第2話 馬の耳に核ミサイル。


 小事件から、45分経った。

 現在は8時55分となった。

次のに移るとする。

そこは愛知県、名古屋市、小高い丘の上にある私立惣慶そうけい高等学校の校門前、細い坂道の上。


 そこでここぞとばかり、ポケットから取り出したるは白いマスク。それを付ける俺。

 剃れなかったヒゲを隠すための、白いマスクを付けた俺。別名、滑稽なる童貞。


 だって喋るヒゲなんて、気持ち悪キモいじゃないか。

 とてもじゃないが、剃れやしない。


 その当のヒゲが、悪態を吐く。



『ちょっと、やめてよ。マスクなんて』


「いいだろ。それくらい」


『暗いのヤなの』



 声だけは可愛いのだから、困り者だ。

 この困ったちゃんめ。


 だが、声に惑わされてはいけない。

 俺は、ここで呪文を唱えるのだ。

それで、ヒゲの言葉をぴしゃりと封じる。



「うっさい」



 ヒゲが喋った。世界が終わりだなんて言った。

 あの小事件は未解決のままだ。

ソレを、そのままに、『もう投了だ』とばかりに、『もう投降だ』とばかりにして。


 俺は、事件を放り出して、いつも通りに登校をした。

 校門の目の前まで到着してしまった。

 

 まったく、自分の優等生っぽさに腹が立つ。

 これで成績さえも良ければ、本当に優等生だ。


 下らない事を考えながら、校門を見上げる。

 すると、その校門の奥の壁に設置されているそれと目が合った。


 監視カメラと目が合った。



「見てんじゃねーよ」


『独り言はイタいわよ?』



 それから、俺は校門を掻い潜る。


 太陽が如き、野球部所属の“陽キャラ”のが群れるグラウンドの横を、翼を焼かれたイカロスの気分で墜落するように通り過ぎる。

3年前に建設されたという、新校舎に入る。

無機質な廊下と無愛想な階段を1つ、また1つと通り抜ける。


 以上が、いつも通りの通学路だ。


 そして、『2-4』と書かれた札の下で、俺の登校は一時停止する。



『ねえ、いい加減に聞いてよね。私の話』


「うるさい、キモい。お前はイタい幻聴だ」


『イタい……って』



 自分の言葉が返って、精神的な痛手ダメージを負った。

 ヒゲとの会話が一旦途切れて、そんな間があった。


 それから、ヒゲは再び言葉を響かせる。



『説明したげるってのに。話聞け、ぼけ』


「お前はもう口、閉じてろ」


『私、口ないもーん』



 「ダメだこりゃ」――と首を横にカクンと落としながらで、俺は、目の前の引き戸を滑らせる。

 『2-4』の札の下の、引き戸を開け放つ。


 学校特有ともいえるデザインの、木製の引き戸。

 それを開け放つと、学生諸君の青春謳歌が鼻をくすぐる。

きっと、気のせいだ。



「よっす、瞳ちゃん。昨日ぶり」



 引き戸の先、そこは学生の青春現場。2年4組の教室。

 その室内にて、鹿庭かにわさとるが手を振っている。


 クラスの男子の中で3番目くらいに高い背、甘い匂いのするワックスでクルクルと纏められたモジャモジャの髪型、日本人離れした薄茶をした虹彩の瞳、第3ボタンまで外して崩すように着ている、シミ1つない真っ白なワイシャツ。


 そんな、見た目からして、掴みどころのないヤツ。

 それがヤツだ。鹿庭聡という男子だ。


 まるで前世からの知り合いかのように、誰とでもフランクな会話を嗜む男であるが、クラスの人間関係内で、彼はどのグループにも属していない。

 はみ出し者ではないが、変わり者に違いない。


 そんなヤツの席は、俺の席の隣。

 窓際から数えて3列目、前から数えて4番目の席。

そういう訳で、俺にもヤツはフランクに話し掛けてくる。



「親友を、あんま待たせんなって」


「親友って誰?」


「俺」


「はは」



 最近、こいつと話す機会ばかりが増えている。

 巷では、俺とこいつの事を一括りに、“ウマシカコンビ”だのと呼んでいるらしい。

だが、断じて、こいつとは友達ではない。


 それを改めて伝えると、聡は「傷付くなー」と、あくび混じりに言う。



「にしてもさ、ご機嫌ナナメだぜ」


「主語を抜くんじゃない。誰が、だ?」


「“吸血鬼ドラキュラ”だよ。お前、クラスチャット見てないの?」



 吸血鬼ドラキュラとは、沢渡さわたり翔也しょうやの事。

 沢渡さわたり翔也しょうやとは、この1年4組のクラス内順位カーストの頂点にて、常時笑顔でふんぞり返る薄気味悪いイケメンだ。

サッカー部のエースで、美人な彼女持ちの上、それでも女子生徒からのラブコールを独占しているというのだから、羨ましい事この上ない。


 そのモテ具合は、あまりにも常軌を逸している。

女子生徒全員に魅了の魔法を掛けるという犯罪行為故なのではないか、という推論を大真面目に考える程だ。


 そういう訳で、俺と聡のコンビ内会話においては、しばしば沢渡の事をそう呼ぶ。嫉妬を込めて、そう揶揄やゆする。



「ドラキュラが怒ってるって事は、どうせ花ノ木はなのきの事だろ?」


「あー、花ノ木はなのきななな。お前の幼馴染の」



 俺が一馬の頭をはたく。

 すると、ヒゲが小さく呟く。



『花ノ木、花ノ木七ね』



 会話に登場した女の名前を、ただ繰り返しただけだった。

だが、それがあまりに意味深長いみしんちょうな感じの声色なので、俺は思わず、ヒゲに言葉を掛ける。

もちろん、こそこそと、話し掛けた。



「花ノ木がどうしたんだ」


『彼女、死ぬわよ』


「は」



 ヒゲはアニメ声にて、妄言のように予言を投下する。

 台詞が鼓膜にて爆発する。



『7日後、花ノ木七は死ぬ。それを助ける事が、世界を救う事に繋がる』

 

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世界終末を予言するボクのひげ。或いは、殺人マリーゴールドの崇敬。 松葉たけのこ @milli1984

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