エピローグ2 アイドル活動

「みんなー! 聞っこえってるー?」

「イエーイ!」


 俺が叫ぶと、地を揺るがすようなコールが返る。人々の熱気がプラヴァスの太陽よりもギラギラと照り返していた。


 俺は今、プラヴァスの北部、水が湧き出す聖地に居る。

 何故かって? 野外ライブを行うためだ。


 プラヴァスには巨大なライブハウスなんて奴は無い。学校の講堂や俺が身請けさせられていた酒場こそソコソコの広さはあるが、それでも精々が体育館レベル。俺達が欲していたのはオペラハウスや、スタジアムぐらいにお客が入れられるスペースだった。


 そうなればもう、野外ライブしか選択肢が無かったわけだ。


「みんなー今日は楽しんでいってねー♪」

「おー」


 ノリノリだ。ノリノリのアイドルスマイルだ。なんか変なポーズまでキメている。

 何もヤバい薬をキメてるワケじゃない。仕方無くだ、仕方無く俺はアイドル活動をしていた。


 俺は確かに木村に「ライブでもやろうぜ!」とは言った。言ったは言ったがアレは歌姫として、それこそ当代の歌姫シェヘラさんみたいにしっとりと歌いたいと言う事だった。


 それがなぜ? アイドルみたいにキャピキャピで歌わなくてはいけないのか?



 それは、帝国が手引きしたクーデターがスッカリ沈静化して、一週間ぐらい経った日の事だった。

 それまでは事後処理や遺跡での資料集めに奔走し、それが終わってようやく一息ついたタイミングの出来事であった。


「実は……皆の不安が抜けないのです」


 悲しそうに打ち明けたのはリヨンさん。話があると俺、田中、木村の三人で私室に呼び出されての第一声がソレだった。


「そりゃーな」


 真っ先に応えたのは田中。

 大きくノビをして、あくびを噛み殺しながら片目でチラリとコッチを見てくるじゃないか。


 まるで、俺の責任みたいな態度! 俺は、怒った。


「なにが言いたいのです?」

「それはですね……」


 キリリと眉を吊り上げると、木村が横から解説を始める。


 つまり、プラヴァスの国教であるセイリン教の司祭が俺を邪神の手先と断じ、それに対して俺に操られたブタ共? が宗教指導者に殴りかかるショッキングな事件が起きたと言うのだ。


 いやー、世界面白ニュースかな?


「マジで見逃したのが悔しいぐらい面白ぇだろ、ンなモン」

「止めて下さい、思い出したくない」


 しみじみと残念がる田中に対して、リヨンさんは頭を抱えている。

 SMプレイを見られた程度の話。そんなに恥ずかしいかぁ?


 ……普通に恥ずかしいよな。


 正直、際どい格好で暴れた俺が一番思い出したくない出来事だ。だがリヨンさんにとっては恥ずかしさとは、また別の問題がありそうだった。


「セイリン教の熱心な信徒の中には、未だにユマ姫を邪神の手先と言って憚らない連中も居るのです。もちろん侮辱的な物言いには対処していますが……」

「押さえつける度に、裏ではカルト化が進んでいるということですね?」

「恥ずかしながら……」


 俺の指摘に、端整なリヨンさんの顔が苦渋に歪む。

 うーん、そう言えばセイリン教と言えば王都でもかなりの勢力を持っている。アレが役に立たないだろうか?


