オバサン?

「いい加減目を覚ませ! このブタ!」


 俺はグリグリとブタ、もといリヨンさんの頭を踏みつける。


 気がついたら怪しい教団の生贄みたいにされてた件。

 どうして俺は毎回、敵に先回りされてしまうのか?


 今回だってそうだ。ヤツらは殺そうと思えば幾らでも俺を殺せたハズ。

 そうしなかったのは恐らくクーデターのどさくさに殺してしまえば、卑怯なりと世界中で反帝国が巻き起こってしまうから。


 それが、プラヴァスで観衆の前で処刑されたとなれば、王国民の怒りはプラヴァスに向かう。ソレを狙っての行動だろう。


 ……もしくは田中と木村を釣る為の策だったのかも知れないが、釣れたのはパノッサってオッサンがたった一人。


 ソレで見事に殺してしまった。家庭もあるオッサンを一人。


 いやー良く知らないオッサンの命一つで助かった。ラッキー!

 ……って笑えば良いのか?


 笑って欲しいならもっと面白い感じで死んでくれよ、最後まで年甲斐も無く格好つけやがって。


 ソレもコレもまんまとコイツが洗脳されてるのが悪い。


 怒りの全てを最近知り合ったばかりのイケメンにぶつける。

 振りかぶったベルトを鞭のようにしならせて、ケツや背中をピシャリピシャリ。


「うぅ……」

「おはよう、良い夢見れたぁ?」


 突っ伏したリヨンもといブタの頭を引っ張り上げて、凜々しいお顔を覗き込む。

 するとどうだろう? お目々をぱちくり。


「わ、私は……?」


 どうやらぼんやりして今の自分が何なのかも解っていない様子。


「アナタはぁ?」

「あ……」


 コレは体に教え込まねばなるまいと妖艶に微笑んでやれば……


 ブタめ! こんな状況に関わらず俺の笑顔に見とれているではないか。完全に麻薬の上からメスガキがキマっている。

 コレなら大丈夫だ! いや駄目かも?


「リヨン! 早くソイツを殺しなさい!」


 叫んでみせるのは魔女クロミーネ。いや、黒峰さん。久しぶりに見る彼女は妖しげな色気ふりまく淑女になっていた。

 眼帯に黒いドレス、誰がどう見たってアッチが魔女でコッチが聖女だろうが! あの風体で良くも人の事を邪教徒など言ってくれる!


「リヨン! 早くなさい!」

「違う!」


 魔女が更にリヨンさんに言い募るも、当の本人はコレを拒否!

 キッと鋭い目つきで、魔女に堂々と言い返す。


「私は……リヨンじゃない!」


 ????


 え? お前、どうした?

 そこから?

 そこから否定しちゃうの?


 突然の意味不明な宣言。

 コレには黒き魔女も困惑。


「? 何なの? あなたリヨン=ブラッドでしょう? プラヴァスの!」

「違う!」


 リヨンの叫びを受けて、いよいよ眉根を寄せる黒峰さん。


「じゃあ、何なのよ!」


 なるほど、わからんよな。

 しかし、俺には解ったぞ!!!!




 今のリヨンが何なのか!!




