掌編小説・『蜂蜜』

夢美瑠瑠

掌編小説・『蜂蜜』

(これは、今日の「ハチミツの日」に因んでアメブロに投稿したものです)



掌編小説・『蜂蜜』


 小雨のようにライスシャワーがばらばらと頭の上に振ってきて、鮮やかな蜂蜜色の、花のブーケが投げられた。


 「おめでとう!」

 「おめでとう!」

 「ご結婚おめでとう!」


 歓声が交錯し、おれと紗妃はバージンロードをしずしずと歩いた。

 おれは元ミスユニバースの紗妃と結婚したのだ!

 華やかな祝賀気分で二人とも顔を赤くして、満面の笑みを泛べていた。

 あこがれの女とついにゴールインしたという喜びは筆舌に尽くしがたかった…

 新婚の蜜月(honeymoon)のとろけるような幸福への期待感で、おれの胸は高鳴っていた。 


… …


 にぎやかな結婚式の宴が果てて、二人きりになったので、おれたちは貰った結婚祝いを整理していた。

 「あれ?これは何だろう?」

 おれはふと、平凡な包装紙の箱の中に毛色の変わった奇妙なものを見つけた。

 紫色の風呂敷包みの中に、古ぼけた洋酒の壜と手紙が入っている。

 紗妃もおれの手元を覗き込んだ。

 手紙を開くと、それは変わり者で有名な、山奥に一人で住んで養蜂業をしている茶筒という叔父からのギフトで、どうやら蜂蜜で作ったお酒らしかった。


 「……健彦くん、結婚おめでとう。キミはハネムーンの由来を知っているかい?honeymoonというのは、ゲルマン民族が結婚後一か月間、蜂蜜で作ったお酒を飲んだという故事から来ている。これはもちろん精力増強のためだ。キミのために、私は特製のハチミツ酒を作ってみた。蜂蜜にローヤルゼリー、プロポリスを配合し、更にインヨウカクと高麗人参、反鼻チンキ、ナツメ、大蒜、その他の強力な漢方薬も加味した。ひひひ。初夜の夜にこの酒を飲んでみたまえ。きっとすごいことになるよ……」

 

 要するに精力が「絶倫」になる自家製のお酒のプレゼントということらしい。

 好意はありがたかったが、茶筒叔父さんというのは風来坊というのか親戚の誰とも付き合いらしい付き合いがなくて、頭がおかしいのではないかという噂もあった。

 そういう妙な酒を飲んで中毒とかを起こさないか心配でもあった。


 「ずいぶんいいものくれたんじゃない?強精剤とかによく入っている成分の原料ばかりだわ。媚薬の効果があるかもしれないから私も飲みたいな」

 サプリメントとかに詳しい紗妃がにっこり笑った。

 「じゃあ、初夜の晩に二人で飲もうか?ちょっと気味は悪いけどまさか毒とかが入っているわけじゃないよな」


 コロナ禍で海外旅行がご法度のご時世なので、新婚旅行は箱根にした。

 昼間に少し観光をして、夜は温泉宿に泊まることにした。

 いよいよ「初夜」が訪れた。

 おれも紗妃もわりと古風な貞操観念を持っていたので、二人が枕を交わすのは紛れもなくこの夜が初めてだった。

 緊張もしたし、昂奮もした。期待感で胸ははちきれんばかり。別々に入浴した後で、例のハネムーン祝いのハチミツ酒を二人で呷ることにした。

 

 「大丈夫かな?」おれはまだ不安だった。

 「大丈夫だったら」紗妃はコップに渋茶色の匂いのきつい酒をなみなみと注いで、ぐーいと一気に飲み干した。


 …「どうだい?」

 「変な味。だけどなんだか体がポカポカしてきたわ」

 

 おお!おれは目をみはった。

 見る見るうちに紗妃のほっぺが上気してきて、目つきがトロンとしてきた。やがてはっきりとわかるような「発情」状態が萌してきて、紗妃は見違えるほど色っぽくなった!瞳孔が開いて大きくなり、半開きになった唇から熱い吐息をもらし始めた。悩ましい感じに、たっぷりとした髪を悶々と打ち振る。妖艶なケモノが乗り移ったようになまめかしいオーラが全身から瀰漫する。あたかもセクシーなニンフェット、エロスの女神の降臨?というような按配になった。

 「おおお!素晴らしい酒だ!紗妃、なんて美しいんだ。こんなに色っぽいオンナなんて初めて見るよ。おれも飲んでみよう。うしし。男ならシルベスター・スタローンみたいになれるかもしれん」

 不思議な薬効があるらしいハチミツ酒をおれも呷った。


 …ほどなくして、全身に不思議な精力がみなぎり、目に映る色彩が鮮やかになってきた。イチモツは鋼鉄のように勃然としてきた。ポパイのほうれん草のようにてきめんで、凄いような効果である。

 「ウヒヒ。スーパーマンかアイアンマンにでもなったような気分だ。これなら滞りなく初夜の新郎の役割を全うできそうだ。さ、ベッドに行こう」

 おれは元ミスユニバースの美貌を昂奮で喘がせている紗妃を横抱きにして初夜の床にベッドインした。

 

… …


 ハチミツ酒のおかげで二人の初夜は最高のものとなり、生涯一度のhoneymoonはその後も蜜のように甘い毎日の連続だった。

 幸福で紗妃の美貌はますます光り輝き、美の神アフロディーテを彷彿させた。


 ただ、ハチミツ酒の効果があまりに強烈だったためか、おれは思春期の欲求不満の高校生のように、旅行中ずっと不自然な歩き方を余儀なくされて、すれ違う女性のくすくす笑いに赤面しっぱなしでいなくてはならなかった。


 なんだか隔靴掻痒な「モノ」「カタ」りでございました。


<了>

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