20 ゆい子 管轄外
いつものファミレスで、耀太と山崎が到着したのが分かったが、ゆい子はテーブルにおでこを付けて突っ伏したままでいた。横にいる椿と挨拶を交わすと、二人は徐に目の前に座る。
「緊急事態って何だよ。オレら帰ろうとしたのに、な?」
山崎が呆れたような声を出しながら、隣の耀太に賛同を求める。ゆい子が一瞬だけ、僅かに顔を起こして目だけで反応すると、山崎はゆい子ではなく耀太のリュックを見つめていた。
「あれ、耀太、ストラップ見つかったの?」
「ん?ああ、いつの間にか、机ん中に入ってた。誰かが拾ってくれたのかも」
耀太が冷静にそう言うと、山崎の方が自分のことのように大げさに喜んだ。椿を交えてその話で盛り上がりかけたが、ゆい子がテーブルに顔を伏せたままの状態で口を挟む。
「もう、探すの、やめる」
「…はあ?昨日はやめないとか言ってドヤってたじゃん。なんだよ、緊急事態って」
山崎が頬杖を付きながらうんざりした声を出した。ゆい子が再びほんの少し顔を上げて、上目使いで山崎を見上げる。
すると、山崎は急に姿勢を正して慌てた。ゆい子の大きな瞳には涙が浮かんでいたからだ。
「あ、泣かした」
耀太が冷静にそう言うと、山崎はますます挙動不審になる。ゆい子の両肩に触れようとして、でも触れることができない。
「え、は、泣くことないだろ!?」
近くの席に座る他校の男子生徒がドリアを頬張りながら、チラチラとゆい子達に視線を送る。
椿は、横で啜り泣くゆい子をただ黙って見つめていた。
「…だって、だって、うっ、一人じゃ恐くて…帰ろうとしたら、これが入ってて」
ゆい子は、涙を拭いながら一通の手紙をテーブルの中心に差し出した。
他の三人は、咄嗟に互いの目だけで会話する。その結果、山崎が徐にその手紙を手に取り、恐る恐る開いた。
『探るのはやめろ
このまま続けるなら手段は選ばない
やめるまで見張ってる
これは警告
Y.T』
全員黙って手紙を見つめていたが、山崎が最初に口を開いた。
「…ゆい子、お前バカ?これって逆に言えば、続けなきゃもう何もしないってことだろ?今日、集まらない方が良かったって」
「そうだけど、そうなんだけど!でも恐かったんだもん!」
ゆい子は眉をハの字にして、同情心に訴えた。
「…うーん、前回は“待ってる”って書いてあったのに、今回はもう会う気はないってことだよね。なんか変な感じ」
椿がそう呟くと、耀太は深く頷いてから切り出した。
「でも、これは使えるかもしれない」
「…使えるって?」
ゆい子が眉間にさらに皺を寄せて尋ねると、耀太はニヤっと笑った。
「やめなければ、また仕掛けてくるってこと。そこをこっちが待ち伏せしたら差出人が分かるかもしれない」
「え、え、でも、手段は選ばないって書いてあるよ!何されるか分からないよ!」
ゆい子はまた泣きそうな顔をした。
「そこだよ。もっと物騒な奴だったら、具体的に言ってくると思うんだよね。“襲う”とか“殺す”とか。それにやめるまで見張ってるって一見気持ち悪いけど、真面目っていうかさ、危害を加えるつもりはなさそうじゃん」
耀太が淡々と持論を述べると、山崎と椿は、確かに、と納得した。ゆい子だけがまだ少し心配そうに耀太を見つめる。
「大丈夫、登下校も俺ら常に見張るから」
耀太が微笑むと、ゆい子は頬を赤らめて黙って頷いた。
「まあ、ここまでやってきたしな。これで犯人…差出人?が分かればオレもスッキリするし、協力するよ」
「私も。今度こそ、捕まえよう」
山崎と椿がそう言うと、やっとゆい子が微笑んだ。
「よーし!じゃあー、改めて、手紙の差出人探し、頑張ろうぜー!」
山崎ではなく耀太が急に、半径五メートル程に届くくらいの大きな声を出した。
近くの男子高校生達がまたこちらを見る。その向こうの同じ高校の女子もチラッと視線をよこした。
「ちょ、耀太、いきなりどうした!?」
山崎がいつになく声を抑えて慌てて耀太を
「いや、この中に犯人いるかもじゃん。俺ら結構ここで話し合ってること多いし。ほら、お前もアピれよ。そのデカい声は何のためにあるんだ」
耀太が肘で小突くと、目から鱗といった表情で、スイッチを押された大きなぬいぐるみのように山崎は喋り出した。
「そ、そうだなー!!絶対絶対、はんに…じゃなかった、差出人見つけてやるぜー!!これからも、どんどん探すぜー!!」
無意識に両手でガッツポーズを作る。店内に響き渡ったその声に反響するように、ほとんどの人が山崎の姿を確認するために振り返った。
一瞬の静寂の後、ゆい子と椿がくすくす笑い出すと、周りからも少しの笑いが漏れた。
すると、店員が小走りでゆい子達のテーブルへやって来る。
「お客様、周りのお客様へのご迷惑となりますので、大声での会話はご遠慮下さい」
さーせん、と山崎が謝ると、店員は足早に元の位置に戻って自分の仕事を再開した。
店内の視線も会話も元に戻っていく中、遠くからじっと様子を伺い続ける華と奈緒子の視線に、ゆい子達は全く気づかなかった。
それから数日間、四人はことあるごとに集まっては雑談し、登下校は誰かしらがゆい子と行動を共にした。
そして、その日、ゆい子と椿が一緒に登校すると、朝練終わりの耀太と山崎が玄関で待ち構えていた。
ただならぬ雰囲気を察して駆け寄るとすぐ、山崎が落ち着いた声で切り出した。
「犯人、分かったぞ」
山崎はそのまま、朝の状況を説明する。
朝練の休憩中、思い付きで耀太と二人、グラウンドを抜けて正面玄関を覗いてみると、下駄箱に人影が見えた。それは、ゆい子のクラスの列だった。
足音を立てないように慎重に近づいてみると、その人物は誰かの下駄箱を開けて何かを入れていたのだ。
その人物が去ってから、ゆい子の下駄箱を開けてみると、手紙が入っていた。まさかと思って中身を覗くと、案の定、二回目の脅迫文だった。
「耀太、今、声掛けた方が良かったんじゃね?」
「あ、うん…まあ、さっきの距離じゃ、立花の下駄箱に入れてる確証が持てなかったし。それに、問い詰めるなら立花がいる時の方がいいだろ」
その時の耀太の小声は、微かに震えているように山崎には思えた。
「それで、その人って、誰だったの?」
椿が真剣な表情で迫った。隣にいるゆい子も真っ直ぐに山崎を見つめる。
「…うん。驚くと思うけど、いや、オレも正直予想外すぎたんだけど……差出人は、片岡さんだよ」
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