呪いの力
「テムザンのジジイめ、くたばりおったか」
テムザン将軍死亡の報は、帝国陣地を瞬く間に駆け巡った。
死因は、転落死。
肝いりで建てた華美な塔、その天辺から無惨に転落したと言う。
報告を聞いたタリオン伯は、馬上で笑う。
「ジジイめ、年甲斐もなく高い所ではしゃぐからそうなるのだ」
罵りつつも長年の戦友に祈りを捧ぐタリオン伯。
その横でポツリと呟く声がした。
「まさか、呪い……」
「馬鹿な、お前まで耄碌したかミニエール」
そう、タリオン伯は、ロアンヌ領の領主であり、宣戦の使者であるミニエールの父である。
彼女もまた轡を並べ、女だてらに父と戦場を共にしていた。
「しかし、私は宣戦の後、くだんの姫君と実際に会話をしています」
「くどい! お前自身、ユマ姫は呪いなど無縁と申したではないか」
「ですが、彼女が呪いと無縁にしても、周囲までそうと限りません」
「ふん、迷信だ、呪いなど」
「そうでしょうか? 私のカツラはテムザン殿が用意した。あれはユマ姫の母君の髪の毛で作らせたモノ。エルフがテムザンを呪うには十分な理由になる」
「だとしたら、お前も呪われるのか? ミニエールよ」
「解りません」
絞り出したミニエールの力ない声に、タリオン伯は激昂する。
「惰弱だぞ! 心まで女になったか! ならば戦場になど踏み込まず編み物でもしていれば良いモノを!」
「ですが、あのテムザン殿が転落など……」
「むぅ」
確かに、テムザン将軍はそこまで耄碌していなかったはず。タリオン伯は使者に水を向ける。
「どうなのだ? 流れ矢に撃たれて落下したとか、そんなところか?」
「それが……」
「まさか? 貴様までが呪いなど信じるか!」
しかし、良く見れば使者の動揺は尋常ではなかった。脂汗が浮かび、唇は青く震えている。
まさかと周囲に目を向ければ、じわりと兵士にも落ち着かない空気が伝播している。何かがあったと見るべきだ。
「話にならん! ワシが検分してやる! 行くぞミニエール」
「は、ハイ!」
戦況はゲイル大橋を挟んで膠着している。ならばとタリオン伯はテムザンの死体を検めるべく塔へと向かった。
そこでタリオン伯が見たモノは?
「これがテムザン将軍です」
「何の冗談だ?」
信じられるハズがない。
テムザン将軍の小姓を散々に脅して、ようやく出て来たのが、小さな頭蓋骨だったのだから。
「馬鹿を言え、今朝までピンピンしておった者が、どうして白骨死体に成り果てる!」
それはあまりにも綺麗な頭蓋骨だった。
人力で肉を削ぎ落としてもこうはならない。
野ざらしにされて数ヶ月は経過した白骨と言うのが相応しい。
「それに、他は、体はどうした?」
「コチラに……」
そういって、戸板に乗せられ奥から引っ張り出されたのは、グチャグチャのメタメタに溶けた肉塊だったのだ。
「な、何だコレは!」
「テムザン将軍のご遺体でございます」
「言うに事欠いて! ワシも戦場に長いが、こんな死体は見たことも無い」
「では、コレを何と見ます? 死体ではないと?」
「むぅ……」
まだ腐ってもいない新鮮な肉が、スライムみたいなゲル状になり果てるなど、歴戦のタリオン伯にして、見たことも聞いたこともない。
しかも、衣装だけは殆どそのまま原形を保って肉の間に埋まっているのだから、生きながらに肉が溶けたと言うほか無い。
「なっ、なっ!」
こんなモノを見せられて、冷静で居られないのがミニエールだ。
彼女は実際にユマ姫と対峙している。今まさに、呪われてもおかしくない。
顔面を蒼白に、歯の根も合わない。
「の、呪い! コレが呪い!」
「待てミニエール、うろっ、狼狽えるな! 話せ! テムザン将軍に何があったのだ!」
「それは……」
将軍の小姓はぽつりぽつりと、塔の上での顛末を語り始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ほっほ、愉快愉快」
テムザン将軍はそう笑い、上機嫌でした。
一晩で天にもそびえる塔を建てたばかりか、我々が止めるも構わず、昨夜は塔の天辺で酒を飲み、大いに騒いで見せたのです。
もちろん、ただ享楽に耽っていたのではなく、全ては呪いを恐れぬ御身を見せつけるため。
華美な塔が夜空に輝いて、真昼の様な明るさだったと兵達は語ります。
「それは知っておる、聞きたいのはその続き、先ほどの攻防だ!」
タリオン伯が机を叩けば、小姓は首を竦める。
もちろん話します。ですが、隣で見ていた私にも良く解らないのです。
……いえ、そう慌てず、順を追って、最後まで話を聞いて下さい。まずは塔を建てた翌日、ユマ姫を乗せたと覚しき敵の車が戦場に現れました。
それにあわせて、突如として川岸にあの塔が建ったのです。
「ソコまではコチラからでも見えておった。あんなものは寝かせておいた物見櫓を立てただけ、だから何なのだ?」
そうでしょう、そうでしょう。あの塔はコチラの塔ほどではないですが、それは十分に大きかった。戦場のどこからでも見えたに違いありません。
そして、遠くからご覧になっては解らなかったでしょうが、私は将軍から遠見鏡を貸して頂き、その姿をハッキリ確認しております。
「だから? あの塔がなんなのだ!」
……アレは魔獣の骨で出来た呪いの塔だったのです。
「呪いだと?」
そうとしか思えません、そうでないなら骨で塔を組み上げる道理などありますまい。
事実、あの塔が立った後、ユマ姫が塔の天辺に現れました。
「何だと!?」
