もしも、世界と心中出来るなら2

『ヘタレが!』


 木村に言い放つ。


 星獣の『坊や』に取り込まれた俺の意識は、首を絞められたショックで覚醒した。


 そして目を開ければ目の前に迫る木村のキス顔。


 コイツの事だ、人工呼吸をしようにも踏ん切りが付かず、まごついてたに違いない。


 ……本当に気持ち悪いし、ヘタレた男である。

 だが、コイツとの思い出が俺の意識をつなぎ止めてくれたのは事実。


 俺が放った照れ隠しのひと言は、しかし圧倒的な質量に掻き消された。


<<<<<< 坊やあぁぁぁぁぁ >>>>>>


 地下から凄まじい魔力が吹き出したからだ。


「ぐっ!」

「ああああ!」


 強烈な魔力が叩き付けられる。

 強烈な感情と共に。


 それでも、凡人ならばきっと感じもしないのだ。


 されど下手に感覚が鋭い田中とシャリアちゃんには重大事となる。

 二人揃って頭を抱え、蹲る。


 主力の二人がやられたか……

 しかし、こっちにはまだメイン盾が残っている。


「あぶぶぶ」


 いや、泡を吹いて苦しんでいるのは、ゼクトールさんwith生き残ったユマ姫親衛隊員Bも一緒であった。(Aは殉職済み)


 これは?


 そうだ、霧で魔力を奪われた後、突如強烈な魔力を押し付けられた。

 寒暖差に体が悲鳴をあげるように、魔力の差も体に毒。


 普通の人間でもこの魔力はキツイのだ。


 一方で俺は大丈夫。


 魔力の感受性と言う意味なら俺が誰よりも敏感なのだが、俺は『坊や』の記憶から、魔力に込められた意志が理解出来る。


 だから不快ではない。


 日本語の叫びより、理解出来ない外国語の囁きがうるさく感じてしまう現象に近いだろうか?


 更に言えば、俺は魔石を囓ったりして強烈な魔力差に慣れている。

 だとしたら、この場で動けるのは俺と……魔力差に負けない程に十分に健康で、良い意味で鈍感な木村。

 そして……


「ヒヒヒ、形勢逆転ね」


 狂った様に笑い続ける魔女だけだ。


 言うに事欠いて何が形勢逆転だ! 俺と木村、二人も居ればお前を殺すに戦力十分。

 凝った口上は不要。


 俺は無言でジャケットから銃を抜き撃つ!


 ――パァン!

「グッ!」


 命中! 魔女は蹲る。


 だが、恐らくは服が防弾なのだろう、予備に仕込んだデリンジャーでは威力が足りない。弾も一発のみ。


 それでも、木村が追撃すればそれで終わり。なのに、木村は動かない。


「マジィぞ!」

「えっ?」


 叫ぶ木村に袖を引かれて、俺の姿勢がよろめき崩れる。


 ――パァン!


 抱き寄せられた先で聞いたのは、乾いた銃声。

 もちろん俺や木村のモノでは無い。

 ましてや目の前で蹲る黒峰のモノでも、ない!


「シャリア、ちゃん?」


 俺に銃口を向けていたのはシャリアちゃん。

 彼女が銃を俺に、撃った? なんで?

 木村が袖を引っ張っていなければ、俺は死んでいたに違いない。


「うぁぇ……」


 シャリアちゃんだけじゃない、呻きながらも立ち上がった田中、刀を構える先は……俺だ。


「やっと、隙が出来たわ」


 ケラケラと不快な笑い声。

 薄暗い洞窟で、黒峰の義眼が赤く揺らめく。


 洗脳! コイツ! この期に及んで! だけど、黒峰を、魔女を殺せば!

 突撃しようとする俺の首に、再び自在金腕ルー・デルオンが巻き付いた。


「ぐぇっ!」

「待って下さい! 殺せば洗脳が解けるとは限らない、一旦引きましょう」


 何を弱腰な! キッと睨むが、酷く冷静な木村の瞳とぶつかった。沸騰した脳みそが少し冷える。木村の判断も一理ある。星獣と、洗脳、ネズミに、ゾンビ化。

 こうなればもう、何が起こるか解らない。ならば逃げるのも一つの手。これ以上留まれば、『偶然』をもたらす俺の魂で…………ぐちゃぐちゃになって、みんな死ぬ!

