第2話 ただいま
寂れた住宅地をみちると歩く。
やがて家々はぽつりぽつりと消えていき、そこに緑が置き換わっていく。
この風景を俺は懐かしさを覚えながらも、こんなものもあったのかと思わせる、新鮮味もあった。
かつてこの辺りの土地には如月家のものがかなりあったらしい。明治の最盛期には、この町の六割が如月の土地だった。
だが、栄華を誇った如月家は戦後の祖父の代に零落し、今は叔父が一応の当主ということになっている。
今向かっているのはその叔父の家、つまりみちるの父親の家だ。
一年前に先代の当主・・・親父が死んだことで屋敷と跡目を継いだらしいが、屋敷には以前から住んでいたらしい。・・・
「ねぇ、かける」
前を先導して歩いていたみちるが振り返り、問いかけてきた。
「うん?」
「十年経つのに良く私だって分かったね」
「それは・・・・まあみちるだからな」
若干恥ずかしい答えだったが、そうとしか形容できなかった。
「みちるこそ、良く分かったな」
「あったり前だよ。だって駆・・・あ」
先ほどからの笑顔から、少し困ったような顔をして口をもごもごし始めた。数秒程ためらった後、おそるおそる右頬辺りを指さした。
「だって駆は・・・顔」
そう言われてはっとした。
首から左目を貫いて額まで伸びた、えぐられた様な一本線の傷。成程、確かにこれ程分かりやすい特徴はないだろう。
「ごめん・・・」
「何で謝るんだよ。別に、みちるが付けたもんじゃないだろう?」
「そうだけど・・・・」
・・・気まずい。すっかり自分の事を普通に考えてしまっていた。十年経てばどんなことも適応させてしまうみたいだ。コレが気にならない日は無かった筈なのに。
余計な事を聞いてしまった。
「そんなに下を向かないでくれ。ほら、途中でアイス買ってやる。好きだっただろ?」
ピクンッとみちるの耳が反応したように見えたかと思うと
「え・・・やったー!!」
電灯のスイッチを押すように顔を上げ、さっきまでの笑顔を俺に向けた。オンとオフが分かりやすいな。昔からみちるは・・・こんなだった、け?
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
流れる川の道沿いを歩く。
すっかり辺りの家屋の屋根は瓦に変わり、黒々とした引き戸と雨戸が目立つようになってきた。
おぼろげながら、記憶と合致するのが分かる。・・・どうやら屋敷が近いようだ。
暫くして、その家屋達も途絶えていき、最後に現れたのは白い漆喰の張られた土塀と威圧感のある門。
塀が高く、門も固く閉じられていて、中は見ることができなかったが、間違いない。
「帰ってきた、てことか」
「そうだね、おかえり!駆」
みちるにそう言ってくれるのはうれしいが俺としては複雑な気持ちだ。
なんせ、この屋敷こそが、如月家の栄光を示していたはずのものであり、親父の、俺を捨てたものであることの象徴だったからだ。
今度は傷をカリカリ搔いていた。
「駆?どうかした?」
「・・・なんでもないよ。」
門をくぐると地面が丸石が敷き詰められた
そして正面には・・・
屋敷がそびえていた。
思わずため息がもれた。見るものを圧倒するというのが適切な豪邸だった。
覚えていても、やっぱりでかいな・・・。
戦後にも建て替えられているとはいえ、それは何百年と如月家の城としてありつづけたんだろう。
「ただいまー!」
「お邪魔しまーす」
・・・懐かしい、いや変わらないな。
杉板張りの美しい木目の天井。暖かい光が漏れる障子。
その時代がかった内装はあまりに空気が違う。
「ほら、早くー」
みちるに案内されて居間へ。
居間の方は洋風なのだが、それでもスケールが違って落ち着かない。
「お茶、入れてくるー!」
「おう、悪いな」
ぱたぱたと足音をさせて、みちるはキッチンへ消えていく。
残された俺に広い部屋も相まってか緊張感が出てくる。
「・・・・・・・・・・・・・」
ホントに俺、ここで暮らすのかな?慣れるまでどれだけかかるのやら。
窓から庭を眺めていた。外はすっかり暗くなり、少し欠けた月だけが唯一の光源となり、輝いていた。
駅に着いてからずっとみちると話していたものだから、部屋の中が静かに感じる。
時計の針の音だけが、自分以外の空間が動いていることを証明していた。
カチ、カチ、カチ。
規則正しい、機械のリズム。
カチ、カチ、カチ・・・ト・・ト・・・ト
耳を澄ましていたら、何かが割り込んできた。
カチ、カチ、ト‥カチ、カチ、ト…カチ
こっちの
ト、ト、カチ、カチ、ト、トク、トク
だんだん早く、大きくなってくる。
トク、トク、トク、トク、トクトクトクドクドクドクドクドクドク・・・
高くなる鼓動と体温を少し楽しく感じ始めた瞬間、突然扉の開く音と気配を感じた。
後方からの予期しない
白髪の他にもくっきりと彫られたしわ、どこか頼りなさそうな雰囲気だった。
「おや、みちると一緒じゃなかったのかい?」
その声にも覇気があまり感じられず、いよいよ還暦を過ぎていてもおかしくない。といったところだが、それは無い。なぜならこの人は・・・。
「
叔父さんと言われて、その男は照れ臭そうに頭を掻いていた。
「叔父さんなんて呼ばれるのはもう何年振りだろうなぁ。久しぶり、
そして、俺をこの如月邸に呼んだ人。
叔父さんは近くの椅子にゆっくりと腰掛け、俺と向き合った。
「すまないね駆くん。駆くんにも色々不都合があるのに・・・こっちから迎えも出せたらよかったんだけど・・・」
「いえ、それぐらい・・・母と父が亡くなってからずっと仕送りをしてもらってたんですから。すごく感謝しています」
それを聞いて安心したのか叔父さんは軽く溜息を吐き、軽く胸に手を当てるような仕草をした。
「そう言ってくれるとありがたいよ。それじゃあ改めて・・・私は妻を亡くしてからみちると二人暮らしだ。でも仕事が忙しくてね、中々家にも帰れないんだよ。だから
駆くん。君も一緒に暮らしてほしい。みちるの面倒を見てほしいんだ。」
俺は元々
「・・・分かりました。ご不便をおかけすると思いますが、こちらもよろしくお願いします。」
姿勢を改めて正し、深々と頭を下げる。
「うん・・・おかえり、駆くん。そんなにかしこまらなくてもいいんだからね。私たちはもう家族なんだから」
家族・・・そんなものを感じたことは殆どない。
この
これから、それを取り戻せるんだろうか。
期待と不安がぐちゃぐちゃに混ざり、またあの
ドク、ドク、ドク、ドク、ドク、ドク、ドク、ドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドク・・・・
また、顔の傷をなぞっていた。
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