ええ、ええ、間違いありません。あまりにも距離がありましたが、あの不気味な姿、見間違えるなどありえません。
「それで!?」
はい、それでもテムザン将軍はご機嫌で、ユマ姫に舞を披露すると踊り始めるありさまでした。何とも肝の太い御方です。
「はっ! ジジイめ、それで落ちたか」
いえいえ、そうではありません。
始まった塔と塔とのにらみ合い、まずは敵塔でユマ姫がコチラに向けて杖を構えたのです。
「フンッ、どうなった?」
そして、その隣、例の商人が、銃を構えて撃ったのです。吹き上がる煙がハッキリと見えました。
「やはりな! 呪いなど、そんな所だと思っておったわ。距離は? 5デルはあったと見えたが?」
その通り、通常の銃ならば、とても届かぬ距離でした。それが、なんとなんと! 敵の銃弾はコチラに届いたのです。
「ほう! まことか?」
間違いありません、小さな弾丸ですが、突き刺さる所を確かに見ました。
「なるほどな、ジジイめソレでくたばったか」
違います、突き刺さったのは
「玻璃? ……そうか! 魔女がガラスと呼ぶ透明な壁か!」
ええ、ええ、そのガラスです。
テムザン将軍は決して油断しておりませんでした。魔女から強固なガラスを借り受けて、呪いに対する返しにしたのです。銃弾はガラスに阻まれ、テムザン様には決して届きませんでした。
「では、何故?」
そこからが、解らないのです。
テムザン様はひび割れたガラスの前で、呵呵と笑っておりました。呪いの正体見破ったりと、堂々宣言されたのです。
しかし、その後、急に胸が痛むと苦しみだしました。
私は、敵の弾丸が命中したのかと焦ったのですが……目立った外傷はありません。
「では、何故死んだ? 病でか?」
それが、ふらりふらりと足取り覚束ず、ずるりずるりと後ずさり。そのまま、足を踏み外し、塔から落ちてしまわれたのです。私にも何が起きたのかサッパリ。
「ソレだけか? 信じられん! ならば何故、死体はああも無惨な姿になる? どこかですり替えられたのではないか?」
しかし、しかし、本当なのです。
なにせ塔は本陣のど真ん中。幾人もの兵が落下した瞬間を目撃しております。
奥に落ちたのが不幸中の幸い。転落する姿こそ敵陣から見えなかったでしょうが、本陣に居た味方には隠しようもありませんでした。
「ジジイが、テムザンが落下した後、何があった? 死体がどうしてこうなる!」
それは、私がもっとも知りたい事で御座います。あの時、私はテムザン様を一刻も早くお助けしようと、慌てて塔を駆け下りました。そして、落下した御大に駆け寄った時既に、このありさま。
私は何かの間違いと、これは他人の死体と判断致しました。転落死した人間の体が溶け、骨が浮かぶなど、聞いたこともありません。
しかし、しかしです、居合わせた者に話を聞けば、塔から落ちたとき、
ココからは、俄に信じられぬ話では御座いますが……
「何を聞いた! 言え!」
それが……死体がグエと呻いたと、そして助けなければと慌てて駆け寄った兵士の目の前、ボンッと弾け、こうなったと。揃って皆がそう言うのです。
小姓は最後に、テムザン将軍だった肉塊を指差した。
「…………」
タリオン伯はあまりの不気味さに、言葉をなくした。ミニエールに至っては、へたり込み、動けない。
これ以上は語ることがないと、小姓はこう締めくくる。
「コレが私が見たこと、聞いたことの、一部始終にございます。嘘と言うなら、テムザン将軍が落下するところ、そのお体が爆ぜ、肉塊に果てる所まで、多くの兵士が目撃しております。ご自由にお調べ下さい。ですが、もう誰も語ろうとしないかも知れません。ソレほどに恐ろしい光景だったと口を揃えておりました」
小姓は一息に言い切って、ひたすらに祈りを捧げるのだった。
彼自身、この異常な現実をまだ受け止められずに居る。
コレが呪いではないと、もう誰も言い切れなくなっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、では一体何がテムザン将軍を殺したのか? タネを明かすと、それはもちろん、ネルネの弾丸だ。
あの時、ネルネの弾丸はひび割れたガラスまで辿り着き、そしてひとかけらのガラスを弾き飛ばした。
鋭く尖ったガラス片は、テムザン将軍の胸に突き刺さり、魔石を砕く。
この世界の人間には小さいながらも魔石がある。
胸に魔力を処理する臓器があって、処理しきれなかった魔力が溜まって石になる。魔石とは、言わば結石だ。
その魔石が砕かれて、血流に乗り魔力となって瞬間的に体中を駆け巡る。そうなれば反動で大きく減じた健康値に足元がフラつくのも当然だ。
魔石が砕けたテムザンは、胸を押さえて苦しみだした。
だがしかし、それで足を滑らせて塔から落ちる事までは、『当然』とはとても言えない。
まして、落下の衝撃で魔石のエネルギーが内部から体をズタズタに破壊して、肉塊になり果てるなど、まるで奇蹟としか言い様が無い。
そして、ネルネにだけはこの『奇蹟』が見えていた。
いや、見えた結末から逆算し、ソコへ至る弾丸を放ったと言うのが正しい。
運命を感じる力は、かつてのオルティナ姫や田中にも備わっているが、ネルネには運命の『その先』が見えている。
望んだ運命をたぐり寄せる。それは神の領域の力に他ならない。
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