第19話 近衛騎士強襲

「に、逃げてください! この村にオーレリア王国の手が!」


 血を流しながら入ってきた男性は村を警備している人だった。

 折っている傷は深く、早く手を当てをしなくてはいけないほどに見える。しかし男性の手当てをしなければならないが、衝撃的な言葉にノアは驚きを隠せないでいた。


「どうしてここにオーレリア王国が!? マグナは途中で帰ったはずじゃ!」

「そうよ! 村が襲われているようには思えないけど、何があったの?」


 ルナが傷を負っている警備の男性に話かけて、襲われた時の状況を聞いているようだ。


「一体何があったの? 傷で辛いと思うけど、教えて」

「は、はい…‥」


 喋ることも辛そうだが、今は頑張ってもらうしかない。

 アリベルが応急処置を施しているが、気休めにしかならなそうだ。


「私は仲間と共に村周辺の警備に当たっていたのですが、突然近衛騎士と名乗る集団が斬りかかってきたのです」

「近衛騎士……マグナの部下なのかな? どう思うお兄ちゃん?」

「えっ!? マグナに追われてここまで来たことを考えると、部下に周辺を探させてると思っていいかもな」


 突然話を振られて変な声を上げてしまったノアだが、何とか取り繕ってまともな返事ができたとホッと胸を撫で下ろしていた。

 しかし一度都市サレアに戻ったのが今更ながら気になっていた。誰かに指示を仰いだのか、それとも部下を呼んでサレア村に攻め込む算段を整えていたのだろうか。


「副隊長のマグナでさえ圧倒的な実力を有していたのだから、近衛騎士全体の実力は計り知れないわ」


 ルナの言う通りだ。

 凄まじい実力を有しているマグナの部下であるのなら、ある程度の強さを持っているのかもしれない。その強さを持つ近衛騎士がサレア村に迫っているのなら、負ける可能性があっても戦うしか選択肢が残されていない現状だ。


「村の人を守るために戦うしかない。そうだろルナ?」

「うん! サレア村の人達やアリベルさんにお世話になったんだもん! 守ることがお返しになるわ!」


 腰に差している剣を手に取ったルナは、先に行くねと言って部屋を出てしまう。

 手を伸ばして出ていく前に腕を掴もうとしたが、間に合わなかった。まさか一人で行くとはと呟くと、アリベルが「言ってあげて」と話かけてくる。


「ルナちゃんを一人にしちゃダメ。悲しみをもう味わいたくないでしょう?」

「はい……もう嫌です。俺は一人になりたくないです」

「なら早く追いかけて。この人のことは私が手当てをして治療してもらうから、だから早く行って!」


 まさかアリベルから叱咤されるなんて思いもしなかった。

 それほどに、ルナやノアのことを心配しているということだろう。嬉しい反面申し訳ない気持ちで一杯だ。


「でも、アリベルさんを残していけないですよ!」

「それでも行くの! ルナちゃんを一人にしないで!」

「分かりました……すぐ戻ります!」


 ノアは唇を噛みしめながら家を後にすると、アリベルが小さな声で「一人は寂しいわ」と呟く声が耳入ってくる。

 しかしもう戻れないので、後ろを振り向かずにルナのもとに急ぐことにした。


「アリベルさんが心配だけど、今はルナのところに早く行かないと」


 村の入り口に移動をしたが、ルナの姿が見えない。

 既に遠くにまで行ってしまったのか、それとも捕まってしまったのか、最悪のことばかりが脳裏をよぎる。


「くそっ! どこにいるんだ!」


 サレア村は活気が嘘かのように静まり返っている。

 ルナが戦う音が聞こえればすぐに居場所が分かるはずなのに、戦闘音が未だに聞こえない。ルナがどこで何をしているのかノアには一切分からない状態だ。


「どこだ! どこにいる!」


 目の前に広がる荒野に向けて叫ぶと、どこからか避けてというルナの言葉が聞こえてきた。


「ルナの声!? どこにいるんだ!」

「ここよ! 危ないから避けて!」

「え?」


 上空を見上げると落下してくるルナの姿が見える。

 このままじゃ衝突恐れがあるので、急いで横に移動すると鈍い音を上げながら地面に両手を付いて辛くも着地できたようだ。


「避けるの遅いよお兄ちゃん!」

「ご、ごめん。ていうか、どうして上から落下してくるの!?」

「それはね――あいつらと戦っていたからよ」


 そう言いながらルナは前方を指を差す。一体何があるのかと前を向くと、そこには二人の男女が立っている姿が目に映る。

 一人は藍色の髪が印象的な好青年で、その横に立っている愛らしい顔の女性は桃色の肩まで伸びた髪を指に絡ませて遊んでいる。


「マグナと似た服装をしているってことは、もしかして近衛騎士か?」

「当然よ。警備の人が言っていた近衛騎士ね。このサレア村に攻めて来たみたい」


 心臓が痛いほどに鼓動しているを身体全体で感じる。

 怖いという感情が全身を駆け巡り、今すぐにでも逃げろと本当が告げている。しかし、逃げたくない。今逃げたらルナを失うのは明白だ。


「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」

「はっ!? ご、ごめん!」

「呆けちゃダメだよ! 一瞬でも気を抜いたら殺されちゃうよ!」


 本能に流されそうになっていた。

 首を横に何度か振り、恐怖を打ち払いたいがそう簡単にはいかない。実力的には上のルナが苦戦をしているのだから、ノア一人では呆気なく殺されてしまうだろう。

 どう動けばいいのか悩んでいると、藍色の髪の男性がノアに話かけてくる。


「あなたが大罪人ですね?」

「だったらどうした?」

「マグナさんが殺せとお怒りでして、死んでくれませんか?」


 爽やかな声で言う言葉じゃないと思うが、ハッキリとノアに死んでくれないかと言ってくる。


「そう言われて死ぬほど馬鹿じゃない」

「そうよ! お兄ちゃんを殺されるもんですか!」


 ルナが前に立って剣を構えている。

 その姿を見た桃色の髪の女性が「早く殺してお買い物に行きたいな」と愛らしい顔から似合わない言葉を発していた。


「ニア、あなたはいつも汚い言葉ばかり。もっと言葉は選んだ方がいいですよ?」

「うるさいなーユティアはいつも小言ばかり嫌い!」


 男性はユティアで、女性はニアというらしい。

 名前が分かったところでどうにもならないのだが、突然言い争いをして何がしたいのだろうか。このまま戦闘をせずに帰って欲しいと思うが、そんな希望はすぐに打ち壊されてしまう。


「今は任務をしましょう。話はその後で聞きますから」

「そうね。早く大罪人を殺さないと怒られちゃう!」


 やはり戦うしかないようだ。

 この場にマグナがいないだけありがたいが、ルナでも対処しきれない実力を持つのは明らかだ。ノアは手負いのまま戦えるか不安でしかないが、やるしかないと腹を括ることにした。

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