第2話 少女は空からやってくる

「こっちの方か。大罪人達が押しているようだが、騎士はどこにいるんだ?」


 東側に到着をすると、テネア国の兵士達を大罪人達が蹴散らしている姿が見えた。

 大罪人には男性から女性まで幅広い年齢の人がいる。ノアが聞いた話しだが家族を守るため、国を守るためと様々な理由で大罪人になってしまった人がいるらしい。

 

「魔法を使っている人はいなそうだけど、それでよくテネア国の兵士を退けられたな。剣術などに秀でた人が多かったのか?」


 ノアが使える魔法は、世界総人口の一割の人間が使える天性の能力だ。

 この世界に天から贈られたギフトと言われており、魔法が使える人間は国から特別な待遇を受けるほど貴重な人材として扱われる。だが、大罪人となった場合は違う。

 それはノアのように戦場で戦わされ、死ぬまで道具として扱われるのだ。貴重な人材のはずなのに矛盾をしているが、それがこの世界の常識となっている。


「とりあえず俺も戦うか。騎士がいないのが気になるけど、仕事をしないと飯も食えないからな」


 戦っている同じ大罪人のもとに駆け出すと、初老の男性が話しかけてきた。


「遅いぞノア。どこで油を売っていた?」

「おやっさん生きてたか! なんか看守に出されるのが遅くて、やっとだよ。俺も参加するから早く終わらせよう!」

「お前が来てくれれば楽勝だろうが、攻めて来てるのはこいつらだけじゃないぞ」


 話しかけて来た初老の男性は、ノアに様々なことを教えてくれた大罪人だ。

 白髪の短髪が印象的な顔の皺が目立つ容姿をしている。ノアに大罪人のことや戦い方を教えてくれた恩人なので、ある意味で育ての親ともいえる人だ。


「テネア国だけじゃないの!?」

「そうだ。あっちを見て見ろ」


 おやっさんが指を差した地面を見ると目の中に信じ難い光景が映ってくる。

 そこには赤一色の軍服を着ているテネア国の兵士と、白で統一された軍服に黄色の薔薇が無数に描かれているイルア皇国の兵士が倒れている姿があったからだ。

 テネア国とイルア皇国は敵対していたはずだが、まさか手を組んでオーレリア王国に攻めて来るとは考えたこともなかった。


「テネア国とイルア皇国が手を組んで攻めて来たってこと?」

「そうとしか考えられん。敵対国が手を組んでオーレリアに攻めて来たってことだ」

「どうしてオーレリアに?」

「そりゃお前、利益があるからだろ。この大陸一の領土を持つオーレリアだぞ? 資源と広い領土が手に入るとすれば、仲が悪くとも手を組んで攻めるだろうさ」


 最悪な状況だ――まさかテネア国以外も攻めて来るとは考えたことがない。

 オーレリア王国はノアが大罪人となった十年前から戦争をしているが、イルア皇国と戦争をした歴史など記録にはない。どう対処をすればいいのか分からない現状だ。


「ノア、お前が先陣を切るんだ」

「俺が!? どうしてそうなるのさ!」

「ここにいる大罪人の中でお前だけが魔法を使えるだろ? 確か火属性だったか?」

「火も炎もそれ系統なら使えるよ。てか、味方が密集してると使いづらいよ!」


 魔法は強力なだけに広範囲に影響が及ぶことが多い。

 密集しながらの戦闘だと仲間を攻撃してしまう恐れがある。そのためノアは、戦闘地域が狭い場合は魔法を使わないことにしていた。


「今はそんなこと言っていられないだろ。早くお前が戦闘に参加しないと国が落ちるきっかけを作ることになるぞ!」

「俺にそこまで責任を負わせないでよ! 戦うけどさ!」


 ただ魔法が使えるというだけで責任が重すぎる。

 魔法を交えた戦闘の仕方はほぼ我流だ。型がないのが有利なのか、ノアと戦った敵国の兵士は見慣れない戦い方に戸惑うことが多い。


「ほら、早く行かないと制圧されるぞ。ただでさえ初動で負けたんだからな」

「今行くよ! これ以上、村を荒らされるわけにはいかない!」


 おやっさんに急かされつつ村から出ると、そこは地獄と言える状況だった。

 円形に陥没した地面、血を流して倒れている村人。そして痛みに悶えている大罪人と、見慣れていなければ卒倒してしまう状況が広がっている景色が広がっていた。


「さて、どこから行こうか」


 地獄のような光景を眺めながら、どこから行くか考えることにする。

 右側は拮抗し、左側は大罪人が押しているようだ。ノアは劣勢な場所を中心に戦うつもりだが、暫く見渡しても見つからない。足踏みをして止まっている間にも戦況は変わっているので、早くしないとおやっさんに怒鳴られてしまう恐れがある。