 それを知ってか知らずか、黒峰は楽しそうに、笑い続ける。


「逃がさないわ!」


 声に応じ、回り込んだ田中が俺と木村の退路を塞いだ。

 絶望的な状況。背後からは駆け込んだシャリアちゃんが木村に斬り掛かる。


「クソッ、正気に戻れよぉ!」


 転がるように避けた木村と、離れ離れに。

 木村は自在金腕ルー・デルオンを銃に巻き付け、ファンネルみたいに動かすが、四方八方からの銃弾をシャリアちゃんは踊るように躱してみせる。

 状況は悪くなる一方。俺にはもう守る者もなく、武器すら無い。そんな俺に、刀を構えた田中がゆっくりと歩を進める。

 何度も俺の命を救ってくれた最強の剣士が、魔法も使えぬ丸腰の俺に迫っていた。


「殺さずに足を斬りなさい!」


 黒峰の言葉に頷いて、田中は刀を低く構える。

 足を? 何故だ? 何故俺を殺そうとしない? 俺を生かせば『偶然』に巻き込まれて黒峰だって死ぬかも知れないのに。


 コイツだって神からソレぐらい聞いているハズだ。


「アナタは贄よ、星獣の!」


 黒峰の叫びにギョッとする。まさか、アイツ、俺が『坊や』の記憶を手に入れるのすら計画の内。

 俺を使って星獣を呼び出そうとしているのか?

 全ては魔女の手の平の上だった?


 そんな考えを、狂った魔女の笑い声が掻き消した。


「ヒャヒヒ、長かったわ。記録を調べ上げ、星獣の最期を突き止めたのに、あったのはマグマ溜まりだけ。マグマの奥まではとても手が出せなかったの。それが星獣の住処への入り口だと解ってもね。思いついたのは、霧の悪魔ギュルドス。星獣が魔力を食べるなら、魔力を奪う霧は大敵のはず。だけど、貴重な霧の悪魔ギュルドスをマグマに投げ込むのは賭けだった。ソコでアナタよ。アナタの『偶然』に頼らせて貰ったの。私は、賭けに、勝ったわ」


 目を剥いて笑う黒峰は、正気では無かった。

 計画の内どころか、追い詰められた狂人が、最後の最後に暴れているに過ぎなかった。


 黒峰がやったのはイチかバチかの賭けと言うより、ただの当てずっぽう。


 大昔、騎士が星獣を討伐したのがこの坑道。

 その最奥で、いかにも怪しいマグマ溜まりを熱感知の義眼で発見してしまう。

 きっと、ココが星獣の住処。だったら魔力を奪う霧で燻し出してやろうって……


 もう戦略でも何でもない。


 じゃあ、俺は何のために呼ばれたのか?


 俺の存在はお守り代わりだったに違いない。

 全ての計画が頓挫した負け確定の絶望的な状況でどうするか?

