あられもない
靴も無い、服も無い。
気絶して、磔に晒されて、俺は全てを奪われてしまった。
だからリヨンさんと共に講堂を抜け出し、いざ脱出と言う場面にも関わらず、俺は自分の足で歩く事すらままならなかった。砂漠のプラヴァスで素足で歩こうモノなら、あっという間に火傷してしまう。
では、どうするか?
「肩は……大丈夫ですか?」
「何とも無いですよ、銃と言えどもこんなモノですか?」
リヨンさんが俺の背中と膝裏を支え、抱きかかえる。黒豹に喩えられる青年の、端整な横顔がとても近い。
つまりアレだ、お姫様抱っこで運ばれているワケだ。
リヨンさんも本当は痛いに違いない。その証拠に顔には珠の汗を浮かべている。それでも筋肉が厚い肩で銃弾を受けたので、軽傷と言えるのもまた事実。
俺はと言えば、足が痛いだけなら普段だったら我慢も出来る。だが、今はその我慢すら効かない状態なのだから仕方が無い。
寝てる間に何を嗅がされたのか解らないが、恐らくは睡眠薬かアヘン、魔力が抜けている事から霧もだろう。そうなると体は殆ど動かない。
強烈な痛みが刺激となって、今までなんとか動いていたに過ぎないのだ。つまりリヨンさんに打ち捨てられたら詰みである。気遣う姿勢の一つも見せねばなるまい。
「無理はしないで下さいね」
「無理のしどころですよ、アナタの為ならばこの腕が二度と動かなくても構いません」
「まぁ!」
照れるね、どうも。
こんなコトを言われれば、女の子はみんなイチコロだろうよ。しかも相手は砂漠の国の王子サマ。これ以上は無いシチュエーションだ。
コレには俺も正統派お姫様ムーブでご返礼。感激に口を押さえ、涙ぐむ。正に今、お姫様としての本懐を全う中。
リヨンさんもまんざらではないのか、照れくさそうに頬を紅潮させる。まるで物語の一節……なのだが。
「…………」
「…………」
うん、そうなんだ、何もこの場に二人きりと言う訳じゃない。
カラミティちゃんとシャリアちゃんは二人してジットリとした目をこちらに向けてくる。
そんな目で見られても、君達に俺を担ぐ力は無いのだから致し方なし。
いいじゃん、いいじゃん! こちとら押しも押されぬお姫様だよ?
「魔法での洗脳なんて必要ないって言うの……」
ブツブツと呟くカラミティちゃんは、どう見てもまだ俺のコトを疑ってるし……
「いつか刺しますよ?」
シャリアちゃんに至っては意味が解らない。ソレを言うならいつか刺されますよ? じゃないの? その点、彼女はホントに刺してくるから凄い。
更に言うと、俺達を見てるのは二人だけでも無い。
「なんだ? ユマ姫?」
「は、裸じゃ無いか!」
「美しい……」
そう、敵が銃を持っているのだから人混みに紛れるのが一番と、俺達は人が溢れる校庭の炊き出しスペースに飛び込んだのだ。
なんだけど、砂漠の人々の前に出るには俺の格好は刺激的に過ぎた。白いマイクロビキニなど遠目には裸に見えるに違いない。
そのせいか俺を見て声を出せたのはむしろ少数。大半の男は真っ赤になって恥ずかしそうに目を逸らすばかり。
その
「うぅ……」
「もう少し辛抱下さい。おい、ラクダを貸せ!」
リヨンさんは兵士からラクダを奪い、背に跨がる。すぐさま撃たれた方とは逆の腕で俺を引き上げると、そのまま前に座らせた。俺の体はリヨンさんの腕にスッポリと収まる格好だ。
「どけ! どくんだ!」
人混みを掻き分け門を抜け、ポンザル家へと走らせる。
