第18話 唯一の家族
「二人とも全然食べてないわよね? 豪華とは言えないけど、食べてね」
アリベルは、木製のおぼんの上に小皿に盛り付けられたシチューを置いていた。
食欲をそそられるとても良い匂いが部屋に充満している。ノアはその匂いを吸い込んだ途端に腹部から音が鳴り始めた。
「お兄ちゃん……」
「ち、違うんだ! これはアリベルさんが持ってるシチューが美味しそうで!」
恥ずかしすぎるとノアは頬を赤らめていた。
久しぶりに会った妹に変な印象を持たれていないか不安でしかない。何せ五年分の思い出がないので、幼少期とこれから作る思い出がノアの印象になるからだ。
「何も変だなんて思ってないよ。戦ってばかりだからお腹空いて当然! アリベルさんの料理は最高なんだよ!」
どうやら良い方に捉えてくれたようだ。
ほっと胸を撫で下ろしているノアは、ルナに言われるがままシチューを食べ始める。見た目はごく普通のありふれたモノだが、一口食べるとその味は全く違うモノであった。
「お、美味しい! なにこれ!? 今まで食べた料理の中で一番美味しい!」
「でしょう! アリベルさんの料理は世界で一番美味しいのよ!」
ふふんと鼻を鳴らしながら、さも自分が作ったかのように自慢をしてくる。
それだけアリベルの料理を自慢したいのだろうが、洗脳をされていた時にどうやって食べていたのか疑問が残る。
「ルナは洗脳されていた時にアリベルさんの料理を食べたの?」
「そうだよ。たまに呼んでくれて食べさせてくれたの。自分じゃスプーンとか持てないから口まで運んでくれてね。初めは恥ずかしかったけど、途中から心が温まる料理を食べて涙を流してたわ。ある意味第二の母の味ね」
知らなかった。
今は笑っているルナだが、やはり辛かったのだと思い知らされる。
もっと早くルナを解放できていればと思うが、ステラが連れ出してくれたから叶った夢だ。あの村にずっといたらメアとも出会えずルナを救う手立てがなかった。
「洗脳が解けてよかったよ。アリベルさんの料理をたくさん食べよ」
「そうよ。たんと召し上がれ」
「うん! アリベルさんありがとう!」
ルナの言うとおり実の母みたいだ。
娘のメアがいるのだから母親には違いがないが、なぜだか血が繋がっている母親のように感じる時がある。
「凄い美味しいです。 作ってくれてありがとうございます」
「感激してないで、もっと食べて食べて」
「ルナが言うなよ」
大口を開けてシチューを食べているルナ。
その顔は昔に見たままだ。家族全員で食卓を囲んでいた時を思い出して顔が緩んでしまう。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「いや、昔を思い出してたんだ。こんな風に笑いながらご飯を食べていたなって」
「そうね。近衛騎士団長に嵌められならなければ、家族で笑って食べていたかも」
「そうだな――って、今なんて言った?」
「んー? なんのことー?」
もぐもぐと口を動かして美味しそうにルナは食べている。
美味しそうに食べているのは嬉しいが、今はそれを見続けていられない。先ほどルナが衝撃的なことをポロっと言ったことを聞き逃さなかったノアは、両肩を掴んだ。
「な、なによ急に!? 急にどうしたのお兄ちゃん!?」
「さっき近衛騎士団長に嵌められたって言わなかったか!?」
「い、言ったよ? それがどうしたの?」
「どうしたのって、あれは俺が魔力を暴走させて起きた事件じゃなかったのか?」
「違うよ。あの時、あの場所にいた近衛騎士団長にお兄ちゃんは嵌められたんだよ」
淡々と事実を話すルナ。
なぜそう言えるのか、なぜそのことを知っているのかノアには分からない。そもそも誰から聞いたのか、そこから知らなければならない。
「そのことを誰から聞いたんだ?」
「ヴェルニよ。私が洗脳されて、何も言い返せないことをいいことに全部話てきたの。詳細に話すから嘘を言っている風には見えなかったわ。だからお兄ちゃんが壊したと思っていた家族は、壊されたが正しいのよ」
「そ、そうだったのか……もうヴェルニは死んじまったけど、あいつに家族や俺の人生を壊されていたのか……」
既に死んでいるヴェルニを責めることも、自身の手で復讐することもできない。
もどかしい気持ちに悩んでいると、ルナがまだ家族はいるよと真っ直ぐ見つめながら話かけてくる。
「お父さんはお母さんは死んじゃったけど、まだ私がいるよ。お兄ちゃんは一人じゃないし、私も一人じゃない。唯一の家族が残ってるよ」
「確かにそうだな。二人で人生をやり直そう!」
「うん! だけどその前にやることがたくさんあるね!」
すぐにやり直したいが、そうもいかない。
騎士としてステラを支えなければならない。今更投げ出すなんてできないし、この国を正さないままルナと暮らすことなんて無理だ。
「ステラの騎士として責務を果たさないと」
「私も協力するから、より早くできるよ!」
「はは、ルナも一緒なら百人力だな」
一緒に戦ってくれるとは思ってなかった。
兄としては安全な場所に逃げていてほしいが、そうも言えない。一人でも多くの仲間と共に、腐敗しているこのオーレリア王国を打倒しなければならないからだ。
「真面目な話はそれくらいにして、シチュー食べてね」
アリベルが頬を膨らませながら言ってくる。
「ご、ごめんなさい! 食べます!」
ルナが慌てて食べるのを再開している。
怯えているようだが、意外と怒ると怖いのかもしれない。ノアはアリベルを怒らせないようにしようと心に決めた瞬間である。
「やっぱり美味しいです。アリベルさんって料理得意なんですね」
「そんなことないわよ。ヴェルニに捕まっていた時は料理なんて作れる環境じゃなかったから、久しぶりに作ったの。美味しくできて安心よ」
「本当に美味しいですよ。今まで腐りかけのパンや数日放置された肉とか食べてましたから、数年ぶりの温かいご飯で感動してます」
「お兄ちゃんそんな料理食べてたの!?」
ルナが大口を開けて絶句している。
それほど変なことは言っていないはずだが、どうしてそんな顔をするのかノアには理解ができていない。
「大罪人は人じゃないからね。看守の気まぐれで食事がない時もあったしさ」
「最低過ぎる! 食事くらいちゃんとしてあげればいいのに!」
代わりに怒ってくれるが、過去のことだ。
ふと看守が目の前でステーキを食べていたことを思い出すが、すぐに忘れることにした。
「とりあえず、もう昔のことは関係ないよ。今はステラの騎士になったし、アリベルさんの美味しい料理を食べているから」
「おかわりもあるからね」
「ありがとうございます!」
美味しいと言いながらシチューを堪能していると、一人の男性が左腕から血を流し、慌てて家の扉を開けて入ってきた。
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