第2章 真相編
10月13日(水)
22 ゆい子 脅迫者と被害者の会
昼休み、授業で使う予定のない空き教室に片岡を連れ出して、今朝下駄箱で脅迫状を入れるところを見たことを伝えると、呆気なく犯行を認めた。
「…片岡ちゃん、本当に?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい」
椿は、まだ信じきれない様子だが、片岡は謝るばかりだった。
そんな片岡に、ゆい子は冷めきった瞳で淡々と切り出す。
「どうして、こんなことしたの?」
「それは…その…」
片岡は、耀太の方をチラッと見た。
こんな時に耀太を気にする片岡にゆい子は苛立ちを覚えたが、それが表情に出ないように押し込める。
「ねぇ、ゆうみん。私、恐かったんだよ。もしかしたら殺されるんじゃないかって。ただの冗談にしてはひどすぎるよ」
「ごめんなさい、でも、立花さんを傷付けるつもりは全くなくて。ただ、ちょっと警告すれば離れてくれると思って。私はただ、みんなの期待に応えたかっただけで」
「…みんな?期待ってどういうこと?」
「みんな…言ってるよ。立花さんが中村君のこと狙ってるって。ラブレターを利用してるって」
「は?」
ゆい子はつい、気持ちがそのまま口から溢れてしまった。
真実は全く逆ではないか、とゆい子は呆れる。
片岡は、ゆい子の全身から漏れ出るオーラのような嫌悪感から身を守るように、教室のゴムみたいな床の一点を見つめながら続ける。
「…でも、中村君に立花さんはふさわしくないって。中村君はみんなの憧れだから」
「…だから、みんなって誰よ」
「私だって、おこがましいことだとは分かってるんです。でも、せめて、私達が納得する人とうまくいってほしい。立花さんは違う。絶対違う。私は、悠依ちゃんなら…すっごくお似合いだと思う!だから――」
「片岡さん!待って。落ち着いて」
耀太に嗜められて、興奮により早口になった片岡がやっと止まった。
「つまり、俺に近づいてほしくなくて、立花にこの脅迫状を出したってこと?」
片岡は無言のまま大きく頷く。
「じゃあ、その前に出した手紙のことは?」
「え?その前って…それって」
片岡が恐る恐る耀太のことを見上げると、耀太は温度のない真っ直ぐな瞳でじっと見下ろしていた。
反射的にその視線を避けるように、また教室の床に顔を戻す。
「わ、私は、私が出したのは今回の手紙だけです。他は知りません」
「え!片岡さんじゃねーの!?」
山崎が驚く。耀太は大きくため息を吐く。
「私は、立花さんのラブレターのこと噂で知って、その後で新聞のことを聞かれた時に、きっとそういう手法のものだったんじゃないかってピンときて…」
「模倣したわけか。そもそも片岡さんはイニシャルも違うしな」
耀太が結論付けると、片岡は静かにこくりと頷いた。
「え、てことは?最初の手紙は関係ないの?全然、別の奴ってこと?」
「本当にすみません!」
「片岡さん。俺さ、他校に彼女いるんだ。だから、立花とも誰ともどうこうなるような関係じゃないよ」
耀太が優しい口調で諭すと、片岡は顔を上げて少し安心したように頬を緩めた。
「あ……そう…なんですね。…でも、ということは、中村君は…関係ないんですね。じゃあ、やっぱりあれは何かの間違いなんだ」
独り言のように呟いた片岡の言葉など聞こえていないかのように、ゆい子はぼんやりとしていた。
「あれって?」
山崎が尋ねると、片岡は言葉を濁した。
「あ、いや。あ、でも最近、立花さんのラブレターとは別の噂があるみたいで」
「別の噂?」
「はい。立花さんと同じくらいの時期に気持ち悪い手紙をもらったっていう子がいるらしくって。私は直接の友達じゃないので、詳しくは知らないんですけど」
「それって誰?」
「戸塚さんです。A組の」
「ゆめー!呼んでるー!」
「えー誰ー?あ!!」
その子は教室の窓際から笑顔で出口まで走ってくる。
「E組の立花さんじゃん!でしょ!?話題の人!!あ、もしかして、あのキモい手紙の話?」
初対面でのハイテンションに、ゆい子は圧倒されながらも、うん、と頷く。
「やっぱり!もしかしたらそーかなーって!立花さんがもらったやつもキモかったの?」
A組の人達の視線が痛い。
ゆい子はとりあえず、廊下の端の方に夢香を呼び寄せてから、こっそり手紙を見せた。
