フォッガ

 浸水した地下道をジャブジャブ歩くのは想像以上に体力を奪われた。なんとか水が無い通路に出た後、ハシゴを登った先、目星を付けたらしい場所へと案内される。


 ココが目的地? その根拠とは?


「この辺りは特に魔力が濃い様なので」

「確かにそのようですね」


 俺は体力も戻り絶好調。一方で二人は息も絶え絶えだった。


「す、少し休憩しましょうよ!」

「私はまだ、行ける」


 クタクタのカラミティちゃんと、全然行けそうにないリヨンさんを見るに、二人はこの辺りが限界。

 魔力も戻ったし、怪我を治療したら来た道を戻って貰おう。腰を落ち着けるため、ピンと来た場所へと足を踏み入れる。


 どうもこの辺りは地下鉄の駅っぽい雰囲気で、何となく馴染みがある。

 きっと、ここは駅員室みたいな場所じゃなかろうか?


「ここで魔法を使います。楽にして下さい」

「ああ……」


 肩を出させると、太い血管から外れていたのだろう。思ったよりも出血が少ない。コレなら簡単に治りそうだ。それよりも、鍛えられた背中にキュンキュンしちゃうね。


 そんな俺の様子に何を感じたのか、なんだか不安そうなリヨンさん。魔法は初めてか? 力抜けよ! そうじゃなきゃ、無駄に健康値を削ってしまう。


「行きます。『我、望む、この手に引き寄せられる、肉に埋まりし鉄塊よ』」

「グッ!」


 まずは肩に埋まった鉄球を取り出す。肩の肉をミチミチと引き剥がしながら、俺の手にはスッポリと鉄球が収まった。

 魔法は成功。だけどリヨンさんは苦しげに呻く。


「ハァ、ハァ……」


 思ったよりも痛そうだ。


 それに魔力も無駄に消費した。コレだけ俺に心酔してるのだから抵抗などゼロに近いだろうと思ったのだけれど、甘い考えだったかも知れない。

 コレはアレだな、肉から弾丸を取り出すって普通は結構痛いって事だな。


 俺は最近、他人の痛みが解らない系女子になりかけている。


「うぅ痛そう……」

「だい、じょうぶだ」


 カラミティちゃんはリヨンさんの傷口に眉をひそめるし、リヨンさんも汗だくで一杯一杯なのだけど、俺としてはこの程度、死とは程遠い怪我だよなって感覚だったりする。


 アレだな、女の子の方が痛みに強いってヤツ。あれはマジかも知れないな。

 武器を取って戦う男の方が痛みに弱いなんて、嘘ばっかりだと思っていたけど違った。実際に生きるか死ぬかの戦いを何度かやってみたけど、戦闘中は興奮で痛みも感じないってのが正解だ。


 じゃあ、戦闘以外で、男が痛みを忘れるのはどんな時? そんなの決まっている。


 女の子に抱きつかれた時だろう。


 俺は後ろから抱きついて、逞しい背中に控え目な胸を押しつけるばかりか、耳元で囁いて耳朶を震わせる。


「痛かった? でも、あなたなら大丈夫。落ち着いて、私のコトを受け入れて下さい」

「あ、いえ……」

「もー、またリヨン叔父様を困らせてる!」


 ベリッとカラミティちゃんに引き剥がされてしまった。


 でも、確かにリヨンさんは戸惑うばかりで反応は悪かった。この手は駄目だ。


 うーん。困ったな。


 いや、何をしたら良いかは解るんだよ? 解るんだけど、納得が行かないというか……俺は傷を治そうとしてるのに、真逆の事をしなきゃイケないワケだ。


 ……まぁやるけど。


 俺はピッっと人差し指をおっ立てて、狙い澄まして研ぎ澄まし、結構な勢いで突っ込んだ。

 どこへって? そりゃ、銃弾を取り出したばかり、血が滲む傷口にだよ。


「ぐあっ!」

「え? なに? なんでそんな頭がオカシ――」


 たちまち悲鳴を上げるリヨンさん。そんでカラミティちゃんは無視!

 俺がやるべきは相手を気遣う事じゃない。むしろ徹底的に痛みを知らぬ幼女へとなりきること。


「えー? こんなちっちゃな穴が空いた位で泣いちゃいそうなのぉ? ざぁこ♪ ザコザコザーコ! こんじょーなしぃ!」


 今度は背中に胸を当てるどころか、首を絞めてしまう。後ろからなのでリヨンさんの顔色こそ見えないが、首筋や耳たぶは赤く染まって苦しそうである。


「カハッ! ゲッ」

「よわーい! ねぇ、ゴメンナサイ、負けましたって言えば許してあげるけど?」

「馬鹿馬鹿ッ! なにしてるの!」


 カラミティちゃんはそう言うけどさ、俺だって馬鹿な事だと思ってるんだよ? ソレに片手で大の男の首を絞める為に、リミッターを解除した力まで使ってるからね? コッチだって必死も必死。

 そうして余った右手で傷口を抉ってるんだから、治すとは真逆だよね。でもコレでリヨンさんは大満足なのだった。


「ゴメンナサイ! 許して下さい! 負けました」

「えー?? ブタの癖に言葉を話すなんて、生意気ぃー」

「ブヒー! ブヒブヒブヒー」

「キャハハ! 惨めぇ、でも、わたしブタの言葉わかんなーい!」

「…………」


 ついにはカラミティちゃんも黙った。こっちから見えないけれど、きっとリヨンさんは嬉しそうな顔をしてるに違いない。

 でも、あまり痛めつけては流石にリヨンさん体力が限界かも。魔力も濃いからね。情けない悲鳴を上げている。


「ゆる、ゆるしてぇ!」

「ザコすぎて可哀想だから許してあ・げ・る♪」


 とっておきのメスガキボイスで耳朶を打つ……どころか、俺は耳たぶへカプリと噛み付いた。瞬間、リヨンさんは体を震わせ、感極まって、鳴いた。


「ふわわわっっ!」


 おおっ! 抵抗がなくなった! やっぱりアレなんだよな、痛くない平気だぞと頑張ってる内は抵抗があるんだよ。


 プライドの高いリヨンさんなんて、健康値のガードが堅すぎて困る。


 回復魔法なんぞ相手にケツ毛まで見せる信頼関係が前提。いっそ、痛いです! 許して下さい! って臆面もなく泣けるぐらいじゃ無いと魔法が通らず却って健康を害してしまう。

