フラグ回収

「なるほどね……」


 俺は装甲車の中でひっくり返っていた。


 負けることはあり得ない!

 景気よく言った端からコレだよ……


「キィムラ殿、大丈夫か!!」

「ええ、なんとか」


 伸ばされたオーズド伯の手を握ると、そのまま引っ張り上げられた。


 領主だってのにスゲー力だ。

 まさしく戦う男の手である。


 ネルダリア領に加え、慣れないスフィールの統治から、開戦準備まで、今日まで目が回る程に忙しかっただろうに、鍛える事を怠っていないらしい。


 流石はイケてるダンディ。

 イケダンのオーズド伯だわ。


 イケダン。語感が良いね。流行らないかな?


「…………」



 ……ピンチだと言うのに、また下らないことを考えてしまった。



 ん? いまの状況? 横転したんだよ。装甲車がね。


「何があった!」


 装甲車から這い出ると、オーズド伯は大声で後続の味方に状況を尋ねる。


 しかし、誰も何が起こったか理解出来ていない。

 理解出来たのは俺だけだろう。


「恐らくですが……」

「いや、その前に脱出しましょう」


 うむ、正体不明の攻撃を受けたなら逃げるのが定石。

 だけどダメなんだ、この装甲車は替えが効かない。


「……ゼクトールさん! お願いします」

「おまかせを!」


 駆けつけたのは、ユマ姫親衛隊のゼクトールさん。


 手早く装甲車へロープを結んでいく。すぐさま騎士達が愛馬に鞭打ち引っ張れば、横倒しになっていた装甲車は元へと戻った。

 早速、俺は運転席に取り付いて、エルフの運転士に尋ねる。


「動くか!?」

「行けます!」


 良かった壊れてなかった!

