います」

 膝の上の雪は仰向けのまま、じっとシキの顔を見つめている。

 顔を覆って隠していても、雪の金色の目は全てを見透かすかの様に思えて、そんな事は無いと思っていても、シキは一抹の不安を覚えてしまう。

「まあ、才能に恵まれた人間は、実際にいるからな。才能があってもそれが開花しなければ意味がないし、その才能のせいで短命で終わる者もいるから、何が幸せかなんて分からないものだな」

「普通の日常を送れる事が幸せなんだと、たまに思います。隣人が常識的で普通である事は恵まれている、と言いますから」

「言いえて妙だな。まともな感性と常識を持った上司に恵まれるという事が、とても貴重だと聞いた事もある。部下が補佐するにも限界があるからな」

 苦笑しながら雪がもぞもぞと体を動かして、顔をシキの体の方に向ける。

「男の膝では固くて寝心地が悪いと思うのですが……」

 体の向きを変えたので、頭の具合が悪かったのだろうかと尋ねてみたが、雪は気にした様子もなく穏やかな横顔でいう。

「いや。確かに女の膝よりは多少固いが、俺にはこれくらいが丁度良い」

 その様子を見て、雪が求めているのは、普通に、ただ穏やかに休みたいだけなのだと思い、シキは時間が来るまで静かに見守る事にした。


 朝、目を覚ましたシキは、すでに見慣れてきた天井を暫くの間眺め、意識がはっきりしてから行動を開始した。

 ここ数日と同じように朝の予定を消化したシキを、呼び止める稀有な人間が居た。周囲にはシキ以外誰も居らず、『モミジ』という彼の仮名を口にした事から、人違いや傍にいる誰かに声をかけたという事は無い。

 シキが立ち止まって振り返ると、ここに来てから何度か、すれ違う事があった同じ『世話役』の女性だった。続けざまに最初の光景を思い出し、品の良い紫がかった薄紅色の着物姿が、シキ脳裏をよぎる。

 成人をしているかどうかは分からないが、シキと年はそうは変わらないであろう年若い女性は、面をつけずに素顔を晒している。彼女との接点がシキには殆ど無い上に、女性は不機嫌そうで目じりが吊り上がっている。

「まどろっこしいのは嫌いだから、単刀直入に言います。担当を代わってください」

 突然の申し出に、シキは呆気にとられて固まってしまうが、女性はその事を気にもせずに強い口調で話を続ける。

「別に私の担当のお客様が悪いだけではないの。けれど、貴方が担当しているお客様は、とても凄いお方なの。本来は庶民は話す所か、見る事すら叶わないお方なの。そんなお方の世話を貴方みたいな、俄仕込みがするなんてありえないの」

 一気に捲し立ててくる上から目線の失礼な物言いに、シキは眉を顰めたが、どう反応していいものか困ってしまう。

 まだ暫く同じ屋根の下で暮らすというのに、事を荒立ててしまうのは拙い事ぐらいシキにも分かるのだが、目の前の女性はそれが分かっているのか、分かった上での行動なのか。どちらにしてもシキには判断をしかねた。

「——こんな所で何をしているのかしら?もう就業時間は迎えていると思うけど?」

 シキからすれば、もはや救いの女神と言っても過言ではないほどのタイミングで、葉月が姿を見せた。

 シキが状況を説明する前に、女性が先に口を開く。

「——申し訳ございません。今、担当を代わって頂く話をしていた所です。しっかりとした教育を受けた者が、上客に着くのは当たり前の事です」

 自らの正当性を信じているのか、女性の話し方には淀みがない。背筋は真っ直ぐに伸び、和服も着慣れているのか、楚々とした大和撫子を体現している様な姿をしている。……口を閉じていればだが。

「あらあら。基本的には最初に担当になったお客様に、最後まで付くのが慣例だけど。何かお客様と揉め事があるのであれば、支配人に報告すべきだと思うの」

 同じように大和撫子といった風体の葉月が、年下を容赦なく攻撃する。

「ち、違います。お客様に問題はありません。ただ、彼が問題を起こしてお客様に迷惑をかける前に、担当を変えるべきだと言っているのです」

 すでにうっかりしてしまっているシキには、それなりに痛い言葉だ。だが、そんなことはお構いなしに、葉月は微笑みを絶やすことなく反論する。

「あら。それは彼が問題を起こす前提で話しているの?支配人が彼の担当を決めたのに?支配人は、この仕事をずっとしているのよ?」

 暗にこの旅館の頭の判断を疑うのかと、問う葉月に女性は押し黙ってしまう。それ以上言い返せないのか、女性は悔しそうに拳を握って震えている。

 やっとこの殺伐とした空気から逃れられるのかと、安堵したシキを放置して、葉月はシキと女性を見比べて口元に薄ら笑いを浮かべる。

「——けど、そうね。支配人の判断を疑われるのは、ここで働いている身としては思う所もあるから、判断の正しさを理解すべきね」

 何の話だとシキと女性が怪訝な表情をしていると、葉月がにっこりとした笑顔で言い放つ。

「じゃあ、今日だけ担当を変えてみましょうか。支配人には私が言って許可をとるから。それでもし、彼の担当の客が貴方が良いというのであれば、私が支配人にとりなしてあげます」

 その一言で、今日のシキの予定は大きく狂うことになった。


「——初めまして。今日、臨時でお客様の担当をする事となりました。『モミジ』と申します。突然の事で、ご迷惑をおかけいたします」

「葉月とお申します。こちらの都合でご不便をおかけしまして、大変申し訳ございません」

 素敵な営業スマイルを浮かべた葉月の横で、シキは顔を隠す面に感謝をしていた。

 あれよあれよという間に、気がつけばこの状況に陥っていたため、状況に心が付いていけていない。

 シキが雪の担当になったのは、彼が細かいことを気にせずに、良くも悪くも大らかで、多少の失敗は仕方がないと流してくれる、寛容さ故だったのだろうと推測している。

 雪は口にはしていないが、おそらくは自覚のないままに、細かい間違いをしてしまっているとシキは思っている。元々、数日の付け焼刃で身につくものではない事は、彼自身がよく分かっている。

 つまりは女性ナデシコがこの『客』の担当になったという事は、礼儀作法を気にする『客』という可能性が高い。彼女自身が言っていた通り、良家の出で、幼い頃から礼儀作法を叩きこまれている相手と比べられたらどうしようもない。

 だが、一応は支配人が許可をくれた所を見ると、葉月の補助で何とかなると判断されたはずだと、シキは必死に自分に言い聞かせていた。

 シキが雪以外の客を近くで見たのはこれが初めてではあったが、目の前にいる客は、男性らしい美しさが目を引き、がっしりとした体格と精悍な顔つきは異性の目を引き、同性が憧れるものだろう。

 けれど、シキは雪と初めて会った時のような、強烈な衝撃は受けていない。

 もしかしてたった数日で目が肥えてしまったのだろうかと、シキは少し自分の感性が恐ろしくなってしまう。

「急に担当が変わるなんて、ナデシコさんに何かあったのか?」

 笑顔こそない真顔だが、そこから悪感情のようなものは感じられない。単純に担当替えに疑問を持っているだけの様だった。

「申し訳ございません。少々、こちらの手違いが起こりまして……。お詫びとして、今日は何時もよりも良いお酒をご提供いたします。少々貴重でして、少量しか手に入れられませんので、基本的にはお客様にはお出ししてはいないのですが、特別という事で、お許しいただければ幸いです」

 実際の所はナデシコの我儘が理由なのだが、そんなことはおくびにも出さずに、自然な笑顔ができる葉月はやはり玄人なのだろう。

 臨時という事もあり、葉月が主導で客の世話をする事になっているので、シキにはありがたい。

 簡単な着替えなどの身支度の手伝いや、朝餉の準備。清掃や片づけはもちろんのこと、話し相手やカードやボードゲームの相手。挙句は茶道の相手や、夕餉に際にお酌だけではなく舞を披露したりと、多岐にわたる。

 葉月が居なければ、とっくにシキは客の怒りを買っていた事だろう。何より、客の要望に答えて何でもこなす葉月には、尊敬の念しかない。

 シキはこの仕事が終わる際には、葉月に何か礼の品を送らなければと心に決める。

 主な接客は葉月が代わってくれたので、シキは話し相手に徹していた。客が妙にシキの個人的な事などを聞きたがり、雪も最初に個人情報を尋ねてきた事を思い出す。シキは首を傾げたが、規則に従いそれとなくごまかしつつ答えた。

 雪よりは少し強引ではあったが、葉月がそれとなく雪の担当をしていると仄めかすと、それ以上は聞いてこなかった。

「あの方はその辺りはしっかりとしているそうだから、無理に規則破りはしてこない筈。最悪、規則ですからで断っても大丈夫」

 そう葉月に言われていた事もあり、始終緊張したままではあったが、シキは何とか一日を乗り越えることができた。

 慣れない事の連続で疲れ切って、シキはさっさと自室に戻ろうと思っていたが、葉月に支配人が呼んでいるからと、執務室と連れられて行く。

 挨拶をして葉月の後に部屋へと入ると、そこには面を外した不機嫌そうなナデシコ、その『世話役』の女性と、部屋の主である支配人が居た。

「——今日は一日ご苦労だった。葉月が言い出した事だとはいえ、色々と大変だっただろう」

 支配人は相変わらず整った顔の眉間に皴を作り、気難しそうな表情をしている。おそらくは彼にとってはこれが平時の状態なのだろうと、シキは彼の表情は気にしない事にする。

「楓の間の『客』から、元に戻して欲しいとの要望があった。『モミジ』の方が同性で気楽だと」

 それを聞いたナデシコの表情が歪み、シキを睨めつける。シキはできるだけそちらを見ないようにして、支配人の話に集中する。

「明日からは元の通りに担当に就いてもらう。……言っておくが、頻繁に担当を変えて困るのは『客』の方だ。ようやく慣れ始めた頃だろうに、見知らぬ相手に変えられるのはストレスだろう」

