戦乙女VS呪いの姫君

「ふわぁぁ、暇です」

「ユマ様、お口をバカみたいに開けないで下さい」

「バカ!? バカとはなんですか! バカとは!」

「口枷付けます?」

「うぐっ」


 ネルネとユマ姫、今日も二人は退屈をもてあまし、狭い天幕の中ゴロゴロとだらけていた。

 場所はゲイル大橋を渡った帝国領、ゼスリード平原のど真ん中である。


 アレだけ劇的に帝国軍をやりこめておきながら、王国軍の侵攻は芳しくない。もう何週間もゼスリード平原で足止めを食らっていた。


 何故か?


 それは、敵がすり鉢状の陣地に引き籠もってしまったからだ。


 元々はため池として掘られた巨大な穴を流用した陣地である。そのため池を中心に、蜘蛛の巣みたいに広がる水路が丁度、塹壕として機能した。

 これは帝国軍が狙った訳では無いのだが、近代戦を想定した陣地が自然と完成していた格好だ。


 旗振り役はミニエールである。

 彼女は竜騎兵として銃を手に、白馬に跨がり献身的に戦場を駆け回り、崩れかけた戦線を立て直してしまった。


 竜騎兵として銃の扱いも知り尽くしているため、指揮も確かだ。


 ……彼女に言わせれば、憂さ晴らしに愛馬で駆け回っていただけ。なにより呪いを恐れ、人目につかない水路での戦いを好んだだけなのだが、周囲はそうは受け取らなかったと言うワケだ。


「私が脅かしに出ても以前ほど怖がらなくなっちゃいました。あの人、ミニエールさんでしたっけ? アレだけ綺麗な人に励まされると士気もあがるモノなんですねぇ」

「憧れちゃいますよねぇ、カッコイイですもん」

「えー? ネルネのが凄いですよー、ズドンと撃ち抜いちゃえば良いじゃないですかー」

「流石に嫌ですよぉぉ、私、宣戦の時にミニエールさんとお話ししちゃいましたもん」

「そんなー」


 ……そう、ミニエールが呪われない理由。と言うかネルネに狙撃されないのは、むしろネルネと会話をしたからだった。


 宣戦の儀に仕組まれたテムザン将軍の罠、ミニエールは知らされていなかった。

 泣きじゃくるユマ姫を必死になだめ、カツラがユマ姫の母の髪だと聞けば、テムザン将軍からの預かりモノとしながらも、謝辞を述べながらどうぞと譲ってくれたのだ。


 ミニエールにしてみれば、ただでさえ危険な使者なのに、余計な恨みまで買っては堪らないとテムザンに全てをなすりつけた格好。しかしネルネは優しかったミニエールに、どうしても敵意を持てずに居た。


 それでどうにもダラダラと戦場で過ごす日々、ユマ姫はそろそろ柔らかいベッドが恋しくなっていた。


 そんな時、ようやく事態は動き出す。


「そのミニエール様がいらしたようですよ」

「え? シノニムさん!?」


 突然現れたシノニムに二人は驚く。

 彼女はセレナやエリプス王が療養する拠点や補給線での事務処理を担当し、長く前線を離れていた。それが何故このタイミングで現れたのか?


