黒峰5

「なんて所なの」


 話と違う。

 エルフの旧都は聞いていた以上に危険な場所だった。


 エルフの住民が揃って「子供でも行って帰って来れる場所だ」と言うから油断した。

 私はまんまと嵌められたのだ。

 あそこを落とすなら相当な準備が必要だ。

 いっそ王族を人質に、案内を頼んだ方が良いかもしれない。


 エルフの都に戻った私は逃げた二人の王女の行方を尋ねた。


「掴まらない? 少女が二人、この森の中でしょ?」


 信じられない! 声にも険がこもってしまう。

 追跡には猟犬を使ったハズ。箱入りのお姫様が追跡を逃れられるとは露程も思っていなかった。


「犬は頑張ってますよ、一度は網に掛かりましたし。だが、人間の方が付いていけなかったのです」

「……軟弱なのね」

「略奪であいつら、はしゃぎ過ぎましたからな。ゴロツキばかりで、こう言う時に歯止めが利きません。私らも制止するのに精一杯です。元々そう言うのは不慣れでしてね」


 答えるのは帝国情報部、第一特務部隊の隊長だ。

 名前はたしかフェノム。


 何でも器用にこなす情報部だが、基本は裏方。そんな彼らに軍の統制を頼む程に、今は手が足りていない。

 なにせ、私達の軍隊に正規兵は僅か。大半が不摂生の傭兵達だ。

 今回それが裏目に出た。


 でも、本当はそれで十分なハズだった。

 私達の軍隊には、規律も、剣の腕前も、まるで必要ないのだから。


 だって霧の悪魔ギュルドスでエルフは動けない。どうしても戦う時は、私が作らせた火縄銃。

 略奪だってエルフが相手ならやり放題だ。条約自体が存在しない。


 じゃあ、なにが問題なのか?


 健康値だ。


「この魔力に、彼らじゃ耐えられないのね? お酒? 煙草? 女?」

「全部ですな。しかも馬鹿みたいに騒ぐんで、追跡となれば邪魔でしかありません」


 質が悪い人材を、数で補うハズだった。

 でも、追跡となればそうは行かない。

 目算を誤った。


「あなた達だけでも追えないの? 得意でしょ?」

「ようやくコッチも収まって、なんとか人を出したんですがね……」


 フェノムは面倒そうに頭を掻き、顛末を話した。


「火事?」

「ええ。そんで、よりによって炭焼き小屋に身を寄せたみたいで」

「火事、それに炭……そう、匂いが追えないのね?」

「ご名答、アレは匂いを消しますから」


 炭は冷蔵庫に入れたりするぐらい、匂いを消す効果が高い。

 火事に炭焼き小屋とくれば猟犬でも痕跡を追うのは難しい、もちろん偶然ではないだろう。


 きちんとした案内役が居るに違いなかった。

 一度、犬を見られているのが痛い。コチラの手がバレている。


「でも、足跡は一人分、姉が怪我をした妹を背負ってるだけと聞いたんだけど?」

「私らに足跡を見られない程の凄腕か、そのお姉ちゃんが随分と頭が回る可能性もありますな」


 ……そんな事あるだろうか?