 言い含めるように淡々と話す支配人に対して、葉月は軽やかな笑顔を浮かべていて、同じ話題だとは思えない。

 話は終わりだと、支配人に部屋を追い出される形になったシキとナデシコは、執務室の前で重い空気の中で無言で立ち尽くしていた。

 すっかり秋が深まった夜風は肌寒い。何時までもここに居るわけにはいかないと、無言のままシキが歩き出しても、いくつもの感情を抱えたナデシコは立ち竦んでいた。

 シキが彼女の前を通り過ぎた所で、ナデシコの体が大仰に震え、勢いよく歩き始めた。瞬く間にシキを追い越して、角を曲がる寸前に足を止めて、剣呑な眼差しを彼に向ける。

 今まで向けられた事のない、激しい感情のこもった視線に、シキは思わず足を止める。

「あの方に気に入られたからって、調子に乗らないで……!あんたなんて、——只の『贄』の癖に……!」

 そう言い放ったナデシコは綺麗な裾さばきを見せながら、その場から立ち去っていった。

「——……『贄』?」

 シキの耳に甲高い女性の言葉が木霊していた。


 翌朝、シキと葉月が楓の間を尋ねると、雪はすでに起床していた。身支度もすでに終えており、縁側に腰をかけて深紅の庭を眺めていた。

 挨拶をして部屋に入ったシキの姿に、雪は目を細めて嬉しそうに笑う。

「やあ。おはよう。注文通りに、担当を君に戻してくれたんだな」

 ふわりと雪の白銀の髪が微風に揺れる。その様子が、ちらちらと降る雪が風に煽られて宙を舞う光景を、シキの脳裏に思い起こさせる。

「朝は如何なさいますか?」

 葉月の問いかけに、雪はゆっくりと首を横に振る。

「……いや、今日は止めておく。代わりに、昼に一旦戻るから、何か軽い物を用意しておいてくれ」

 心なしか生気が薄い雪の様子に、シキは体調不良だろうかと心配をしてしまう。そんなシキの心中など知らない雪は、目を細めながら微笑みを浮かべる。

「少し散歩に行くから、——供を頼む」

 儚く淡く見えるというのに、雪の言葉には拒否を封じる力の様なものが感じられる。シキは大人しく、雪の『世話役』としての務めを果たす事にした。

 散歩や遊びに付き合うのも『世話役』の仕事だと、支配人と葉月から教えられていたため、それに従うのは問題ないのだが、雪が望んだのはシキとの散歩だ。

 葉月はあらあらと微笑むと、雪に「ほどほどに帰って来てくださいね」と声をかけ、あっさりとシキと雪を二人っきりの状態で送り出した。

 たまに葉月のそのノリについていけずに、シキは信頼されているのかそうでないのか判断に悩む。

 もちろん葉月なりに雪の事を信用した上での事なのだろうが、昨日の『ナデシコ』が言った『贄』という言葉が忘れられず、得体の知れない胸騒ぎが、時折シキを不安定な気分にさせていた。

 旅館の周囲には客が散策を楽しめるようにと、様々な木や花が植えられており、多彩な四季の移ろいを楽しむ事ができる。

 仕事の事で精一杯で余裕がなかったため、旅館の建物から離れるのはシキにとって初めての事だった。来る際に外の景色を見たはずなのだが、緊張していて余裕がなかったせいか、記憶が曖昧で殆ど思い出せない。

 遠ざかっていく旅館をちらちらと未練がましく見ながら、シキは無言のまま雪の後ろに付いて行く。

「そんなに後ろや足元ばかり見ていないで、ちゃんと前を見て歩かないと危ないし、もったいないぞ」

 雪は苦笑しながら歩く速度を緩めて、シキに自分の隣を歩くように促してくる。それに従い、シキは雪に並走しながら視線を上げて、目の前に広がる光景を見て息をのむ。

 磨き上げられた白い石畳の道を、挟むように植えられた楓の木が鮮やかに色づき、世界を染めている。

 楓の並木道は燃える様な赤色が支配し、落ち葉が雨の如く降り注ぎ、地面は紅葉した落ち葉に覆われ、深紅の絨毯が広がっている。時折吹く風が紅葉を巻き上げて、舞い散らせる様は目を見張る光景だ。

 同じように見えても品種や紅葉した時期、そして天気や光の具合で色に差異ができる。それらが混じりあい、美しい紅い世界を作り上げている。

「——綺麗ですね。赤色ってこんなに沢山あるのですね」

 一気に気分が高揚したシキの様子に、雪は微笑ましそうに口を基を緩ませる。

「ああ。この旅館に泊まると、季節の、四季の美しさを思い出す」

 ピクリと僅かに指が動いてしまったが、シキは気しない様にして目の前の光景に集中する事に努めた。

 並木道の先には小さな小川があり、石造りの小さいながらもしっかりとした橋が架かっている。雪に促されるまま橋の上に立ち止まったシキは、今度は足元を流れる小川の光景に目を奪われる。

 静かに流れる清流にのり、赤色だけではなく、黄色や橙色の様々な形をした落ち葉が沢山流れてきていた。

 シキは先ほどまでの不安など忘れ、目の前に広がる鮮烈な色をした秋が、胸の内に溜まっていた負の感情を払拭していく。

 最近は色々と遭ったせいで、自然を愛でる事も忘れていた。シキは暫しその光景を楽しむ事にした

 小川を流れていく落ち葉を目で追うシキの視界に、雪の草履と足袋が映り、そのままなぞりながら視線を上げる。雪は小川を遡った先の紅葉した山を眺めている様だった。

 紅葉した木々に、舞い散る落ち葉の中、金色の瞳で静かに遠くを見つめる雪の姿は息を呑むほど美しい。

 儚くも強く美しい雪と紅の共演を忘れる事は無いのだろうと、シキはその光景に見惚れてしまう。

「——本当に四季は綺麗だ」

「——……名前」

 景色に魅入られていたシキは、意識の外側からの声に、ぼんやりと浮かんだ言葉をそのまま返してしまう。

「——……貴方ほど綺麗なものも、そうそう無いと思います」

「……?」

 雪がきょとんとした顔で、シキの顔を見つめている事に気がついて我に返り、恥ずかしさで顔が火照り赤く染まる。狼狽しながらも何とか対応しようと努力したが、混乱した頭では何も思いつかない。

「——えっと……その……へ、変な事を言ってしまって申し訳ございません。昔から朝が弱くて……」

 シキは心底顔を隠す面に感謝をしながら、活動が著しく鈍い頭に対して、昨日の疲労が残っているのかと叱咤する。

 一人で自問自答し始めたシキが押し黙ってしまう。それを雪は暫く見つめていたが、不意にとある考えに思い至り、湧き上がってくる強い喜びの感情に驚き、そして酷く嬉しそうに笑った。

「——ありがとう」

 とろけるような満面の笑みに、シキは得体の知れないを恐れを覚えた。とても嬉しそうに笑う雪はとても綺麗だというのに、一瞬で体の動きを凍らせてしまうほどに、酷く恐ろしい。

 シキは本能的に何かを間違えてしまったと思ったのだが、その根拠も理由が分からずに困惑してしまう。

 そんなシキを尻目に、雪は「そろそろ帰ろうか」と、労わるように目を細めて促してくる。シキはそれに従いながらも、その得体の知れない恐怖から逃れたいと思い、話題を探して周囲に視線をやると、足元を流れる小川の中に、紅葉した桜の葉を見つける。

「……そういえば、桜の木の下には死体が埋まっているという話を知っていますか?」

 シキの視線の先、桜の葉が流れている事に気がついた雪は首を傾げる。

「桜狂いは知っているが、その話を聞いたのは初めてだな」

 雪が話に興味を持ってくれた事にほっとしながら、シキは記憶を掘り返して話を続ける。

「とある小説家の話が元となって広まったと聞いています。桜があんなにも美しい花を咲かせるのは、きっと木の根元に死体が埋まっていて、その血を啜っているからだと。だからこそ桜は人を魅了するのだと」

 雪はシキの話を聞いた後、不意に歩き出し、一番近い位置にある楓の木の傍で足を止めると、徐にシキの方に振り返る。

 何となくだが、雪の目が呼んでいる気がして、シキは彼の行動に首を傾げながらも、誘われるがままに近づいていく。

「似たような話を俺も知っている」

 ひと際強い風が吹き、一斉に周囲にあった紅葉を巻き散らせた。シキは顔を腕で庇いながら雪の目の前まで近づき、雪の楽しげな金色の目に、自分の顔が映っているのを見る。

「——楓の木の下には鬼が居るんだ」

 紅葉した楓の傍に佇む雪の姿は絵画の様に、その微笑みは血が凍ってしまうほど美しかった。


 気が付けばそれなりの時間が経っており、晴れ晴れとした気分で朗らかに笑う雪に対して、シキはずっと体を這うような不安に苛まれていた。

 そのせいもあってか、雪と連れ立って『旅館』に戻るまでの記憶がほとんど残っていなかった。

 汗をかいたので着替えたいと雪と葉月に許可をとり、シキは一旦自室に戻る事ができた。

 自室に入って扉を閉めたと同時に、その場に崩れ落ちてしまう。着物の下はじっとりとした冷や汗をかいていて、べったりと肌に纏わりついている。シキが意識するよりも、彼の体はずっと危機感に苛まれていたらしい。

 一時的に麻痺していた感覚が一気に戻ってきたせいで、体から力が抜けてしまい、腰が抜けて立てない状況に陥っていた。

 本来ならば急いで汗をぬぐうか流すかをして、着替えて客の元に戻るべきなのであろうが、朦朧としているシキには到底無理な話だった。

 何をされた訳でもない。ただ、気分転換に散歩に連れ出してくれただけで、むしろ感謝すべき事の筈だというのに、そこにあるのは恐怖とまではいかないにしろ、それに類する感情であるのは明白だった。

 シキは芯から冷えてしまった体を守る様に、膝を抱えて蹲っていた。

 冷汗が引いて体温が戻ってきたのと同時に、ぼうっとしていた思考が調子を取り戻してくる。シキは意識の底へと忌避感を押し込めて、手早く濡れたタオルで汗をぬぐい、濡れてしまった服を着替える。

 冷蔵庫で冷やしていた五百ミリペットボトルのお茶を一気に飲み干し、制汗剤や消臭剤をスプレーで吹きかけて、最低限の身だしなみを整えると、足早に部屋を立ち去る。

 何が正解かはシキには分からないし、得体の知れない恐怖は一度でも気が付いてしまえば、忘れる事は出来そうにはない。けれど、『旅館』の規則に従いながら仕事を着実にこなす事が、一番安全だと判断した。

 シキは溜めこんだ負の感情を吐き出したいと思うと同時に、それを他人に言うのは得策ではないと思った。

 『客』に対して失礼という事もあるが、その雪と平然と話す葉月に対して違和感を覚えてしまったのだ。もちろん『客』と従業員という立場を弁えているが、訳の分からない信頼を彼に向けている事が不思議でならなかったのだ。

 信頼を向けるのであれば、それ相応の理由や根拠があるはずだ。けれどたった一週間や其処らの付き合いであるシキには、それらを伺い知る事は出来そうにない。

 ……そして、たったそれだけの付き合いである葉月の事を、自分はどうしてこんなにも信用していたのだろうか?

 その疑問がふわりと浮き上がり、そしてずっとシキの頭の中を漂っている。

 実際に葉月はシキにしっかりと仕事を教えてくれるし、至らない時は彼女が助けてくれている。けれど、それは葉月の『指導役』としての仕事だという事を、シキは分かっているつもりだった。

 葉月は仕事以外の行動も垣間見せているが、それを信頼していてくれるからだとか、好意的に見てくれているからだと思えなくはない。

 ……だが、もし、それ以外の理由ならば?