「そりゃ、戦争も佳境だからですよ。タナカ様も一緒です」

「え゛? あのクズも?」


 過剰に反応したのはネルネだ。

 不躾な田中が、ネルネはどうにも好きになれない。


 あんまりな発言。だが、窘めるどころか顔を蒼くしたのがシノニムだ。


「……言葉には気をつけて下さい。彼は本当に、驚く程に強い方ですよ、それはもう怖気がするほどに」


 シノニムは魔獣はびこる大森林の拠点に通う内、田中の剣技をつぶさに見たのだ。剣も刺さらぬ魔獣を鼻歌まじりで撫で斬りにするのだから、恐怖を抱くのも当然。


 ソレを見て、魔力欠乏に苦しむセレナはともかく、田中が戦場に居ないのは大変な損失と思った訳だ。


 そして、その予感は当たった。


「丁度良かったと言うべきでしょう、ミニエール様は代表者同士の一騎討ちをお望みですから」


 膠着する戦線にしびれをきらしたのは相手も同じ。

 正確に言うと、ミニエールは勝敗に関わらず、この辺りで手打ちにして家に帰りたかったと言うのが本音であったのだが……


 そして、一騎討ちと聞くや、何故かどや顔になったのがユマ姫だ。


「ふふっ、一騎討ち! だったらネルネが出れば楽勝ですね!」

「もぅ、嫌ですよぅ」

「??」


 シノニムにしてみれば、どうしてそこでネルネが出てくるか解らない。

 いや、シノニムもネルネが戦場でちょっとばかり銃を撃って活躍したとは聞いていた。


 だが、それにしても違和感があった。こんな場面でネルネの小さな頑張りを揶揄して空気を読めないジョークを言うユマ姫では無かったハズなのだ。


「ともかく、ミニエール様はユマ姫さまとの会談を希望しています、どうぞコチラに」

「ええっ? 私が? あの、わたくしは、戦ったりとかはその……」

「……そうでは無いですから、お早く!」


 やっぱり空気が読めないだけなのかなと、シノニムは思い直すのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 突然現れた噂の戦乙女。王国軍が沸き立つのも当然だ。

 一目見ようと、多くの王国兵は本陣近くへ、それとなく集まっていた。


「オイ? アレが?」

「ああ、帝国の戦乙女、ミニエールだ」

「憎らしいほど堂々としてやがる」

「きれいだ……」

「オイッ!」


 美しい敵将の堂々とした姿、思わず見とれた兵士を皆が小突いた。敵対する手前、しかし無理もないと内心では頷いている。それだけ美しかったのだ。

 そんな無数の視線の中で、相対する王国軍総司令オーズド伯は困惑していた。


「停戦、それに一騎討ちですか……」

「ええ、始めた手前、何も無しでは昂ぶった兵士が納得しませんでしょう?」

「ソレを我々が受けるとでも?」


 オーズドにしてみれば、敵将が死に、ほぼ無傷で領地に踏み込んだ大チャンス。みすみすフイにする道理は無い。

 コレに対してミニエールは?


「まさか本当に有利だと思っておいでなら、大変な思い上がりと言わざるを得ませんね」

「むぅ」


 ソレだけ、圧倒的な数の銃があると暗にそう言っているのだ。事実なだけにオーズドは唸った。よくよく見れば目の前の人物、数日前の宣戦の時とはまるで別人。

 戦場で少しやつれた様にも見えるが、それが一種の凄みを生み、ミニエール生来の美しさに花を添えている。

 仕草も堂に入ったモノだ。決められたセリフを読むだけのスピーカーだった宣戦の儀とはまるで違う。今も自分の考えでモノを言っているに違いない。


 それに今やミニエールは帝国の重要人物だ。戦乙女の伝説が呪いの姫君の不気味な噂を掻き消して、帝国の士気を支えているとはもっぱらの評判。

 ソレが僅かな手勢で堂々と敵陣に乗り込んで、少しも不安な様子を見せないのだから、肝の太さは敵ながらあっぱれと褒め称えるしか無い。


 この短い期間で成長したものだとオーズドは舌を巻いていた。

 果たしてミニエールの内心は?


(どうなの? 停戦するの? しないの? 殺すの? 殺さないの?)


 ……実際は、ただの破れかぶれである。


 ミニエールに言わせれば、呪いがあるのなら軍に囲まれて居ても安心は出来ない。なにせ何者も寄せ付けない遙かな塔の上ですらテムザンは死んだのだ、ではどうするか?


(殺すなら殺しなさいよもうっ!!!)