 話を聞けば、まだ子供。突然に襲撃を受け、国を追われた少女がそこまで冷静に行動出来るとは思えない……。


 それに、国を追われたお姫様なんて、まるで物語のヒロインみたい。


 そこまで思い至った時、閃く予感があった。


「ッ!?」

「どうしました?」

「その姉について教えて、なんでも良いから!」

「は、はあ。名前はユマ・ガーシェント。歳は十二。銀髪の少女と言う話ですが、桃色の髪と言う奴も居て、情報が纏まりません」

「十二歳……」


 私が転移してきたのが十三年前。考え過ぎ? その時は、そう思った。


「あとは、追跡の途中でこんなモノを見つけました。逃げた姉妹が荷物になる事を嫌って隠したのでしょうが、所詮は子供の浅知恵です」

「これは?」

「奴らが魔剣と呼んでいるモノです。それもとびきり上等なヤツですよ。俺はナイフを頂きましたから、コイツは是非大将に使って頂きたいと思いましてね」

「そう、これが魔剣」


 名前は後で知ったのだけど、渡されたのはエルフが国宝とする双聖剣ファルファリッサだった。

 剣を引き抜いた私は、魔力を込めて何気なく机を叩いた。

 いや、叩くつもりだった。

 それだけでズバンと音を立て、お気に入りの机を両断してしまったのだから驚いた。


「凄いのね」

「いや、ココまでとは、ちょいと惜しくなってしまいましたね」

「ふふっ、きっと彼も喜ぶわ」


 天下無双で知られたローグウッドにこの武器を持たせたらどうなるか?


 きっと誰も敵わない最強の男になるだろう。


 私はソレを想像してほくそ笑んだ。


 ……後になって思う。この時の、呑気な妄想に浸る自分を殴りたい。

 私は忠告するべきだった。

 どんな武器を持とうが、田中君とは決して戦ってはいけないと。


「とにかく、姉妹の行方は最優先で追って」

「ハッ」


 ……その後の調査で、妹は火事で死亡。姉はパラセル村に落ちのび、王国側に助けを求めるため旅に出たが、馬車が魔獣に襲われ行方知れずになっている事が判明する。

 それを聞いた私は、姉妹揃って死んだモノとして頭から外してしまう。


 落ちのびたお姫様が馬車で逃げる途中、魔獣に襲われる。まるで物語の冒頭だ。偶然居合わせた主人公がヒロインを助けるのがお決まりの流れ。


 私は、ソレについてもっと真剣に考えるべきだった。私がソレを思い知るのは、長年苦楽をともにしたローグウッドさんが、黒衣の剣士に殺されたと報告を聞いた後なのだから。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 大森林を支配する中で、私は次々と魔獣を仲間にしていった。