「そうよね、アナタはなぁに?」


 黒峰さんと俺、二人同時の問いかけに、堂々と胸を張るのはプラヴァスの若き太守。


「私か? 私は…………



 ……ブタだッ!!!!!!」



 はい、勝った! ブタは地球を救う。


「……ぶた?」


 突然の豚さん宣言にさしもの魔女も唖然呆然。対して俺はニンマリと笑う。


「彼はよ、返して貰うわ」

「チッ!」


 俺の勝利宣言を受けて、魔女は大きめの舌打ちをひとつ。


「リヨンは呪術に操られているわ! 取り押さえなさい!」


 魔女の命令で信者はゆっくりと包囲を縮める。これはマズイ、渾身のメスガキ系女王様プレイで状況が好転したかに見えたのも一瞬。

 魔女には下僕が一杯、聖女コチラにはブタが一匹。リヨンさんは俺を必死に守ってくれるが多勢に無勢はどうしようも無い。


「クソッ! 貴様ら! 手を離せ! ユマ様の肌に触れるな!」

「おいたわしやリヨン様、どうか正気に戻って下さい」

「リヨンじゃない! ブタだ!」


 ……これ、傍目にはどう見ても操られてるのリヨンさんだよな。


 だけど、先ほどの様子を考えれば名前を呼ぶことが洗脳のキーである可能性は高い。しばらくはリヨンさんをブタさんにするしか無いだろう。


「ハァッ!」

「ぐぅ!」


 そしてこのブタさんの強いこと。少々歳のいったオジサン達が多いとは言え、鍛えられた軍人っぽい男達を相手に一歩も引かない。


「オイ、何だ? リヨンさんが……」


 そうした中で動揺が広がるのが講堂だ。先ほどまでは熱烈な信者で固められていた同所だが、若さと野次馬根性を爆発させた学生達が次々と乗り込んで来た様だ。


 皆の前で回復魔法を披露して以来、俺は学内、それも男子生徒に人気が高い。

 じゃあ女生徒に人気があるのは誰? と問われれば押しも押されもせぬブタ、もといリヨン様の一強だった。

 そのリヨン様が邪悪な儀式の真っ只中、大勢の信者を前に俺を守って大立ち回りをしているとあらば、生徒達からどう見えるか?


「ユマ姫が邪教徒だって聞いて来てみれば! リヨンさんが守ってるじゃないか!」

「リヨンさん! クソッ俺達もユマ姫を守るぞ!」

「裏口! 裏口から入れるはずだよっ!」


 学生達が味方に付いた! だけど黒峰さんはきっと裏に銃を装備した兵士を何人も忍ばせているだろう。このままでは『偶然』に巻き込んで学生達を殺してしまう。


 そのドサクサに逃げると言うのも一つの手。だけど俺にはもう一つ逃げられない理由があった。


「やめて! 叔父様! 正気に戻って!」


 カラミティちゃんだった。彼女は一人、舞台袖から壇上と滑り込んでくる。


「カラミティ! お前!」

「ブタ、耳を貸しなさい!」

「はい!」


 素直!


「彼女は洗脳されてるわ」

「それは……そうか、アイツも」


 そう、そもそも叔父様の元へ案内するとカラミティちゃんが出て来たモノだから、デネシスとか言うオッサンを怪しいなーって警戒していた俺も油断した次第。


「彼女はむしろ私が魔法で皆を操っていると、そう洗脳されているのです」

「クッ! 恥ずかしながら、これはブラッド家の不始末。私が命に代えてもアナタを逃がすので、アイツの事はどうか気にせず」

「そういう訳にも行かないでしょう」


 相手が黒峰さんと来れば俺達の問題に彼女を巻き込んでしまった様なモノ。加えてカラミティちゃんは木村の奴隷である。

 ソレに何より褐色肌の可愛い女の子、どうにか助けてあげたい。


「では、何か手が?」

「……それは」


 無い! サッパリ無い!

 そんな俺の焦りを見て、リヨンさんも謎に覚悟を決めていた。


「先ほど口にした魔石、パノッサの体から取った物では?」

「そうですが?」

「私が道を開きます、死んだら私の魔石でアイツを正気に戻して下さい」

「そんな事!」


 出来ない。精神的にとかじゃなくて物理的に出来ない!


 リヨンさんはブタだったから心の隙間に入り込めただけ、カラミティちゃんじゃそうは行かない。

 と、二人で押し問答をしていれば、そのカラミティちゃんが必死の形相でやって来た。


「悪魔め! 叔父様を戻しなさい! コノ!」

「きゃっ!」


 箒を片手に殴りかかる勢いはパワフルそのもの。本当に俺を悪魔だと信じている、洗脳はかなり深そうだ。

 暴れるカラミティちゃんをリヨンさんは慌てて取り押さえる。


「やめなさい!」

「やめません! 皆さん! 叔父のリヨンはこの悪魔に操られているのです!」


 カラミティちゃんは学生達に向け、声高に語ってみせる。するとどうだろう? コチラ側に傾きかけた天秤がグッとアチラに寄ってしまう。


「まさか、本当にユマ姫が?」

「邪神の手先どころか悪魔だって?」

「洗脳なんてまさか、でも家族が言うのなら」


 マズイ、コレじゃあ本格的に吊られてしまう。でも俺が何か言うのは逆効果。ブタさんにお任せだ!