 得体が知れないという点では、葉月もこの『旅館』も同じだという事をシキは失念していた。

 一度感じた違和感がシキの危機感をあおり、本能的な部分を刺激したせいなのか、嫌な予感や想像が次から次へと浮かんでは、消える事なく漂い残留していくのだ。

 少しづつ雪の様に降り積もるそれらは、シキの思考をゆっくりと埋めていく。重たくずっしりと、形も質量もないそれらは確かな感触を持っている。

 ……この仕事は研修の数日を含めて約ひと月。それが終わるのが先が、得体の知れない恐怖によって押しつぶされるのが先か。

 結局の所、逃げ場を持たないシキは、ただひたすらに仕事をこなし続けるしかないのだから。


 シキは客間に戻ると、着替えに手間取った事を謝罪した。その後、雪の提案で、シキと葉月も彼と共に少し早い昼食をとることになった。

 軽い物という雪の希望通りに、お握りと漬物とみそ汁というシンプルな物ではあったが、ストレスで食欲が減退気味のシキには十分な量だった。

 お握りと言っても料理人が作っただけの事はあり、手に持った時はしっかりしているというのに、口にすればふわっと崩れ落ちる。米の甘みと絶妙な塩加減。そして中に入っている梅、鮭、高菜と、一つ一つ違う具材が単純に楽しい。

 美味しい物を食べれば幸せを感じるとはよく聞くことだが、シキは久しぶりにそれを心の底から感じていた。

 少し布の面が物を食べるのには邪魔ではあるが、布の端を軽く持ち上げて口との距離をとれば難なく食べられる。

「旨いな。米が一番美味いと言っていた知り合いがいたな。まあ、なんだかんだ言って、白米は大概の物に合うな」

 今朝の食欲が無いと朝餉を断ったとは思えないほど、雪は美味しそうにお握りを頬張っている。

 少し頬を膨らまして食べる姿は、見た目とのギャップで可愛らしく思えるが、どちらかと言えば愛玩動物に対する感情に近いと、横目で雪の様子を窺いながらシキはそんな感想を持つ。

 先ほどまであんなに不安だったというのに、雪と葉月とこうして接して一緒に食事をしただけで、それが和らいでいくのがシキには不思議でたまらない。

 一方でシキが、葉月の食事風景を見るのは初めてなのだが、食事中も背筋は真っ直ぐに伸びて、物を食べる時も食器を使う際も殆ど音を立てない。雪も殆ど音を立てないのだが、葉月はそれ以上に静かで上品に思える。

 シキ自身もそこは気を使っているのだが、箸を置いたり食器を膳に戻した際には、やはり僅かに音を立ててしまう。

 胡瓜とナスの浅漬けも、程よい塩加減で箸休めに丁度いい。豆腐とワカメとネギのお味噌汁は出汁が効いていて飲みやすい。

 やがて食事が終わり、葉月が食後のお茶を入れてくれる。一応、最初はシキがやろうとしたのだが、私ほど美味しいお茶を入れられる人はそうはいないと豪語したので、並みのお茶しか入れられないシキは大人しく引き下がる。

 研修中に何度も練習をしたのだが、葉月はぎりぎり及第点を貰えた程度だ。彼女曰く、自分がいない時は仕方がないが、できるだけ自分の方が良いだろうとの事。

 暇な時に自室で練習をしてはいるのだが、上達しているかどうかは分からない。けれど、葉月が入れたお茶には程遠い事だけは分かった。

「お茶って、本格的に美味しいのを入れようとすると難しいですね。家では市販のお茶パックにお湯を入れておしまいか、ペットボトルのお茶を買うぐらいですから」

 口の中に広がる芳醇なお茶の香りに、雪とシキはほっとした顔をしながら、その旨味を味わっていた。

「ふふっ。こればっかりは年季が違いますから。練習あるのみです」

 さらに言えばシキの場合は、いちいちお湯を沸かすのも面倒なので、耐熱容器のポットに麦茶ウーロン茶ほうじ茶などを二リットルほど作っておいている。緑茶はすぐに味と色が変わってしまうので、その場で飲むとき以外は入れない。

「俺が入れる茶もなかなかだぞ。もっぱらしてもらうばかりで、偶に来た客に入れる程度だが」

 料理はできなくとも、お茶を入れる事には自信があるらしい雪が自信満々に言う。

「ちなみに、茶道の方も出来るぞ。暫く、知人に習っていた時期があるしな。疑う様なら支配人に聞くといい。あいつも俺の茶を飲んだ事があるからな」

 不意にシキの頭に、支配人の顰めた顔と書類に埋もれている光景が浮かび、彼は美味く入れるまで練習に励みそうだと思う。

「——まあ、まだ時間はあるから、そのうち君にも入れてもらおう。逆に葉月との違いが気になる」

 玄人と素人を比べようとする無慈悲な提案に、シキはもう少し真面目に練習をしようと心に決める。最低限、人様に出しても恥ずかしくない腕があれば、なんだかんだ役に立ちそうだというのもあるが、シキにも最低限の意地はある。

「——分かりました。雪様が宿泊なさっている間に、飲んでいただけるように精進します」

 心なしかぶっきらぼうになってしまったかと、シキはすぐさま反省をしてしまったのだが、雪は子供の成長を眺める親の様な眼差しを向けて、穏やかに微笑んでいた。


 昼過ぎから今度は独りで散策に出るのを言う雪を、シキと葉月を見送る。

 とりあえず一度解散するかと二人で話していると、屋内から誰かに声をかけられた。シキ達が振り向くと、そこには昨日一時的に担当した男性客と、その少し後ろに控えるように佇むナデシコと、おそらくはその『指導役』の女性の姿があった。

「——こんにちは。『山伏』様。お出かけでございますか?」

 まさに理想の逞しい男性像という風貌をした山伏が、人好きのする笑顔で近づいてきた。昨日の接待で、葉月は随分と彼に気に入られていた。

「ああ。療養のために来たとはいえ、せっかくの紅葉だからな。紅葉狩りと洒落込もうかと思ってね」

 悪意が感じられない山伏と違って、ナデシコの表情は布の面で見えなくとも、シキの事を無言で睨めつけているのが嫌でも分かる。

「あらあら。山伏様ったら。うちの『モミジ』を狩られては困ります」

 葉月は山伏の冗談に対して、冗談だと分かりやすい返しをする。序でに、背後で睨んでいるナデシコに対する揶揄の意味もあるのだろうが、冗談のネタにされた『モミジ』——シキ自身はいい迷惑だ。攻撃せんばかりに睨んでくるナデシコに、戦々恐々としているシキを尻目に、煽っている張本人である葉月は素知らぬ顔で流している。

 その事に気がついている筈だというのに、ナデシコの『指導役』は彼女を窘める事も無く、無言で明後日の方向——雪が歩いていった並木道の方を見ているだけだ。

 整った顔立ちをしていても、特徴のないと顔を覚え辛いものだ。人の顔を覚えるのが苦手なシキは、少しでも特徴がないかとそれとなく観察してみたが、強いて言うのであれば特徴が無い事が特徴だと、結論づけてさじを投げた。

「君達の所の客は、今日は散策なんだね。一昨日かな、たまたま彼が一人で歩いていくのを見かけてね。その後、汗を流しに来て彼と大浴場でばったりと出くわして、少し世間話をしたんだ」

「雪様はおしゃべりがお好きな方ですから、さぞ話が弾んだでしょう?」

 昨日はそれほど会話が弾まなかったナデシコが、威嚇する相手をシキから葉月へと変える。けれどそんな威嚇などどこ吹く風と、葉月は涼しい顔をして山伏との会話を続けている。

 シキとしては穏便に事を収めて欲しいのだが、その願いは空しくも届く事はない。

「……ふむ。ああ、彼が、そうか……話に聞いた事はあったが、想像よりもずっと……。いや、だからこそ、あの見た目か……」

「お互いの客の名を言うのは、別にご法度というわけではありませんから。それを振りかざしたりしなければ、この『旅館』で過ごす間は、お客様は皆さん平等なんです。——それが当『旅館』の信念ですから」

 その台詞で葉月は憤っているのだと、この時にシキは気が付く。

 この『旅館』で働く従業員として、『旅館』の理念に背いたナデシコに対して。シキにはこの『旅館』の『客』がどこのお偉方かは分からない。けれど、この『旅館』で英気を養う間は、全員が『客』以外の何物でもない。

「私ども、従業員一同。お客様が快適な休暇を過ごせますよう、努めてまいります」

 自然で美しく模範的はお辞儀が、葉月の在り方を現している様だと、シキは思う。

 葉月にとっては『客』が最優先。対価を払って、それに見合うだけの精一杯の安らぎを提供する。

 だから『世話役』のシキの指導も補助も、時には多少強引にでも事を進める。

 ——だからこそ、シキは葉月の事を恐ろしいと思うのだ。

 彼女にとっては最優先すべきは『客』。それは従業員としては素晴らしいが、『客』でない人間——シキに対してはそれの限りではない。もし、『旅館』の理念がシキにとって都合の悪い物であれば……。

 葉月は信頼はできるが、信用はできない相手なのだと、シキは心底理解した。

 自らの怯えを葉月には悟られないように、シキは静かに深呼吸をして自らを落ち着ける。

 シキにとっては、信用できないと分かっていても、この『旅館』の中では頼る相手は彼女しかいない。何より、彼女の人柄をすぐに嫌う事が出来そうになかった。

「これでも、弁えているつもりだよ。だからこそ、彼もこの『旅館』の常連客なのだろう。私も今回初めて来たが、余裕があれば来年も来たいものだ。予約の争奪戦は激しい様だが……」

 完全個室の部屋で、それぞれ担当の従業員が付く。正直、未だにシキには『世話役』の意味が分からないが、何らかの意図があるのは確かだ。しっかりとしたおもてなしをするのが葉月達——正規の従業員だとするならば、『世話役』という名の素人の集まりは、一体何のための役目なのかは謎のまま。

「……ああ、引き留めてしまって、すまなかった。彼が戻ってくるまで、せっかくの非番を邪魔するのは悪いからな」

 軽く手を挙げて去り際の挨拶をしてから、山伏はナデシコと女性を引き連れて、ゆったりとした足取りで立ち去って行く。

 最後まで一言も声を発さなかった『指導役』女性が通り過ぎる際に、頭を下げて見送りをするシキをちらりと見たが、ナデシコの方は葉月に好き放題言われたのが気に喰わないのか、平静を装いながらも、頑なに彼らの方を見ようとはしなかった。