 知能の高い人間よりも、獣を支配する方が簡単だ。無能な傭兵よりもよほど扱いやすい。

 大森林の魔獣は一匹当千。帝都ですら落とせる程の戦力に、私は興奮した。

 世界は私のモノだと、この時本気で思った。


 でも、違った。エルフのレジスタンスに魔獣が全滅させられた。

 次々と村が解放されていく。

 霧の悪魔ギュルドスでの支配が長続きしない事は織り込み済み。


 ただ、想定よりも早かった。

 私は、急に強くなったレジスタンスに困惑する。


 時を同じくして、ユマ姫の続報が次々と入った。

 スフィールでの騒動、そして王都へと逃げ延びた事まで。

 ここに至り、私はユマ姫こそが高橋君の生まれ変わりだとなかば確信する。


 なにせ、ユマ姫を助けた協力者が田中君だと判明するのだから。


 ……だからこそ、この時の私は、レジスタンスに協力しているのが田中君だとは気が付かなかった。合流した二人が別行動を取るとは思って居なかったからだ。

 それにしても、黒衣の剣士タナカは帝国でも名が知れた存在のハズ。ひょっとして私に至るまでに情報が止められていたのかも知れない。


 とにかく、私は思いがけず手に入れた妖獣グリフォンに乗って、遙か東、王都へと旅立った。

 高橋君を殺せば、全てを終わらせる事が出来ると信じて。


「君が魔女かい? 随分と美しい」

「あなたもね」


 王都ではかねてから連絡をとっていた第一王子のカディナールと席を持った。

 お世辞ではなく、三十を過ぎた男だと言うのに、二十代前半にも見える程に若々しく、美しい。

 言い換えれば歳の割に幼いとも言えた。実際、我慢が利かない人物に見えた。ただ、私にとってこの手の男のゴキゲンを取るのは簡単だった。


「何か困っている事がありそうね」

「親父の病気がね、良くないんだよ」

「用意してくれれば、新しい薬を届けるわよ?」

「へぇ?」


 カディナール王子はキラリと目を光らせた。

 もちろん、彼が欲しているのは薬じゃない。


 毒だ。


 もう待てない。早く王座に座りたいと顔に書いてある。

 端整な顔が狂気に歪むのが美しい。危険なカリスマを備えていた。


 彼の期待に応えるのは簡単だ。

 私は、以前から医官の一人を洗脳し、王を弱らせる事に成功していた。

 もっと強烈な薬に変えるのは朝飯前。


「見返りはなんだい?」

「ユマ姫の首よ」

「おいおい、なんでまた」

「やるの? やらないの? 報酬はコレよ」


 私は持ってきた布の包みを剥がし、カディナールの前に火縄銃を置く。


「同じ物を二十挺用意してるわ」

「ジュウか、前に貰ったのも凄い威力だったよ、しかしどうして?」


 そこまで? と言いかけてカディナールは押し黙る。

 苦虫を噛み締めた顔で質問を変えた。


「あの娘はなんだい?」

「むしろ私が聞きたいわ。何を知ってるの?」


 私はカディナールの瞳を覗き込む。

 しかし、洗脳はしない。


 我の強い相手に洗脳は効きづらい。下手をすれば無駄に警戒されてしまう。なにより利害関係が一致しているのだから、洗脳でぼんやりさせて彼の唯一の武器であるカリスマ性を毀損しては、仲間にする意味がない。


「言われるまでも無く、既に彼女を始末しようとした。しかし、失敗している」

「そうなの?」

「そうさ、何度も! だからコチラも彼女の情報が知りたかったんだ」

「ふぅん」


 やはり、ユマ姫こそが高橋君なのだ。

 見た目どおりの少女じゃない。扱い難くて当然だ。

 木村もユマ姫の味方をしている事を知るにつれ、完全に確定した。


 私はカディナールとの接触をなるべく減らす事にした、話が本当なら状況は思ったよりもずっと危険だったから。

 遠距離から魔法で暗殺されたなら防ぐ手段が無い。私にとって最も相性の悪い相手と言えた。

 ココで確実に仕留める事を念頭に、私は王都に住み込み、ユマ姫を殺すチャンスを窺った。カディナールとの連絡は、洗脳した男爵家の少女ルージュ・トリアンをメッセンジャーに使う事に決める。