「やっぱり!ウチがもらったやつと似てるー!本当キモいよねー!」
「戸塚さんはこの差出人、誰か心当たりあったりする?」
「えーー、全然。てか、この手紙もその場で破って捨てたし。あ、でも待って、写真なら残ってるかも。みんなに見せよーと思って撮っといたんだーけーど、あった!」
夢香の長い付け爪がニョキニョキ飛び出た携帯画面を覗くと、全く同じ手法で作られた手紙が写っていた。
差出人は同じイニシャルで、手紙の内容は異なっている。
「やっぱ立花さんと同じ奴なのかな?」
「分かんない。でも、このイニシャルの人、先輩とか東尾くんとか調べたけどそれっぽい人が見当たらないんだ」
落胆した仕草を見せると、夢香が吹き出して笑った。
「え、東尾?あいつだけはないわー!ウチ、小中からの腐れ縁なんだけどその頃からクソモテてたもん。自分からラブレター出す必要ないって。しかもウチにとかウケる!」
夢香は自分で言った言葉に爆笑している。
「あ、それにさ、こんなキモい手紙出すやつとか絶対モテないでしょ。東尾はちっちゃい時から女が嫌がることとかしないタイプよ」
「そっか。…本当、誰なんだろう」
「つーか、今思ったんだけどさ、このY.Tって、出した奴じゃなくてウチらのことだったりして」
「え?」
「宛名をこっちに書いちゃった、みたいな?だって、立花ゆい子でしょ?ウチ、戸塚夢香。ね、イニシャルおそろ」
「…本当だ」
「ね、ていうかさ、あそこからイケメンがめっちゃこっち見てるんだけど」
夢香に耳打ちされてゆい子が振り返ると、耀太と山崎、そして椿の三人が少し離れた廊下の窓際からこちらの様子を伺っているのが見える。
「あー友達。ちょっと待っててもらってるんだ」
「えー、いいなー文系クラス。理系は地味オタクばっかだからさー、派手な男子もうちょいほしいわー。つーか、横にいるの椿悠依じゃね。相変わらず目立つねー」
ゆい子が三人の元に戻り、他にも手紙をもらった女子がいるかもしれないことを伝えると、耀太がノートを差し出した。
念のため、同じイニシャルの女子もリストアップしていたのだと言う。
それを元に、ゆい子が何人かの女子に聞きに行くと、予想通り、同じような手紙を見せてくれた。
全て内容は違うけれど、手法は同じだった。
そして、みんな、差出人に心当たりはなかった。
「あれ、ゆい子ちゃん。誰探してんの?」
最後にもう一人だけ確認しようと寄ったF組の入口で、後ろからふいに話しかけられた。
「あ、柳井くん…」
柳井とは、告白されてから初めてちゃんと顔を合わせた。その後の関係がうやむやになっているから、どういう距離感でいればいいのかと考え、ゆい子は一瞬言葉に詰まった。
すると、そんな心の中を透かして見たかのように、柳井は笑った。
「そんな気まずそうにしないでよ。すぐにどうにかなろうとか思ってないからさ。で、誰?呼んでくるよ」
「…ありがと。あのね、
「とんちゃんは…いた!あそこ、黒板の前にいる、髪長い子。…あ、もしかして、あの手紙の?」
「え、そうだけど…」
「やっぱり!ゆい子ちゃんも気づいてたんだ!俺もあの後ずっと気になってて、もしかしたらそうじゃないかと思ってたんだ!」
「気づいたって、何が?」
「え?差出人って女の子なんだよね。ゆい子ちゃんもそう思ったんじゃないの?だから、とんちゃんにも聞きに来たんでしょ?」
「女の子…なの?」
「あれ、だって、あの歌詞って女性目線の方じゃん?あ、もちろん女の子確定とは言い切れないけど」
柳井が言うには、ゆい子の手紙にあった歌詞は女の恋心を綴ったものらしい。
名取光一の数曲しかないラブソングは全て、一つの歌の中に男性と女性、それぞれの目線の歌詞が必ず入れられていることが特徴で、ファンの間では有名な話のようだ。
手紙に引用されている歌詞は、まさに、女性目線の部分だった。
差出人が女なのであれば、ゆい子には心当たりがあった。
一番身近にいて、同じイニシャルで、手紙を受け取っていない、そして、いつもゆい子の行く手を阻む者。そんな人が一人、いるではないか。
だとしたら、これはラブレターなんかではない。
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