第3話 業炎と王女の叫び

「は、弾いた!? あれほどに強力な魔法を!? あなたは何者なの!?」

「俺はただの大罪人だ。あんたは王国騎士だろ? あんたに何かあったら俺が断罪されるから、下手に動くなよ」

「下手に動くなって言われても、相手はテネア国の将軍よ!? あなた一人じゃ敵わないわ! 私も一緒に戦う!」


 将軍だろうが関係ない。

 迫りくる脅威は打ち壊す。大罪人はそうするために生かされているのだから、その仕事を全うするだけだ。


「あんたは下がっててくれ。俺が一人で戦う」


 背後から「ダメ!」という声が聞こえるが無視する。今は構っていられるほど余裕がないし、目の前には将軍が燃え盛る槍を手に持って迫って来ているからだ。

 こちらも再度炎剣を発動し、迫る燃え盛る槍を上空に弾く。そして流れるようにそのまま力任せに振り下ろすが、その一撃は後方に避けられてしまい当たらなかった。


「斬れなかったかけど、まあいいか。次で終わらせればいいだけだ」


 次で終わらせるというノアの言葉を聞いた将軍が、目を見開いて「舐めるな!」と叫んでいる。


「舐めるって、戦場を舐めてかかるわけないだろうが!」

「黙れ! ガキの癖に調子に乗るなよ!」


 発した言葉でキレさせてしまったようだが、好都合だ。

 冷静さを欠いた相手は自ら自滅をしてくれるから戦いが楽になるが、舐めてかかることはしない。何せ格上の相手だ。知らない技や奥の手を出されて形勢逆転されるかもしない。


「調子も何も、俺はあんたを早く倒して村に戻るんだ。早く来いよ」

「勘に触るガキだ! さっさと死ね!」


 冷静さを欠いたまま、将軍が燃え盛る槍を振るってくる。

 先ほどとは違って荒い攻撃だ。避けた瞬間に頬が焼けそうになるのは変わりないが、それでも感情に流されて避けやすい攻撃をしてくれてありがたい。


「なぜ当たらん! 何をした!」

「何をしたって、あんたが冷静さを欠いたからだろ? 戦闘を舐めてるのはあんたの方だったってわけだ」

「わ、私が冷静さを欠くわけがない! 将軍だぞ!? 私は将軍にまで上り詰めた男だぞ! こんなガキに負けるわけがない!」

「傲慢だな。部下達に祭り上げられて勘違いしたタイプか」

「お前に何が分かる!? 私は尊敬をされているんだ! 私が絶対なんだ!」


 上に行く人間の大半はなぜこれほどまでに傲慢なんだろうか。

 ノアがこれまで戦ってきた中にも傲慢な敵が多いが、ただ一人尊敬を出来る人間に出会ったことがある。それは今は滅んでしまっている小国の騎士だ。


「前に戦った黄金色の騎士以下だな。この世界には傲慢な人間しかいないのか」


 大きな溜息を吐く。

 剣を握る手に力を入れ、足に魔力を巡らせた。こんな男に関わっている間にも村の大罪人達が戦場で死んでいる。これ以上死者を増やさないために、終わらせなければならない。


「もう終わらせよう。これ以上あんたに関わる時間がもったいない」

「もったいないだと!? 私は将軍だぞ! 全ての人間は私に平伏すべきなのだ!」


 言葉を聞く時間すら惜しい。

 この傲慢な男を倒すべく、ノアは将軍の懐に一瞬で移動をした。


「な、何をした!?」

「何をって、ただ魔力を足に巡らせて身体能力を上げただけだ。そんなこともできないのか?」

「大罪人が調子に乗るな!」

「それしか言えないのか? 終わりにしよう。こっちも暇じゃないんだ」


 炎剣を握る手に力を入れる。

 それもさっきよりも強く、握り部分が軋むほどだ。

 もう逃がさず、確実に一瞬で命を消し飛ばす一撃を放つことに決めた。


「これで消えろ! 業炎一閃!」


 将軍の槍のようにノアも炎剣に炎属性をさらに付与をした。

 燃え盛る炎の剣を、目に見えない速さで斜めに振り下ろす。すると、悲鳴すら上げずに炎が直線上将軍を巻き込んで空に上がっていく。


「あ、剣が砕けたか。さすがにこんなボロボロな支給品じゃ無理もないか」


 鈍い音を立てて砕けた剣を捨て、後方で唖然とした表情をしている王国騎士に話しかけた。


「大丈夫か? 怪我はないか?」

「だ、大丈夫です……あなたは何者ですか?」

「俺は大罪人さ。村に送るよ、王国騎士様」


 ノアの言葉を聞いた少女は、唖然とした表情から凛とした顔に変えて「王国騎士ではありません」と返答してきた。


「私は王国騎士ではなく、オーレリア王国第三王女ステラ・オーレリアです」

「王女様? 王族が戦場に出てくるわけないでしょ。あいつらは安全な王城でただ命令をするだけだしさ。ま、本当の名前をこんな大罪人に教えるわけないよな」


 そう――大罪人達にとって王族は忌むべき存在だ。