 ……すっかり捨て鉢になっていた。

 だからこそ、堂々とした態度。


 どうせテムザンみたいに溶けて死ぬなら、味方の陣地で人知れず死ぬよりは、敵陣で無惨に死んだ方がよっぽどマシだと腹を括っていた。

 仮に、この瞬間、敵陣で死んだならば、怒り狂った帝国軍は決死の覚悟で王国へ攻め込むだろう。今の自分はそれぐらいの人気があると自負している。


 だったら、敵陣の方がむしろ安心。

 そのぐらいに思っていた。


 殺らば殺れ! 覚悟と怨嗟の籠もった目で睨め付ける。

 その気の強さがオーズドの腰を引けさせた。


「解りました、その提案、受けましょう。細かい条件は少しずつ詰めていく、それで良いですね?」

「もちろんです(やった! やった! やった!)」


 オーズドも膠着した戦争の止め時を探っていた。

 だから、ミニエールの提案は渡りに船だ。


 欲を言えばテムザンの死を切掛にもう少し帝国側に切り込んで大きく譲歩を引き出したい所だったが、小麦を湛えた帝国側のゼスリード平原を見て考えを変えたのだ。

 この大穀倉地帯を踏み荒らすよりは、講和条件に麦を吹っ掛けた方が建設的だ。


 それになにより、一騎討ちの結果次第で講和条件を変えると明記すればよい。

 コチラには絶対に負けない『英雄』が居るのだから。


「では、一週間後に雌雄を決しましょう。健闘を祈って、どうです? 食事など」

「その前に、私はユマ姫に謝らなくては、知らなかったとは言え宣戦の儀では酷い事をしてしまった」

「ふむ? なるほど、丁度良い、今呼ばせています」


 ふられてしまった事以上に、この後に及んでまだユマ姫に会いたいなどと言う事に、オーズドは驚いていた。

 ここ数週間でとっくにタネが割れたのだと考えていたからだ。

 そうでなくては堂々と陣地に乗り込むなど、考えられない。


(ユマ姫に、わたしは無実ってアピールしないと)


 しかしミニエールにしてみればコチラこそが本番と言って良い。


「おじゃまします……」


 そこに静々とユマ姫が姿を現した。


 今日は拘束具はなし、お姫様らしく猫を被っている。

 ソレを見たミニエールはどうしたか?


「おおっ! ユマ姫様! お元気そうでなりよりです。もう一度、お目にかかりたかった」


 大袈裟なまでに喜んでみせた。それはもう必死の仲良しアピールである。

 しかし、その様子を遠目に窺っていた兵士には、全く違うモノに見えたのだ。


「おいおい、あの女騎士様、呪いの姫君を全く恐れちゃ居ないぜ!」

「綺麗なばかりじゃねぇな」

「なんてぇ度胸だ」


 そう、まだ王国兵たちはユマ姫を恐れていたのだ。

 だからこそ、ユマ姫に駆け寄って抱きしめてみせたミニエールに敬意を抱かざるを得ない。

 ミニエールにしてみれば必死の『私達仲良し!』アピールなのだが、周囲はそんな事を知る由も無い。

 そして、突然抱きつかれたユマ姫も大いに動揺していた。


「ええぇ? なんです? 突然」

「失礼、私はあれから貴女を泣かせてしまった事をずっと後悔していたのです」

「そんな! ミニエールさんの所為じゃないですから」


 待ち望んだ言葉に、ミニエールは小さいガッツポーズ。しかし、コレを機に枕を高くして眠りたいミニエールは止まらなかった。泣き笑いの表情で、ダメ押しでポツリと零してみせた。


「しかし、エルフの呪いと言うのは恐ろしいな。戦争が始まるなりテムザン将軍は非業の死を遂げたのだから」


 カマを掛けたのだ。コレにユマ姫の反応は?


「え? あっうん、そうですね」


 そう言ってチラリと侍女の顔色を窺う。上流階級の子女には良くあるしぐさ、想定外の事を言われたらとりあえず侍女に確認する。


 それ自体は自然な素振りではあるのだが、目線の先を追いかけて、侍女の姿を認めたミニエールは短い悲鳴をあげるハメになる。


「ひっ!」


 ネルネが必死の形相で睨んでいたからだ。


 言うまでもなく、ネルネが睨んでいたのはユマ姫だ。


 軽率に、彼女こそがテムザンの死の原因ですよと紹介されては堪らない。命の危険もそうだが、相手は秘かに憧れているミニエールさん。嫌われたくはなかったワケだ。


 それが再び、誤解を生んだ。


(なんて、殺気! やっぱり彼女が!)


 純真無垢なユマ姫が呪いの発生元でないのなら、怪しいのは傍に居るハーフエルフの侍女しか居ない。

 実のところ、ミニエールは初めからネルネこそが怪しいと予感していた。


 この的外れに思える予想こそ、一周回って大正解なのだが、ソレはソレだ。

 震える声でユマ姫に尋ねる。


「あの、彼女は?」

「あっ! 彼女は私の侍女でネルネです」

「そうか、ネルネさん……?」

「どうも……」

「ヒッ!」


 挨拶にと一歩踏み出したネルネに対し、ミニエールは大袈裟なまでに後ずさる。


「??」


 ソレを見て、首を傾げるシノニムとオーズド。


「そんなぁ」


 悲しくなったネルネ。

 では、当のユマ姫はどうだ?