 ある意味で素直な性格のナデシコは相手取りやすいらしく、葉月はいつもと変わらないままで自然体だ。

 山伏達の背中が小さくなった頃、シキと葉月は一旦その場で解散をした。

 不意に違和感を覚えたシキが、顔を上げて屋根の方を見ると、蛇の様な竜の様な曖昧な姿をした飾り瓦が、彼を見下ろしている。

 命など無い筈の石の置物からの視線を感じた事に、シキはため息を吐いて項垂れる。精神的な疲労が蓄積されているのを感じ、醜態は晒したくないため、部屋に戻って仮眠をとる事にした。


 自室への帰り道、シキは通路の隅で膝を抱えて蹲る男を見かけて、足を止めた。

 とりあえず少し離れた所から観察してみると、男の体が小刻みにガタガタと震えている事に気が付いた。

 暫しの思案の後、ただ事ではなさそうな状況に、そのまま無視するのは憚られたため、シキは出来るだけ驚かさない様に気を付けて、そろそろと慎重に近づく。彼の足音に気が付いた男が、のろのろと緩慢な動きで顔を上げた。

 面をしていない男性の顔は青白く、生気が感じられない上、すごい量の冷や汗をかいており、シキはただ事ではないと判断して話しかける事にした。

「……あの、大丈夫ですか?体調が悪いようでしたら医務室へお連れ致しますが……」

 常に医者が在中しているわけではないが、この時期は人が多くなるため短期の出張をしてもらい、一時的に簡易の病院の役割をしている部屋がある。そこを通称で医務室と呼称している。

 目が空ろで短く揃えられた髪もぼさぼさで、着物もあちこちに皴がよって着崩れてしまい、生気のない肌はマネキンの様で、異様な雰囲気を纏っている。

 男性のくすんだガラス玉の様な虚ろな目が動き、シキを捉えると、次第に焦点が定まり徐々に光が戻っていく。

「——頼む!担当を代わってくれ……!」

 切羽詰まった様子で、必死にシキの袴を掴んで縋ってくる男に、シキは驚いて怯んでしまう。少し距離を取ろうとしたシキの意図を察したのか、逃がすまいとして追い縋ってくる。

「頼む——!頼む、頼む頼む——!」

 男の只ならない様子に困惑しながらも、シキはとりあえず男を必死に宥めすかす。

「お、落ち着てください——!分かりました。一日ぐらいでしたら構いません。支配人に許可が取れたらの話ですが……」

 承諾したわけではないが、シキが引き受ける意思を伝えた途端、男の動きがぴたりと止まり、男の表情が無くなり、能面のように固まる。

「……ああ。もちろんだ。一日でも構わない」

 シキは自分の足にしがみついていた男の手をそっと外して、後ろに一歩下がって距離を取る。感情がない淡々とした声は、機械が発する合成音の様にも聞こえる。

 面の下で顔を引きつらせているシキに、崩れ落ちてその場にへたり込んだ男がにっこりと笑う。

 隈のある目を細めて、口元を歪めた男の笑った顔は狂気に満ちていた。


 その日の夕餉は、猪肉と野菜を味噌の入った出し汁で煮込んだ牡丹鍋だった。薄くスライスされた猪肉が花を形を真似て並べられた皿と、旬の葉物野菜や根菜類にキノコ、豆腐やこんにゃくが盛られた皿が並べられている。

 ホカホカの白米が盛られた茶碗と、薬味の山椒と新鮮な卵が取り皿と共に置かれている。

 ようやく鹿肉——モミジ肉から逃れられた、シキ——仮名『モミジ』は少しホッとする。仮名である『モミジ』に慣れようと努力をした結果、『モミジ』という単語に耳ざとくなってしまい、紅葉の季節のせいもあって、最近は色んな意味で食傷気味だった。

 風呂上がりの雪は美味しそうに、明らかに一人前以上の量をぺろりと平らげ、この日は酒ではなく、葉月の入れたお茶で食後の余韻を楽しむ。

 すでに恒例となった膝枕に頭を預けて、雪は手足を広げて仰向けで寝転がる。まだ違和感は拭い去れないが、何とか状況に慣れてきたシキは、有名なお伽話「浦島太郎」を話し始める。

 話を聞いている間、雪は目をつぶって穏やかな表情をしていた。色々思う所はあるが、彼が穏やかな気持ちになれるのなら、この行為にも意味があるのだと、シキは満更悪い気分でもなかった。

 語り終えたシキは、恒例になった雑談を始める。

「……正直、この話は子供の頃からあまり好きではないんです。『桃太郎』と『金太郎』は両者とも一応は幸せを手に入れているのに、『浦島太郎』は主人公が悲しんで終わってしまいますから」

 シキは別に必ずハッピーエンドを求めているわけではない。むしろ強引に登場人物が幸せになって終わる話は、ご都合主義が過ぎると思ってしまうので苦手だ。

 例えバットエンドを迎えてしまっても、それまでの道筋が通っているのであれば、多少は思う所はあるが面白い作品だと思う。一時期、よく分からない強引なバットエンドの話が流行った時期もあったが、読んでみてもそれのどこが良いのか全く分からなかった。

 例え望まぬ終わりだったとしても、登場人物達に何か得るものがあるのであれば、それは一つの終わりなのだと納得できる。

「この話は『浦島太郎』は虐められている亀を助けて、その礼を受け取っただけなのに、最後は時の流れに置いて行かれて、居場所を失って悲しんで終わる。最後は海に入って行ったとか、鶴になって飛び去ったとかありますけど、結局は大切なものを失って終わりです。むしろ善行を行ったはずなのに、失って終わるのは納得できないままです」

 この類のお伽噺は、子供への躾の意味も含んでいる場合が多い。特に外国の童話などはそれが顕著だろう。

「面白いと言えばそうなのでしょうが、私はちょっと苦手ですね」

「——神の世界に人間が足を踏み入れたのだから、元居た人間の世界から外れてしまうのは仕方がないだろう?」

 気が付くと雪は目を開いて、金色の瞳でじっとシキの顔を見つめていた。

「確かに切欠は善行だったのかもしれないが、善行も悪行も最後にどうなるかなんて、下手すれば神だって知らない。この場合は乙姫が神に当たるんだろうが、『浦島太郎』に間違いがあるのだとすれば、見知らぬ亀から『礼』を受け取ってしまった事か、もしくは、乙姫と竜宮城から離れようとした事だろう」

 宝石の様に——月の様に美しい金色の瞳が、シキの心を見透かしている様に見えて、シキは面の下で雪から視線を外した。

「むしろ、乙姫は良心的だ。帰りたいという望みを、『浦島太郎』の意思を尊重してくれている。引き留めているんだから、乙姫は彼の事を好いていたのだろう。……だからこそ起こった悲劇と言えるが」

 夕飯の片づけはすっかり終わり、部屋の中にはシキと雪の二人だけだ。閉め切ってしまった部屋の中では、雪の声が良く響く。

「玉手箱に関しては自業自得だ。乙姫は開けてはいけないと警告をした。それを無視して約束を破ったのだから、何らかの罰があって然るべきだ」

「本当に好きで大切に思っていたのであれば、その望まない状態になる前に帰すか、説明をしてくれれば良かったと思います。玉手箱に関しても、どうして『浦島太郎』に渡したのか……」

「それは、そういう決まりだったのだろうさ。神ほど決まり事や、約束を重んじるモノはいない。乙姫や竜宮城にも決まりがあって、それを破る事ができなかったのだろう。玉手箱に関しては『浦島太郎』の時間、年月が閉じ込められていたのだろう?自分の物を自分で持つのは当たり前の事だ。一時的に乙姫が預かっていてくれただけだ」

 持ち主の所に返しただけで、それ自体は悪い事ではない。どんな事にも決まりや対価がある。過程があり、結果がある。

「『桃太郎』も言ってしまえば、家来と共に鬼を殺戮して、宝を奪って自分の物にした。これは単純に、勝てば官軍。強い者が正義って事だろう?」

「そんな身も蓋もない。いや、間違ってはいないですが……。そういえば、鬼は当時の政府に従わなかった一族の比喩ではないか、という話もありますね」

 妖怪退治などお伽話は、そういった出来事を比喩表現で記したという話があり、それを思うと、やはり子供への教材としての側面はあるのだろう。そんな事をシキが考えていると、雪は目を伏せて、物悲しそうに息を吐く。

「この前、君がお伽噺は時代の流れで規制されて、内容が変わっていると言っていただろう?決まりや罪について教える内容が無くなってしまって、……子供は何を思ってお伽噺を聞いているんだろうな」

「……雪様は、変な所を気になさいますね。多分、純粋に物語として楽しんでいるのではないですか?」

 眠たそうに目を瞬かせる雪を眺めながら、シキは離れてしまっている家族の事を思い出し、そっと雪の髪を軽く撫でる。

「子供はそれほど心配しなくても、学校に行って周りの人間達と一緒に、学んで育っていくものですよ。きっと大丈夫です」

「環境にもよると思うが……。君はきっとそうやって育ってきたんだな……」

 穏やかな寝息を立て始めた雪の寝顔を見ながら、シキはそんな大したものではないのだけれどと、苦笑を浮かべた。


 その日の朝、シキは葉月と香月という名の従業員と共に、執務室に呼び出されていた。

 理由は、昨日の一日担当を代わるという件について、話し合うためだった。

 昨晩、シキは支配人の元を訪れていた。雪のうたた寝に付き合ったため、それなりに夜も更けていたので失礼かとも思ったのだが、それは杞憂に終わった。

「初めまして。香月と名乗らせて頂いています」

 支配人に促されてシキは来客用のソファーに座り、香月とお互い向き合う形になる。

「香月はお前が話した男『オバナ』の『指導役』だ。——単刀直入に言えば、お前の担当を変える事になった。基本的には、最初についた担当のまま変わらないのが通例だ。だからお前は珍しい事例と言えるな」

 支配人は小さなため息を吐いて、眉間を軽く揉むようにして触れる。よくよく見れば目元には隈があり、初日に見た時よりも、ずっと草臥れた印象を受ける。

 数日前に顔を合わせた時よりも、疲弊した支配人の様子に、シキはもしかして自分のせいだったりするのかと戸惑いを覚える。

「……一応は言っておくが、今回は異例の事や、予期せぬ出来事が立て続けに起こっている。オバナに関しては……まあ、早いか遅いかの違いだ」

 オバナと呼ばれる男が問題を起こすと分かっていて雇ったのかと、シキは首を傾げたのだが、香月は「お疲れの様ね」と支配人を見て苦笑する。

「あー、何だったか……。とりあえずは今日は『甘葛』様についてもらう。面倒な所があるから、『指導役』は香月のままでいく。彼も細かい作法は気にしないから、その辺りは気にしなくていい。……ただし、絶対に規則を遵守しろ」

