第2話 感じぬ人
二十四時間営業でないコンビニ佐和商店の話。
「おはようございますー」
私、
「おー菫ちゃんー!」
「えっ、
普段あまり見ない、店長の
珍しい。
「珍獣見たみたいな顔されてるぞ、店長ー」
榊さんが愉快そうに、けたけたと笑う。
吉瑞さんはわざとらしく頬を膨らませる。
「やっぱり毎日来た方が良いかなー。菫ちゃんに忘れられちゃう」
「忘れませんって。ーー驚いただけで」
慌てて宥めると、吉瑞さんは分かりやすく機嫌を直した。
「ふふふ、菫ちゃん優しー。何処ぞのおっさんとは大違いだー」
「おっさん言うない」
言い合う二人を尻目に、私はさっさとカウンターの奥の事務所にバッグを放って、制服の上着を着る。
出て来たところで、吉瑞さんが後ろからいきなり抱きついて来た。
吉瑞さんは、女性ながらモデル並みに背が高い。
綺麗は綺麗なんだけど、シャープでクリアな綺麗さだ。凛々しい感じ。
女性に対しては間違ってる気がするし、電気機器の謳い文句みたいだけど。
「あー、癒し癒し。菫ちゃんはマイナスイオンだー」
「ええと。吉瑞さんの方が癒しだと思いますが」
一瞬の沈黙の後、吉瑞さんが私の顔を覗き込んで来たので、私も見上げた。
首を傾げると、吉瑞さんは目元を和ませた笑みを深めて、更に私をぎゅっと締める。
痛い。
「あー、大好き」
「……?」
「ご馳走様ご馳走様」
榊さんが呆れた顔で、しっしっと手を払う。
私は吉瑞さんの暖かい腕の中で、店内に響く相変わらずのピシパシというラップ音を聞いていた。
「あ、そうそう。今日は私が倉庫行くね」
「えっ?」
「大丈夫、大丈夫。私そういうの感じない方だから」
いや、そういう問題かな……?
あっけらかんと言われて、うっかり納得しかけたけど、違うだろう。
「ていうか、二人でじゃんけんしてるくらいなら、言ってくれれば良かったのに」
するりと私から手を放して、吉瑞さんはカウンターの上のメモを取る。
榊さんが書いたのだろう、見覚えがある字が並んでいた。
「全部分かるのは、俺たち二人だけだからなぁ」
榊さんは苦笑いしながら、倉庫の方を見る。
私もつられてその方を見た。
黒い半透明のガラスの向こうを、黒い何かが通り過ぎた。
私たち以外、客も従業員もいないのに。
私と榊さんが顔をひきつらせるのを見て、吉瑞さんも眉根を寄せる。
「やっぱりお祓いした方が良いのかな」
「効かなかったんだろ?先代の時も先々代の時も」
「まあね。お前はともかく、従業員が大変だろうから優しくしろ、とは先々代に言われたけど」
先々代とは、吉瑞さんの曾祖父さんのこと。一族が代々店を引き継いで、吉瑞さんは三代目だ。
「いやあ、お前の曾祖父さんには感謝だよ、本当」
「そんなもんかねー」
「そんなもんよ。ってか、本当に行ってくれるんなら、おっさんすげー嬉しいんだけど」
「行くよ行くよ」
小さく笑って、吉瑞さんが倉庫に入って行った。
しばらくもしない内に中から、ガタゴト大きな音がする。
私は思わず、榊さんを見た。
その瞬間、ドアが開いて、吉瑞さんがメモの物を持って出て来る。無事だった。
「何か……居ました?」
「いや?何にも」
「大きな物音がしたのは?」
「何それ?知らん。私はメモの物を取って出て来ただけだけど?何も見てないし。音も聞いてないし」
私と榊さんは顔を見合せた。
榊さんは、苦笑いがてらため息をつく。
「店長、あんたやっぱ毎日は店来んな」
「は?」
「俺たちの身が持たん」
「どういうこと?」
吉瑞さんが私たちを見比べて来るけど、私も苦笑いを浮かべるしかなかった。
確かに、こんな風にやきもきするくらいなら、私か榊さんがダッシュした方がまだ安心出来る。
どうせお祓いが効かないなら、尚更だ。
「吉瑞さんが本当に何にも感じないことは分かりましたし、私たちは、大丈夫ですから」
「ファイナルウェポンであることは確かだけどな」
メモの物を確かめながら、榊さんは穏やかに笑う。
「無事で良かったです」
私は肩越しに倉庫を振り向く。
姿は見えないけど、中からやっぱり若い男の笑い声が聞こえた。
これが聞こえないだけでも、十分良いことだと思うんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます