ザイア
試練の洞窟の最深部。
成人の儀の時は、俺とセレナで祠からビー玉みたいな宝玉を持って帰った。
巨岩をくり抜いて作られた荘厳な広間、歴史を感じさせる光景に圧倒されたっけ。
そうそう、ココにも巨大な像が二つ並んで立っている。
あの時はただ鎮座していただけの像が、今は侵入した俺に反応し、ゆっくりと動きはじめるじゃないか。
「無駄」
俺は王剣の一振りで巨像を粉々にする。
こんなのは、今の俺の敵じゃない。
祠の裏から吹きすさぶ強力な魔力だって、今なら心地が良いぐらい。
……そう言えば、元気いっぱいのセレナが可愛かったっけ。
アレだってきっと魔力の影響だ。
あの時、祠の裏からひょっこり
ここから強烈な魔力が吹き出している。
地下にあるプラントが暴走しかかっている。
あの時、既に異変は始まっていたのだ。
巨石がそびえる祠の裏手が、今はポッカリと空いている。そしてあの時よりもはるかに強烈な魔力が吹き出していた。
「セレナ、私、行くよ」
俺は胸に埋まったセレナの秘宝に語り掛ける。
あの時、俺とセレナの最初の冒険が終わった。
だけど今日はここから更に、奥へと進む。
そして、全てを終わらせる。
飛び込んだ洞穴は、はるか長く地下へと続いていた。
吹き抜け? いや、空調ダクトだ。
地下世界には良くある設備。時折ぶち当たる間仕切りを王剣で切り裂いて、俺は下へ下へと降りていく。
きっと、終点は近い。
さて、辿り着いたのは近代的な建築物。矛盾するようだが、これこそが古代遺跡。
そして、一口に古代遺跡と言ったって格がある。
ただの倉庫だったロンカ遺跡の地下、大学の設備みたいだった黒峰の屋敷。俺が黒焦げになった場所なんて、種の保存を目的にした研究施設だった。
それらと比べても、ここは別格だ。
当時、全盛を極めた古代文明の極致。もっとも栄華を極めた時代に、技術の粋を集めて作った魔導プラント。
設備のレベルがまるで違う。
コンコンと壁を叩く。コンクリートと言うよりは、白いプラスティックのような壁、だけど強度は折り紙付きだ。王剣だって斬れるかどうか。
俺は宇宙船みたいな通路をひたすらに歩く。きっとこっちだ、なんとなく解る。
時折現れるドローンや警備ロボなど、触れさせる事もなく処理していく。たかがオモチャに今の俺は止められない。
そうして何かに導かれるように、歩んだ先には大きな扉。
何かのドッグだろうか? 開けるには四桁の暗証番号が必要。
四桁の番号。設備の割りに余りにもアナログだ。
しかし、指紋や虹彩など、体を入れ替えられる世界では信頼出来ない。
変に長いパスワードや生体認証にするよりも、短いコードを定期的に変える運用がセキュリティ的に良いのかもしれない。
以前、俺が黒焦げになった遺跡でも同じ様なパスワード入力があったと言う。
その時は、木村が繰り返し押された跡を見て、推測したと聞いている。アナログ過ぎて笑ってしまった。
笑い話だ。運用ルールを無視して、同じパスワードにし続けたに違いない。
だけど、ここにそんな跡はない。
ちゃんとキーを変えているのか、もしくは滅多に開けないか。
さぁ困ったぞ? 王剣で切り裂くにはあまりに壁が固すぎる。
適当に入力して、それから考えよう。さて、何を打とうか?
その時、俺には閃くモノがあった。
まさかな……と思いつつ、その数字を打つ。
何って? そりゃあ迎えたばかりの俺の誕生日に決まっている。
後冬月の十日だから。
0310
ガコンと音がした。
扉がゆっくりと開いていく。
ウソだろ、ツイてる……のか?
それとも向こうから開けたのか?
開いていく扉の向こう。
現れたのは、見上げるほどに巨大な戦車。
「ラーガイン?」
いや、流石にプラヴァスのアレよりは小さい。あれは街がすっぽり入りそうな程に巨大な戦車だった。
だがコレだって、前世でみた戦車の倍ぐらい大きい。
その砲身が、ゆっくりとコチラに旋回する。
マズい!