 どうやら組ませる前に顔合わせをさせる事が目的だったらしく、支配人は香月に下がるように言う。それに従い香月はすぐに立ち上がったが、心配そうな顔で支配人の方へと近づく。

「支配人。忙しいのは分かりますが、一度しっかりと体を休めて下さい。まだ半分も予定を消化できていないんです。支配人の体が持ちません。貴方の代わりはいませんし、私どもも望んでいません」

 その言動から支配人を心から心配し、慕っているのがシキにも伝わってくる。それは支配人も同じようで、疲れた顔で苦笑して頷く仕草をすると、香月は一礼をして部屋を去っていった。

 一人取り残されたシキはソファーに座り込んだまま、ちらりと支配人を見る。視線を感じたのか、支配人は俯けていた顔を上げて彼の方を見ると、徐に立ち上がる。

 シキは無言のまま支配人の行動を目で追っていると、棚に置かれていたカップを手に取り、缶から適当にスプーンですくった粉を入れ、脇にあるポットからお湯を注いで混ぜる。

 それを二人分作った支配人はカップを両手でそれぞれ持ち、先ほどまで香月がいた席に座る。その流れでシキに片方のカップを手渡すと、残った方のカップに口をつけて啜り始めた。

 渡されたカップからは湯気と甘い香りがしていて、嗅いだ覚えのある香りに、シキは恐る恐る口をつける。インスタントのアップルティーは温かく、程よい甘みと甘い香りがシキ緊張を和らげた。

 気を使ってくれたらしい支配人は、眉間に皴を寄せたままアップルティー飲んでいるのだが、彼の風貌と相まってブラックコーヒーでも飲んでいるかの様に見える。

「……元々、客は二十人の予定だった。急遽一人増えたせいで『世話役』が足りなかった。だから知人の伝手で人を探してもらった」

 唐突に切り出された話題に、心当たりがあるシキはカップから口を離し、咄嗟に支配人の方を見る。

「——それは、もしかしなくても、教授の事でしょうか?」

「——ああ。そいつで間違いない。良さそうなのが学生にいないか尋ねたら、丁度いいのが居るからと、お前を雇う事になった」

 シキはこの仕事を紹介してきた、年齢不詳のマイペースすぎる教授を思い出して、「あー」という言葉にならない声が思わず零れた。

「真面目で、落ち着いていて、それなりに慎重で、それなりに物覚えが良い。後は状況に流されやすい男が理想だと伝えた。……まあ、少々流されやすすぎる気はするが、まあ、流れに逆らって使えなくなるよりはいい」

 「使えなくなる」という言葉に、ナデシコが言った『贄』という言葉がシキの脳裏をよぎる。

「……葉月はベテランで面倒見がいい。基本的に真面目で、大概の事ができる器用さを持っている。ただ、少々客を優先しがちなきらいがある。一度、葉月ではない『指導役』につくのも良い経験になる。……一応は、知人からの紹介だからな。気に留める事ぐらいはする」

 支配人は一見すれば真面目で取っ付き難そうに見えるが、その実、面倒見がよく、相手に真摯な対応を心がけている。嘘や誤魔化しで煙に巻く、という事をできるだけしない様に心掛けていた。

 一方葉月は、気立てが良く、仕事には真面目で面倒見は良い。職務に忠実ではあるが、何を考えているのか分からない所がある。表情や態度で察する事も難しい。一時の癒しを与えるのであれば、綺麗な物だけを見せる事も必要な事。

 支配人ともなれば、客商売故のしがらみも多いだろうに、それでも真摯な態度で、正面から話す事が出来る、強く真っすぐな性根の持ち主なのだろう。

 そういった、矛盾や責任を背負った彼だからこそ、葉月も香月も支配人の事を慕っているのだろう。故に、シキは支配人の事を少しだけ信頼してみる事にした。どっちにしろ、ここにシキの顔見知りはいない。辛うじて知人の知り合いがいる程度。いってしまえば敵地なのだ。

「……お茶、ありがとうございます」

「……これをお茶というべきか、怪しい所ではあるがな。俺個人としてはこの甘さと林檎の香りが良いと思うのだが」

 支配人の話を聞きながら、シキが何となく仕事机や棚に目をやると、棚にはいくつかの高そうな紅茶や緑茶の缶が、奥の方に置かれているのがちらりと見える。手前の方には飲む頻度が高いインスタントのコーヒー、アップルティー、ミルクティーが、それぞれ別々の密閉容器に移し替えられ、丁寧にラベルを張って並べて置いてある。

 シキも飲んだ覚えがあるインスタントの粉を、わざわざ入れ物に移して常備しているあたり、支配人はそういった所にはこだわる性格なのだろう。

「確かに良い茶葉や豆で入れたものは上手いが、休みでもないのに、わざわざ手間をかけて仕事を増やす気にもなれない。今は安価で、それなりの質と量で、それなりに美味いインスタント食品が手に入る。——良い時代になったものだ」

 表情が硬く顰め面ばかりしてはいるが、間違いなく美青年といえる容姿をしているため、実際の年齢が把握し辛いだけで、それなり年齢を重ねているのだろう。時折、彼が積み上げてきた人生の一端を垣間見せる事がある。

「……だから、これは俺個人の警告だ。単独行動はできるだけするな。それと、基本的に客の事は信用するな」

 客から対価を貰い、客を癒し楽しませる仕事に従事し、それを誇りをもって仕事と向き合っているはずの彼が、シキには客を信用するなと言う。

 わざわざ個人的な意見だと前置きをするのは、彼個人の私利主張はともかく、彼がこの旅館で支配人である限り、何かあっても直接シキを助ける事はしない、という事を遠回しに伝えている。

「……少なくとも、お前は全て分かった上で、ここに来たわけではないだろう?知らない事は罪だ。だが、しかし、そこに他人の意思が介在するのであれば、一概に当人を責められないだろう。無知な子供の罪で、子供だけに罪を負わせるのは理不尽だからな。多少の手助けはする様に従業員には伝えてある」

 支配人は空になった自分のカップを持って、仕事机へと戻る。

「——何事もなく、ここを去りたいのであれば、客の事は信用するな。従業員の事は信頼はしていい。だが救いを求めても無駄だ」

 仕事の様の椅子に座り、支配人は彼の仕事へと戻っていった。


 昨晩のやり取りには呼ばれず、今朝になって執務室に呼び出された葉月は、ちらりと隣の席に座るシキの横顔を窺うが、布の面のせいで彼の表情は隠されているため、彼の反応を見る事はできない。

 シキは基本的に研修中も今現在も、自室にいる時以外は、そのほとんどを面をつけて生活している。他の『世話役』達の大半は、別館の中では面を外しているのに対し、シキは面を外そうとしない。彼と同じ事をしている者もいるが、やはり少数だ。

 元々知り合いのいない、そして明らかに他人から距離を置かれている状況下では、シキからすれば積極的に関わるのは苦痛以外の何物でもない。

 面で顔を隠しているだけでも、直接見られるという状況を回避できる。それがちょっとした精神安定剤の役割を果たしてくれているため、シキは人前では面を取ろうとしない。

 それでも葉月からすれば、仕草や息遣いで、ある程度の事は把握できる。

「——つまり、私はオバナさんを、雪様の元に連れて行けばいいのですね?」

「ああ。どっちにしろ、彼は基本的には単独行動を半日はする。その間は非番だ。単純な仕事量でいえば、圧倒的に少ない。とりあえず、それで半日の猶予は得られる。……後は当人次第だろう」

「つまりは、今後の身の振り方を考える時間を与える、という事ですね。——分かりました」

 葉月は支配人の説明に納得して了承する。元より支配人の指示に従うつもりだったのだが、理由を聞かされないのは納得がいかないので、そこはしっかりと確認をする。

「——ごめんなさいね。葉月の所を面倒ごとに巻き込んじゃって……」

 香月が向かい合って座る葉月に頭を下げる。

 元々はシキがオバナに話しかけた事も原因という事もあり、自分のせいで他人に頭を下げさせる事態に、シキは罪悪感で申し訳なく思ってしまい、顔を俯けた。

「ふふっ。いいのよ。当人同士が納得しているのであれば、それでいいと思うし。誰にだって、考える時間は必要なのも確かだしね」

 葉月は苦笑しながら首を横に振って、香月は悪くないから気にするなと伝える。

「『モミジ』さん。香月が居るから下手な事にはならないでしょうが、気を付けて行動をしてくださいね」

「……はい。できるだけ大人しくして、聞きき役に徹しようと思います」

 余計な事はせずに、出来るだけ穏便に事を収めたいのはシキも同じだ。自分から突っ込んでしまったのが原因とはいえ、面倒ごとを大きくするのは望まない。

「話は以上だ。時間を取らせて済まなかった」

 シキは香月に促されて、彼女に付いて部屋を出ていく。二人分の足音が遠ざかるのを確認してから、葉月は支配人の方を見て困った顔をする。

「分かっていらっしゃるとは思いますが、雪様はどうもなさらないと思いますよ」

「ああ——。オバナに関しては、現状維持ができれば御の字だろうな。分かってはいるが……、できうる限りの事はしてやるつもりだ。……おそらくは駄目だろうがな」

 支配人はため息を吐いて、机の上に置いていたカップを手に取り、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲む。

「……やはり、自分で引いた豆の方が上手いな」


 シキが香月と共に向かったのは薄の間と呼ばれ、名が示す通り、部屋を区切る襖にはススキが遠近法を使い、奥行きのある平原に広がるススキの様子が描かれている。ススキの穂が月明かりに照らされて、きらきらと光っている様は、細かい金箔によって表現されている。

 襖の絵を観察するシキに気が付き、香月が少し表情を緩ませた。

「綺麗でしょう?この旅館にある絵は、みんな有名な画家に書いてもらっているの。高額で売れるぐらいには凄い物なの」

 シキは初日に見た、襖に書かれた楓の鮮やかな赤色を思い出しながら、普通に開け閉めしていた事を思い出して、急に不安に駆られてしまう。

「……普通に開け閉めする分には、問題はないですよね?」

 今更ながらに、シキは高級旅館のポテンシャルの高さに恐れおののく。彼が思い出す襖は家の和室にある物ぐらいで、シキが高校を卒業した頃に新品の物に交換されるまでは、長年破れたままで利用されていた。

