終末の刻2
空から帝都を見下ろすと、ゾッとするほど不気味な戦争の形が見えてきた。
北の山脈から帝都まで、点々と死体が転がっている。
……とんでもない数だ。
こんなに死んだのかと顔を蒼くして良く見たら、人間よりも緑色の猿みたいな怪物の死体が多かった。
なんだこれは???
意味が、解らない。
こんなの、今まで見たことも聞いたことも無い。
誰の記憶にもこんな怪物は存在しない。
死体を見ればその特性も解る。人間の死体よりずっと多いので、きっとあまり強くはないのだろう、それどころか知能だって低いハズ。
陣形も組まずに、馬鹿みたいにひたすらに帝都に向けて突撃し、順番に次々と殺されたに違いない。
だから道ばたに点々と、アリの行列みたいにズラリと死体が転がっている。
それでも構わずこの怪物は突撃を繰り返し、死体で道を作って帝都の近くまで辿り着いた。
こんな不気味な生き物があるか?
知能の低い、数だけは多い、緑の猿。
ゴブリン。
テレビゲームを知る俺は、そんな名前で呼びたくなる。
この期に及んで、全く知らない種族が紛れ込んでくる。
この薄気味悪さはどうだ?
世界が一変してしまった。こんなテンプレ的なモンスターが跋扈する世界じゃなかったハズだ。
気持ち悪さを振り払う様に、翼を広げる。
前線へ行こう。
いや、前線など、とうの昔に崩壊している。だからこんな所までモンスターの死体が転がっているのだ。
きっと見たくないモノを見る事になるだろう。
それでも、俺は翼を広げた。
全部終わりにする。俺にはその責任があるハズだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「見えた」
不安と焦燥を抱え、俺は空を飛んだ。
程なく見えたのは北の平原。そこに広がる地獄絵図だった。
「星獣の、死体!」
巨大な星獣の死体が、十、いや二十?? どうやって倒したんだ?
俺が倒したのは、抜けてきた最後の一体だったに違いない。星獣がそこら中で死んでいる。
しかし、当然ながら人類の被害も大きい。蟻のように踏み潰されて、平原に赤黒いシミが滲んでいる。
死体ばかりの戦場は、不気味な程に静かだった。
誰か生きていてくれと、上空から必死に探す。すると平原の隅に蠢く異形があった。
銀色の蜘蛛型ロボット。きっとソルスティスの同系機。
殺す!
俺は蜘蛛へと目掛け加速する。
王剣を構えたまま、音速に迫る勢いで落下する。
派手な爆発音。
舞い散る金属片と大量の土砂が俺を中心に津波みたいに広がって、残されたのは、地面に空いたクレーターと、俺だけだった。
指は残らず吹き飛んで、腕は断裂。羽で守らなければ服だって消し飛んだに違いない。
落下の勢いに加え、魔法でも加速して、音速で地面にぶち当たればこうもなる。
完全なオーバーキル。蜘蛛型ロボは玩具みたいにひしゃげて壊れ、一方、俺の腕はすぐさま元の形を取り戻す。
完全に人間を止めた再生能力だ。
だが、今は頼もしい。
流石にガタが出始めた王剣を握り締め、俺は蜘蛛が囓っていたモノを見つめた。
箱? いや、小さな魔導車だ。
横転していたソレを力尽くで立て直すと、歪んで開かない扉を強引に引き千切った。
中で眠るのは……褐色の少女。
カラミティちゃんだった。
え? なんで? ココに? 意識がない。 死んでる?
違う、気絶しているだけ。怪我は?
頭にちいさなたんこぶ、それだけ。
ひっくり返った時に頭をぶつけたんだ。この程度なら!
俺は、有り余る魔力で回復魔法を掛けていく。
すると彼女の瞼がゆっくりと開いて、朦朧とした瞳を露わにする。
「てんしさま?」
カラミティちゃんは俺を見て、夢見心地にそう言った。その瞳にゆっくりと意識が戻っていく。
「えっ? ユマ様! 嘘っ!」
「はい、私です」
「よかった! よかったよぉ!」
泣きながら抱きついてくる。
それよりも、今は状況を教えて欲しい。
「みんな! みんな死んじゃった!」
その言葉がじわりと脳に染み込んだ。
みんなとは? 誰が? どこまで?
いや、良い。揺れるな。全員死んだものとして考えろ。
だってそうだ、寂しくなんて、ないだろう?
遅いか早いか。その違いだけ。
どうせ、俺も、ソッチへ、行く。
「私が眠っている間、何があったのです?」
「それは……」
聞いた言葉は大半が予想通り。目覚めない俺を守る為。全軍で星獣の群れを迎え撃ったと言うモノだった。
それも、出撃したのは帝国軍だけではなかった。ヨルミちゃんの王国軍に、リヨンさんのプラヴァスの兵も、あの場に揃っていた全てが動いてしまった。
人類と、古代人の、存亡を賭けた総力戦。
「そんな……」
弔おうにも、全てはグチャグチャの赤黒いシミになってしまった。どれが誰だか、もう解らない。
「じゃあ、カラミティさん、アナタは? どうして?」
「わ、私も戦ったんです。ネルネさんと……」
言うなり、ボロボロと泣き出してしまう。いま、なんて言った?
「ネルネ? どうしてネルネが? どこに?」
「あ、ああっ……」
駄目だ、錯乱している。
……いや、解ってる。きっと死んだんだ。ネルネも、みんなも。
俺はカラミティちゃんを抱えて、空に飛んだ。
死に瀕しているのは彼女だけじゃない事に気が付いたから。
目指したのは森の中、多くの運命光が集まる場所へ目掛け、カラミティちゃんを抱えて飛び降りた。
そこには生き延びた人達が大勢、居た。
「ユマ様ッ!?」
「ユマ様だっ!」
「我らが天使が戻ったぞ!」
「勝てる! いや、勝った! 我々の勝利だ」
狂った様に快哉をあげる。
しかし、状況は悪そうだ。
怪我人だらけの中、押しかけるゴブリンの群れに何とか抗っているだけ。d
……なら、みんな、死ね!
「『我、望む、この手より放たれたる風の刃を』」
俺が生み出した魔法の刃が、ゴブリンを、木を、味方さえ区別無く切断した。
生きとし生ける者に、等しく死をもたらす風の刃が、全てをなぎ倒していく。
見晴らしがよくなった視界が、赤に染まった。
味方さえ躊躇無く殺す俺の魔法に、アレだけ熱狂的だった喝采がピタリと止んだ。
ソレでも俺は躊躇なく血の絨毯に踏み込むと、魔法に巻き込まれた味方の死体を鷲掴みにする。
「あっ、ぐっ、ひめさ……」
「黙っていろ」
胴が千切れても喋れるモノなんだな。そんな取り留めも無いことが脳の表面を滑っていく。
「『我、望む、汝に眠る命の輝きと生の息吹よ、大いなる流れとなりて傷付く体を癒し給え』」
回復魔法。それも超精度、超魔力で行使する。真っ二つに泣き別れになった胴体をくっつける位はワケが無い。
「…………」
あまりの光景に、皆が息を飲む声までも聞こえてくる。
水をうったような静寂に、俺の翼が羽ばたく音だけが響いた。それが益々、人間離れした俺の力を主張する。
どうだ? 俺は、もう、バケモノだ。
お前らに守って貰う必要はドコにも無い。
精々、恐れて、距離を取れ!
「ゆ、ユマ姫。コレが……ユマ姫?」
困惑した声。恐れが混じる畏敬の念。
これで良い。寂しいけれど、それが良い。
全てを諦めたつもりだった。
俺は、もう、全てを滅ぼすつもりだった。
だけど、コイツらは俺の予想を超えていた。
「「「ユマ姫! ユマ姫! ユマ姫!」」」
無数の掛け声が、俺を称える。
まったく、馬鹿ばかりだ。
俺は飛ぶように移動して、森の中、敵の残党を狩って回った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「誰か、状況を説明して下さいますか?」
目につく敵をあらかた倒し。俺は期待を込めて声を張る。
せめて、誰か、誰でもいいから生き残ってはいないのか? 現れたのは、たった一人、憔悴しきった一人の少年。
フィーゴ君だった。
木村の腹心にして、カラミティちゃんの旦那さんになる人だ。女の子に見紛う榛色の瞳が、絶望に揺れている。
まさか?
嘘だろ? 言うな! 言うな!
……いや、良い。今更だ。そうだろう?
「申し訳ありません、ユマ様。我が主、キィムラ様が……」
「そうですか……」
木村が、死んだ。
目の前が、暗転する。アイツが死んだことよりも、一緒に死んでやれなかった事がなにより悲しい。
「何があったか、教えて貰えますか?」
「はい……」
経緯はこうだ。
眠った後、俺は昼になっても起きてこなかった。その間も、太陽の下に照らし出された星獣の群れに帝国は大騒ぎ。
俺を起こそうにも、侍女であるシャリアちゃんが決して許さない。
そもそも、昼過ぎにもなって起きないのはオカシイ。よほど疲れているのだと俺を残して進軍を決めた。
出陣したのは王国、帝国、プラヴァスの、歴史的な連合軍。
あの星獣の群れを見れば、籠城など話にならない。
決戦の場所は北の平原。
ココで戦わない選択肢はドコにもなかったと言う。
「キィムラ様は言いました、アレは古代人の軍勢だと。負ければ人類は残らず奴隷になるしかないと」
エルフは古代人の奴隷であり、そのエルフと古代人のハーフこそが人間である。
古代人が治める世界では、人間もエルフ等しく奴隷だ。
「しかし、星獣相手に戦う術など」
「それが……コレです」
「コレは?」
森の中、砕かれた巨大な大砲の残骸が転がっていた。
直径は臼砲に近いが、長い砲身はカノン砲のようでもある。コレは? なんだ?
「コレは、魔導砲です。キィムラ様がエルフと作ったと聞いています」
聞けば、プラヴァスのラーガインの砲身を解析し、エルフの技術で作ったモノらしい。
火薬の力で初速を得て、砲身の魔道具で更に加速。トドメに複数のエルフの戦士が矢の魔法で加速する。
そうか、大森林に近いココならばエルフの戦士も戦える。俺のリボルバーと一緒だ。火薬と併用すれば、圧倒的な火力が出る。
「しかし、魔導砲は大きく、乗せた魔導車の速度は遅かった。皆が決死隊となり、星獣の動きを止めたのです」
その結果が、平原の無数の死体か!
星獣の足止め。簡単に言うが、あんな巨獣を止める術などあるはずが無い。
じゃあどうしたか? 平たく言えば、蟻んこみたいに群がって、自分から踏まれに行ったのだ。
「しかも、敵は星獣だけではありませんでした。緑色の猿までが大量に現れて」
「アレは?」
「キィムラ様は、アレこそが古代人だと」
「どう言う事です?」
「私にも解りません。敵は恐るべき魔導兵器を幾つも操っていました。あんな猿が作れるハズがない。……でも」
「でも?」
「キィムラ様は進化と退化の果ての姿だと」
「…………」
古代人は、元々星の健康値の膜の中で生きていた。
ソレが健康値に異物と判定されるようになり、魔力も暴走し文明が崩壊。
大気が薄く、電磁波も降り注ぐ地表に古代人は放り出された。
過酷な環境で生き残る為に肌の色は変色、食糧も少なく済むように小柄になったのだと、木村が残したレポートには記載されていた。
……メモ書きの様に、緑の肌で光合成を行っている可能性にも言及されていた。
この世界の窒素固定プロセスに魔力が関わっていた事から、あり得ない話ではないと言う。
「しかし彼らは、むしろ魔導兵器に操られているようでした。兵器を操縦している人間はここまで姿を現していません」
フィーゴ君はそう言うが、姿を現していないではなく、現せないのだ。
コールドスリープで命を繋ぎ、退化を免れた古代人は、魔力のあるこの世界では生きられない。
最悪、脳みそだけは機械の中に収まっていたかもしれないが。
「絶望的な戦局で、唯一の光明となったのは、星獣と魔導兵器で足並みが揃っていない事でした」
どうやら星獣は俺が居る帝都を目指し、古代人の機械は大森林の奥地、エルフの古都を目指していたと言う。
古代人は星獣の洗脳に成功などしていなかった!
オカシイと思っていた。あの星獣は、俺を殺す事を目的にしていた。確固たる意志があり、操られてなど居なかった。
「それでも結局、一目散に帝都を目指す星獣を前に戦線は崩壊、我々は数匹の星獣を倒すに留まりました。姫様の無事を按じ、多くの兵が後を追って平原を離れ、ソレを追って緑の猿も……」
街道に連なる死体はそう言う事か……いやでも、星獣は一匹しか流れてこなかった。
それに、なにより……
「なぜ、カラミティさんや、ネルネまで戦っていたのです?」
「それは……」
「それは、私が説明するわ」
「ヨルミ様! 安静に! 無茶です!」
現れたのは、包帯でグルグル巻きのミイラになったヨルミ女王だった。
俺は、有無を言わさず回復魔法を発動する。
「ありがとう、生きながらえてしまったわ」
彼女には、腕がなかった。こればかりは魔法では治せない。回復ポッドがなくては無理だ。
「大砲を撃とうとしたら暴発してね、日頃の行いかしら」
そんな事はない、良くある事だ。
この世界の大砲は木村や黒峰の急ごしらえで、技術の進歩に由来しないからその多くは完成度が低い。撃つだけで命懸けなのだ。
「私の乗る魔導車は、蜘蛛のような敵の魔導兵器に襲われました。鉄で出来た兵器を前には、鍛え上げた騎士も役にたたず、ただ死を待つばかりに」
それで、大砲か……。
「ネルネさんが苦し紛れに撃った銃が、魔導兵器を破壊したのです。彼女には天性のセンスを感じた私は、彼女とカラミティさんに大砲を乗せた魔導車で遊撃に回るよう命じたのです」
「ネルネ凄かったんだよ! 何匹もの星獣を撃ち抜いたんだもん。でも最後には砲が破裂して……」
悔しそうにカラミティちゃんが泣いている。
そうか、そうやってみんな俺の為に、俺が眠る帝都に星獣を行かせないように。ひたすらに大砲やらを撃ちつくし、死んでしまった。
「木村もそうやって?」
「キィムラ様は、魔導砲を撃っていました。しかし、帝都に向かう星獣を止めたい人間と、大森林を侵略する敵兵器を止めたいエルフと足並みを調整するのに苦心して」
フィーゴ君は悔しそうにするが、それは当たり前だ。誰もが自分の故郷を優先する。
「セーラと名乗る女性のお陰で、魔導砲を撃つ事は出来たのです。しかし、巨大な魔導砲は目立ち過ぎました。最後には星獣に踏み潰されて」
「では、この下に?」
ひしゃげた魔導砲を差す俺の指は、情けないことにすこし震えていた。
この下に木村が居る?