「私はセイリン教の聖者に認定され、洗礼名も授かっていますが?」

「音に聞こえておりますが……失礼ながら悪魔の様な邪悪な名も帝国から入っています。それに洗礼名や聖名に関しては、ユマ姫様はあらゆる宗派から授かっている様ですが……それが益々」

「……怪しい、と言う事ですか」


 自分でもそう思う。例えば、仏教でもキリスト教でもイスラム教でも聖人認定を受けましたみたいな少女が現れたら、それこそ終末思想でも唱えたくなる。


「ここは一つ、皆の前で聖句でも唱えて見せるしかないのでは、とお願いに……」

「それはつまり、あの講堂で私にライブをしろ、と?」

「らいぶ? とは?」


 俺の言葉に首を傾げるリヨンさんは無視して、木村は身を乗り出して提案してきた。


「どうせなら野外ライブで派手にやりましょう!」と。



 で、よりによってプラヴァスの聖地で野外ライブと相成った訳だ。


 時間は朝もかなり早い時刻。夏に近いプラヴァスであっても少々肌寒い。

 それでも砂漠の都プラヴァスで野外イベントをするとしたら、この時間しか無いと言われてしまった。それだけ昼間は茹だる程に暑いし、日光が危険なレベルだと言う事。


 真横から照りつける、神秘的な太陽に目を細める。

 紫色の空は澄んでいて、赤い砂漠がグラデーションを描く。砂混じりの冷たい風が頬を撫でた。


 ココは聖域。元より水が湧き出す場所として、すり鉢状のステージ構造が出来ている。


 ライブ会場としてみると、歴史のある謎の石柱や、ど真ん中の湖が少々邪魔だが、そういう部分だって舞台演出と思えば悪くない。


 だが、ひとつ問題が。

 この天然のステージは、とにかく馬鹿みたいに広いのだ。


 後ろの席にはとてもじゃないが声が届かないのでは? と言うのがリヨンさんが口にした不安要素。確かに、ただでさえ屋外では屋内より声が遠くまで届かない。


 だから当然、やって来たお客だって半信半疑、不安そうな表情が見て取れた。


 舞台袖からこっそり集音魔法で探っていると、こんな声まで聞こえて来た。


「オイ全然見えないぞ?」

「これじゃあ、ちっちゃい子の声なんて届かないでしょう? 帰りましょう!」


 夫婦なのだろう、オジサンとオバサンの二人組。若者に人気のユマ姫を見に来たが、余りの人出に辟易と顔に書いてある。


「声は聞こえるはずですよ」


 そんな彼らの耳元で、俺は囁いた。


「お前、何か言ったか?」

「ワタシは、何も!」


 キョロキョロと周囲を見回す。

 今のは俺のイタズラ、魔法で音を耳元まで飛ばしたのだ。イタズラが成功した快感に笑みが漏れる。老夫婦は首を傾げながらも席に着いた。そのまま観劇するようだ。


 そんなこんなで客入りは超満員。大半はお祭り好きの冷やかしだが、ソレで十分だ。すぐに目が離せなくなるのだから。

 そうこうしているうちに、いよいよステージが始まった。時間は朝一のまだ寒い時間である。


 さて、観客が最初に驚いたのは、意外かも知れないがリヨンさんの挨拶だった。


「本日はようこそお集まり下さいました」


 ただの定型文句。だから驚いたのはその内容では無い。


「なんて大音量だ!」

「ココまで声がハッキリ聞こえるぞ!」


 そう、それこそが歌好きな国民で知られるプラヴァスに、大きなステージが無かった理由。


 多大な魔力を使う大出力の拡声器がプラヴァスには無かったのだ。