 その点、木村なんて指先に豆が出来ただけで「ユマえもーん!」とか泣きついてくるから凄い。

 いや、全然凄くないな。死んだ方が良い。


 と、下らないこと考えてる場合じゃない。


「『我、望む、汝に眠る命の輝きと生の息吹よ、大いなる流れとなりて傷付く体を癒し給え』」


 得意の他者回復がリヨンさんの体に染みていくと、みるみる肩の傷は塞がった。


「凄い! まるで痛みがない!」


 肩の動きを確認するリヨンさんがあまりに素直に感嘆の声を上げるので、メスガキモードが抜けない俺は、つい意地悪を口にしてしまう。


「違うでしょ? ユマ様、ありがとうございます、は?」


 リヨンさんが地面に座っているのを良いことに、治ったばかりの肩に腰掛け、上から目線でお礼の言葉を要求する。

 メスガキを発揮して、平身低頭するリヨンさんを期待してしまったのだが……


「ブヒー! ブヒブヒブヒ」

「……もう、ブタ語は良いです」


 ……期待とはちょっと違ったが、まぁ良い。

 気を取り直して俺は二人に宣言する。


「怪我も治ったのですし、二人は元来た道を撤退して下さい」


 決定事項だとばかり断言したのに、ブタ語を喋るまでに屈服していたハズのリヨンさんが人間の言葉で反抗してきた。


「まさか! ココまで来てですか? 怪我まで治して貰ったと言うのに!」

「足手まといだと言っているのです、このまま魔力が濃い場所で戦闘となれば、庇うことは出来ません。碌な武器も持っていないのでしょう?」

「ですが……」


 尚も食い下がろうとするリヨンさんを止めたのはカラミティちゃんだった。正確にはカラミティちゃんのお腹だった。


 きゅぅー、と可愛い腹の虫。


「うぅ、お昼ご飯を食べていないからお腹が減ったよぉ!」

「お前は帰れ! 私はユマ姫を守らなくては……」

「リヨンさん、彼女を一人で帰すのですか?」


 俺がそう訊ねると、リヨンさんは苦虫を噛み潰した様にカラミティちゃんを睨む。


「睨んでもダメです、魔力が満ちている場所なら魔法戦になるかもしれません。そうなればあなたでは足手まといでしか無い」

「それは……タナカさん達なら足手まといでは無いと?」

「ええ、彼ならば」


 リヨンさんが弱いと言うより、アイツが異常なのだ。たとえ王国指折りの騎士であるゼクトールさんだって、アイツが相手なら寸毫すんごうも保たないだろう。


 でもあんまりキッパリと断言するものだから、今度こそリヨンさんは泣きそうな顔で拳を握る。


「……それは、悔しいですね」

「あんな危険人物と張り合うのはおよしなさい。リヨン様はリヨン様の、私は私の、なすべき事をなすだけです」

「では……姫様のなさるべき事とは?」

「勿論、魔女に操られている我が父、エリプス王を…………殺す事です」


 色々とボカした言い方は出来るが、覚悟が萎えそうなので、敢えて殺すと言い切った。


 魔女がいたなら、父様だってプラヴァスのどこかにいるに違いない。

 俺の壮絶な覚悟を目の当たりにしたリヨンさんは「そんな……」と俯き、歯噛みする。


 俺はもう、泣かない。コレが運命なのだ。


 ――きゅぅぅー!


 代わりに腹の虫が鳴いた。それも、盛大に。


 悲壮な覚悟を決めるお姫様。

 良いシーンが台無し。


「ちょっと! カラミティさん?」

「え゛? うそ! 違う! ズルい! 人の所為にして!」

「…………」


 なすりつけ、失敗であった。


 俺だよ! 俺だってお昼ご飯を食べていない。凶化してからの俺は食欲旺盛。魔力不足と麻薬過多の体調不良から解放され、いよいよお腹が減っていた。

 赤くなる俺を見かねたリヨンさんが、控え目に声を掛けてくる。


「あの、特に何も見つからない様なら、一度皆で戻るというのはどうでしょうか?」


 いや、ココまで来て皆で帰るの? ソレは無くない?

 そんな提案に乗っかるのは、あろう事か、ここまで案内してきたシャリアちゃんだった。


「そうね……残念だけど、魔力が濃いだけでここじゃ無かったのかも。頻繁に地下に出入りしていたみたいだけど。つい最近通ったみたいな痕跡は無かったわ。目的だった魔力の補充と回復は出来たのだから、引き際かもね」