「いえ、もう一つの魔導砲、平原の南側で……死体を引き上げることも出来ず」
「案内してください……」
俺はフィーゴ君を抱え、飛び立った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戻った荒野には、やはり生きて動く者はドコにも居なかった。
無数の死体と血の染み、壊れた魔導兵器と、山の様な星獣の死体が転がっている。
普通の戦争ではこうはならない。
皆が死兵となって、誰も動かなくなるまで潰し合ってしまった。
「あそこです」
フィーゴ君が指差したのも、そんな瓦礫の山の一つ。
俺が魔導砲の残骸を持ち上げると、その下に緑のマントが挟まっていた。マントをめくると、下には木村が隠れていた。
死体となって。
かつての俺とは違う。死体を見間違う事は決してない。
……死んだ、か。
不思議な程に、死体を見てもショックを受けなかった。
むしろ、コレから俺もソッチに行くから、待っていてくれと言う思いがある。
俺は、形見として、木村の指に嵌まっていた
「あの……コレ、ユマ姫様が現れたら見せてくれって」
フィーゴ君は木村の胸ポケットから、一通の手紙を取り出した。
俺はすぐさま開封する。
『高橋、いやユマ姫。アナタが星獣の夢の中で聞いた敵の名前。
魔力波で会話する星獣なので、意味を調べるのには苦労しました。
ですが、星獣を操ろうとする古代人の記録にも、同じ名前が何度も登場するのです
古代人が呼ぶ、その名は、ザイア』
「ザイア……」
俺は木村の手紙を握り締め、燃やした。
そうだよな……そんな事だと思っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は、エルフの古都に向かっていた。そこに田中が向かったと聞いていたから。
星獣を倒すのに、エルフの協力は欠かせない。田中が大森林に向かうのが、協力を維持する条件だったのだとフィーゴ君は言っていた。
確かに、あの巨大な星獣が相手では、田中の剣はそれほどの役にはたたない。
それよりは、魔導兵器を切り刻んだ方が田中を戦力として活かせる。木村の采配は間違っていないだろう。
空を飛ぶ俺は、どうか生きていてくれと思いながら。
心のどこかで、いっそ死んでいてくれと、皆で一緒に死にたいと、歪んだ願いを抱えている自分を否応なく自覚した。
「なんだろ、この気持ち……」
どれだけ捻くれて、歪んでいるか?
もういっそ、全てが壊れていて欲しいと願ってしまう。
まるで、帝国に故郷を追われ、兄やセレナを失ったあの時みたいだ。それほどにやけっぱちになっている。
「それも良いか」
もう全部終わりだ。最後に向けて、ただ走るだけ。
終点に近づくにつれ、俺は恐ろしい光景を目の当たりにする。
おびただしい程の魔導兵器の残骸。エルフの古都に続く道のりにひたすらに続いている。
「これを、全部田中が?」
凄い戦果だ。まさか本当に一人で……。
戦慄すると同時、空から見つめる光景に、俺はどこか懐かしいモノを感じていた。
そうか、あの日も俺はセレナと空を飛んだのだ。アレが生身で空を飛んだ最初の記憶。
あれも冬の終わり、当時と同じように南をみつめると、同じように春の足音が迫っていた。
あの時、俺達は魔導コンパスを頼りに古都に辿り着いたっけ。
今の俺に、そんなモノは必要無い。今の俺は魔力の流れが見えるから。
魔導コンパスは地球のコンパスとは違う。
地磁気が存在しないこの世界、磁石は北を示したりしないから。
魔導コンパスは、魔力の流れを可視化し、必ず古都を指し示す。全ての魔力は古都から地上に吹き出しているのだ。
つまり、暴走した魔力プラントはエルフの古都に存在する。
考えてみれば解りきった話であった。帝国軍も古代人も、ココを目指して進軍して来たに違いない。世界の命運を決めるのはこの場所だ。
十二歳の時だから、もう四年前。
四年ぶりに、俺はセレナとの思い出の場所。エルフの古都へと舞い降りた。
「なるほど」
――ゴォォォォン! ゴォォォォン!