「悩んでいるなら司令部を潰せ」

「おわっ!? おやっさんか、司令部を潰すってどういうこと?」

「そうだ。こっちに二国の兵士が集団で来るだろう? その方向に行けば司令部があるはずだ。お前が一気に潰してこの戦いを終わらせろ」

「了解! 村を守るために行ってくる!」

「おう。お前のするべきことを成し遂げろ」

 

 おやっさんに言われた方向を見ると、多数の兵士が向かって来るのが見える。

 一気に攻め込んで司令部を落とし、これ以上大罪人に犠牲を出さないようにしないといけない。


「さて、とっとこ終わらせますか。錆びているけどまだ使えるようで安心だ」


 錆びている剣に魔力を巡らせる。

 握る力を強めると簡単に壊れてしまいそうだが、そうも言っていられない。砕けたら落ちている剣を拾う。その剣も砕けたらまた拾う。その繰り返しで戦うだけだ。


「炎剣!」


 巡らせた魔力に炎属性を纏わせる。

 ノアは攻撃力が高いとされている火系統の魔法を使えるが、強力過ぎるので密集した戦闘では威力が低い火属性を使うことにしている。しかし今はそうは言っていられない。一気に決着をつけるために炎属性を使うことにしたのだ。


「よし、壊れないで使えるな。こんな戦争さっさと終わらせてやる!」


 錆びた剣を燃え盛る炎を纏わせて駆け出すと、次第にこちらに迫る兵士の大群が見えてきた。


「十、二十……目視だけど三十人以上はいるな……だけど数だけいても関係ない。すぐに蹴散らすまでだ!」


 炎剣を持つ手に力を入れ、魔力で脚力を強化して地上五メートルの高さまで飛ぶ。

 まさか突っ込まないで空に飛び上がるとは思わかっただろう。驚く兵士達を見るに、意表を突くことに成功したようだ。しかしやはり連度が高い兵士達だ。

 すぐに態勢を整えてノアを攻撃するため、剣や槍などの武器を構えている。だが、そんなことは意味がない行動だ。ノアにとって脅威となる敵は見受けられないし、むしろ一瞬で倒せる敵ばかりだ。


「燃え尽きろ、炎波!」


 重力を利用して勢いよく敵兵団の中心部に剣を突き刺すと、ノアを中心にして広範囲に炎の波が発生した。

 その攻撃はテネア国とイルア皇国の兵士を飲み込み、悲鳴を上げさせることなく焼き殺したのである。


「ざっとこんなもんか。向かって来てた兵士を倒したから、村の防衛が少しは楽になるといいな。さて、もっと奥に行けば司令部があるのかな」


 確証はないが、編成部隊が来るということは指示をしている人がいるはずだ。

 しかし一体どこにいるのだろうか。向かって来る兵士達を倒してさらに奥に進んでいるのに司令部の影すら見えない。


「どこにあるんだ? 村から結構離れたのに全く見えないなんてありえるのか?」


 走るのを止めて周囲を見渡すが、目に入るのは荒野のみだ。

 一旦村に戻るかどうするか考えていると、どこからか女性の声が聞こえてきた。


「女の声? 一体どこからだ?」


 次第に近くなる女性の声だが姿は見えない。もしやと思い首を上げて空を見ると、空中で回転をしながらノアの横に見目麗しい容姿を持つ少女が着地をした。

 透き通るような綺麗な声と碧眼の目が目立つ。それに腰まで届く艶のある黒髪が似合う艶美な顔を見て心臓が高鳴ってしまうが、今はそんなことをしている場合ではない。なぜなら少女が着ている服が問題だからだ。


「現行で使われているオーレリア王国騎士団の騎士服……あんたは騎士なのか?」


 白銀に輝く長剣を地面に刺し、少女は立ち上がる。

 どうやら誰かに吹き飛ばされたようだが、これほどまでに戦場が似合わない人間をノアは見たことがない。

 横に立つだけで良い匂いが漂い、その立ち振る舞いからは自身との育ちの違いが垣間見えるほどだ。


「早く逃げて! 魔法が飛んでくるわよ!」

「魔法?」

「そうよ!」


 やはり悲鳴で聞いた声の通り、透き通るような綺麗な声をしている。

 癒されると感じながら少女が指を差した先を見ると、そこには多数の勲章を胸に付けたテネア国の指揮官と思われる兵士が、燃え盛る槍を勢いよく投げつけきた。


「逃げて! あんな魔法防げないわ!」

「そうか? あの程度簡単だろ」


 なぜ助けようとしているのだろうか。

 明らかに普通の騎士ではない見た目をしている少女など助ける義理はない。さっさとこの場から離れればいいだけなのに、なぜか右手に持つ炎剣で迫る燃え盛る槍を上空に弾いてしまった。

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