身を低くして、走る。
同時に背後から爆発音と衝撃。
コイツ! 女の子に向けて戦車の主砲をぶっ放しやがった!
俺は怒りに任せて王剣を振りかぶり、飛んだ。
――殺意を乗せて、斬る。
魔力を込めた一撃は戦車の装甲を少し切り取るに終わってしまった。
爆発反応装甲? 斬ったと同時に弾かれた衝撃で、全く剣筋が通らない。
厄介な! どうする? ちまちまと削って行くか?
いや、自分を信じろ。失敗しても失うのは俺の命だけ!
俺は王剣を腰だめに構え、思い切り息を吸い、吐いた。
濃厚な魔力を吸い込んで、全てを己の体に溜め込んでいく。
来い!
小型ラーガインの主砲が旋回し、コチラを向いた。
今! 俺は最大最強の魔力を込めて、結界を張る。
――ビィィィィィン
弦が張り詰めるような強烈な音!
ラーガインの主砲は俺へ到達する直前に、結界に阻まれて止まってしまった。
――そして、停止の結界と言うモノは、加速の魔法と全く同じ構造。全く同じ理屈で出来ている。
結界を破れず停止すれば、停止の魔法。
結界を破れば、ソレまでのエネルギーが一気に加速に変わる。デコピンを親指でググッと溜める要領だ。
更にはぶち破った結界の魔力まで推進力にすり替えて、圧倒的な加速が生まれる。
今、主砲の強烈なエネルギーが初速となって、俺の分厚い結界でギリギリと音を立てている。
結界と、主砲のエネルギーがせめぎ合っている状態だ。
そこに、俺の全開の膂力が加わったらどうなるか?
「おおおおぉぉぉぉ!」
俺は腰だめに構えた王剣を、最大最強、全力全開のフルスイングでぶん回す。
キィィィィン!
快音が響いた。
そして、閃光。
打ち出された金属弾が空気の摩擦で発火した。ソレほどのエネルギー。
そのまま一筋の光線となり、戦車へと突き刺さる。
気が付けば、戦車には大穴が空いていた。
それどころか、打球に込められたエネルギーは戦車を赤熱、変形させた。
そして、爆発。
爆風と金属片、破壊的な衝撃が遺跡を揺らす。死を運ぶ衝撃が、俺の体をズタズタに引き裂いていく。
爆風が止んだ後。あんなに固かった遺跡の壁が抉れ、土壁が覗いていた。
「ふぅ」
ホッと息を吐く。想像よりもずっと上、馬鹿みたいな火力が出た。俺だって巻き込まれて重傷だ。
だけど、引き裂かれた俺の体は、すぐさま元の姿を取り戻す。困ったのはむしろ装備だ。
「ゴメンね、父様」
王剣が、折れてしまった。
俺の力で乱暴に振り回して、むしろ、よくここまでよく保ってくれた。
「コレもか」
木村がつくってくれたウェディングドレス。蜘蛛の糸で編んだ防弾性能を備える生地だって、ボロボロになってしまった。
だけど、爆発の瞬間、伏せる様に身を守った影響だろうか? 切り裂かれたのはほぼ背中側。体の正面、大事な部分を隠せる程度には布地が残ってくれていた。
つまり、あれだ。示威行進の時に着た、あのエロエロなドレスと殆ど同じような姿になり果ててしまった。
「ったく。アイツは……」
アイツの執念が俺を守ってくれた気がして、苦笑しながら形見の
いや、地獄かな?
そうで無いと困る、俺が行けるのはソッチだ。
俺は武器の一つも持たず、遺跡の最深部に歩き始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
遺跡の最深部、細い通路に辿り着いた。
この通路の奥に求めるモノがある。
俺は直感していた。
長い通路を進むと、ようやく人間らしきモノが出迎えてくれた。
待っていたのは三人の男たち。
全員がエルフに近い見た目。目が大きくて耳が長い。そして、揃いもそろって、髪が、青い。
「チッ」
思わず、女の子らしくない舌打ちが漏れた。青い髪、苛つく見た目をしている所為だ。俺は嫌な想像に胸くそが悪くなる。
なにせ、こんな魔力が濃い場所だ。人間はおろか、たとえエルフだって、本来なら数刻と生きられない。
じゃあ、コイツらは一体何だ? いっそ、聞いてみるか?