 その間にもユマ姫は第二王子のボルドーの婚約者として発表され、益々力を付けていく。一方で勢いを削がれていったのがカディナールだった。


 焦燥感が陣営を包む。それでもココはあくまで敵地、私は姿を一切見せない覚悟で、慎重に行動する必要があった。

 そうした中でも王子の側近であるガルダの嫉妬心を煽り、ユマ姫の侍女ネルネのユマ姫への心配と恐怖を煽った。

 意志が強い相手でも、こうすれば洗脳が可能。


 しかし、ガルダは愛するボルドー王子と心中し、侍女ネルネへの仕込みには時間が掛かりすぎて、手駒としては機能しなくなった。

 このタイミングで、数日姿を消した侍女を信用するハズが無いからだ。


 そうして私がまごついている間に、身を隠していたカディナールが行動を起こす。余計な事をと思ったが、うまくユマ姫を確保したと報告が入った。

 ほっと胸をなで下ろしたのもつかの間、私にはまだ仕事があった。


 カディナールが一人の女性を連れて来て、洗脳しろと突き出してきたのだ。


「何も知らない女に変えてくれ」

「そう言われても……」


 私は困ってしまった。

 なんせこの女、目に怪我を負っている。これでは洗脳が効果を発揮しない。


「何でも良いから! このままでは危険だ。コレでも一応は公爵家の女、殺すのはマズい」

「解ったわ」


 ユマ姫を捕まえ、既に処刑が確定したと聞いて、この時の私は気が大きくなっていた。後で思い返せばコレも大きな間違いだった。

 あんな危険な女の前に姿を晒すなんて、大失敗。私はカディナール王子の元婚約者、シャルティア嬢の目に巻かれた包帯を外したのだ。


「ッ! これじゃ……」


 目が見えるはずが無い、眼球には太い針を刺した大穴が開いていた。


「いや、全く見えて居ない訳じゃない。そうだよな」

「ええ、そうね」


 本人が言うとおり、シャルティアは私の姿を目で追っていた。

 それならと彼女を洗脳する事にする。密室で麻薬やハーブを焚き、催眠術も応用して、相手の心に迫っていく。彼女は私の洗脳に協力的だった。

 嘘発見器を欺くためにも、記憶の抹消が必要だったから。


 だけど、それは私の精神に負担を掛けた。

 それだけシャルティアは理解不能の怪物だったのだから。


「つまり、あなたは人間が好きなのね?」

「ええ、とても」

「なのに、殺すのはどうして?」

「どうして? 馬車が好きな人はどうするの? 馬車を分解して調べようとするでしょう? それと同じよ」

「馬車は組み立て直せるでしょ? あなたは殺すだけ」

「そうね、私はバラすだけバラして、組み立てられないのだからとんだ二流よね。だから形だけでも作れる様に剥製作りを学んだし、医術だって少しは学んでるのよ?」

「…………」

「ねぇ、あなた、魔女なのよね? もし人間をバラして元に戻せるなら弟子入りしたいわ。それが私の夢なの」


 嬉しそうに夢を話す彼女が私は怖かった。

 とても理解出来ない。

 その夢が殺しの延長に当たり前にあるからだ。


 人間をどうやって分解すると楽に死んで、どうすれば苦しむのか?

 そんな事を花を弄ぶ様に嬉しそうに語る一方で、自分の技術で人を救いたいと語ってみせる。

 この女が心底恐ろしかった。


「仕事は仕事なのよね、どうやって人知れず殺せるか。殺意に純粋で居られるかが大切で、それって誰が一番人間を好きかってのと同じ事なの。馬車を作るなら、自分こそが一番馬車を好きなんだって思わなきゃダメよね?」

「でも、殺したら終わりでしょ?」

「そう! そうなのよ。だから私は寸前で、勿体ないと思ってしまった。だから負けたの。でも彼女は純粋に私を殺そうとした」

「よっぽど憎まれていたのね」

「そうでもないわ、きっと彼女は博愛主義者よ。私と一緒。彼女は全てを殺したいと思っているはず」


 話をする度に、頭がおかしくなりそうだった。

 極めつけがその次のセリフだ。


「それはあなたも一緒でしょ? 私、解るのよ、お仲間が」


 そんなふうに囁くのだ。


「でも、気にくわないわ。殺すなら自分の手で殺しなさい。誰かの手で殺させるなんて、命に対する冒涜だわ。恥を知りなさい」

「黙れ! 黙りなさい!」


 ……結局上手く洗脳する事が出来なかった。

 私に出来たのは精々が全てに向かっていた殺意をユマ姫に偏らせるだけ。それだって効果があったかどうか疑わしい。


 彼女が何も知らない女の子に成り果てたフリをするのを、黙って見ていた。

 その瞳の奥に佇む狂った自分と、これ以上向かい合いたくなかったから。



 ……でも、それも、失敗だった。


 私は、ユマ姫の処刑に立ち会えなかった。処刑の前日、エルフの都が奪還されたとの報が入ったからだ。

 今にして思えば、あの時カディナールを操ってでもユマ姫を殺してしまえば良かった。いや、後からなら何とでも言える。そもそもがユマ姫が高橋君だと言う事すら私の勘でしか無かったのだから。