「ふふっ、大丈夫ですよ。ネルネにはミニエールさんに手を出さない様、私がしっかり言っておきますから」


 嬉しくて堪らなかったのがユマ姫である。

 ついさっき、ズドンと撃ち抜いちゃえと言った事もすっかり頭から消えている。


 それもそのはず、自分よりネルネを恐れる。


 コレはつまり、ミニエールだけがネルネの実力に気付いたに違いないからだ。

 ユマ姫は、ネルネの大活躍を評価しようとしない周囲に不満を持っていた。テムザン将軍暗殺だけでなく、火薬に引火させた一発だってタダの偶然だと思われているのだから堪らない。


 ユマ姫はソレが途轍もない奇蹟なのだと理解していた。


 幼少から弓矢の訓練は強制的に受けさせられていたから、ネルネの腕が本当の奇蹟だと彼女なりに解るのだ。むしろ、どうして解らないのかが解らない程。


 だからこそ、今のネルネの評価が面白く無い。


 そこにきて、帝国で名の知れた射撃の名人であるミニエールは、ネルネを一目見るなりその偉業に気が付いたのだ。

 やはり、見る人が見れば解ってしまうのだと。ユマ姫がご機嫌になったのも無理はない。


 大いなる勘違いなのだが、とにかくユマ姫はそう思った。そして、内心で木村やオーズド伯の評価が暴落した瞬間でもあった。


「えへへ、ネルネは凄いんですよー」

「そ、そうか。彼女はエルフの戦士なのかな?」

「いいえ、私の侍女です! 私を守ってくれるんです!」


 だから、ミニエールがネルネをエルフの戦士と称したのも、まるで不思議に思わなかった。

 ミニエールにしてみればエルフ=呪い、ぐらいに思って居るのだから、一見ひ弱に見える侍女が護衛でも全然驚かない。そうして二人の会話はズレたまま噛み合っていく。


「はは、もしも一騎討ちに彼女が出て来たら我が軍はお手上げだな」

「大丈夫ですよ、彼女はそう言うの苦手なんで」

「それは良かった」


 本人たちは大真面目なのだが、この口上を聞き、いよいよ周囲はミニエールのジョークなのだと受け取ってしまった。

 しかし、ジョークでは済ませられない事もある。


「一騎討ちなど本当に良いのですか? 我々には『英雄』が居るのですよ?」


 出過ぎた事と思いながら、それでもシノニムは問いかける。当日になってソレはズルいと言われては話にならないからだ。


 それでもミニエールは怯まない。

 呪いと比べたら田中などまるで恐くない。


「『英雄』殿か、恐ろしいが、所詮は人間、勝てない相手ではないな」

「!?」


 コレには、田中の強さを知るオーズドやシノニムは度肝を抜かれた。

 刀を手にして以来、田中の強さは鬼神の如く。大森林を追い払われた帝国がソレを知らないハズが無いからだ。


 しかし、それでもミニエールの表情は曇らない。


「コチラにも腕利きは揃っているのだ、大森林で斬られた雑兵と同じとは思わない事だ」


 この自信である。


 しかし、しかし!