 今回、遺跡から大量の魔力タンクを発見してるし、マイクとスピーカーはエルフの国で簡単に作れる。その技術力を見せつける良い機会でもあった。

 これはただ事じゃないぞと、この時点で観客は舞台に夢中。巨大なスピーカーを指差したりと、途端に落ち着きが無くなった。


 続く紹介は木村のギター。これもプラヴァスの人には見慣れぬ楽器である。流石にエレキではないのでしっかりとマイクも準備してある。

 まずは小手調べと演奏したフレーズの数々に、プラヴァスの人々は驚いていた。


 他にはアコーディオンのオッサンや、ダンサー達の紹介が入る。


 彼らは名店リーリッドのメンバーだ。格式高い紳士の社交場でのみ楽しめる彼らの音楽が無料で楽しめると言うだけで、会場のボルテージは否が応でも上がっていく。


 このメンバーが揃うなら当然、この人も! 歌姫シェヘラだ。


「おおおおぉぉぉ!」


 手を振りながらの登場に、会場が一気に湧き上がる。

 政治的に中立を求められる彼女がこう言った場に現れるのは極めて稀……らしい。


 そして大トリは勿論、俺だ。


「姫にして聖女、奇跡の魔法使いにして天よりの使者。ユマ・ガーシェント姫の登場です」


 湧き上がる大声援に笑顔で応える。今日の俺は魔力も控え目の銀髪で、銀とピンクのオッドアイ。衣装は木村が用意したアラビアンな白銀の踊り子衣装だ。


 とは言え、露出度はそんなでもない。精々が薄衣でおへそがちょっぴり透けて見えるのがエチエチなぐらいだろうか?


 それでもプラヴァスでは過激な衣装らしく、会場のどよめきは止まらない。


 まぁこの位は良いだろう。異文化と諦めて貰おうか。俺はマイクの前で最初の曲目を囁いた。


「それでは一曲目、砂漠の奇跡」


 それは紛れも無く聖句。本来は詩であって歌では無いのだが、木村が即興で音楽を付けて歌へと仕上げたのだった。

 どうやらアニソンのアレンジっぽい。俺もそのアニメを見ていたがリューナってエルフの女の子が可愛いだけのクソアニメだった記憶。


 エルフの女の子……当てつけか?


 木村のギターが奏でるしっとりとしたバラードが、神秘的な朝の砂漠に溶けていく。


 いよいよ、時刻は明け方から、早朝へ。


 明るさを取り戻した太陽が、俺の小さな体を照らし、大きな陰を伸ばしていく。

 砂漠の聖域で、静かに祈りを捧げる少女。


 自分で言うのもアレだが、中々に神秘的な光景だろう?

 会場は静まり返っている。これはきっと、皆が聞き入ってる証拠だ。


 俺は、ゆっくりと口を開いた。


 ――静かな朝、死の時間が終わり、命の息吹が吹き込まれるの♪


 これはプラヴァスの建国神話。プラヴァスオリジナルの聖句である。

 かつて砂漠を渡った建国王が巨大なオアシスを発見すると言う内容だ。プラヴァスの国民なら皆が知ってる聖句らしいが、今は初めて聞くみたいに聞き入っている。


 木村のギターの目新しさもさることながら、今の俺はリネージュの記憶を吸収し、歌の達人になっているのだから当然だ。

 自分で言うのもアレだが、中々の美声。神秘的で美しい歌声だ。


 ……だけど、一カ所だけ、音が外れてしまった箇所がある。但し、外れたのは演奏の方。


 ――遙かなる理想郷、聖なる竜に導かれ辿り付いた湖♪


 ここで何故か木村が手を滑らせた。珍しい事もあるもんだ。

 何か嫌な事でも思い出したのだろうか?