 全部をひっくり返せる怪物を黒峰は望んだ。


 しかし、それはあまりにか細い可能性。


 だから俺の『偶然』を利用した。

 出せば絶対に場を荒らせるカードとして。分が悪い最悪の賭けであるほど俺の『偶然』は輝くのだから。


 そして、俺の『偶然』はその期待に100%応えてみせた。

 応えてしまった。


 俺は知っている。ココは星獣の巣なんかじゃない。

 巣はマントル近くのマグマの中だ。


 そのマグマ溜まりとココが繋がっているのも、寒がる『坊や』の為に、ママがマグマを引き込んだから。

 そして、星獣が現れた原因も、霧の悪魔ギュルドスをマグマにぶち込んだからじゃない。

 『坊や』の記憶を取り込んだ、俺の魔力の波長に反応したのだ。


 黒峰はそんな不確かな直感に、己の全てを賭けてみせた。

 星獣を操って、このクソみたいな世界を終わらせるために。


 やはり黒峰は俺と同じ。世界の全てを憎んでいる。その上で、俺は黒峰を、黒峰は俺を殺したくて堪らないのだ。

 一体コイツに何があったのか? 別に大して興味も無いが、その妄執が俺が積み上げて来た全てを壊そうとしている。


 だけど、俺も諦めた訳じゃ無い。絶望的な状況には慣れている。たとえ相手が、何度も俺の危機を救ってくれた親友であろうとも。


「…………」


 すり足でじりじりと迫る田中の足取りに隙は無い。

 ひょっとしたら、洗脳された影響で多少は鈍っているのかも知れないが、その程度、俺を殺すに支障は無い。


 後ろに跳ねながら、俺は必死に魔法を唱える。


「『我、望む、』ッ! 駄目……」


 唱えきる前に解る。魔力回路が組み上がらない。

 体に残る霧の影響で、魔力の制御が上手くいかない。


 そして、その隙を見逃すハズもなく、刀を構える田中が目の前に。


「シッ!」


 裂帛の気合いと共に、剣閃が煌めく。


 ――キィィン


 澄んだ高音が洞窟に響く。バッサリと何かが斬られた。


 飛び退いたのは田中。


 見れば鎧の前面。硬化したカーボンが無惨に斬り裂かれていた。


 目の前に飛び込んだ少年が、エルフの秘宝たる双剣を振り抜いたのだ。


「マーロゥ! なんで?」


 我ながら、悲鳴みたいな声が出た。

 何故動ける? 霧を吸い込んだ純エルフは、魔力を奪われたショックでしばらく動けないハズだ。


「姫は、俺が守る。たとえ、相手がアニキでも!」


 マーロゥは背後に俺を庇い、双剣を田中に構える。肩越しに見える、その顔色は悪い。


 それで俺も察した。


 どうして動けるのか?

 なぜそんなにも苦しそうなのか?

 俺にはハッキリと理由が見えてしまう。


 なにせ俺は運命光に加え、魔力を視る力まで手に入れたから。

 その二つが、マーロゥの状況を教えてくれた。


「マーロゥ! あなた!」

「後ろで、見ていて下さい」


 そう言って、噛み締めた口元からはジャリジャリと砂の音。

 魔力視で見るマーロゥの胃や肺には、魔力の塊があった。


 コイツ! 魔石を喰ってやがる!


 俺だって良く喰ってるが、それは俺が凶化しているから。あらゆる魔力を受け入れられるからだ。

 もし普通の人間が魔石なんて喰えば、健康値と魔力が打ち消しあって……


 死ぬ。


「どうして!?」


 口にしながらも、解っている。俺を守る為だ。

 姫を守ると言う言葉、決して口だけのモノじゃなかった。


 体内の霧を消すために、魔石を喰うなんて自殺行為に出る程に。

 きっともう、マーロゥは長くない。


 命懸けで姫を守る、か。


 なるほどお姫様冥利に尽きる。

 嬉しいじゃないか! だがな、俺だって守られるだけじゃ居られないんだよ!


 視線の先には、やっと見つけた勝利への足掛かり。


 転がるように飛びついて、リボルバーを拾う。俺が落とした銃だ。


 落とした原因、黒峰に撃たれた左肩は、湧き出るアドレナリンでもう痛くない。


「死ねッ!」


 俺は黒峰に銃を構え、撃つ。


「きゃ!」


 当たった。面白いように、二発、三発と。

 何故避けない? 幾らコチラが拳銃弾で、魔女が防弾性能のある服を着ているとしても、まともに食らえば大怪我は免れない。


「ハァ、ハァ、痛いわね」


 トドメと駆け寄れば、黒峰の顔は滝の汗に濡れていた。鼻からは血を流している。グルグルと回る生身の目と義眼。蠢く両目には、田中とシャリアちゃんが映っていた。

 やはり、二人を操るのに精一杯か!


 余裕の無い顔面に銃を突きつけ、迫る。


「止めさせなさい! 早く!」


 絶対に外さない距離。怪我をした黒峰は動けない。


「ケヒヒヒィ」


 しかし、

 それでも、


 狂ったみたいに魔女は笑った。


 何だ? と眉を顰めた瞬間。首筋にチリリと痛み。


 咄嗟に飛び退くも、俺の体は空中で横殴りに吹っ飛ばされた。


「あぐっ」


 転がる俺に、巨大な影がのし掛かる。それは巨大な……猫?


 ――ギャオオオォォン


 一目大猫(モルガンザルデン)!! 坑道の化け猫! 魔力視で見るその腹には、尋常じゃない魔力が詰まっている。


 洗脳した魔獣に無理矢理魔石を喰わせまくって、霧の影響を軽減させたのか!


「コレが正真正銘、私の最後のカードよ」


 血を吐きながらもケタケタ笑う魔女の姿が涙に滲む。

 俺はデカい猫の魔獣に押さえ付けられ動けない。


 このままでは食い殺される……そんな最悪な予感は、より最悪な痛みで上書きされた。


「グゲッ」


 猫の爪が背中にめり込む。

 前脚が背中を踏みつけ、俺を地面に縫い付ける。


 何気ない攻撃、生きたまま嬲る猫らしい動き。


 それがとてつもなく恐ろしい致命傷に至ると、直感的に気が付いた。


 強い痛みはない。湧き出すアドレナリンが、打ち消してくれる。その程度の傷だ。

 だけど、その爪は恐ろしい毒を秘めていた。

 当たり前だ、もしも、ゾンビ化の原因がウィルスなら、ネズミだけが感染している訳はない。


 体が動かない。手が震える。頭がぼやける。……そして


 食欲が、暴走する!

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