26 ゆい子③ 溜飲を下げ忘れる程の
「はあ!?そんなわけないじゃん!」
ゆい子は心底呆れたような表情と口調で言い返した。
「立花だとしたら、全部辻褄が合うんだよ」
「どこが?耀太くんのこと別に好きじゃないし。そもそも、私が犯人だったらこんなに騒ぎ立てるわけなくない?」
「それは、だって立花ってそういう奴じゃん。注目浴びるためにいつも必死でさ。俺のことを好きかどうかは別として、今まさに希望通りの状況な訳でしょ」
「…私がいつそんなこと。周りが勝手に騒いでるだけだし」
「どーだろうね」
耀太は意地の悪い乾いた笑みを浮かべた。
この期に及んで責任転嫁をする目の前の男に、ゆい子は、むしろ嫌悪感すら感じる。
「っていうか、私達、全部知ってるから。そういう被害者みたいな演技、もういいよ」
「は?何が?」
「耀太くんって裏でいっぱい悪いことしてるんでしょ?女の子を弄んだり傷つけたり。今回のこともただの暇つぶしだって、薫さんから聞いたもん」
「薫?」
ゆい子は、昨日の放課後、雨の中での出来事を耀太に話して聞かせることにした。
「ねえ、あなた達、耀太の友達でしょ?」
ゆい子と椿の目の前に立ち止まったのは、同じ制服を着た女子生徒だった。
身長は椿より少し低いくらいのすらっと手足の長い人だ。
上履きに青いラインが入っているので、三年の先輩だと分かる。
「え、そうですけど…えっと」
「あ!もしかして、薫さんですか!?耀太くんの幼馴染の!!」
ゆい子が人差し指をピンと立てると、その先輩は黙って微笑んだ。
その反応を見て、ゆい子と椿は目を合わせて、わあ、と小さく歓声を上げた。
しかし、いとこだというから、耀太に似た、ものすごい美女を想像していたが実物はそうでもないとゆい子は思った。
ただ、自分より一つ歳上とは思えないくらい落ち着いていて、雰囲気のある人だった。
大してファンでもない芸能人に会った時のように、そわそわと見つめるゆい子達に先輩は静かに口を開いた。
「あの手紙の差出人、探してるんでしょ?大変だね、付き合わされて」
「え?あー、でも、付き合わせてるのはどっちかと言うと私の方ですよ?」
すると切長の目を細めて微笑みながら、先輩は優しく首を振った。
「あの手紙は全部、耀太が自分で出したんだよ」
その言葉がゆい子の心臓をぎゅっと強く掴んで悪戯に手放した。
本当はずっと、もしかしたらそうかもしれないとゆい子は感じていた。
でも、それを口に出したら何かが終わってしまうような気がして、考えないようにしていた。
何事もないふりをして息を整えるゆい子と、その隣で無言で考え込む椿を確認すると、先輩は続けた。
「耀太って、ああ見えて、まだ子供なんだよね。幼い頃、両親が離婚した時のまんま。表では優等生の顔をしてるけど、裏では自分の思い通りに人を操って楽しんでる。最近だと、退屈凌ぎみたいに、好きでもない女と付き合ってはひどい振り方してるしね。自分を捨てた母親と重ねてるのかもしれないね。だから、その手紙も、ただの暇つぶしの一種なんじゃないかな」
ただの暇つぶし。
それを耳にして、ゆい子のお腹で再び何かが煮え始めた。
ただ顔が良いだけのあの男に、自分は道具のように利用されただけなのかもしれない。そう思うと、逃げ場のない熱が身体の中をぐるぐると駆け巡るような気がした。
私は、利用されていい人間じゃない。利用されたままで終わるなんて嫌だ。
ゆい子は、強く強く拳を握っていた。
「…幻滅したでしょ?あの子のせいであなた達が気を病む必要はない。だから、もうそんな遊びに付き合わないで、離れていいんだよ」
そう言って先輩は笑顔で去って行った。
その後の詳細をゆい子は正直、よく覚えていない。
ただ、椿が、片岡に相談されたという写真を取り出してゆい子に見せたことと、耀太に全てを白状させて終わりにしようと二人で決意したことが今日に繋がっているだけだった。
話し終えると、耀太の顔面は文字通りの蒼白で唇はかすかに震えていた。
それを見て、やっとゆい子は、良い気味だと思えた。
「だから、もうこの遊びは終わりっ。それでいいでしょ?」
「……誰…に聞いたって?」
震える唇で、耀太は振り絞るように声を出した。
「だから、薫さん。耀太くんのこと、小さい時から知ってる人なんだから、私達に嘘なんか言わないでしょ?」
「……薫?」
「その女、本当に薫って名乗ったの?」
血の気の引いたような耀太を見て、山崎が困惑して尋ねた。
「…え?それは、どうだったかな…。でも、中村君がしたことは変わらないでしょ?」
「そう…だけど…でも、手紙は本当に俺が書いたんじゃない。さっき言ったのが全てなんだよ、本当に。でも…なんで親の離婚とか…暇つぶしのこととか知ってんだよ」
「え、でも、薫さんなら知っててもおかしくないんじゃないの?」
「薫なら…ね」
「え?」
聞き返しても、耀太は中々、口を開こうとはしなかった。
先程、自分の罪を告白する時はほとんど顔色を変えなかったのに、今は見るからに狼狽えている。
少しして、ようやく言葉を紡ぎ始める。
「…そいつ…その女だよ、犯人。だって、薫は……。薫は、男だ」
「そう、しかもゴリゴリのゴリラみたいな」
山崎が皮肉混じりにそう付け加えた。
唇の震えが身体にまで伝わりながら、耀太の脳裏にふいに声が浮かんだ。
『女の子はかわいいだけじゃないからさ。大事にしないと、いつか痛い目見ちゃうよ』
一年の時にバイト先で偶然会って、たった一度きり話しただけの東尾の言葉。
それがいつまで経っても耀太の頭から離れずにいた。
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