第2話 『沢ガニ シオマネキの大冒険』
『沢ガニ シオマネキの大冒険』
岩瀬たかし
「先生、おはようございます。」朝早く剣道場にやってきた。
「やあ、おはよう。」
ぼくの名前は「ケン」。沢ガニ族の小学生。ぼくらはキャンプ場の三角池に住んでいる。キャンプ場には礼拝堂や食堂、裏山と広いグランド、教会と番犬ロッキーの小屋がある。
ぼくには左のハサミがない。小さい時に山から落ちてきた岩に挟まれてなくしてしまったんだ。だから、剣道の練習の時はちょっと悲しい。なぜって、カニ族の剣道は、二刀流だから。時々、口の悪い子たちはぼくのことを「シオマネキ」って言うんだ。シオマネキって海にいるカニ族で、片方のハサミが特別に大きいらしい。
「シオマネキは、へ〜たくそ。い〜つになってもうまくない。」
「シオマネキは、よ〜わいぞ。は〜さんでも痛くない!」
「シオマネキは、お〜そいぞ〜。走って〜も速くない。」
そんな時、友だちのアト、ポル、アラミたちが言ってくれる。「ケンは、これでいいんだ。仲間の悪口を言わないで!」
剣道では、練習の始めと終わりに、必ず「礼」をするんだ。
「それでは、基本稽古、はじめ!」
みんな大きな声を出して基本打ち。
「エイ!」ハサミをさっと引っ込めて、頭を低くしてしゃがむ。
「ヤー!」右のハサミで相手をつかんで、ひっくり返す。
「トー!」左のハサミで突きをいれる。
エイ、ヤー、トー。エイッ、ヤァー、トォーー。ぼくらの声でクレソン林も揺れている。
「やめ〜、今日の練習はここまで。」
剣道着から着替えて、隣の小学校にみんな急いで入っていった。
ある日、剣道の先生が話された。
「明日から学校も夏休み。今年も修行と冒険に出発します。行き先を伝えておいてくださいね。必ず表彰式の前までに帰ること。」
アトは裏山、ポルは川、アラミは教会、ミリアとリリは食堂に。トビは礼拝堂の屋根の上、ぼくはグランドに行くことにした。
夜のグランド。クヌギの丸太の向こうからカブトムシがやって来た。
「待っていたぞ、沢ガニくん。いざ勝負。」「いいとも。ぼくは君を投げちゃうぞ!」
カブトは角を下げて下段の構え。下段の構えは刀の先を下げるんだ。ぼくもハサミの右手を下段に構えた。
「しまった!」
カブトの角がぼくのおなかの下に来た。投げ飛ばされようとした瞬間、ぼくはハサミで角をつかんだ。一回転して丸太にピタッと着地した。ぼくは8本の足で踏ん張って、角を右にひねってカブトを投げた。
「まいった、まいった、沢ガニくん。君の右手はすごいな。シオマネキのようだ。」
地面にひっくり返っていたカブトムシを起こしてあげた。
「カブトくん、今日の勝負、ありがとう!」
昼のグランド曇り空。走って来るロッキー。
「待っていたぞ、沢ガニくん。遊ぶ前にいざ、勝負!」
「いいとも。君のほっぺつねってやるぞ!」
ハサミの右手を中段に構えた。中段の構えは、刀をまっすぐ前に構える。ロッキーは、ぼくをひっくり返そうと飛び込んで来た。ハサミをさっと出してロッキーの鼻の穴をつかんだ。「ギャイーン」ロッキーはぼくを振り落とそうと走り回った。ぼくは右手に思いっきり力を入れる。ロッキーはハアハアしながら言った。
「まいった、まいった、沢ガニくん。君の右手はすごいな。シオマネキのようだ。」
ハサミの力をゆるめて、地面におりた。
「ロッキーくん、今日の勝負、ありがとう!」
朝のグランド。芝生が雨で濡れている。牧師さんがやって来た。
「見〜つけた。沢ガニくん。今、カメラをとって来るからね。」
写真とられるのいやだな〜と思ったぼくは、草の茂みに身を隠した。
わ〜!。見つかっちゃった。
「沢ガニくん、写す前にいざ、勝負!」
「いいとも。牧師さんの指、挟んじゃうぞ!」
ハサミの右手を上段に構えた。上段の構えは刀を上に上げるんだ。牧師さんはぼくを捕まえて大きく写そうと、顔の前にカメラと右手を伸ばしてきた。ぼくは、指を挟もうとハサミを突き出した。
「カッチーン!」しまった。レンズをつかんじゃった〜!
ここは、逃げるのみ。ぼくは体を低くして横走り。
その時、ズッデーン!追いかけてきた牧師さんがひっくり返っていた。上着もズボンも泥だらけ。
「まいった、まいった、沢ガニくん。君の右手はすごいな。シオマネキのようだね。」
膝をついてカメラを持ち直した牧師さんに、ぼくは上段の構えをして見せたよ。
「牧師さん、今日の勝負、ありがとう!」
剣道場での表彰式。
「今年の優勝は、ケンくんです。」
優勝状と十字架のペンダントをもらった。みんなが歌っている。
「シオマネキは、す〜ごいぞ。カブトムシを落っことした。」
「シオマネキは、つ〜よいぞ。ロッキーをやっつけた。」
「シオマネキは、速いぞ〜。牧師の先生こけさせた。」
〜おしまい〜
(2016年)
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