そこで俺が見たモノは、二体の巨大なエルフ像。参照権で確認するまでもなく、試練の洞窟の左右に立っていた石像だ。
なんと、それが動いている。
群がるゴブリンを、蜘蛛の機械を、ちぎっては投げの大暴れ。
この世の光景とは思えない。
初めから、魔導兵器だったのだ。
きっと時が来たらプラントを守る為に稼働するように作られていた。
きっとエルフ達も、かつてはプラントの守人だったに違いない。それが吹き出す魔力が強くなるにつれ耐えられず、やむなく遷都したに過ぎないのだ。
「お疲れ様」
俺は多重に起動した風の魔法を縦横無尽に発動する。
それだけで、
石像も、
古代兵器も、
ゴブリン達も、
バラバラに弾け、飛んでいく。
俺の魔力値は千六百。
石像も、古代兵器も、ゴブリンだって健康値などロクに持っていないのだ。
俺の魔法に抗う術はドコにもない。
そうして、俺は試練の洞窟に飛び込んだ。
あの日と同じように。
違うのは、隣にセレナが居ないこと。
そして、俺が入り口を塞いでしまうことだ。
俺は魔法で洞窟の入り口を塞いでしまう。
こうすれば、もう敵は入って来れない。
……と、同時に洞窟の中の魔力値が跳ね上がる。
当たり前だ、魔力の出口を塞いでしまえば、殺人的な魔力が洞窟に満ちるのは当たり前。だから塞ぐ事も出来ず、ずっと開けっぱなしになっていたに違いない。
……まぁ、良いや。どうせみんな、死ぬ。
コレから戦う敵が、思ったとおりの相手なら、誰一人逃れることなど出来はしない。
洞窟の中には、既に入り込んだ敵の魔導兵器やゴブリンの群れが潜んでいた。そのどれもが既に戦闘能力を失った姿であった。手足が千切れ、瀕死の状態。
トドメとばかりに、俺の所為で濃厚になり過ぎた魔力にジタバタと藻掻いている。
そうして乗り込んだ最深部。そこにアイツが居た。
「田中!」
大の字になって寝転ぶ田中。俺は慌てて駆け寄った。
その顔色は、紙のように白いじゃないか! 俺はコイツのこんな顔を見たことがない。
魔力を散らさないと!
「よぉ……俺はやったぜ」
死にそうになりながら、それでも差し出してきたのは、大きめの魔石だった。
「木村のヤツが
見渡せば、白い粘液が辺りに散らばっている。コレは……
「魔獣なんだから、魔石がある。ソレをぶった切ればこの通り」
「しゃべるな! 死ぬぞ!」
いや……もう手遅れだ。運命の光が消えかかっている。
それだけじゃない。人一倍溢れるように輝いていた、田中の健康値の輝きが、すっかり消え失せている。
多分、その前から無理をし過ぎている。体中傷だらけ。なのに健康値が足りない。これでは回復魔法が毒になる。
「こっから先は、ネズミ一匹通してねぇ……みんなみんな斬り刻んでやった。俺はもう満足だ」
「喋らないで下さい、すぐに外に……」
魔力で健康値がすり減っている。
入り口を塞いでなければ……俺はなんて馬鹿な事を! 田中がココにいる可能性に思い至らないなんて!
いや、違う。結局間に合いはしなかった。田中の胸には大きく抉れた傷がある。人間の魔石がある場所だ。ココが壊れると、健康値も魔力もマトモに働かない。
「ああでも、本当は、俺は、お前を」
「何です? なにが!」
俺に出来る事なら、聞いてあげたい。
……いや、聞いて良いのか? 俺はココで死ぬのに?
俺はコイツの墓を作る事すら出来ないのに。
でも、もう、それきりだった。
田中は二度と、喋ろうとしなかった。
死んでいた。
あんなに強かった運命の光が、どんなに目を瞑って探っても。もう見えない。
なんで? どうして!
いや、コレで良いんだ。コレで心置きなく終われるじゃないか。
俺は、何故だか無性に、ホッとしてしまった。もう頑張る必要がないんだって、安心すらしてしまったんだ。
――キュウ!
そしたら、可愛らしい腹の虫が鳴いた。
そうだ、俺は寝込んだまま、ロクにご飯も食べていないじゃないか。
『参照権』で思い出す。田中の言葉が聞こえてきた。
「なぁ? 俺が死んだら俺も喰って良いぜ」
なるほどな。全部お見通しか。それがちょっと癪に障る。
「いただきます」
俺は、田中の体に口付けた。
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