 後部座席に飛び込み、オーズド伯に訴える。


「撤退しましょう、作戦を練り直します」

「解った。撤退! 撤退だ!」


 オーズド伯が拡声器でドラ声を上げれば、一目散に撤退が始まった。


「アレは? 対処も手慣れてたが、想定していたのですかな?」


 車内ではオーズド伯から質問攻めだ。


「いえ、横転は悪路でのスリップを考慮して訓練していました」

「なるほど。では、横転させた攻撃の正体はなんでしょう? 酷い衝撃だったが」


 まぁ、気になるよね。


「アレは……大砲です」

「大砲?」


 オーズド伯が眉を顰める。


 ……さて、

 何があったか、イチから説明しよう。


 敵の騎士を捕まえて捕虜にした俺達は、そのままの勢いで進軍した。

 何せコチラには装甲車があるのだから自信満々。


 目指したのは砦、ゲイル大橋のそばにある国境の小さな砦である。

 ゼスリード平原を南北に貫くフィーナス川が国境となっているのだから、ゲイル大橋を押さえた側が主導権を握るのは当然。

 まずは橋のそばの砦を取り返さなければ、戦争は始まらない。



 そして、始められなかったワケだ。



 既に砦には大砲が運び込まれていた。

 突然の衝撃で装甲車が横転。横っ腹にデカい鉄球を貰ったのだろう。


 そりゃ、俺だって大砲ぐらいあるかも……とは思っていた。

 それにしたってかなりの速度の装甲車。横っ腹に食らった事からも解る通り、なにも真っ直ぐ突っ込んだワケじゃない。


 まさか当ててくるとは思わなかった。砲手は途轍もない腕前か、剛運の持ち主だろう。


 ユマ姫が落雷で死にかけた戦争ではガトリングや野戦砲が登場したが、どれもが中途半端な性能だった。

 ガトリングは一周撃ち切ったら打ち止めだし、野戦砲は迫撃砲を目指した爆弾発射装置と言った風情。理想は高いが、未完成。それほど脅威には感じなかった。


 その点、今回食らったのはゴリゴリの大砲。

 カノン砲と言われるデカい鉄球をぶっ放す極めて原始的なヤツだ。だからこそ、使い手次第では非常に厄介と言える。


 参ったな。車軸が歪んだのか装甲車の速度が目に見えて落ちてしまった。この速度なら次も間違い無く当ててくる。

 かといって騎士達が砦に近づけばマスケットの掃射を食らうだろうし、被害を抑えるのは難しい。


「対処方法はあるのだろうか?」


 オーズド伯は対処を急かすが……うーん。


「あるには……あるのですが」


 一番簡単なのは、ユマ姫に魔法を使って貰う事だ。

 ユマ姫が魔法の弓、もしくは銃弾を放てば、大砲など遠距離から一方的に破壊可能。


 だが、あのイッちゃってるユマ姫を世に放っては、大砲以外も全方位にぶっ壊れる絵が目に浮かぶ。


 俺は大げさに腕をまくり、小さな力こぶを見せつけ宣言する。


「明日、とっておきの一撃をご覧に入れますよ」

「……期待しておこう」


 胡散臭いモノを見る目で睨まれるが、一応本当に準備はある。

 虎の子だったが、早速使う事になりそうだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「治りそうか?」

「うーん、騙し騙しですかね」

「そうか……」


 夜、引き上げた陣内。馬車の下で泥だらけの奮闘を続けるエルフに尋ねる。

 彼はエルフの戦士兼、運転士兼、整備士でもあるのだ。なんでも出来るからこそ、この任務に選ばれたらしい。


 彼やマーロゥ君に矢を放って貰えれば解決なのだが、そもそも魔力が薄い場所だと魔法は命懸けになってしまう。


 一方で魔剣は魔道具の一種で、魔力の効率が良い。


 魔剣使いのマーロゥ君が護衛になっている理由だし、魔力が少ない人間でも頑張れば魔剣を使える理由でもある。

 因みに、魔法はどんなに魔力が高くても、人間じゃ使えないらしい。理不尽だね。


「歪んじまった車軸は戻せませんよ。スピードを出すとぶっ飛びます」

「うーむ、それでも馬車より速いし、使い潰す気なら最悪、盾にはなるかな」

「そうですねぇ、でも今日みたいなのは何発も耐えられませんよ。ホラッ! スッカリ凹んじまってる」


 指差すのは車体側面。大砲の威力にはさしもの大土蜘蛛ザルアブギュリの外骨格も砕けて、フレームが凹んでいる。もう一度食らったら確実にアウトだ。

 それに、運転士も魔導車は大切にしているっぽい。使い潰すと言った時、露骨に嫌な顔をされてしまった。彼にヘソを曲げられるのは避けたい。


「うーん、解った。大砲はちゃんと対策するし、任せてよ」

「解りました」


 やはり虎の子を使うしか無さそうだ。

 取り敢えず魔導車は修理を続けて貰うとして、他に不安要素は無いかな?


 と、治すと言えば、捕虜の様子はどうなったろう?


 身分のある騎士だから、死ななければ身代金だって期待出来る。

 昼間の様子じゃ銃弾が体内に残ったままの騎士も多いだろう。弾丸は案外に取り出すのが難しく、感染症の原因になりやすい。


 いっちょ俺が自在金腕ルー・デルオンで除去してやるかな……と、野戦病院となった陣幕を目指したのだが……


 陣幕の前には白馬が佇んでいた。


 この白馬には覚えがある。

 ……嫌な予感がした。


 実はユマ姫が暴走した時の対処は二つあった。

 俺のはプランBヨルミちゃん。


 そしてオーズド伯の用意していたプランAこそ、この白馬だ。


 白馬に乗って、旗を振って戦意を鼓舞する。そんな華々しい功績で、ユマ姫に満足して貰うと言うモノである。


 良くこの数日で白馬など用意出来ましたね? と尋ねれば、どうやらユマ姫がぶっ殺した女騎士ミニエールが乗って来た馬らしい。

 普通ならば馬は返さなければならないのだが、なし崩しに戦端が開かれてしまった上、ユマ姫の母のカツラなぞ相手が使ってくるのだから、白馬にユマ姫が乗って帝国を挑発するのは丁度良い意趣返しになる。そう言って笑っていた。



 ……つまり、オーズド伯はまだユマ姫を甘く見ている。



 白馬と軍旗なぞ与えたら、そのまま敵陣に突っ込んで行きかねない。

 それもゾロゾロと味方の兵士を引き連れて、ハーメルンの笛吹きみたいに死の行軍を作り出す。


 結局、気性が荒い馬でユマ姫を乗せるには危険だからと中止にしたが、オーズド伯にしてみれば馬に蹴られて死んで欲しかったに違いない。


 ……正直、オーズド伯がユマ姫を危険視していると聞いた時。

 すわっ、俺が戦場の危険からユマ姫を守らないと!

 と言う気持ちだった。


 しかし、実際に前線に来てみると、ユマ姫が危険で戦場が危ない。


 言ってる意味が解らないだろうが、言ってる方だって意味が解らない。


 まぁそんなワケで、わりと覚悟を決めてから天幕を捲って中を覗いた。


「…………」


 そっ閉じ。


 見なきゃ良かった。思わずそう思った。

 天幕を開けた途端、首を傾げて微笑むユマ姫と目が合ってしまったのだ。


「どうしたのですか? キィムラ子爵さま」


 むこうの方から開けてきた。


 かわいい。天使の様な笑顔である。

 天使なのは笑顔だけじゃない、その姿もだ。


 ナース!