 大森林に戻った私は、長年連れ添ってきたローグウッドさんを田中君、いやもう黒衣の剣士タナカと呼ぼう。彼に殺された事を知る。

 信じられない事に、彼は殆ど独力で王都を奪還したと言う。タナカは私が考える以上の化け物に成長していた。

 その後、合流した私はノエルの腕を治すため、大森林の中で遺跡を探し回るハメになる。回復装置があるだけでなく、守りやすい遺跡でないと駄目だった。

 ソルンとノエルの二人はタナカの追撃を受けていたから、拠点に帰る訳には行かない。

 私達が根城にしている屋敷には、知られたく無いモノが山ほどあるのだから、戦う以外に道が無い。


 そして、ココでも私は失敗した。


 なんとか都合が良い遺跡を発見し、さぁタナカを待ち伏せようとすれば、彼は一向に姿を見せなかったから。


 私達はとっくにタナカを振り切っていたのだ。

 素直に拠点に戻れば良かっただけ。


 では待ち伏せする間に、強力な魔獣でも仕入れようかと私が留守にした途端、よりによってユマ姫、いや高橋と木村が軍を伴って侵入していた。


 間が悪い。最悪な状況で、私は片目を失ってしまう。


「回復ポッドで治しましょう」


 ソルンはそう言ってくれたけど、拠点に戻る時間も惜しいし、回復液の残量を考えるとこの程度の傷でポッドに入るのは勿体なかった。


「では、せめてコレを」

「なに? これ」


 ソルンが差し出してきたのは、義眼。それも飾りじゃない。ちゃんと目として機能する物だった。

 でもそれは普通の目としてじゃない。


「『赤外線』。不可視の光線による熱感知ね」

「ご存知でしたか!」


 もちろんだ。すぐに解った事だが、この義眼でも相手への洗脳が可能だった。


 それからはそう、砂漠に眠る古代兵器の起動に成功するものの、爆撃には失敗するし。戦争中に迫撃砲で横やりとか、ゾンビウィルスを撒いたり、虎の子の猟兵部隊まで投入したのに、雨で台無しになったり。


 何もかもが破滅的に上手く行かなかった。でも、良く考えれば『偶然』に破滅を呼び込む相手が敵なんだものこれも必然。だったらいっそ無謀とも言える賭けに出るべきだ。


「無茶です!」

「作戦を選んでいられる状況じゃ無いでしょう?」


 私は賭けに出た。星獣を呼び寄せて、私の能力で洗脳するつもりでいた。


「まさか、そんな作戦が上手く行くはずが……」

「駄目でも良いのよ、失敗したら星獣が地上に現れる。そしたら研究所から手に入れた星獣の子供の魔力波のデータを使ってヤツを誘導して」

「そんな事になったら、あなたは、どうして我々の為にそこまで」


 ソルンは泣きそうな顔でそんな事を言うけれど、気にしないで良いのに。


 ……初めから、全部私の為なんだから。


 世界を混乱させること。彼らの手段が、私にとって目的なのだから。


「行かせません!」

「ふふっ」


 だから、命懸けで私を止めようとするソルンを見ていると、思わず笑いが漏れていた。


「良い子だから、そこをどいて」

「あ、う……」


 目を覗き込む。それだけでソルンはへたり込んだ。私の能力は、いよいよ警戒している相手まで操れる様になっていた。


「じゃあね」


 何が楽しいのか、私はたった一人地下で待ち受ける事が、心底楽しみになっていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「私は、賭けに、勝ったわ」


 タナカ、木村、高橋の三人を前にして、見事、星獣は地下から坑道の中に這い出てきた。


 全部、私の筋書き通り。

 いやそれ以上だ。


 まずは、タナカとシャルティアを操る事に成功したのだから。

 洗脳は単純な力じゃ無い、どんなに命じても、例えば友達を殺せと言っても、拒否感が強く普通は上手く行かないのだ。

 なのに、この時は驚く程に上手く行った。タナカはユマ姫を殺す事に躊躇が無かった。

 シャルティアも同様に、近くの木村を切り裂く様に書き換えても、抵抗がなかった。


 あまりにも上手く行きすぎている。今までに無かった事だ。


 この世界は滅茶苦茶だ。

 無理筋で破綻した計画の方が、いっそ『偶然』に上手く行くのだ。

 私はやっとそれを理解した……。


 一方で高橋君、いやユマ姫の状況は絶望的。頼りになる仲間を操られ、魔獣に押さえ込まれた状態。それでも、彼女は諦めなかった。


 その悪足掻きが実ってしまう。


 油断した私は王国兵に腹を裂かれて重傷を負った。回復液で治るギリギリの怪我だった。


「ヒヒッ、ふふふっ」


 笑ってしまう。

 なんて酷い世界なんだろう。


 無茶苦茶に暴れた人間ばかりが得をするんだから。


 その時、いよいよ星獣が地の裂け目からその巨体を覗かせたのだ。

 だから私は堂々と姿を見せて、叫んだ。


 無理でも無茶でも、何でも良いから場を荒らした方が得なんだもの。


「やっと会えたわ。化け物! コッチを見なさい!」


 私は星獣に向き直り、洗脳を試みる。


 ――ガァァァァ!