「カラミティ! 馬鹿な事を言うんじゃない!」

「だって! 叔父様、私とロクに歳も変わらない女の子の言いなりなんて、変じゃない!」


 ……変ですね。集団心理の中であっても俺がブタと罵り鞭で打った一部始終を見てしまった人ならば誰しも思うハズ。


 会場は益々ヒソヒソと、気がつけば囲んでいた黒峰の配下達も停止して、カラミティちゃんが喋るに任せている。二人の会話に状況は悪くなるばかり。


「それはだな……」

「言い訳なんて聞きたくない! 叔父さんは操られてるの!」

「違う! 私は、好きなんだ!」

「だから! それが悪魔に魂を奪われてる証拠なんだよ! 正気に戻って!」


 カラミティちゃんの涙ながらの訴えは聴衆の心を動かした様で、俺の破廉恥な格好も相まってどんどんとコチラを見る目が厳しくなっていく。


 一方で目が泳いでるのがリヨンさん、姪に対して必死の弁明を繰り返す。


「違う、ユマ姫の事は好きだがそれは個人的な事で、決して操られてる訳じゃ」

「じゃあ、ドコが好きなの! この娘、まだ全然子供じゃ無い!」

「ソレはだな……」


 ウグッ! 言い淀まれると俺としても悲しい。いや、その……ドコなんでしょう?


「私は、いや俺は好きなんだ」

「ソレはもう聞い――」

「違うんだ、俺が好きなのは、年端もいかない女の子になじられる事なんだ」

「……え?」

「…………」


 突然のカミングアウトである。言った本人も流石に恥ずかしくなったのか、浅黒い肌でも紅潮しているのがわかる程。


「叔父さんな、若くして太守になったから人前ではずっと威厳を保とうと偉そうにしてるんだ。お前にだって父親代わりとして立派に見える様、気を張ってきた」

「え? でも叔父さんはずっと立派で」

「だけどな、ずっと偉そうに立派なフリをしてると、偉ぶってる自分を本当の自分が責めるんだ。お前ごときが何を偉そうにってな」

「そんな事無い!」

「実際、お前一人、守ることも治す事も出来ず、それでも虚勢を張っていた。それを叱ってお前を治してくれたのがユマ姫なんだ、だから彼女だけは弱いところを見せても許されるんじゃないかって」

「じゃ、じゃあ私のせいで……」

「むしろ、お前のお陰で本当の自分を知れたんだ、俺は誰かに本当の自分を見て貰いたかった」

「……え? じゃあブタって呼ばれてるのが本当の叔父様?」

「……そうなるな」


 なるかボケ! 正気に戻って!

 いや、正気だった! ぐぬぬ、コレはどうだ? 聴衆も何か変な空気になっている。


 どうすれば! どうすれば? 頭を抱えてもカラミティちゃんは待ってくれない。


「女の子になじられて喜ぶなんて変だよ! やっぱり洗脳されてるんだよ」


 その言葉に……圧倒的な閃き。

 カラミティちゃんの訴えはご尤も、だけど逆に言えば変でなければ良いのだ。


「ブタ! 這いつくばれ!」

「ぶひぃ!」

「えぇ?」


 俺は四つん這いになったリヨンさんの背に腰掛け、聴衆に問う。


「女の子になじられて喜ぶなんて変? そうかしら? 今なら皆もブタにしてあげるけど?」

「…………」


 堂々と問いかけるも、ザワつくばかりで明確な反応は無い。流石に公衆の面前でドMのカミングアウトは荷が重かったか。


 嘲るように魔女が笑う。


「アナタ、変態かと思ったら、変態で馬鹿なのね。邪神の手先らしいわ」

「ぐっ」


 何人か居るかと思ったんだけどなー、これじゃ変態を披露しただけじゃねーか。普通に恥ずかしいんだけど?