「大丈夫。基本的に日常使いするものだから、それなりに丈夫にできているし、修復してくれる業者さんもいるから」

 本当のお金持ちは、高級な品をしまい込まずに大切に使うのだと、何かで読んだなと思い出しながら、シキは香月が入室の確認する声を聞いていた。

 返事をもらい、シキは香月と共に薄の間に入ると、この部屋の客である甘葛が微笑んで迎え入れてくれる。

「ああ。君がオバナさんの代理の方?」

 香月に続いて入り口の傍で正座して、手を畳についてゆっくりと頭を下げる。

「『モミジ』と申します。至らない所も御座いますでしょうが、ご容赦願います」

「ああ。こちらこそ宜しく頼むよ。『モミジ』さん。わたしは『アマヅラ』と名乗っている。今日はよろしく頼むよ」

 甘葛は黄色い目を細めて、人の良さそうな笑みを浮かべ、柔らかい口調で穏やかに話す。

 甘葛は例にもれずに、整った顔立ちをしていて、下がった目尻と柔らかい物腰のせいか優男といった印象を受ける。雄々しい山伏と中性的な雪の間に立てば、違った種類の美形が揃い、世の中の肉食系女子は放ってはおかないだろう。

 すでに別の従業員が代理で朝餉の準備をしていたため、既に甘葛は食後の休憩としてあったかい緑茶を味わっている最中だった。

「じゃあ、折角だから暫くは話し相手になってくれるかな?」

 初対面同士という事もあるが、甘葛が尋ねてくるのはこの仕事をする経緯と、シキの個人的な事への質問が多い。その質問をするのがお決まりなのかと、シキは首を傾げてしまう。だが、三回目ともなれば、肝心な部分は伏せて卒が無い返答をするも容易い。

 あまり馴れ馴れしくならない様に気を付けながら、シキは香月の助けを借りながら、粛々と自らの役目を果たしていった。

 甘葛は話すのが上手く、間の取り方や相槌の取り方も絶妙だが、相手の興味のある話題を会話から察してそれとなくふるので、人付き合いがあまり得意でないシキにはやりやすい相手ではあった。

 気が付けば昼前となり、香月がそれとなく昼休憩をシキに勧めてくれたので、甘葛の許可を取って一度下がらせてもらう事になった。


 シキが薄の間を後にして、別館に戻ろうと外に出た所で、また視線を感じて見上げると例の飾り瓦と目が合う。何故だか妙に視線を感じてしまう事に、シキは首を傾げる。

 そういえば魔除けの意味があった事を思い出し、シキはげんを担ぐために一礼してから立ち去る。

 一旦、別館の方へと戻るために、従業員用の通路の竹林を抜ける。竹が風に揺れる葉音に紛れて、聞きなれた声にシキは呼び止められる。

 反射的にシキが振り返ると、不機嫌そうな雪が腕を組んで立っていた。

「——おはようございます。散策の帰りですか?」

 雪は何もなければ、朝餉の後は夕餉の時間まで単独行動をしている筈なのだが、この日はシキに一言言ってやりたくなって、昼前にわざわざ戻って来ていた。

 そんな事とはつゆ知らず、シキは今日は早い帰りだと首を傾げていた。

 風が止み、竹林は静寂に包まれ、雪の声がよく響いた。

「……君は、そんなに俺の担当をするのが嫌なのか?」

 ぶすっとむくれた雪がそんな事を言ったので、シキは彼に不快な思いをさせてしまったことに気が付いて、慌てて頭を下げて弁明を口にする。

「すみません。担当が何度も変わると落ち着かないのは当然でした。言い訳になってしまいますが、決して雪様に対して、そのように思ってなどいません」

 そう言いながら、シキは嘘ではないと内心で言い訳をする。雪は基本的に穏やかで無理なことはあまり言わない。気遣いもできるし、傍にいて落ち着くのも確かだ。

 ——だが、嫌ではないが、何かが恐ろしいのだ。得体の知らないものへの恐れが、シキの中で少しずつ降り積もって溜まっていく。

 男から懇願されたから、というのも嘘ではない。けれど、それを機に一旦距離を置いて、考える猶予が欲しかった事が大きい。

「……いや、俺も悪かった。少し脅かすような真似をしたのは俺だしな。君があまりにも無防備だから、気を付けるように促したつもりだったんだが……。やりすぎだと支配人と葉月に注意された」

 どうやら先日の楓の下には鬼が居るという話をしたのは、それとなく身の回りに気を付けるように警告をしたつもりだったらしい。

「君が担当を代わるのも今日一日だけだと聞いているし、頼まれて引き受けたのも知っている」

 どうやら支配人と葉月が誤解を抱かせない様にと、雪に説明をしていてくれたらしい。その流れで先日の事を話して、呆れた顔をされたのを雪は何気に気にしていた。

「あの男は夕方まで部屋で休ませるらしいから、……まあ、君は自分の仕事に専念してくれていい」

 竹林を風が通り抜けて、シキと雪の服の裾を揺らす。ざわざわと竹が揺れて葉が擦れる音が、僅かな間だけ竹林の外の音を遮る。

「俺としても、あんな他人の『食いかけ』を寄越されても気が休まらないしな。葉月に頼んで弁当を用意してもらったから、もし君がよければ一緒にどうだ?」

 雪は風呂敷に包まれた二人分の弁当と水筒を、シキの眼前に突き出してきた。突然の申し出にシキは少し驚きはしたが、自分の都合で雪に迷惑をかけている事もあり、折角の申し出だと快諾をした。

「丁度、別館の方で昼食を食べに行く前でしたので、ぜひ、ご一緒させてください」

 シキがそう返事をすると、雪は嬉しそうに笑い、何も持っていない方の手でシキの手を軽く掴む。久しく誰かと手を繋いだ事が無かった事もあり、シキはびっくりして体が震えてしまったが、不思議と嫌な気持ちは無い。

 軽く引っかけるように握ってくる雪の手は、少しひんやりとしていたが、しばらくすると温かさを感じ始めた。

 他人と手を繋ぐ機会なんて、せいぜい小学生の頃までだろう。ましてや男同士で繋ぐ事など、それこそほとんど機会など無い。やはり育ちが良く、世間知らずなので他人との距離感が少し独特なのだろうかと、シキは繋がれた手をちらりと見た。

 そのまま雪に促されるように腕を引かれて、シキは大人しく彼に従って歩く。

 シキが歩いていた竹林の道を逆走し、扉を開けて通用口から離れながら、そういえばここは基本的には客は立ち入り禁止では?と、遠ざかっていく竹林を一瞥しながら思いはしたのが、誰も見ていないのであればセーフだろうと考え直す。

 シキの手を握る雪の手は、見た目に反してやはり男の手でしっかりとしている。襟足だけ長い白銀の髪が揺れるのを見て、尻尾の様だと少し失礼な事を思いながら歩いていると、気が付けば先日来たばかりの楓の並木道にいた。

 前の時ほど風が吹いていないので、たまにちらちらと揺れながら、紅葉が地面を埋める落ち葉の絨毯の中へと落ちていく。

 雪が足を止めたのは、小川に架かる小さな橋の傍に置かれていた石の前。幾つか並べられている石は椅子にするには丁度良い大きさをしていて、お昼はここで食べる事になった。

「昼休憩は一時間ほどだろ?さっさと食べよう」

 石の上の落ち葉を払い、汚れていないのを確認してから座り、シキにも隣の石に座るように促してくる。彼の言い分も最もなので、シキは雪に習って石の上に座る。

 雪は風呂敷をほどいて広げ、弁当を取り出してシキに手渡す。竹製の曲げわっぱの容器に、添えられている箸も客室で出されている者と同等のものだ。

 シキは膝の上にのせて、そっと開く。

 濃い黄色が鮮やかなサツマイモの炊き込みご飯と、オレンジ色の焼き鮭の切り身、茶色の鶏肉、蓮根、ゴボウ、シイタケと人参の煮物、優しい黄色の卵焼きが入った弁当は、すぐに視界からシキの食欲を煽ってくる。

 シキが手を合わせて「いただきます」と口にすると、隣で雪もそれに習って手を合わせている。何となくその仕草が子供っぽく見え、シキはそれを微笑ましく思った。

 食事を終えてお茶で一息ついて、会話もせずにぼんやりと空を眺めていたが、何時までもこうしている訳にはいかないので、シキは立ち上がって雪に頭を下げる。

「ご馳走様でした。後、色々とご迷惑をかけて、申し訳ありません」

 気を使ってもらってばかりなのがシキとしては心苦しいのだが、雪は気にするなと軽く笑うだけだ。

 空になった弁当は風呂敷と一緒にシキが厨房に返すために受け取り、水筒はお茶が残っているので雪がそのまま持っていく事にした。

 一礼をしてから立ち去ろうとするシキの手首を雪が掴んで、正面から真っすぐに向き合うと、雪は真顔で訴えるように話し始める。

「……言っておくが、君に代理を頼んだ男は自業自得だ。決まりを破ったのはあいつ自身だ。言い方はきついが、『食いかけ』に縋られるのは、正直にいえば鬱陶しい」

 『食いかけ』という単語ときつい物言いが、雪が気分を害しているのがよく分かる。

「……本当に申し訳ありませんでした。同性が良いと仰っていたので、一日程度であれば問題は無いと思って引き受けたのですが、浅はかでした」

 客である雪に負担を強いるのは本来間違っている。けれど、シキは心のどこかで雪ならば大目に見てくれると分かっていた。それ故の我儘だった事を反省する。

「——俺は、君が良いんだ。それだけ分かってくれれば、それでいい」

 女であれば勘違いしてしまいそうな台詞ではあったが、生憎シキは男だったのでそうはならない。けれど強く求められた事は嬉しく思ってしまう。

「まあ、とりあえず、これだけ接していれば俺の匂いもついただろし、変な事はそうそうはして来ないだろうが、絶対に客に私物を渡すな。絶対に客から何も貰うな。例え、旅館の備品でも受け取るな」

 雪は手に力を込めて、強くシキの手首を握りしめてから、すっと離れていく。離れていく手のぬくもりを惜しく思ってしまった自分に、シキは戸惑いを隠せなかった。


 シキは小走りで旅館へと戻り、弁当と風呂敷を返却した後、香月と合流して遅くなったことを謝罪する。

「——大丈夫。ギリギリだけどね。まあ、甘葛様は割と時間には緩いの。謝罪すれば問題は無い筈」

 香月に頭を下げて礼をしてから、シキは深呼吸をしてから気合を入れる。

 甘葛は香月のいう通り、きちんと謝罪をすればあっさりと許してくれた。寛容と言えばそうなのだが、シキは何か空気が肌に纏わりつくような感触を覚えてしまう。

 多少の緊張で精神的な疲れはあったものの、昼からはシキは香月と共に甘葛と遊戯に興じる事となった。

 残念ながら花札など話に聞いた事しかないため、シキは説明書片手に香月と甘葛に教わりながら何とかこなしたが、ほとんど勝つことはできなかった。

 将棋はした事はあったのだが、ルールを覚えている程度なのでやはり勝てない。一方、香月は将棋は得意らしく、甘葛の希望で本気を出して勝ち越していた。

 始終、甘葛は楽し気で、にこにこと笑みを絶やさない。

 普通ならば愛想のいい人で終わるのだろうが、シキの脳裏には怯えたオバナの姿がちらついて消えない。不意に、昔テレビで見た、日本人は愛想が良すぎて逆に怪しいと外国人が答えているのを思い出してしまい、その気持ちを多少なりとも理解してしまった。