 実際の所、ミニエールは田中の強さをまるで知らないだけなのだ。

 「言うて人間でしょ?」位に思っている。


 大森林に出兵したのは一山幾らの傭兵ばかりだったので、噂が大きくなっただけだと思っているのだ。


 ミニエールから見ても、妖獣を倒して騎士に叙任されたのは凄い事だし、長い帝国の歴史でも何人も居ない偉業。しかし、逆に言うと何人かは居るのだ。


 そんな偉人でも、流石に戦況を一人でひっくり返す程の化け物ではなかった。全てはハッタリと判断したと言う塩梅だ。


「…………」


 しかし、良く見ると凍り付いた空気がどうにも怪しい。ミニエールはそれほど王国軍のタナカへの信頼が大きいと理解した。


「コレは、どうも怒らせてしまったみたいだな、失礼するよ」


 英雄タナカの人気の高さを思い知ったミニエールは、ボロが出ない内にと回れ右、退散しようとしたのだが……


「見くびってくれるじゃねぇか、そんなに俺は弱そうに見えるかよ?」


 立ち塞がったのが、その田中である。


 漆黒の鎧に刀を差して、完全装備の姿であった。

 190を越える男が戦闘態勢で立ち塞がって、ソレでもミニエールは怯まない。


「おや? あなたが噂の英雄殿か?」

「なぁ? 帝国の代表者ってのはそんなに強ぇのか?」


 田中にしてみれば、気になったのはソレ一点である。


「勿論だ、ただ……彼女が相手では分が悪いかな?」


 チラリとネルネを見る。


 呪いを相手には、剣では戦えないからだ。


 しかし、周囲は息を飲む。聞きようによってはキツイジョークだ。お前など侍女より弱いとそう言ったも同然なのだから。


「チッ、言ってくれるじゃねぇか」


 しかし、田中はソレを真っ正面から受け止めた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そして、一週間後。


「な、なにこれ……」


 ミニエールはあまりの光景に我を失っていた。


 ポカンと開けた口から、涎が垂れないようにするのがやっと。


 舞台は例のすり鉢である。一旦本陣を別の場所に移してまで、ココでの開催となった。

 大勢が観戦出来る場所なんて、戦場にココしかなかったからだ。コロシアムに見立てて改造し、帝国軍と王国軍が丁度半々観戦している。


 そこまでは予定通り。

 予定通りでは無かったのはその試合の内容だ。


「やるじゃねぇか!」

「そっちこそ!」


 一騎討ちと言っても、真っ平らの場所で向かい合ってチャンバラをするワケではない。

 より実戦を想定し、戦場を見立てた舞台には、鎧や剣が転がり障害物まで並んでいる。


 少しばかり大袈裟な障害物、設置したのは他ならぬミニエールだ。エルフの呪い、ちょっかいを出すとしたら決闘の最中である。その正体を確かめるべく障害物は厚く、堅くしていた。