 ソレにしても、静かだ。

 白けているワケじゃないだろう。だって、誰も帰ろうとしない。


 だが、コレを皆がゆったりと聞き惚れていると見るか、盛り上がりに欠けると見るべきか? ソコまでは解らない。


 聖句は短い。二つ三つと続けて歌った所で、小休止。


 俺達は一旦舞台袖に引っ込んだ。


「おぉぉぉぉ!」


 その途端、ドッと会場が湧き上がる。


 良かった。余りに静かで、流石に途中から不安だったのだ。

 どうも感動の余り固まっていたらしい。

 聖句のノルマはココで終了、後は楽しいライブの時間だ。


 そうして第二幕が始まった。


「みんなー! 聞っこえってるー?」

「イエーイ!」

「みんなー今日は楽しんでいってねー♪」

「おー」


 と、まぁそれでこうなるワケだ。


 キャピキャピの俺に、ノリノリのお客。実の所アレだ、仕込みだ。


 だって、この世界。アイドルライブなんて無いからね。

 皆だって、楽しみ方が解らないだろう? 放っておいたら、さっきみたいに静かに耳を傾けてしまうに違いないのだ。


 だが、それじゃ一体感が生まれない。

 不安を吹き飛ばす力とならない。


 だから、まぁ、仕込みだって必要だろうってさ。


 最前列にズラリと配置したのは講堂の一件で生まれた俺のシンパ、子ブタ隊である。

 その中でも一等目立つ場所でキラキラのうちわを振っているのは……カラミティちゃんの友達、フィナンティちゃんだ。俺が怪我を治した女の子でもある。どうしてこうなったのかは不思議だが、とにかく本人の強い希望で協力してくれている。


 仕込みはソレだけに止まらない。俺が魔石を飲み込むと同時。舞台袖で田中が遺跡にあったボンベから大量の魔力を垂れ流す。


 俺が片手をスッと上げると同時、背後に光の魔法を全開で展開させる。


「うわっ!」

「眩しい!」


 元々、朝の太陽で逆光気味のロケーション。加えて俺の魔力で思いっきり光らせれば、舞台は誰も見通せなくなる。

 その隙に田中とリヨンさんが薄い幕を俺の前に広げる。薄衣に遮られて俺のシルエットだけが観客に見えるという算段だ。


 このチャンスに早着替え。俺はよりによって魔法少女みたいなフリフリ衣装に着替えさせられた。


 着替えが終わると、薄い幕を容赦なく魔法で粉々に引き千切る。


 ――バシュッ!


 音と共に幕が千々に飛び散り、光と共に俺は再び観客の前に姿を現した。


「変 ☆ 身!」


 魔法少女の姿で豪快にキメポーズ。

 変わったのは衣装だけじゃない。


「髪の色が!」

「ぴ、ピンクになった!」


 ザワザワと観客のどよめきが広がる。

 俺の髪色が、みるみるピンク色に変わっていくのだ。こんなの地球でやってもニュースになるに違いない。


「いっくよー♪」


 それからは、もうやりたい放題やってしまった。


 光と音のスペクタクル。潤沢な魔力を使って光ったり浮かんだり。上から、後ろから音を飛ばしてみたり。


 観客は大興奮でかぶりつきだ。


 こんなショーがもしもあったなら、娯楽に満ちた地球であっても社会現象間違い無し。そんなライブを中世レベルの砂漠の都市で披露しているのだから、そりゃ皆ぶったまげる。


 なんとなく沈んでいたプラヴァスの民衆の心が、パァーッと晴れていくのが手に取る様に解った。


 そしてトドメがコレだ。


 ――砂漠の太陽が月へと変わり、わたしの夜がはじまる。

       乾いた大地を癒やすのは、わたしの歌だけ――


 雨乞いの歌。

 プラヴァスでは歌姫が歌うことで、雨を降らせると言う伝説の歌だ。


 歌いながら、俺は風の魔法でフォッガの胞子を遙か上空まで巻き上げる。


 それは丁度歌い終わるというタイミングだった。


「嘘だろ! 雨雲が」

「歌姫だ! ユマ姫は歌姫だったんだ!」


 狙い通りに雨雲が発達した。

 実は仕込みとして水を炊き出して、大量の水蒸気を散布していたのはご愛敬。

 しかし、想像以上に上手く行った。完璧なタイミング。


 こうなったらもういっちょサービス行っとくか!


「嘘だろ!」

「空に! ユマ姫が!」


 俺は雨で出来た霧のスクリーンに、俺の姿を大写しに映し出した。

 鏡と光の魔法を組み合わせた天然の映写機である。


「聖女だ!」

「聖女サマだ!」


 いよいよ本降りの雨の中で、プラヴァスの民は揃って跪き、俺に祈りを捧げていた。

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