 夕餉の時間となり、シキは香月と共に料理を運び、香月が見事に整った配膳をしていくのを手伝う。

 精進料理と呼ばれる物で、肉や魚、卵や乳製品の類を一切使用していない。

 旬の野菜を使った煮物。胡麻を擦ったものを水で溶いた葛粉で固めた胡麻豆腐。豆腐を潰し、ゴボウや人参を刻んで混ぜて揚げたがんもどき。芋類やキノコ類を卵無しで揚げた天ぷら。根菜やコンニャクやキノコに油揚げなどの具材を、昆布と干し椎茸の出汁に味噌で仕立てたけんちん汁。そしてデザートの櫛切りにされた、程よく熟して甘い香りの柿。

 漆喰の器に盛られた料理達は質素に見えて、野菜を花や葉の形に切った飾りなどで華やかは失われていない。

「ふふっ。今日も美味しそうだ。悪いね。無理を言って作ってもらって」

 どうやら精進料理は甘葛の注文によるものらしい。

「いえ。出来うる限りのおもてなしをするのが、私どもの務めですので」

 そう言いながら傍で甘葛の世話を焼く香月の傍で、シキは彼はベジタリアンなのだろうかと、甘葛の綺麗な所作で動く箸を目で追う。

 雪は基本的に好き嫌いは無いようだったが、好物を口にした時はいっとう美味しそうに食べるので、好みの把握は簡単だった。けれど、甘葛はどれを食べる時も微笑みを絶やさないし、あまり感想を口にしない。

 香月から前以って、甘葛は食事中はあまり会話をしないと聞いていたため、シキは口を噤んで押し黙る。

「ご馳走様でした」

 いただきますとは言わないのに御馳走様は言うのだなと、昼と夕方の食事を見ていたシキはそんな事をぼんやりと思った。

「——さてと。『モミジ』さんは前の客の時は、どんな事をして過ごしていたんだい?」

 食器を片付けようとしたシキに、甘葛が目を細めながら尋ねてくる。シキがちらりと香月を見ると彼女は頷いて立ち上がり、シキが彼の傍に行けるように、体をずらして間を開けてから食器を片付け始めた。

 シキは正座の体勢のまま、少しだけ前へとずれて甘葛との距離を詰める。

「……そうですね。お話をしながら、お酌をしたり、……膝枕をしたりしていましたね」

 甘葛に「へぇー」と関心なのか呆れているのか分からない声を上げる横で、香月が食器を取ろうとして伸ばした手が一瞬止まったのを、シキは見逃さなかった。

「——じゃあ、わたしも試してみようかな。膝枕を頼むよ」

 その言葉に、作業中の香月の手が一瞬止まるのを、シキは視界の隅で捉えてしまう。やはり珍しいのだなと思いながらも、シキは大人しく客の要望に従う事にする。甘葛がどちらに寝転がるのかを確かめてから、頭が下ろされる辺りに座りなおす。

 すると、甘葛は躊躇うことなく、シキの膝の上に横向きにりながら頭を乗せた。

「具合は大丈夫でしょうか?寝心地が悪いのであれば仰ってください」

「んー。大丈夫。意外と良い感じだよ。私も男に座枕をしてもらうのは初体験だけれど、意外と悪くない」

 何故、そんな挑戦をこんな所でしようと思ったのかと、シキは内心首を傾げる。酒の勢いというものだろうかと考えるシキではあったが、黙ってしまった甘葛に合わせて口を閉じる。

 言葉の通り寝心地が良かったのか、甘葛は穏やかな寝息を立て始めた。それを見てシキはちらりと香月の方を見ると、既に片づけは終わっており、香月も睡眠の妨げにならないように黙ったまま座っている。

 静かな夜というのも悪くはないと、シキは膝の上の甘葛の綺麗な横顔をぼんやりと眺めて過ごした。

 夜が更けていくと、甘葛は不意に閉じていた瞼を開き、横目でシキの様子を確認すると、「ありがとう」と口にしてゆっくりと体を起こした。

「んー。いい眠りだった。なんか、良いね。こういうのも。彼が気に入るのも分かる気がするよ」

 含み笑いをしながら、甘葛は香月にお茶を入れて欲しいと頼む。

「——今日は楽しかったよ。……ねえ。『モミジ』さんは何か欲しい物はある?」

 香月が体を硬直させる。すぐに作業に戻ったのだが、明らかに先ほどよりも動きがぎこちない。その様子をシキは視界の隅で捉えていた。

 脳裏に雪と支配人の「何も受け取るな」という言葉が木霊するのを聞きながら、シキはゆっくりと大きく首を横に振る。

「私どもは旅館に雇われて、十分な報酬を受け取っております。お客様より直接何かを受け取ることは禁止されております。私が支配人に叱られてしまいます」

 シキは面で見えないと分かっていても、満面の作り笑いを浮かべてそう答えた。

「……そうか。……仕方がないね。元々無理強いをするつもりは無いよ。——でもまあ、気が変わったら何時でもおいで」

 にっこりと笑う甘葛を見たシキは、背筋を氷で撫でられたかの様に、走った寒気に震えてしまう。

 ——その笑みは、とても優しく、ゆっくりと、丁寧に絡みつくようで、とても恐ろしく思えた。


 薄の間を後にしたシキと香月は、予定通りに支配人部屋へと向かう。

「今日はお疲れさま。……ごめんなさいね。こっちの都合で振り回すことになって」

 磨かれた廊下を歩きながら、謝罪をする香月の横顔は疲れていて、少し草臥れて見える。客の前では見せまいと、ずっと気を張っていた香月ではあったが、流石に疲れがピークに達してしまった。

「……君の判断は正しい。基本的に嘘はつかない方が良いし、露骨に拒否するのは失礼だから。『旅館』の風紀を守るための規則だと伝えているから、それでいい」

 この『旅館』にいるモノ達は決まり事を重視しており、約束事や嘘などには気を付けている。けれど、絶対は無理がある事も分かっているからこそ、規則には時間の厳守ではなく、出来るかぎりは予定に従うようにと、あえて曖昧に記されている事も多い。

 そのあたりは旅館側と客側との契約で調整されているのだろう。それ故に規則を守る事を強調してくるのだろうと、シキは考えている。

「これからは、今回みたいな頼みごとを安易に引き受けちゃだめだから」

 シキが隣を歩く香月を見ると、彼女は困ったように笑っている。それがシキには一瞬だけ泣いているように見えた。

「あ、あと。他の『世話役』から変な言いがかりをつけられても黙って流すこと。怒って余計な事を言って言質取られないように」

 他の『世話役』という単語に、シキはナデシコの事を思い出し、彼女が言っていた『贄』という言葉の意味を思い切って尋ねてみる。

「あ、あの……、他の『世話役』の方に『贄』の癖に、と言われた事があるんですが……」

 途端に香月がぴたりと足を止めたので、シキは数歩彼女を追い抜いてしまう。シキは変な事を聞いてしまっただろうかと足を止めて振り返ると、香月は苦しそうに顔を顰めていた。

「——それを言ったのはナデシコとかいう子?」

「……匿名でお願いします」

 とっさに言ってしまった答えに、香月は可笑しそうに口元を押さえる。

「それ、ほとんど答えているようなものだけど……。うん。でもそれが良い答え方かもしれない」

 気分を害したわけではないようで、シキはほっと胸を撫で下ろす。

「……私からは詳しくは言えないのだけど、一部の人達が、旅館の事を詳しく知らない人達の事をそう呼んでいるのは、確か」

 香月はそれだけ言うと再び歩き出し、シキに追いついて、抜かしていく。

「……知らなくても、決まりを守っていれば大丈夫だから」

 通り過ぎた香月を追い、シキが小走りで角を曲がると、香月が執務室の前で足を止めていた。シキが追い付いて隣に立つのを確認してから、香月が執務室の中に声をかけ、支配人の返事を聞いてから入室をする。

 香月に連れられてシキが部屋に入ると、来客用のソファーにオバナが項垂れて座っていた。のろのろと顔だけを横に向けたオバナは、シキの姿を認識すると驚愕で目を大きく見開いた。

 その反応にシキは驚いて思わず立ち止まる。

「——閉めろ」

 支配人の声で我に返り、シキは急いで指示に従い扉を閉めて、促されるままにオバナの向かい側の席に座る。オバナがシキの事を食い入るように凝視してくるので、その視線から逃れるためにシキは視線を支配人に向けた。支配人はいつもと変わらず仕事机に座り、香月はオバナの隣に座っている。

「当初の予定通りに、最初の担当に戻す。——以上だ」

 支配人が話は終わりだと伝えると同時に、オバナが勢いよく立ち上がり、その際に勢いよくテーブルに手をついたせいで大きな音が鳴る。

「嫌だ!担当を変えないでくれ!今のままでいさせてくれ!」

 オバナは叫びながら懇願するが、支配人はその大きな声量に顔を顰め、冷静に淡々を話す。

「本来は最初にあてがった『客』を最後まで担当する。さらに言えば、担当する相手は最初についた『客』の希望が優先される。この場合は『モミジ』を担当にして欲しいと、雪様が希望されている。この決定は覆らない」

 支配人は言い聞かせるように真っ直ぐにオバナを見て、ゆっくりと話した。けれどオバナは彼の話を受け入れたくないため、必死に抵抗して訴えるが、支配人は聞く耳を持たなかった。

 その絶賛進行中の修羅場の中、シキは雪に選んでもらえた事が嬉しくて、見えないとはいえ失礼だろうと、緩んででしまいそうになる口を押さえるのに必死になっていたので、後半の会話は殆ど聞き流してしまった。

 シキ自身、自分が訳の分からない反応をしている事は理解している。だが、怖いと思うと同時に、純粋に雪の人柄を好意的に思っていて、矛盾だらけの自分に戸惑うばかりだ。

「これ以上、『客』に迷惑をかけるな。『モミジ』もこれ以上の交代は無い。先に部屋に戻れ」

 半ば追い出されるように執務室を後にするシキの背中に、追い縋ろうと手を伸ばすオバナの手を香月が抑える。

 閉じられていく扉の向こうに、オバナが涙を流し恐怖で顔を歪ませるのをシキは見てしまい、罪悪感とすぐ傍にあり続ける得体の知れない恐怖に、自分の手首をぎゅっと握り締める。

 そしてそこが雪に握りしめられた所である事を思い出し、シキは助けを求めるように見えない何かに祈るしかできなかった。

 