「ご機嫌よう」
初対面だし、第一印象は大事である。
俺はよそ行きの笑顔で挨拶。まるでお茶会に呼ばれたお嬢様。衣装の露出が激しいのはご愛敬。いっそ殿方ウケは良いだろう。
しかし、コイツら、こんな美少女が挨拶したというのに返事もしない。
「引き返せ」
「あら?」
喋れるのか。
目が虚ろだから喋れもしないのかと思っていた。
「我らは守人だ」
「守人……わたくし遊びに来たのですけど? 案内して下さらない?」
「帰れ」
そう言って、杖を構える。
何だソレ? 触媒か? そんなもの補助輪と一緒だ。
魔導回路の一部、特に魔力の制御回路を外付けにして、補助する装置である。
自分で未熟と宣言している様なモノ。
「あら? その玩具で、私と遊んでくださるの?」
「我々の魔力値は千を超える」
……だからなんだよ。
魔力値が千。だからなんだ?
当たり前だろう?
コイツらは髪が青い。
ガー・ベゼナ。
父様が言っていた、魔人だ。
……いや、そんなに良いモノじゃないな。
ココにコイツらが居る。
その事実が、ガー・ベゼナってのがどんなモノだか教えてくれる。
エルフとは、魔力が濃い場所で作業するために作られたホムンクルスだ。
では、今のこの遺跡みたいに、何らかの事故で魔力が途轍もない濃度になって、エルフですら作業出来ない危険地帯になってしまった場合は、どうするか?
それが、コイツらだ。
危険地帯で作業するために作られた特殊なエルフ。
いや、ひょっとしたら、コイツらこそが原初のエルフなのかも知れない。
だって、そうだろう?
人造人間なんて作るならとんでもないコストが掛かる。
魔力で主砲をぶっ放すのが戦車なら、魔法をぶっ放すのがコイツらだ。
超濃度の魔力を元に、強力な魔法をぶっ放す生体兵器。
真っ先に作るのはそんなモノになるだろう。
それを薄めて、もっと安全に、もっと安価に。
そうして俺達エルフが出来たと考えるのが自然かも知れない。
なるほどな、禁忌な訳だ。
ガー・ベゼナについて何の資料もないのも頷ける。
コイツらこそがオリジナル。原初のエルフ。
きっと、戦車と乗用車ぐらいにモノが違う。戦闘力など比べるべくもない。
……きっと、コイツらもそう思っているに違いない。
「ふふっ」
笑ってしまう、そうだ笑えるじゃないか。
「たったの千ですか?」
「私は千と百だ。それでも歯向かうか?」
三人の内、奥の男がのたまう。
俺は笑いが抑えられない。
自分の中身がはみ出してしまう。
「フヒ、ヒャヒャ……」
「笑うな! 不快だ!」
「笑うなって? そりゃ、笑うだろうが! 何の冗談だ?」
俺は、歯を剥き出して笑ってみせた。
「たったの千? だったら俺は千六百だ!」
「愚かな……、それとも、魔力値すら知らないか?」
知ってるよ。ソレと、健康値だけは、生まれた時からずっと測って生きて来た。
「ウソだと思うなら、確かめてみろ、その首で!」
「何を!?」
「死ね!」
正面に立つ男の首を刎ねる。防御魔法など、圧倒的な魔力を前に意味を成さない。
「貴様!」
残った二人が多重詠唱。仲睦まじいね。羨ましいよ。掛け合わせて2.5倍ぐらいの威力になるんだっけ? 骨董品みたいな魔術だ。
どんな魔法だ? みせてくれよ? 千と千百。掛け合わせて幾らになる?
「ハァッ!」
ようやく放たれた魔法は、俺の結界に打ち消され、消えた。
「あら、おしまい?」
俺は首を傾げて尋ねる。
「馬鹿な……」
「まさか、せんろっぴゃく……本当に」
俺は二人の魔法を軽々と受け止めた。
俺の魔力値は千六百。コイツら二人は千と千百。
ただし、魔力値は指数関数的に威力を増すのだ。コイツらが何人居ようと、俺の敵では無い。
「さよなら」
俺が片手を挙げるだけで、二人はバラバラに切り刻まれた。
こんな奴らは眼中にない、俺は死体を踏み越え先へと進む。
その足取りは軽やか、血の池でステップを刻み、鼻歌まで歌ってしまう。
奴らを見た時の胸の奥のムカムカが、もうすっかり消えてしまった。むしろ死んだ三人に感謝までしてしまう。
セレナはどうしてあんなに魔力が高いのか?
