フラグ回収2

 翌日。晴天なり。


 まぁ、べつにだからどうだって話だけどさ。


 雨が降っても、導火線で着火する大砲には意味がない。

 そもそも砦から撃ってきてるのだから、雨ではどうにもならないよな。


 だからこそ、銃ってのは拠点防衛に強いんだ。簡単で誰でも扱えるってのも弓との違いだ。銃で武装した砦を落とすのは生半可じゃない。


 俺は装甲車の後部座席から、砦の様子を確認していた。

 大砲は二門見える。

 ただ、昨日当ててきた神業じみた砲手は二人と居ないだろう。


 どっちだ? 昨日撃ったヤツはどちらから撃ってくる?


 悩んでいたら、隣に座るオーズド伯から声が掛かる。


「キィムラ子爵が言っていた秘策とは、彼女の事ですかな?」


 ……見つめる先には助手席から振り向き、コチラを窺うユマ姫が居た。


 ニコニコしていて本当に腹立たしい。


「いえ、彼女が戦場を見届けたいと言うので連れてきました」

「なるほど、ですが戦場でパニックを起こされては困りますが?」


 パニックというか暴走である。

 だけどユマ姫は待ってましたと声をあげた。


「あの、決して足手まといにはなりません。正直に言うと戦争は怖いです、だけど、だからこそ私が見届けないといけないんです」


 蒼い顔でガタガタと震えながらも気丈に振る舞う少女。


 熱演である。


 もしやオーズド伯も籠絡されてしまうのか? と様子を見たら……

 ……思い切り腰が引けていた。


 早い話がドン引きしていた。


 オイ、全然効いてないぞ!!

 役者も唸らせたユマ姫の演技だが、流石にオーズド伯は騙されてくれない。


 むしろ、完璧な演技をすればするほどに警戒感も露わだ。

 ……そう言えば、オーズド伯はシノニムさんから今までのアレコレを逐一報告されてるんだよな。


 アレ? と小首を傾げるユマ姫。

 はにかむ笑顔は小動物系。


 かわいい。


 かわいいけど、恐怖の表情から一転、その早過ぎる切り替えは、素直に怖い。


 ちなみに、今日は地味な紺のワンピースドレスを着ている。可愛い。


 俺はドン引きのオーズド伯に、必死でフォローを試みる。


「あの、今日は絶対に手を出さないと、約束して貰っているので」

「うむ……そ、そうか」


 駄目だわ。

 これ、シノニムさんの報告だけじゃないわ。


 きっと去年の戦争でユマ姫が暴れたのもバッチリ見ている。一体、ユマ姫はどれだけ暴れたのだろう?

 チラリと見れば、本人は何故か気合いを入れていた。


「怖いですが、今日も敵にやられる様ならば、私だって戦いますよ!」

「…………頼みましたぞ、キィムラ殿」

「ええ! 任せて下さい」


 ユマ姫は無視して装甲車を走らせる。

 負けられない戦いがココにある。



 装甲車を走らせ大砲に近づくと、いよいよ砦が慌ただしくなってきた。

 望遠鏡で見つめる先、大砲の近くには、特徴的な制服の兵士が居た。


 アレは、帝国情報部! アイツらまだ居たのか。


 遺跡でユマ姫を焼いた連中だ。アレは第一特務部隊だったっけ? 当然第二特務部隊もあるよな。

 ある程度近づいた所で装甲車を止めさせると、俺はトランクから細長い包みを取り出した。


「では、始めます!」

「それは?」


 呆然と尋ねるユマ姫の目の前で、俺は包みを引っぺがす。


「これは…………ライフルです」

「んなっ!」


 ユマ姫の顔が引き攣る。


 驚いて貰えて嬉しい。虎の子で一丁だけ作ったボルトアクションライフルだ。

 頑張れば射程は400メートルはある。この世界では圧倒的な射程と言える。


 大砲は下手すりゃもっと飛ぶだろうが、引き金を引いてホイッっと撃てるワケじゃない。

 タダの鉄の玉を打ち出すのだから、装甲車を撃つには長くても200メートルぐらいに引きつけて撃ちたいハズだ。


 そしてココは……大体300メートル地点。

 300メートルと言うと大した事が無い様に感じる人も居るだろうが、人間なんて点みたいにしか見えない距離だ。


 肝心の砦だって豆粒みたいな大きさ、俺のライフルだって楽に当てられる距離では決して無い。


 いや、近代のライフルなら楽勝で当てられる距離だけどね……俺のお手製ライフルではこれぐらいがマトモに狙撃する限界だ。


 早速、ハシゴで装甲車の上に上がって、寝そべった姿勢でライフルを構える。

 さぁて、砦の様子は……と、スコープを覗くと、大砲が白煙をあげるところだった。


 ――ドン!   ドォオン!


 遅れて音が届き、鉄球が地面を跳ねる音が間近で響いた。

 撃ちやがった! 鉄球は装甲車2メートル横に着弾。


 この距離から撃つのかよ!?


 2メートル外れたと言っても、装甲車のサイズを考えると食らっていても不思議じゃ無い距離。


 とんでもない腕。スコープを覗き砲手を確認すると、やはり帝国情報部の奴が撃ったようだ。


 奴はまだ諦めず、兵士に指示を飛ばして次弾を装填させていた。ならば、そのまま撃ち殺す!


 俺はスコープを覗いて息を止めた。


 残念ながら、お手製の弾丸でも300メートルも飛ばすと弾道は随分落ちてしまう。


 現代のライフルなら照準調製だって厳密だが、俺のは手作りの調整つまみで角度調整するだけ。ココに運ぶまでに歪み出てもおかしくないし、最後には勘が頼り。

 なにしろ弾丸が量産出来ないので、練習も調製もロクに出来ていないからだ。


 ソレでも当てる!