 ……うぐぐぐ。ここまで来たのに無駄足とか! でも仕方が無い。


「解りました。皆で周囲を調べた後、何も無い様なら撤退しましょう」

「お任せ下さい」


 そう言って笑うリヨンさんのイケメンなこと。若干腹立たしいまであるのだった。



 ……と言う訳で、少し休憩した後。軽い気持ちで周囲の調査を始めたのだが、調べる所など殆ど無い。

 地下鉄の駅を想像して欲しいのだが、駅員室以外にドコを? と言う感じ。


 仕方無いので裏手を調べてみるが、あったのは宿直室。その奥にあるのは落とし物保管庫らしいが、大した物はないだろう。

 まぁ念のため、と扉を開けたら、そこは大昔に天井が崩落したらしく、土砂が部屋を覆っていた。


 見るなりシャリアちゃんはため息を残して回れ右。


「コレはダメね、私は向こうの金庫をなんとかしてみるわ」

「お願いします」


 シャリアちゃんは駅員室の壁に埋まった金庫に戻っていった。

 アレだって、地下鉄の売上を入れていただけじゃないかなぁ、とは思うんだけどさ。


 でも金庫を開けられそうなのはシャリアちゃんぐらいである。お任せするしかない。


 俺だって、魔法を使えば何とかなるが、中身も壊してしまう可能性は高い。なら俺たちはこの土砂だらけの部屋を探索しないと。


 碌なモノは無いだろうから照明の魔法も控え目に、土砂に何か埋まってないかを三人でチラ見していく。

 何か掘り損ねた遺物でもあればめっけもの。


 ……と、そこで目当てとは違うけど、土砂の中から嬉しい物を発見した。


「フォッガですね」

「ほぅ、大きいですな。近年では早く採られてしまうので珍しいサイズです」

「そうなのですね」


 リヨンさんはそう言うが、どう見ても普通サイズに思える。フォッガは私の大好物。煮ても蒸しても美味しいが、特に焼いたフォッガが絶品なのだ。


「あ、フォッガ! でも生じゃ美味しくないよ……」

「大丈夫ですよ」


 カラミティちゃんの心配は杞憂だ。なにせ石だけはそこら中に落ちている。魔法で加熱した石の上で焼けば、すぐに食べられる。


「凄い温度、コレも魔法?」

「ええ」


 魔法ってヤツは、動物相手でなければトコトン便利。火が通りやすいのもフォッガの魅力。程なくして仄かに甘い香りが漂ってくる。


 ホクホクお芋の独特の食感を思い出し、生唾がこみ上げてくる。


 お芋。お芋かぁ……


 思い出すのは……そうの婚約者だったボルドー王子の事。あの王子はリヨンさんみたいにイケメンでもないし、気の利いた所も無かった。


 それどころか服装は地味な上、お屋敷は要塞みたいだったし、極めつけとばかり庭園には芋を植えていたんだった。

 あの芋は、結局二人で食べることは叶わなかったが……


 そうだ、は、なんで? こんな所で一人、芋を食べて良いんだろうか?


 串で刺したフォッガをジッと見つめる。


「食べないんです?」


 ……いつまでそうしていたのだろう? 私はカラミティちゃんに問われてようやく我に返った。


 そうだ、感傷に浸っても腹は膨れない。早く食べて元気になった方が何倍もマシだろう。

 そう思い直した時、誰かが部屋に入ってきた。


「金庫が開きましたが、紙しか入っていませんでした。一応読みますか?」


 紙の束を手にシャリアちゃんが戻って来た。

 彼女が持つ強烈な魔道具の明かりと共に。


 その光が、囓りかけのフォッガの姿を映し出す。


 ――!??


「あ? えっ!」

「姫様?」


 俺は齧り付いたフォッガを慌てて吐き出す! なんだ? コレ!?


 いや、そもそも俺はフォッガなど知らない。名前だけはパノッサさんから聞いたけど、見たことなんて一度も無い。好物どころか、一度も食べたことが無い。


 でも、俺はコレを知っている。コレは芋なんかじゃない。何度もコイツについて学んで来た。コレは……


死苔茸チリアム!」


 俺とシャリアちゃんの声が重なった。


「え? 勿体ない、どうしたの?」

「ユマ様? どうしてこんなモノを食べようと?」


 カラミティちゃんはまだコレをフォッガだと思っている。だけど、こんなモノは食べられるハズがない。食べたら30分以内に死ぬ。魔力を狂わされるので、食べた本人では治す事も難しい。


 躊躇無く食べていたら、俺はきっと死んでいた。


 それなのに、俺はまだ名残惜しいのか、落としたフォッガから目を離せない。


「姫様? ユマ姫様!?


 シャリアちゃんが必死に呼びかけるが、私には意味が解らない。それよりもフォッガが食べたくて……

 呆然とする私に、彼女は必死に話し掛けてくる。


「どうしたのです? ユマ姫さ……違う、?」


 そうだ、皆さんに自己紹介しないと。私は舞台の上みたいに丁寧なお辞儀をひとつ。


「私の名前はリネージュ、プラヴァスの歌姫と呼ばれていました」

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