子供の頃の俺は、それがずっと不思議だった。
ガー・ベゼナ? 何の事だろう? それが理由なのか? 調べても、解らない。
だけど、いつの間に、まるで気にならなくなった。
セレナは特別。ソレで良いのだ。
そこに来てあの男達。青い髪のエルフ。ガー・ベゼナ、魔人達。
セレナは魔人だから魔力が強かった?
違う!
セレナは特別だ。
それ以外の理由なんて、必要無い。
だって、セレナの魔力値は二千もあった。
やっぱりうちの妹が一番なのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
通路の終点。俺は最後の隔壁にぶち当たった。
そして、俺の背後でも隔壁が閉まる。閉じ込められたのだ。
そして吹き出す健康値の霧。
ふぅん、今度はそうやって搦め手で来るか。
いや、違う?? そうだ、ココは魔力が濃すぎる。ならばコレは除染作業だ。
例えるならば、宇宙船のエアロック。ココで魔力を除去しなければ、この先の人間が死んでしまうから。
……つまり、この先に居るのは。
こじ開けるまでもなく、ひとりでに前方の隔壁が開いた。
想像通りそこからは一転、魔力が全く無い世界となった。それでも俺は、内包する魔力で十分動ける。
歩みを進めると、宇宙船みたいな無機質な部屋に木製の家具が目立つようになった。これまでと打って変わって、随分生活感がある。完全に居住スペースだ。良く見ると部屋を区切る、シダのすだれまで吊されていた。
残念ながら枯れてしまっているが、エルフの王宮でも良く見たヤツである。俺がラジオ体操を踊っている時に、セレナがひょっこり顔を出したっけ。
若干の懐かしさを感じながら、俺は最後の部屋に踏み込んだ。
隔壁を強引にこじ開ける。
「おじゃましまーす」
最後の部屋。
そこはこの遺跡の管理室だった。
無数のモニターにはべらぼうな警告が踊り、耳に痛いほどアラームが鳴り響く。
管理室の主だろう。部屋の中心で、一人の古代人が待っていた。
全てを諦めたように、ぐったりと椅子に背中を預けている。
「よくも来たわね、バケモノ。殺すなら殺せ、どうせもう誰も助からない」
手で顔を覆い、後悔に塗れる
「あら、傷付きますわ。わたくしのドコがバケモノなのでしょう?」
俺は空いている椅子に勝手に座って足を組む。
その余裕にあてられたのか、目の前の女は狂った様に叫び始めた。
「一体、お前は何者だ!? 高濃度の魔力にも、低魔力下でも行動可能! 傷はただちに癒え、魔法も力も人間離れしている! どうやって!? アイツらはどれだけ悍ましい人体実験の果てに、お前のような怪物を生み出した!」
なるほど、俺を古代人の尖兵だと思っているのか。
とんだ勘違いだ。
「あら? 私を生み出したのは……アナタでしょう?」
「お前は、何を言っている」
呆然とする女性に向けて、左手でボロボロになったスカートの切れ端を掴み、右手で胸を押さえてのカーテシー。
「お久しぶりです、ゼナ。いいえ、こう呼んだ方が良いですか?
――お母様、と」
「まさか……」
呆然とする実の母親に、娘である俺は初めての自己紹介。
「私はユマ・ガーシェント。
エリプス王と、古代人の研究者ゼナの間に生まれたお姫様。それが私です」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「まさか、そんな事が……」
俺は、ゼナに外の様子を説明した。
彼女が迎え撃とうとしていた古代人の軍勢は既に滅びている。同時に人間の軍勢も死に果てた。
しかし、ゼナはそれどころではないと言った様子。
「本当にあの子が、あの赤ん坊が、アナタなの?」
ゼナが気にしていたのは、結局は俺の事。
「ええ、私はアナタから生まれた子供です」
「だって、だって、あなたは普通の子供だった。いいえ、いっそ病弱だったぐらい。濃厚な大森林の魔力で、死んでしまうかもって思っていたのに」
……やっぱり、知っていた。それでも敢えて俺を父様に預けて旅に出た。
その理由は、増大した魔力の原因調査。そうだろう?