 頭にはナースキャップ。ロリロリボディにはミニスカナース服と来た。

 ただでさえ危険な程に短いナース服なのに、前合わせがスリットみたいに太ももを露わにしている。薄いピンクのコスプレみたいなナース服である。

 何が言いたいかと言うと、途方も無くエロい。


 誰の趣味だって?

 俺の趣味に決まってるだろうが!



 こっそり持ってきたんだよ、良い感じに作戦がハマって、万事解決したら着て貰おうかなって。


 モチロン、俺の荷物として厳重に管理してたんだけど?


「その格好は?」


 掠れた声でそう尋ねれば、モジモジと恥ずかしそうに述懐した。


「あの……ドレスがボロボロになってしまい、勝手にお借りしました」


 はにかみながら答える、あざとい姿。

 嘘つけ! ドレスは演出の為に自分でボロボロにしたし、他に着るモノなんて幾らでもあるだろうが!


 コイツは、勝手に俺の荷物を漁って、良い感じの衣装を拝借したのだ。

 しかも、良く見れば白いガーターベルトとストッキングまで着ているじゃないか!


 こんなナースが居るワケねーだろ!!


 何度も言うが、途方も無くエロい。


 傷ついた捕虜達が寝込む陣幕、こんなエロい衣装で何をしていたのか?

 聞く迄も無い。治療していたのだ。お得意の魔法で!


「あの、そのお方は?」


 その捕虜から声が掛かる。


 ベッドから苦しげにユマ姫に尋ねて来たのは、整った顔立ちと鍛え上げられた肉体の青年だった。

 あちこちに包帯が巻かれた下着姿なのに、少しも貧相に見えない。

 若年ながらかなりの貫禄だ。


 名の知れた騎士に違いない。一目で解った。



 ……そして、一言で解った。

 この騎士は既にユマ姫に籠絡ろうらくされている!!


 だってオカシイじゃん! コイツらはロアンヌの騎士。

 言わばユマ姫は、自分とこのお姫様を殺した宿敵である。


 なのに、さっきの言葉遣い。

 とても主君の仇にモノを尋ねる態度じゃない……やべぇよやべぇよ。


「この人はその、えっと……」


 騎士に対して、俺をどう紹介したものか言い淀むユマ姫。

 俺はその態度を見てピーンと来たね。こりゃアレだ「軍に居場所が無い可哀想なアテクシ」をある事無いこと吹き込んだに違いない。


 くぅ~~! 仕方無い!


「なぁーにを勝手な事をしてるんですかなぁ?」


 俺は嫌らしく顔を歪めてユマ姫に近づくと、俯くユマ姫の顎を持ち上げる。恐怖に揺れるユマ姫の瞳と目が合った。


「あ、あの……」

「勝手に治療なぞするんじゃない! どうせ治すなら味方を治せば良いモノを!」

「きゃっ!」


 恐怖心と戦いながら、俺はユマ姫をビンタした。


 ……そっとね、そっと。


 するとユマ姫は大げさに吹っ飛んで倒れ込んだ。苛立たしい程の名演である。

 でも、どうせ治すなら、味方にしておけってのは本心だけどさ。


「で、でも! この人達は私が殺してしまった人の身内だから」

「だからなんだ! 使者に女なぞ寄越しおって。おまけにお前のようなガキに殺されるとは、どれほど貧弱なのだ。あんなのが騎士を名乗るとは、帝国はよほど人材不足らしい!」

「なんだと!」


 俺の挑発に病床の騎士達が激怒するが、無視。涙のユマ姫が訴える。


「ち、違うの! 魔法が暴走して、それをミニエールさんが……」


 え!? なんだよ、その雑な設定。


「フン! なんにせよお陰で戦果は散々だ。コレでは一銭も儲からん」


 金にしか興味が無い商人を演じてみる。

 そんな男がユマ姫の後見人って感じでどうだろう?