だけど、門を抜けても人が少ない訳じゃない。むしろ学園に入りきらなかった人々で、学園前通りはお祭りみたいな騒ぎになっていた。
らくだ上で晒される俺の半裸に、皆の視線が突き刺さる。ただでさえ目立つリヨンさんの腕の中だ。
撃たれる可能性を考えたらこの方が安全だし、俺にはもうしがみつく力も無いからコレしか無い……んだけど、
リヨンさんの腕の中で真っ赤に茹で上がった俺の姿が更に多くの衆目に晒される事になるのだった。
「おおっユマ姫だ!」
「裸じゃないか!」
「なんと破廉恥な!」
「天使だ!」
……正直、メチャクチャ恥ずかしい。
寿司詰めの講堂でSMショーを披露したヤツが何を気にしてるんだ、と言われればそうなんだけど。熱狂状態の構内と開放的な屋外じゃ恥ずかしさの質が違う。
……ともかく、俺達はらくだを走らせ、ポンザル家。今はルードフ家だっけ? に辿り付いた。
カラミティちゃんとシャリアちゃんも、どっからか調達したラクダに乗って追いついた。
ココは敵地のど真ん中。混乱に乗じてやって来てしまったが、急に心配になってきた。
「でも良かったんですか?」
「何がですか?」
「こんな所にリヨンさんが来てしまって」
「ああ……なるほど」
そんな事ですか、とリヨンさんは戯けた様子で笑う。
「学園は敵の手の内、一刻も早く脱出したい所ですが、私一人がどこかに逃げ出したとあっては沽券に関わります。その点、囚われの姫を奪還して逃げるのを大勢の市民が見ている訳ですから、私の株は寧ろ上がったことでしょう。大助かりですよ」
「……いえ、そう言う意味ではなく――」
「市民の安全ですか? 信頼出来る者に指揮は任せて来ました。市民から義勇兵を募って帝国に立ち向かえば、帝国が幾ら武装に優れていても多勢に無勢です。心配は要りません」
「だからって……」
露悪的な言い訳で誤魔化される俺じゃない。なんだかんだ俺を心配して付いて来てくれているに違いないのだ。
だけどリヨンさんはプラヴァスの太守。こんな所まで来るのは自殺行為だ。俺はもう、敵のど真ん中で踊り狂うのが仕事みたいなモノだが、このままではリヨンさんまで『偶然』に巻き込んで殺してしまう。
「大丈夫ですわ、ユマ様。もうココには傷病者しか居ません」
「シャルティア……」
「あのままあそこに居たら、ドサクサに紛れて殺される可能性は高かった。死ぬに構わず殺しに来るヤク中が混じってる中、守り切るのは不可能です。それぐらいなら敵陣に乗り込んだ方がマシだと思いますわ」
「だからってココに来なくても」
「地下には濃厚な魔力が溜まっていました、魔法で体調を整え、リヨン様の肩も治して差し上げないと行けない。違いますか?」
「そうですね……」
肩の怪我もこっちに責任がある。
……と、そう言う意味では、完全に必要が無い人物が一人、混じっているではないだろうか?
「……あの?」
「なに? これ以上、叔父様に変な事をするつもりなら許さない!」
カラミティちゃんだ。
……いや、言わせて貰えば公開SMプレイ以上に変な事があるなら教えて欲しい。どうにも彼女はまだ俺を疑っているみたい。
と、リヨンさんもカラミティちゃんの存在をようやく思い出した様子で、取り繕った顔で命じた。
「そうだ、丁度良いカラミティ。お前、服を脱げ!」
「叔父様!?」
「どうした? 早くするんだ」
「叔父様、やっぱり!」
「やっぱりとはどう言う意味だ!」
苛立ちも露わ。リヨンさんはカラミティちゃんを強引に脱がしに掛かる。
エロいんだけど? 近親相姦じゃん。見てて良いのかな?