「本当です。私は母に、パルメに実の子供のように育てて貰いました」
「……なんで、それでどうして?」
「あなたも知っているでしょう? 帝国が
「…………」
やはり知っていた。知っていて、ココに居た。出たくても出られなかったのだ。
「……みんなは生きてるの?」
「死にました。私以外、みんな、みんな!! あなたの大切な人は、ひとり残らず死にました」
俺がそう言うと、ゼナはハッと息を飲み、顔を蒼くしてへたり込んだ。
不謹慎だけど、ソレが無性に嬉しかった。
やはり父と母は愛し合っていた。父様は古代人に騙されて結婚した哀れな王ではなかった。それが、なによりの救い。
「私は……」
「ゼナ、アナタは、コールドスリープを繰り返して、世界を見守ってきた」
「どうして、それを!」
やっぱりだ、彼女はここの管理者だった。
俺の予想と、ゼナの答え合わせ。おおむね俺の予想は当たっていた。
ゼナは元々ココの管理者。そしてプラントが暴走した後も制御を続けていた。しかし、吹き出す魔力を止める術はとうとう見つからなかった。
遺跡の入り口に蓋をして、魔力の放出量を調整したモノの、完全に蓋をすると魔力圧が高まってプラントは爆発してしまう。
ちょっとした刺激で爆発してしまうプラントを前に、彼女はコールドスリープを決める。
「自動制御で、魔力圧をコントロール。極端に圧力が高まったら、コールドスリープから目覚め、何度となくその原因を取り除いたわ。よく出口が塞がってしまうのよ。人造人間の生き残りがこのプラントにちょっかいを掛けないように、時には政治にも介入してきた」
プラントの出口に神殿を作らせ、エルフに管理させていた。
帝国もだ、あの皇子の記憶。時には実力行使も辞さなかったに違いない。
ココは魔力が吹き出す中心地。
魔力が溢れてしまっていても、破壊も封印も不可能なのだ。
喩えるなら暴走した原子炉。
いくら放射能染みた魔力を撒き散らしていても、爆発しないようにギリギリの管理が必要だった。
トラブルの度に、ゼナは自分の体を改造した。外の濃密な魔力でも活動出来る様に。
「それが、数年前からどうやっても魔力圧の上昇を止められなくなった。仕方無く私は施設周辺の大森林に原因がないか、体を凶化してまで探し回った」
凶化、ゼナのシンボルだった赤い髪は、魔力に健康値が削られている証。
普段はこの通り、銀髪だ。
相当に無理を重ねていたらしい。
ゼナの話は悲壮感に満ちていた。
「でもね、あの日、あの森で」
だけど、険があるゼナの苦しそうな顔が、すこし緩んだ。
「そこで、あの人に出会ったの」
当時のエリプス王子。父様だ。
「人造人間の末裔、その王族。いけないと思ったけれど、私は愛してしまった」
そうして身籠もったのが、俺だ。
「だけど、任務は放棄出来ない。子供達の未来の世界を守る為にも。私は森の外、あいのこ達が生きる世界も調査した。でも、結局なにも解らず仕舞い」
そして、お腹の俺が生まれてしまう。ゼナは慌てて俺をエリプス王に預け、そして再びこの施設に戻ってきた。
「解ったのは、もう魔力の暴走を止められないと言う事。制御不能に陥っていた。なんとかプラントに枷を嵌めようとしたけれど、星の魔力は今にもはち切れそうな程に高まっている」
それでも、なんとか制御を続けて居たらしい。
ドローンで外の様子を窺いながら、ギリギリの作業を続けていた。
帝国の侵略を見つめながら。
「狂いそうなほど心配だった。あの人の事、ソレにあなたも……まさかこんな事になってるなんて思っても居なかったけど」
俺は鼻で笑った。
今更だ、今更なにを言われても、俺にとってゼナは母親じゃない。俺の母親はパルメだけ。それもあの日、死んでしまった。
ソレよりも、古代人が突然攻めてきた理由。そっちの方が気になった。
「最近、外との通信が復活したのよ。どういう訳かね」
……きっと、ソルン達が何かやったのだ。
奴らも外とコンタクトをとっていた。通信塔でも復活させたに違いない。