 その日から、シキは通常通りの業務に戻っていた。

 ようやく着物の着付けに慣れたと自信を持てるようになり、シキは鏡の前で自分の顔を見る。 産まれてこの方、付き合い続けてきた自分の顔。

「……少し、疲れているかな」

 心なしか肌が青白く、体調不良の時の顔に近い気がして、朝から気分は下降気味だ。多少無理にでも気分を上げるために深呼吸をしてから、「よしっ。大丈夫」と自分に言い聞かせると、傍に置いておいた布の面で顔を隠した。

 朝食をとるために部屋を出たシキは、廊下の端で数人の男女が何やらこそこそと立ち話をしているのを見つけた。

 距離が空いているため小声での会話は聞こえてはこないが、彼らがちらちらと廊下の先に視線を向けている事に気が付き、シキはその視線の先を追う。

 そこでは一昨日の夜の再演が、配役違いで行われていた。

 オバナが前を通る通行人を捕まえては、担当を代わってくれと手を伸ばしていた。けれど一昨日とは違い、誰も彼に話しかけようとはせずに、遠巻きにして見ているか、捕まらないように足早に通り過ぎていく。

 昨晩は眠れていないのか、一晩で随分と老け込んで見える。最低限の人前に出ても問題ない程度は整えられた身だしなみで、隈が酷く虚ろな目が、人が近づくたびに血走って狂気に揺れる。

 オバナの様相は精神病を患った患者にしか見えないため、怯えて彼から距離を取っているのは仕方がない事だろう。明らかな事故物件に近づくのは、馬鹿かお人好しのどちらかだ。

 シキは自分は馬鹿なのかお人好しのどちらだろうと、目の前の光景を眺めながらぼんやりと思う。

 今朝は体調が優れないせいで、シキの頭は重く、思考は鈍い。

 鈍い頭を動かして、あのまま放置するわけにはいかないだろうと思いいたり、話しかけるべきか誰かを呼びに行くべきかの選択肢が浮かんでくる。

 相手は成人男性で何をしてもおかしくない状況に、シキは誰か他の従業員を呼んでくる事にする。

 シキの脳裏に「仲間を呼んだ」という、昔にした事のあるゲームの雑魚キャラの絵と文章が浮かんできてしまう。

 ああ、自分は疲れているのだなと再認識してから、シキはオバナに背を向けて、反対側の道から遠回りに本館の方へと向かおうとした所で、誰かが呼んだらしい従業員達が、オバナを抱えてどこかへと連れていってしまう。

 この時はこれで済んだのだが、この後もシキが食事をとりに別館へと戻る度に、オバナの姿を見かけてしまう。

 廊下の隅で膝を抱えて震えているか、顔を上げてぼんやりと宙を眺めているかと思ったら、人を視界に捉える度に、今朝と同じように担当を代わってくれと縋りつこうとする。

 しばらく様子を窺っていると、休憩が終わる頃になると、男の従業員が現れてオバナを連行していく。

 おそらくは『客』である甘葛の所へと連れていくのだろうが、あの状態で接客ができるのだろうかと、シキはそれを静かに見送る事しかできない。

 支配人達に注意されただけではなく、今朝に雪にもオバナには関わらないでくれと頼まれてしまった。雪は何が起こっているか分かった上で、シキの身を案じている。

 だが、当のシキは深い霧の中で彷徨っているような不安と、得体の知れない恐怖がじわじわと迫ってきているのを肌で感じていた。

 おそらくは多少強引にでも誰かに聞くべきだと、シキにも分かってはいるが、聞くべき相手が定まらないため、宙ぶらりんのままでいるしかない。シキはその恐怖を意識の隅に追いやりながら、仕事へと向かうしかなかった。

 オバナは日に日にやつれていき、肌は青白く生気が感じられない。

 次の日も、その次の日も、オバナは担当を代わってくれと訴えていたが、誰も彼の手を取る者はいない。

 その矢先、夜の集会があった日、支配人の姿を見たシキは衝動的に尋ねてみたいという欲求に駆られて、思い切って行動に移すことにした。

 連絡が終わり、解散して人が少ない頃を見計らって支配人に近づいて、オバナの事を尋ねた。

「……あの、あの人は本当に大丈夫なんですか?」

 シキは勢いが尻すぼみになってしまい、躊躇って誰の事か曖昧な質問になってしまったのだが、その質問の意図を察した支配人が端的に答えてくれる。

「——問題は無い。……『旅館』と『客』側としてはな」

「それは、つまりは——」

 シキがその言葉の意味を察してさらに追及しようとすると、それを遮るものが現れてしまい、話はそこで打ち切られてしまう。

「——支配人。山伏様が……」

 その女性の従業員は二言三言、客からの要望や感想や礼を伝える。支配人は「そうか」と小さく頷き、僅かにだが口元が嬉しそうに緩める。

 シキは彼もそんな顔をするのだと思い、支配人の折角の気分を害する真似はしたくないと思い、その場を後にする。

 シキはゆったりとした足取りで星空を眺めながら、竹林の中の道を歩いていた。周囲に民家や店屋が無いため、旅館の周りの光源は設置された街灯だけだ。余分な光に邪魔される事が無いため、空に広がる星空は強く光り輝いている。秋が深まるにつれて夜になると肌寒くなり、風はさらにシキの体温を奪っていく。吹く風に揺らされた竹がざわざわと音を立てる。

 最近は空に浮かんでいる月を見ると、何故か雪の金色の目を思い出してしまうので、やはり疲れているのだろうかと首を捻る。

 不意に風に揺れる葉の音に紛れて、背後から足音が聞こえた。シキがちらりと見ると、先ほどの女性従業員と目が合ってしまう。その目に既視感を覚えたのだが、得体の知れない違和感に邪魔をされて、シキはなかなか思い出せずにいた。

 すぐ傍で足音がするまで女性の気配に全く気が付かなかった上、姿を視認するまでその存在を認識できなかった事に、驚きで心臓が強く血流を押し出す。

「……余計な負担をかけないで。貴方は自分の仕事に集中しなさい。貴方はあの方の担当になれた事を光栄に思いなさい」

 覇気が無く淡々と話す女性の様子に、シキは得体の知れない不安を覚えて鳥肌が立ち、それから逃れたいと思い、とっさに手首を掴み握りしめる。

 動けずに固まっているシキをよそに、女性は一方的に話を打ち切って踵を返した。

 ゆらゆらと遠ざかっていく背中を目で追いながら、シキは怯えながらも、頭の隅の冷静な自分が既視感の正体を探していた。完全に視界からいなくなったのを確認して、ようやく大きく息を吐く事が出来た。

 シキは独りで出歩くなという注意を思い出し、一人である事がこんなにも恐ろしいのかと、子供の頃に忘れてしまったはずの孤独という恐怖に震えてしまう。

 シキは雪や葉月と共に過ごす間は、得体の知れない恐怖を意識しないで済んだ。それでも時折、雪を見ていると、じわじわと同じ恐怖が迫ってくるのを感じていた。

 一思いにやられるか、じわじわと絞められるのと、どちらの方がマシなのだろうと、シキは自室で鏡を見ながら独り考えていた。

 雪はシキを朝に散歩に連れ出すのが日課となり、少し離れた所にある銀杏の並木道などにも足を運んでいた。

 降り注ぐ黄色い落ち葉の中を歩くのは、幾つになっても心が躍る。冬を迎える前の合図をするかの様に、華やかに散っていく鮮やかな落ち葉達を見送るのは、シキも気に入っていた。

 この日は、クヌギなどの団栗が生る木が植えられている場所へ行こうと誘われていて、良い大人が童心に帰り少し楽しみにしていた。

 雪の朝餉の後、シキは私用で自室に戻ってきていた。時計を見ると部屋に戻ってから十分ほど経っていて、雪を待たせるのは悪いと思い、急いで部屋を後にする。

 少し速足で労を歩いていたシキの目が、角の隅で座るオバナの姿を捉える。周囲には人はおらず、このまま放置していっていいのかと、シキははやる気持ちを抑えて足を止める。

 ここで働き始めてから、もうじき半月が過ぎようとしていた。

 シキがオバナを最初に見た時よりも遥かにやつれて、心なしか髪の艶もなく白髪が所々に見受けられる。最低限の身だしなみとして風呂は入っているし、着物もちゃんと来ているおかげで、他人と接するには問題は無い状態ではあるが、精神的な方はもはや諦観しているように見受けられる。最近はぼうっと廊下に座り込んでいるだけで、通行人に話しかける事はしなくなっていた。

 そんな状態になる前に、何故逃げ出さなかったのかと、シキは疑問に思い首を傾げる。

「——逃げ出す?……そう、……どうして逃げる事を、私は考えなかったんだ?」

 シキはずっと得体の知れない恐怖を感じていた。その恐怖はこの『旅館』を起点として始まったものだ。ならばこの『旅館』から離れるべきなのに、逃げるという手段そのものをシキは失念していた。

 シキは基本的に事なかれ主義だ。普通の平穏で変わらない日常ほど幸せなものは無いと常々思っている。争いごとになって損害を被るなら、ある程度は妥協して、損失は最低限にする方が良いと思っている。

 今は訳があってお金が必要で、少し自棄になって短期の仕事を引き受けた身ではあったが、自らの命の危険を犯すほどの必要性を感じているわけではない。

 何故か、仕事を放棄して逃げ出す、という選択肢が消えていた事に混乱しつつも、シキは自分に「落ち着け」と何度も言い聞かせながら、目の前にいるオバナはどうなのだろうと疑問が首をもたげた。

 時間がかかれば、シキやオバナを迎えに誰かが来ると焦ってしまう。沢山の疑問で思考力が低下していたため、話しかければ絡まれる可能性を忘れて、不用意にオバナへ近づいてしまう。

 ——そこで、シキはある違和感に気が付いてしまう。

 この『旅館』は明るい内は太陽光を利用していて、位置的な問題で日差しが差し込まない場所を除けば、電灯を使用していない。もちろん暗くなれば電灯が点るが、今は朝で、廊下は朝日によって十分に照らされている。

 ……ならば、当然光があるのだから、影ができる筈なのだ。

 実際にシキの影は朝日と反対の方向へと伸びている。ならば同じ場所にいるオバナの影も同じ方向にあって然るべきなのだ。

 ——オバナの影が無い。

 シキも周りにある植木や置物などは、ちゃんと影が同じ方向に伸びているのに、オバナの周りには彼の影らしきものが一切ない。彼の体は朝日を浴びているというのに、影ができていない。

 ありえない現象を目の前にして、シキの体から熱が引いていき、鼓動が早く大きく打ち始める。冷や汗が浮かび、呼吸が荒くなり、目まぐるしく動き続ける脳が酸欠になりかけている。

 受け止めきれない光景を目の前にして、シキの意識を思考する事を放棄した。

 

 

 

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