 スコープの中の男に向けて、俺はゆっくりと引き金を絞る。


 ――パァン!


 平原に乾いた音が響き渡り、白煙が上る。

 黒色火薬なので、酷く着弾が見づらい。


 どうだ? 当たったか?



 クソッ! 外した! 無傷だ。


 恐らく少しだけ上に撃ち過ぎた! 即座に微調整し、ボルトを引いて排莢。すぐさまボルトを戻す。

 コレだけで次弾が打てる。

 ゲームではフルオートに比べて遅いとイライラしたが、マスケット銃に比べれば、馬鹿みたいに高速な装填。


 当然、相手だってコッチが既に撃てるとは思っていないだろう……と思ったのだが。


 あっ! クソっ! 引っ込んじまった。


 情報部の制服を着た将校は顔を出さない。

 コッチが連射可能と知っていたか。


 大砲に火薬を詰めてる下っ端を撃った所で、意味は無い。あの砲手を撃たなければ。

 敵だって大砲の練習が出来ているヤツなんて殆ど居ないだろう。アイツさえ殺せば、大砲の脅威は格段に落ちるハズなのだ。


 ……ソコまで考えた時点で、ふと思った。

 むしろアイツしか大砲を撃てないんじゃ? だとすると……


 俺はもう一門の大砲をスコープで見る。居た!

 やっぱりそうだ、二門の大砲を二人で撃つんじゃない!


 アイツが一人で廻し撃ちする為の、二門の大砲だ!


 既にそちらの大砲には砲弾が詰められていた。望遠鏡でコチラを観察しながら、大砲の角度を微調整する情報部の男の姿が見えた。

 スコープ越しに、お互いの視線が交わる。神経質そうな細面の男だ、独特の雰囲気がある。


 予感があった。次はヤツも当ててくる。


 装甲車にはユマ姫も乗っている。装甲車だから死なないとは思うが、大怪我はするだろう。


 そうなればもう、ユマ姫は何をしでかすか解らない。


 緊張に呼吸が乱れる、一方的に撃てると距離だと思っていたが、どうやら甘い考えらしい。


 微調整したスコープに、ヤツの顔がハッキリ映った。


 笑っている。


 大砲を撃つのが楽しいと顔に書いてある。

 俺の姿を見て獰猛に笑っていた。



 そして、その顔に穴が空くのが確かに見えた。



 当たった。

 極限の集中は感覚を消し去るらしい。

 今だ! 撃つぞ! と思った時には、既に撃ち終わっていたワケだ。


 当たったのを確認して、初めて引き絞ったトリガーと、漂う硝煙に気が付いたほど。


「やりました! 進んで下さい!」

「了解です!」


 すぐさま装甲車に乗り込んで、砦まで突っ込む。歪んだ車軸がガタつくが、それでも馬車よりはずっと速い。


 後ろからはゼクトールさん達、防弾マントを着た騎士達が続く。

 ドゥンと大砲が撃たれる音、しかし見当違いな方角に放たれる。下手くそが! 砦からは散発的に銃声が響くが、それも無駄!


 一気に砦に近づくと、木製の大扉目掛けて火薬を投げつけた。

 樹液で粘着する、破城槌代わりの爆薬である。


 バンッっと派手な音を立て大扉が崩れると、ゼクトールさんたち騎士が乗り込んでいく。

 混乱に乗じて、他の騎士も次々と砦に雪崩れ込んだ。基本的に小さな砦だ、これだけで落としたも同然。


 戦場の雰囲気に血が騒いだのか、装甲車を飛び出して、愛馬に跨がったオーズド伯がニヤリと笑った。


「やりましたな、私も中を見てきます」


 装甲車から望遠鏡で様子を見ながら、俺は頷く。


「ええ、しかし油断なさらぬ様。勝ってるようでも開戦前に戻しただけです」

「コレで手打ちにはしたくないと?」

「総司令であるオーズド伯の判断には従いますが……毎年、新兵器の実験に付き合う道理は無いでしょう?」

「ふむ……」


 ユマ姫は怖いが、それでも毎年遊びに来る帝国の方がずっと厄介だろう。


「テムザンは帝国を代表する将軍……ですが私は彼らが最高戦力だと思っていません」

「どう言う事ですかな?」

「もっと厄介な連中が、牙を研いでいる段階に思えてならないのです」

「馬鹿な、敵兵は万の単位で動員されている。テムザン将軍以外にコレほどの兵力は集められんよ」


 オーズド伯は笑って否定する。


 確かに諜報活動で得た情報では、テムザン将軍以上の戦力は無いのだろう。


 だが、ソコに魔女も古代文明を操る怪人も居ないのならば、彼らは本命では無いのだ。


 百歩譲って帝国が本命だと思っていたとして、それでも最高戦力ではない。


「恐らく、在庫処分をしたつもりのテムザン将軍ですら、在庫処分される側なのです。決して油断なさらぬ様」

「ご忠告痛み入るが、とにかく敵の様子を見て決める」


 オーズド伯は愛馬に乗って、占領中の砦へと飛び込んでいく。

 その後ろ姿を見ていると嫌な予感が拭えない。


 ユマ姫と同じぐらいに厄介な敵が居る。オーズド伯もソレを理解して貰いたいモノだ。


「ふわぁぁ」


 肝心のユマ姫は、助手席で退屈そうにあくびをしていた。


 戦場を恐れるお姫様の設定はどこ行った?

 せめて、ちゃんとやれ!

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