「外の彼らは、プラントを壊せば全部解決すると思っていた。そんな訳ないのに! そんな事をすれば、それこそ大爆発して、誰も住めない世界になる。でも、アイツら何度説明しても、理解しようとしなかった」
ゼナは悔し涙を流しながらデスクを叩く。
なるほど、外から攻めてきた古代人、その上層部はココにゼナが居る事を知っていたのだ。そして、それでも、プラントさえ破壊すれば世界は救われるのだと、かりそめの希望を捨てられなかった。
コールドスリープで種を繋ぐだけの古代人も、千年の時の前に、もはや限界だったのだ。
外の世界で生き残った同胞とその子孫も、遺伝子の劣化でゴブリンみたいに変じてしまった。
いっそ世界が滅びてしまえば良い。
そう思っていたのは、俺や黒峰だけではなかったと言う事。
ゼナがエルフと手を組んで、魔力溢れる世界を作ろうとして嘘をついている。
そんな夢に縋ってしまった。
実際は、高濃度の魔力はエルフすら害する。そんな事を願っているハズがないのだ。
「もう終わりよ。もうすぐ信じられない様な爆発が起こる。もう誰も止められない」
高まり続けるプラントの圧力は、俺達が話している間もひっきりなしに甲高いアラームで危険を報せているのだから。
なるほどな、ゼナは魔力暴走の原因が解らないらしい。
「私には解ります、魔力が暴走した原因が」
俺がそう言うと、ゼナはガタりと椅子を蹴飛ばし立ち上がる。その顔には信じられないと書いてあった。
「なんで? なにが?」
「簡単な事です、初めから魔力など操れるモノではなかった。プラントなど作ろうが作るまいが、結果は変わらなかったでしょう」
「それは、どう言う?」
問い正されても、俺に答えるつもりはなかった。
きっと、千年以上追い求めた答えだろうが、解説してやる義理は無い。
俺達を見捨てた事、後悔したまま死んでいけ。
「私はプラントの中心部に向かいます」
「馬鹿ね! 今、あそこにどれほどの魔力が渦巻いていると? それだけじゃない、マントルの付近は高温高圧の地獄よ。生きていられる場所じゃない」
「それでも向かいます、このままでは終われない」
管理室からは、プラントまで直通するエレベーターが存在していた。長年稼働していなかったソレに、俺は迷わず飛び乗った。
当然、コレが今生の別れ。泣きじゃくるゼナは俺に尋ねた。
「最期に、最期に……あの人はなんて?」
まったくロクでも無い親だ。死んでいく娘を前にして、死んだ男の事が大事だなんて。
でも、不思議と苛立ちはしなかった。俺の事を心配されるより、その方がずっと嬉しい。
俺は参照権で思い出す。
「ゼナ! 会いたかった……と」
「ッ!?」
エレベーターが閉じる瞬間。俺がそう言うなり、ゼナはボロボロと泣いた。
泣いて泣いて、蹲った。
泣きじゃくるゼナをガラス扉越しに見守りながら。俺を乗せたエレベーターは、この星の深部へと降りていく。ソレはどこまでも続く奈落の底のようだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
暑い。俺が暑いと思うのだからよっぽどだ。
高温高圧高魔力。エレベーターはとっくの昔に壊れてしまった。俺は生身でエレベーターの縦穴を自力で舞い降りる。
どこまでもどこまでも、はるか地の底に向かって。
そうして舞い降りた終着点。
見渡す限りの大空間に、小型の太陽が浮いていた。
コレが、プラントの中心部? いや、違う。ココがこの星の中心部!
≪よくぞここまで来た≫
魔力波が俺の脳を揺さぶる。
そうだ、俺はコイツに会いに来た。
≪ごきげんよう。はじめまして≫
俺は魔力波で挨拶を返す。
誰に? コイツだ。
星の中心で輝くこの小型の太陽。コイツこそが俺の敵。
≪やっと会えたわ。ザイア様。
いえ、こうやって呼ぶべきかしらね。
惑星ザイア!!! ≫
そうだ、コイツが!
コイツこそが全ての元凶。
この惑星そのものだ!!