 なんだかヤケクソになった俺は、ユマ姫の首に嵌められた首輪を握って引き摺る。


「来い! コイツらじゃなく、味方の兵士を治療するんだ! 途中で眠るんじゃないぞ、また鞭をくれてやるからな」

「そんな!」


 そんな! じゃねぇだろ、むしろずっと眠っててくれ。頼むから。


「よせ! 止めるんだ! グッ!」


 騎士達が俺を必死に止めようとするが……怪我は完治していないようだ。


 流石にユマ姫も敵兵を無闇に完治させたワケじゃなかったか。

 俺は嫌らしく顔を歪めて言い放つ。


「あなた達はゆっくり休んで下さい。身代金をタップリせしめなくてはなりませんのでな」

「クソッ! 外道が!」


 殺意の籠もった目で睨まれてしまった。

 俺は悪徳商人ムーブをしながらホンモノの外道(ユマ姫)をズルズルと陣幕の外まで引き摺り出す。


「なんのつもりなワケ?」


 あえて軽く首が絞まる様に、首輪を持ちながら問い詰める。


「ゲホッ! いや、だってゼクトールさん達、俺の親衛隊なのに、俺に指揮権が無いじゃん?」

「そりゃーね」


 ユマ姫親衛隊は、危険に飛び込もうとするユマ姫の首根っこを掴む隊だもん。


「だから、『ユマ姫と一緒にぶっ込み隊』の編成が急務だと思ってさ」

「解散して、どうぞ」


 僅か半日、目を離しただけで、なんて禍々しいモノを作ろうとしてるんだコイツは。


「アイツらは騎士なんだから、身代金を巻き上げて解放だから!」

「ちぇっ!」


 ちぇっ! じゃない!

 ……しかし気になる。


「あの様子、どんなことを吹き込んだらああなるの?」

「あーソレね、嘘はついてないよ」

「ソレが既に嘘だろ?」

「果たしてどうかな?」


 自信満々である。聞いてみると、確かに嘘かどうか微妙な所を吹き込んでいた。


 ・大森林でお姫様として暮らしていた所、帝国の襲撃で国を追われた。

 ・王国に庇護を求めるもスフィールでは奴隷にされそうになった。

 ・王都では継承争いに巻き込まれた。

 ・今も多くの貴族に命を狙われて、味方が少ない。

 ・しかし、民衆の支持は厚い。


 なるほど、事実……だなぁ。更に。


 ・エルフが魔獣を操ると言うのは誤解。

 ・むしろ魔獣を操るのはクロミーネの魔術。

 ・帝国の皇帝は魔女に操られていて、エルフや王国に戦争を挑んだ。

 ・魔女は古代文明を復活させて、世界を支配しようとしてる。


 うーん、後半は雑な解釈だけど、殆ど正解じゃなかろうか?

 で、他には?


「いえ、これ以上、余計な事は…………んぐっ、解った、言うよ」


 俺が睨むと、モジモジと言い辛そうに白状した。


 ・ミニエールのカツラも魔女クロミーネの仕込み。

 ・カツラだけでなく、魔法に反応し大爆発を起こすペンダントまで持たされていた。

 ・カツラに激昂したユマ姫の魔力に反応して、ミニエールの生命力はドンドン火薬に変わっていく。

 ・このままでは大爆発となる間際、ミニエールは自決することで爆発を防いだ。



 ……完全に嘘を吹き込んでるじゃねーか!!



 生命力が火薬に変わるってなんだよ?

 え? アイツらどうせ火薬の作り方なんて知らされてないからそんなので良いんだって?


 うーん、生き物の死骸やウンコで出来てるからあながち嘘でもな……いや、大嘘だわ。


 そもそも、今回の戦いに魔女の関与は感じられない。

 なのにユマ姫は何故かどや顔だ。


「嘘ってのはスパイスみたいに少しだけ混ぜるのが肝心。お前が言ってた事だよ?」

「混ぜたのはスパイスじゃなくて猛毒だよね? 殺す気か?」

「殺す気だけど?」


 んはー殴りてぇ!


「アイツらは身代金をふんだくる為に必要だから! 殺さないで!」


 なんで俺は敵の命乞いをしてるのか、それが解らない。


「いやいや、返品するからこそ、魔女への不信感を植え付けて、評判を落とすのが重要っしょ?」

「その場合、俺は幼気なお姫様を利用する悪徳商人の評判が根付くんだけど?」

「それは勝手にやったんじゃん!」


 まーそうだけどさ。


 ユマ姫が敵からすらも愛されるなら『偶然』からも守られるだろう、そう思ったのだ。

 なのに当の本人はやる気満々。


「それよりもさー、砦に攻め込んだらボコボコにされたらしいじゃん? このユマ姫様に全て任せてみない? 丁度、良い感じに弾よけの騎士が揃ってるし」


 騎士を引き連れて敵陣に特攻されたら、そんな細かい気遣いなどおじゃんだ。


「いらねーって、秘策があるから」

「ほんとー? 俺の弓で大砲、壊した方が早くない?」


 知ってるのかよ! 痛い所を。しかし、俺はめげない。


「不要です、とっておきがありますから」

「ふぅーん。じゃあ明日は俺も装甲車に乗って良い?」


 良いワケねーだろ! とブチ切れたい所だが、これ以上コイツから目を離すのも怖い。

 俺は渋々承諾するのだった。

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