「ヒヒヒッ! コッチ、コッチよ!」


 星獣の攻撃を避け、転がり、跳んだ。……らしくない大暴れ。結果、私は千載一遇の『偶然』を物にする。


「やっと、コッチを見たわね!」


 星獣の目が開いたのだ。瞳に映る私の姿を……姿を?


「これで、これでぇー! 全部、終わる! ヒヒヒッ! コイツで、全部、壊してやる! え、なに?」


 爛々と輝く星獣の瞳。

 ……その先にあったのは?


 相手は巨大生物だ。

 その瞳に映る私は、ちっぽけなネズミみたいに見えるハズ。

 そのちっぽけなネズミを、星獣の子供に書き換える。

 そうすれば、星獣を操れる。


 そのつもりで準備していた。


 だけど、違った。

 星獣の瞳に、そんなモノは映ってなかった。

 ネズミどころか、私の姿なんて欠片も無かった。


 そこに有ったのは青い星。


 地球だった。


 星獣は私の出自、知識、それすらも見透かしていた。

 あまりにも生命としての格が違う。


 表層意識とは別に、もっと深い所に本質を持っている。個でありながら、全でもある。ここで言う全と言うのは、星まるごとだ。

 我々の人間とは根本から違う。まさに彼らは星の一部。


 星獣なのだ。


「あ、グッ、うぎ!」


 私が消える。ちっぽけな自分が上書きされる。

 神が言っていたのはこういう事だったのか……、自分の姿が保てなくなる。私と星獣の境界線が消えてしまえば、私は人間で居られない。


 取り込まれない為に、私は自分を単純化させた。存在を尖らせたのだ。


 ――ユマ姫を殺す! それだけを考えてなんとか自我を保った。


 コロス! お前だけは!!


 獣染みた殺意を胸に、私はユマ姫に銃を向ける。


 そして、そして。


 私はユマ姫にのし掛かられた、相手も獣の如き相貌で私に牙を剥いている。


 恐るべき凶相、だけどその目に映る私もまた獣の顔をしていた。


 同じだ、表と裏。


 違うとすれば、ユマ姫がいっそゾッとする程に美しかった事。

 悪女然とした自分の姿よりよほどヒロインらしいと言える。


 なるほど、勝てない訳だ。私は物語の主役になれる器じゃなかった。


 ココに至って、私はようやく理解したのだ。


 首筋を噛み千切られる瞬間、私は今までの半生を思い出す。

 これが走馬灯かとぼんやりと考える時間すらあった。ユマ姫の長い睫毛に見とれる余裕があったぐらい。


 ローグウッドさんと他の商会に殴り込んだ事。皇帝がカードゲームのルールに難癖を付けた事。神聖な遺跡ではしゃいで、ソルンに怒られた事、ノエルがショットガンを作って面倒なぐらいに自慢してきた事。それから、それから……。


 私は気が付いた、前世の事なんてこれっぽっちも思い出せない事に。


 思い出は全部、コチラの世界の事だった。

 地球の事なんて、母親の顔すらぼんやりとしか思い出せない。

 愛されたくて、いつも誰かの顔色を窺っていた地球よりも、私はずっとこの世界で自由だった。


 ……どうして、私はこの世界を壊したかったんだろう?


 どうして、世界を壊そうと思ってからの人生の方が、ずっと楽しかったのだろう?


 きっと、皆で目標に向かって、なりふり構わず頑張って、それがもう、楽しかったのだ。理由なんてどうでも良かった。

 皆の事が、とっくの昔に好きになっていたから。


 ああ、今更にそんな事に気が付くなんて。


 首から血を垂れ流す私の目の前に、星獣の巨大な足が迫っていた。


 ああ、でもこの世界が好き。壊したいぐらいに。

 私はやっと、シャルティア嬢の言葉が理解出来た。そして意識は暗転し、私の体が潰れる音が最期に聞こえた。

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