古代人は星から魔力を取り出していた。
そして、プラヴァスでは星の健康値が膜を作っていた。
星には魔力値があって、健康値もある。
だったら、そんなのは当たり前だ。
もっと早く気が付くべきだった。
星は、生きている。
意志を持って、生きているんだ!
生き物以外が、魔力や健康値を持つはずがないのだ。
プラントが暴走したんじゃない!
この星が自分の意志で暴走して魔力を吐き出したのだ!
幾ら考えたって、原因なんて解るハズが、無い!!
しかし、どうしてコイツは暴走した? プラントの暴走に見せかけて、どうして古代人の世界を終わらせた。
≪私は、ずっとお前を欲していた≫
??? まさか、目的は俺?
≪あるとき、気が付いた。知的生命体は、私が持たぬ、私が知らぬ、『何か』をもって生まれてくる≫
なにを言っている?
≪私はどうしてもソレが欲しくなった。私は地上の生き物を殺して奪うことにした≫
まさか? まさかまさか!?
≪だけど、奪うことは出来なかった。手に入れようにもかき消えて、気が付くと全く同じモノを持つ生き物が生まれていた≫
…………。
≪だから再び、その生き物を殺した。するとソレは徐々に大きく成長していった。そこで気が付いた。ソレが小さいから、大きな私には収まらないのだ。だったら殺し続けて、大きく成長させればいい≫
そうか、そう言う事か。
≪いっそ、この世界の人間を全部殺そうと、私は思った。人間を敵として、数を減らした。だけど上手く行かなかった、生き残った別の知的生命体にソレは宿った。いっそ魔力を放出してみんな殺してしまおう。そう思った矢先、ソレがこの世界から消えてしまった≫
……ソレは、俺が、高橋敬一が生きていた期間。
≪私は悲しくなって、世界を終わらせようと思った。だけど、違った。大きくなって私の目の前に戻って来た≫
それが、俺だ。
≪でも、ソレが何か、いまだに私には解らないのだ。
なぁ知っているか? 小さきモノよ。お前が持つ巨大なソレの正体を≫
≪ああ、しってるよ≫
俺は答えた。
≪魂だ!≫
俺の魂。
一万回も十六歳になれず死んでいった俺の魂。
俺は、俺の魂は、この星に殺され続けてきた。
俺の魂が理不尽に殺される度、神は魂のログ領域を拡張し、原因を究明しようとしてきた。
ログサイズはドンドン膨張した。
だから、星はますます俺の魂を持つ生き物を殺し続けた。
殺せば殺すほど、魂は拡張され、自分に見合ったサイズに成長すると思ったから。
今の俺なんて、ログ領域は無限に近いと神は言っていた。
≪たましい。人間の宗教的な概念か?≫
≪違う。実際に神は居る。そうして俺達に魂を割り振っている≫
星ですら、神の領域には至らない。
ソレが魂だと気がつけない。
神の存在に気がつけない。
だからこそ無闇に欲してしまった。
知らないモノを知りたいと欲するのは知的生命体の性。
そして、神々も、まさか星が生きて、意志を持って行動していると気がつけなかった。
だから、俺の死の原因にも気がつかなかった。
なんて間抜け。木村だけが数々のヒントから辿り着いていた。
ザイア。この星が全ての元凶だと。
「死ね!」
俺は、全力の魔法を行使して、太陽みたいな球体を撃ち抜いた。
≪無駄だ。いや、ありがとう。コレでやっと私は……≫
魔法など効かない。
効くはずが無い。コイツこそが魔力の塊、星そのものなのだから。
≪ああ、悲願が叶う≫
ザイアから放たれた熱線が、俺の体を貫く。
魔法では、逸らせない!
「ああっ、ぐぅ」
悔しい。だけど、こんなのに勝てるハズがない。
もし勝ったとしても、この星を殺したら、この世界は終わってしまう。死んだ星は崩壊し、砕けてしまうに違いない。
俺の体は、強烈な魔力で宙に浮く。そしてゆっくりと小さな太陽に引き寄せられた。
この太陽こそが、この星の核だ。
太陽の前に。まずは髪が燃え、次に目が煮えた。肌が残らずブクブクと粟立つ。
でも、痛みなんて感じない。そんな次元はとうに超えた。
俺は、小型の太陽に、飲み込まれ、一片も残らず、消えた。
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