 犯罪を犯し大罪人にされるのは分かるが、命を使い捨てにされるような戦いを強いられている。その命令を下しているのが王族なので、大罪人達は王族を憎んでいる。


「そ、そうね。早く村に帰りましょう。被害の確認をしなければならないからね」

「おやっさん達が無事だといいな」

「きっと無事ですよ。あなたのおかげで残りの敵騎士が撤退をしていますしね」


 少女の言う通り、村の方角から多数の敵騎士が逃げている姿が見える。

 おやっさんのおかげで倒す敵が分かったが、時間をかけすぎたと反省していた。一気に決着をつければ被害はより少なかったかもしれないが、それでも物量に押されていた現実がある。


「大罪人だけじゃ戦闘にならないな。もっと王国騎士も戦ってくれないと無理だよ」

「そうなのですか?」

「そうでしょ。この村の現状を見てなかったの? 騎士が駐留してなくて、看守達が実質トップなんだよ。だから国に嘘の報告をして自分達の権力を維持しているんだ。だから今回のような襲撃があった時に初動が遅れちまうんだよ」

「そうなのね……それは大問題だわ……」


 唇に力を入れて何やら考えているようだが、どうせ村のことではないだろう。

 大罪人や、辺境にある村なんて国や王国騎士が考えてくれるとは思えない。これまで捨てられていたも同然な扱いのように、これからも無下に扱われるはずだ。


「煌びやかな生活を送るあんた達王国騎士が、この現状を変えることなんてしないだろうがな」


 そんなことないと少女が声を上げるが、気にしない。

 どうせいつも通り口だけだろう。今までたくさんの騎士が助けると言っても口だけで一切現状が変わることがなかった。むしろ悪くなる一方でしかない。


「村に戻ったら聞きたいことがあるわ」

「聞きたいこと?」


 やはり村を変えると言うのだろうか。

 どうせやらないことを聞いて、報告をして自分の手柄にするつもりだろう。教えたくはないが、教えなければ騎士に逆らったとして殺されてしまう。

 半ば命令だなとノアは思いつつ、説明をすることを考えるしかなかった。余計な仕事を増やしてほしくないが、大罪人なので仕方がないと割り切るしかない。


「ほら、ここが村だよ。大罪人ばかりで騎士がいないだろう?」


 黒煙が上がり、破壊され建物が目立つ。

 特にこれといって特産品もない寂れている村だが、ノアにとっては五年間暮らしている村だ。破壊されれば嫌だし、仲が良い人達が傷つくのは見ていられない。


「そうですね……国の方針では辺境にも王国騎士を駐在させているはずなのに……」

「嘘ばかりだからだろ? 自分達は安全な場所で寛いで、戦闘は主に大罪人が行って手柄は王国騎士様がもらう。これが続いているから多くの国民が苦しんでいるんだ」

「そ、そんなことはないはずよ! だって、お父様は……」


 お父様とか言っているが、王国騎士の父親だろうか。

 本当に第三王女だったらと思うが、こんな場所に来るはずない。ましてや、王国騎士として王族が戦うことをあの国王が許すはずがないだろう。


「お父様が誰かは知らないけど、これが現実だよ。王国騎士様にはどうにかしてもらいたいものだね」

「これが国の現状だというの……」


 村に入ると、手当てを受ける住民や倒壊した家屋を片付ける大罪人達が見える。

 怪我を負っているのにも関わらず、村を立て直すために働いている大罪人に対して看守が労いの言葉をかけずに罵声を浴びせている姿がステラの目に入ったようだ。


「どうして看守が罵声なんかを!」

「どうしても何も、これが看守と大罪人の関係だよ。逆らったら王国騎士に報告をされて殺されるからな。今まで何十人とそうされてきた大罪人を見て来たよ」


 逆らったら王国騎士に殺され、戦場に出て弱ければ敵国騎士に殺される。

 大罪人とは死神の鎌を常に首筋に当てられ、国に尽くす奴隷だ。この現実をノアの隣を歩く、ステラ・オーレリアと名乗った少女は理解しただろうか。


「こ、これが大罪人の現状だというの……」

「そうだよ。王国騎士の怠慢でこうなったんだ。犯罪を犯した身だから何も言わないけどさ、現に大罪人達のおかげで国が守られていると言っても過言じゃないよ」

「そ、それでも! それでも! 王国騎士は……」


 現実を直視できず、目を右往左往させて動揺を隠せないようだ。

 唇を噛んでどこか悔しそうな表情をしている姿が横目に映る。さて、どうしたものか。なんて声をかけていいか分からないまま時間だけが過ぎてしまう。

 腕を組んでどう話しかけようか悩んでいると、背後から凛とした声で女性が「離れろ愚かな大罪人!」と罵声を浴びせてきた。

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