「叔父様やめて! 正気に戻って!」
「お前こそどう言うつもりだ! ユマ姫にいつまでこんな格好をさせるつもりだ!」
あ、そう言う事ね。俺はいまだにマイクロビキニ。なんだか麻痺してきた。これでは露出狂姫である。
一方でカラミティちゃんは襟ぐりが広い、ゆったりしたワンピースを可愛く着こなしている。
そのスカートを捲り上げ脱がそうとするリヨンさんと、裾を必死で押さえるカラミティちゃん。二人の攻防が続いている。
「叔父様! でも、私だって下には何も! 服なら叔父様ので良いじゃないですか!」
「
そう言って襟ぐりの広いワンピースを勢い良く捲り上げるのだが……
「キャッ!」
「お前……なぜ?」
「ううぅ、いざとなったら私の色仕掛けでユマ姫の呪いを解こうと思って……」
なんと、カラミティちゃんはワンピースの下には何も着ていなかった。真っ裸である。
褐色肌と、今まで誰にも晒さなかったのだろう白い素肌の境界線がハッキリ見えた。……ぶっちゃけ他にも色々見えてしまった。
ネイタルと言うのは日焼け跡を作る儀式であり、体に巻く黒い布地と木村から聞いていたが、中々どうして破壊力十分な萌え属性である。
「馬鹿な事を!」
「だって、だって!」
「はぁ、仕方無いユマ姫。汚くて申し訳ないですがコレを」
「……はい」
そうして渡されたのはリヨンさんのターバンだ。汚いなんてとんでもない、髪を巻いていたにしてはキレイなモノだし、良く見ると凝った刺繍が入っていて中々お洒落。
だけど、そんな事よりも目を引いたのはリヨンさんの黒髪。ターバンを脱いだ後、少しウェーブ掛かった長髪がサラリと流れる様子は正統派の色男と言った風情で、本当にカッコイイ。
「そんなに叔父様をじろじろ見ないで!」
カラミティちゃんが割り込んで来てしまった。うーん?
「だったら、アナタの体を見ても良いですか?」
「え? 私の? なんで!」
「うふふ、だってさっき見えたのが可愛かったのですもの」
「う、うう……」
意地悪のつもりだったのだが、何故だろう? 俺が顔を突きつけて
おおエロいエロい。なんだろう? 俺はもう男でも女でもイケルのかな?
そんな事を考えていたら、背後から冷たい声が掛けられた。
「楽しそうな事をしていますね? 私は姫様の体にそのターバンを巻いても宜しいですか?」
ヒエッ! シャリアちゃん! 怖い!
俺はターバンを巻かれつつ、地下への入り口へと案内されるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
露出気味のミイラみたいな、コレはコレでエロい格好になってしまった俺は、ポンザル家の玄関で小さめのサンダルをゲット! そのまま堂々と屋敷に入ると、中庭の井戸から地下へと侵入した。
その間、人の気配は一切無し。
「一体どう言う事でしょう?」
「クーデターは失敗が前提、踏み込まれるのを考慮してココには傷病者しか残して居ないようですわ」
シャリアちゃんが言うには、重金属中毒の重傷患者が数名残っているだけだとか。今では却ってプラヴァスで一番安全な場所かも知れないとまで。
「しかし、ポンザル家の地下にこんな場所があったとはな」
リヨンさんが感心するのも解る。井戸を下りた先はちょっとしたスペースで、シャリアちゃんの掲げる魔道具が照らす範囲だけでも結構広い。
「どうやら、最近までは水没していたみたいなの」
「そうか! 最近の水不足で、水路を切り替えたから」
「そう言う事ね」
「待てよ、ひょっとしてこの日照り自体が帝国の策って事は……」
「考え過ぎよ、だとしたらもっと早くからプラヴァスにちょっかい掛けてたと思うわ」
「……そうか」
すぅーはぁー。
二人の会話を横目に、俺はゆっくりと深呼吸を繰り返していた。確かにココは魔力が濃い。しばらくすれば簡単な魔法ぐらいは使えそうだ。
「どうも空気が薄いのか目眩がするな……」
「私も……」
一方でプラヴァス生まれのリヨンさん、カラミティちゃんの二人には、この魔力は毒だろう。そう説明しても、両人とも引く気は無さそうだ。
「外が安全とも限らぬからな」
「死ぬ様な事は無いんですよね? ……だったら」
少し怠そうな二人に構わず、シャリアちゃんは俺しか視界に入らないとばかり、二人をおいてさっさと先に進んでしまう。
「コチラに出入りした痕跡がありますわ」
「解りました、行きましょう」
体力的に辛いのは俺も同じ、気力を振り絞って続くのだった。
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