 その障害物が、鎧が、剣が! どれもがバターみたいに切り裂かれ、剣戟の嵐に飲み込まれていく。


「嘘でしょ? なんで?」


 ミニエールは田中の強さを完全に見誤っていた。


 そんなミニエールをヨソに、二人の戦いは苛烈さを増していく。田中が切り飛ばした鎧の破片が足元に転がるが、踏み抜いて怪我をするような間抜けが相手では無い。


「しかし、あのお嬢ちゃんが言うだけの事はあるぜ、コレだけの使い手が帝国に居たとはな」

「コッチのセリフだ。親父やアニキを殺ったってのは嘘じゃないらしい」


 彼はバーリアン・ローグウッド。

 剣で知られるローグウッド家の鬼っ子。テムザン将軍の残した最終兵器だ。


 彼は魔槍を手に、転がる剣を切り飛ばして牽制し、一瞬の突き込みは戸板を貫いて田中に迫った。


「なんの!」

「オラァ!」


 掛け声と共に、目にも止まらぬ剣戟が交錯する。


「何なのコレ!」


 悲鳴をあげたのはミニエールだ。


 あまりにも非常識な戦い。


 剣閃はとても目には追えない速度で、切り刻まれる障害物はミニエールの決闘の概念を破壊した。

 彼女に言わせれば、田中はもちろん味方のバーリアンだって、これほどの化け物とは夢にも思って居なかった。


 なにせ、テムザンは引き継ぎもなく死んでしまった。バーリアンは不真面目で、普段の訓練に参加しなかった。

 ……いや、不真面目でロクに戦闘に参加しない男が一騎討ちに選ばれたのを、ミニエールはおかしいと気が付くべきであっただろう。


 プライドの高い騎士達が、それでも一騎討ちとなればバーリアンしか居ないと譲ったのだから、尋常な実力ではない。


 そして、その理屈はタナカも一緒だ。

 不真面目で、規律めいた軍事行動など出来はしないが、局地戦に投入すれば、誇張でもなんでもなく戦況を覆す。

 そんな二人の決闘である。


「クソが、キリがねぇ」

「さっさと死ね」


 だから、お互いの実力は伯仲。


 余裕で斬り殺したとは違った。


 何故かと言えば、今回の田中は魔剣同士の戦いの経験が不足している。

 エリプス王との戦いは、途中で中断されてしまったからだ。

 なにより、今回のように用意された一騎討ちとなれば、鎧を着ずに戦闘開始は許されなかった。

 前回のように、鎧を着ない身軽さで、後の先をとって圧殺する事が出来なかった。


 もちろん、剣の腕で言えば、相手も天才。

 あの時と違い、手にする魔槍の正体もわからないとなれば、田中にしたって様子見に回る時間が増える。


 すると、見慣れない剣術にバーリアンが慣れる時間が生まれてしまった。天才故に、初見の剣術を次々と吸収していく。


 ……それでも、だ。


「これで終いだ」

「……参った」


 田中が勝った。

 時間にして、30分程度、真剣での決闘としてはあり得ない長さ。


「英雄の名は伊達じゃないか、手加減しやがって」


 バーリアン・ローグウッドがぼやく。逃げ場のない体勢に追い込まれ、刀を突き付けられて勝負は決した。

 やはり、対人戦に於ける引き出しの多さで田中が競り勝った格好だが、コレほど長引いたのは田中がバーリアンを殺したくなかったからだ。

 なにせ今回はハッキリと試合形式。荒れた決闘となったあの時とは違う。


 ココで戦争を手打ちにするならば、殺さずに試合を終わらせるべき。その位はやってやると、田中は試合の前に誓っていた。

 故に、長引いた。


「お前も悪くなかったぜ」

「その剣術。次は見切ってやるからな」

「戦場に次はねぇよ!」


 バーリアンに言い捨てて、すり鉢を後にする。


 勝利した田中に笑みはない。アレだけ大口を叩いて大苦戦、ミニエールに喧嘩腰で絡んだのがみっともなく思える。

 良く考えれば、ミニエールはタナカなんぞ楽勝と言ったワケでは無い。同じ人間なんだから勝敗は解らないと至極まっとうな事を言っただけ。


 事実、その通りの試合になった。

 まぬけは、大口を利いた自分一人だ。


 田中は非礼を詫びるつもりでミニエールを探した。


「よぉ!」

「あ、あぅ……」


 しかし、今更に田中の実力を思い知ったミニエールは、声を掛けられ後ずさる。


「ん? ああ、汗くせえのは勘弁してくれ。変な難癖つけて悪かった。実際アイツは強かったよ。俺が少しばかり魔剣相手になれてなきゃ、結果はわからなかったぜ」

「そ、そ、そ、そうか、それは良かった」


 良かった?

 何が良かったのか、言ってる本人も解らない。

 ミニエールにしてみれば、いきなり人外バトルが始まって、ぼーっと見てたら決着して、何故か謝られた格好だ。


「ソレにしてもよ、アンタから見て、俺とアイツにはそんなに差があるかい?」


 田中が顎で示したのはユマ姫、ではなく、横に居るネルネである。


 いや、そんな事を聞かれても全然解らないのがミニエールである。

 鉄をバターみたいに切り裂く剣士と、人をグチャグチャにする呪い。


 比べろと言われても困ってしまう。


「そ、ソレは、比べられるモノでは無いだろう? 強さの次元が全く違うと、そう言わざるを得ないな」


 知った顔でそんな事を言うのが精一杯。


「そうかよ……」


 功労者である田中はションボリと肩を落として消えていった。


「??」


 良く解らないながらも、ホッと息をつくミニエールは、あらためて周囲を見回す。

 結局、恐れていた呪いはない。


 全ては考え過ぎだったのか? そう思った時だ。


「この決闘、無効である!!」


 看過出来ない声が帝国側からあがったのである。


 アレだけの戦いを見て、なおそんな世迷い言をほざくか! と、怒り心頭になったミニエールは、慌てて声の主に詰め寄った。


 下手をすれば停戦が台無し。必死であった。


「貴様! どういうつもりだ!」

「どうもこうも、勝手な事をされては困ります」

「なんだと? 今は私が全ての責任を……」


 ……言っている途中で気が付いた。

 この男は、あの小姓だ。


 テムザン将軍の死に際を語って見せた、あの小姓である。


「責任者は貴女ではない、あの御方だ」

「……馬鹿な!?」


 小姓はすり鉢の縁に立つ人物を指し示す。

 それは紛れもなく、死んだはずのテムザン将軍だったのだ。

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