クヌギの森の子どもたち
岩瀬たかし・岩瀬橡三
第1話 『やってきたロッキー』
やって来たロッキー
岩瀬たかし
だいぶまえの話しだけど、一匹の茶色い犬がやってきた。がりがりにやせた茶色の柴犬。
弟のユージがバターロールをあげると、おいしそうに食べたよ。それから、家(うち)の犬になって、ロッキーって名前にしたんだ。
これからロッキーとみんなで遊んだ話しをするね。
ボクの名前はセイイチ。みんなは「セークン」って呼ぶよ。ボクの家は広いキャンプ場の中の白い教会。父さんは、牧師さん。
ボクが母さんのお腹の中にいた頃から、日曜日の礼拝で神さまのお話ししてたらしいよ。もちろん、聞いた話だけど。それから、キャンプ場の運動会でマラソンに出る時、いつも剣道着を着て走ってたみたい。結婚してから母さんが、「パパ、恥ずかしいからやめて!」って言ったんで、それからは止めたって。伝説の人だね。
そんなわけで、ロッキーは毎日ボクたちとキャンプ場のグランドを思いっきり走り回ったよ。
落っこちたロッキー
「セークン、昼ご飯たべたら、みんなで鬼ごっこしようや。」日曜日は朝から、仲間がみんなやって来る。マイクロバスや車に乗って。タケシ、 サックン、ヒロアキ、ユージ、それからヨーコにナナ、ノゾミ。カズエとアユミとクラスの友だち。
「二十八,二十九、三十。いくぞ~!」鬼の声がキャンプ場にひびいた。女の子たちはグランドで逃げる。ボクらはキャンプ場の礼拝堂の横から裏山へ。ここから礼拝堂の屋根のひさしに一目散。ひさしの屋根で礼拝堂を一回りできるんだ。もちろん、ロッキーも後ろからいっしょに走ってついてくる。
「あー!、ロッキーが落ちた!」
下で誰かの声がした。ユージが教会に走って行く。
「パパー、ロッキーが落ちた~!」
上からは見えない。ロッキー大丈夫かな。
うわー、父さんに完全にバレた。
「キャンプ場の本館のひさしは絶対に登ってはダメだよ。特に、トタンの屋根の部分が滑るから。」って言われてたんだ。
「ロッキー大丈夫か?」
「先生、大丈夫みたい。さっきまでうずくまっていたけど、また走っています。」
ヤレヤレ。今日は、「くいあらためなさい。」って言われるかな。確かに、言いつけを守らなかったし。
「神さま、ごめんなさい。それから、ロッキーを守ってくれてありがとう。」
心の中でお祈りしたよ。
ロッキーの赤ちゃん
ロッキーに彼女ができた。
ある日、ロッキーがチョコレート色のスマートな犬を連れて来た。なかなかボクたちに近づこうとしないので、野良犬だと思う。「ゲオゲオ」って鳴くので、名前は「ゲロ」にしたよ。母さんがドッグフードの器を買って来たので、二匹ならんで食事するようになった。
それから、何ヶ月かたったとき、学校から帰ったボクたちに父さんが言った。
「食堂の横の山の方で、何か鳴き声がするみたい。」
使っていないプレハブ小屋の下をのぞくと、小さな穴の中に産まれたばかりの子犬が六匹。
「セークン、しばらく、このままにしておこう。もう少し大きくなったら、自分たちで出て来るから。」
「はやくだっこしたいな~」とユージ。
一ヶ月ぐらい後だったかな、ドッグフードをミルクでといて持って行ったよ。元気そうなのから一匹ずつ出て来て6匹みんなで食べ始めた。だっこすると、あったかい。お腹がちょっとふくれている。ロッキーは、「わたしの子どもたちだよ。」と言っているみたいな顔をしていた。
黒一匹、白黒のぶち二匹、茶色が二匹、それに、ゲロみたいな濃い茶色。六匹は教会の仲間と学校の友だちの所へもらわれて行った。
ハッピー、ミッキー、ラッキー、みんなそれぞれ名前をつけてもらったよ。
そうそう、次の年も六匹産まれたんだ。このときは、母さん、あちこちに電話してもらい手を探して、けっこう大変だった。それで、ロッキーは子どもができないようにと「きょせいしゅじゅつ」をしたよ。手術のあとは、ロッキー、首にプラスチックの傘みたいなものをつけられていた。
しばらくは元気が無かったね。
木の葉隠れの術(このはがくれのじゅつ)
キャンプ場は、クリスマスの準備が始まる頃は、クヌギの木の葉がたくさん落ちて、黄色や茶色のジュータンみたいになる。教会のクリスマスの準備で落ち葉掃除をするんだ。もちろん、ボクたちも手伝うよ。落ち葉の山があちこちにできると、ロッキーはその上で三回ぐらい回って葉っぱを踏んで、丸くなってうずくまる。「ロッキー!」「ロッキー!」呼んでも知らんぷり。
「ご飯だから探して来てね。」と母さん。
「もー!ロッキーったら!」
「ロッキー、ご飯よ~!」
「あっ、兄ちゃん、あそこの落ち葉の山が動いた。」
のそっと、ロッキーが起きてこっちにやって来る。ご飯を前にしたロッキーは、ボクらの顔を見て笑ってる。
父さんは、「ロッキーの木の葉隠れの術」って呼んでいたよ。昔の忍者が木の葉で自分の体を隠したという忍術の一種らしい。
帰って行ったロッキー
ロッキーが病気になった。
X線写真を見た獣医さんが「空気を吸い込む気管が半分ぐらいつぶれています。」って話してたって。
「長い間野生だったから、フィラリヤの病気の影響だったかも。」と母さん。
だんだん動けなくなったロッキーは、家の中の風呂場の前で寝ることになった。
ご飯も食べなくなって腹這いで寝ていた。
日曜日の朝、息ができなくなったロッキーは立ち上がって玄関の方に歩いて行って、そこで家族みんな見ている中で横に倒れて死んだんだ。
「ロッキー!」
ボクらはじっと見つめてロッキーの体をなでた。もう一度、外に出てキャンプ場で思いっきり走りたったのかもしれないね。
きれいな段ボールの箱に毛布をしいて、ロッキーを入れた。母さんは、花壇に咲いていたスイセンを花束にしてロッキーの上に置いた。母さん、泣いてたよ。「今夜は、ロッキーを外に出しておいてあげよう。ゲロが何日も前から鳴いているので、きっと、お別れをしたいと思うよ。」
父さんが言った。
ロッキーを斎場に運んだ次の日、父さんとボクたちは、石にマジックで「ロッキーのお墓」と書いて、「ロッキーの来た日」と「ロッキーの帰った日」を書いた。その石は、今も、ロッキーの子どもたちが産まれたプレハブの脇にあるんだ。
ロッキーは、神さまがボクたちにくださった友だちだったと思う。弟のユージとロッキーと三人でいっしょにお風呂に入っている写真をみると湯気の中でロッキーが笑っている。ロッキーの大型犬用の格子のついた犬小屋でロッキーとボクたち男の子全員で入っている写真を見るとき、そう思う。
「神さま、ロッキーをボクたちのところに送ってくださって、ありがとう!」
おしまい。
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2013年7月16日
岩瀬たかし 作
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