 やっぱり変だよと苛立ちMAXに呟くカラミティちゃん。俺の背筋にも冷や汗が伝う。



「ブタに! ブタにして下さい!」



 そんな空気を斬り裂いたのが一人の少女の言葉だった。


「フィナちゃん!?」

「違います! ブタです! そして、あの、踏んで下さい!」


 最前列に居た少女、フィナちゃんって? ああ、確か俺が怪我を治した女の子だ。まさか同性からのカミングアウトは意外性の塊。


「私、ユマ様を助けるために駆けつけて、最前列に居たのに、怖くて一歩も動けなかった、私は助けて貰ったのに! 駄目な子です! 踏んで! 踏んで下さい!」


 壇上に上がって、這いつくばったままじわりじわりと近づいてくる。

 ドMの一人か二人居たら良いなと思ったけど、この展開は予想外。ええい、やったれ!


「本当にとろくさいのね、いいわ踏んであげる」

「ありがとうございます! ありがとうございます! あの、足を舐めても良いですか?」

「ブタだもの、仕方無いわね」

「ありがとうございますぅー」


 何だコレ! 自分でも何がなんだか?


 因みに、今の俺は素足である。靴は逃げられない様に奪われていた。

 だったらコートも剥かれそうなモノだが、まさか講堂をストリップ小屋にする訳には行かないと待ったが掛かったのだろう。


 そう考えると敵に脱がされない裸にコートも悪くない。

 いや、悪いな。結局、自分で脱いでるし。


 とにかく、半裸の俺に這いつくばって足をペロペロする女子生徒。意味不明な状況に異様な空気が漂い始める。


「なに、なんだコレ?」

「ちょっと羨ましいかも……」

「変態かよ。いや、でも、こんなの一生に一度のチャンスだし」


 コレは……風?

 なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺たちのほうに。


 勢いでドサクサに紛れれば、パンツ以下の面積マイクロビキニだってパンツじゃないから恥ずかしくない。


 俗に言うトコロの『この速さなら言える』である。


「俺も……」

「俺もだ!」

「舐めたい、ブタにして下さい」

「踏んでください! 踏んで下さい!」


 すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。


 沸き立つブタコール。そして謎の熱気におののくのはカラミティちゃん。


「嘘ッ! 嘘よぉ」


 今も足を舐め続ける友人の痴態に戦慄している。


 大逆転! 世の中はブタこそがスタンダードなのだよ! 豚人間時代の幕開けである。人間は猿から進化し豚へと到る。全ては豚になる。やがて豚になる。


 前世の俺だってユマ姫みたいな美少女が踏んでくれるなら、列に並んだに違いない。

 言っておくケド、俺は断じてドMではない。むしろドSだった。

 そんな俺でも、美少女とお近づきになれるなら踏まれたって構わない、むしろ踏まれたい。そんな悲しき男の性。


 取り敢えず、リヨンさんが史上稀にみる変態ではないと理解して貰ったトコロで、改めて彼女に問いかける。


「カラミティさん、アナタも踏んであげましょうか?」

「結構です!」

「ふぅん? じゃあアナタだけは特別、キスしても良いのよ? 

「ッ!?」


 カラミティちゃんはビクリと体を震わせ、唇を押さえた。その顔はハッキリ赤い。すっかり忘れているモノと思ったが、反応を見るにうっすら記憶にあるのだろう。


 ……ん?


 なんだか俺はそれに違和感を覚えた。


 だけど、その前にブタから人間に戻ったリヨンさんが彼女を諭す。


「カラミティ、俺はこの通り正常だ。いや、異常なのかも知れないが洗脳などされていない。お前こそどうなんだ?」

「私? 私は洗脳なんて」

「どうしてユマ姫を悪魔などと決めつけた! 他国の、それも異種族の姫だぞ! 外交問題だし、民族問題にもなる」

「だ、だってみんなオカシイから」

「オカシイのはお前だ、良く考えろ!」


 とソコでいよいよ異様な空気に耐えられなくなったのか魔女が再び指令を下す。


「みんな! 全員でユマ姫とリヨンを捕まえなさい! 抵抗するなら二人とも殺して構わない」

「そんな!」


 それに悲鳴を上げたのはカラミティちゃんだった。魔女は彼女に優しく語りかける。


「解って頂戴、あなたの叔父は完全に魅入られているわ。殺す事でしか救えないかも知れないの」

「で、でも!」

「コッチに来なさい」

「い、いや」

「従いなさい、カラミティ!」


 名前での呼びかけに、ビクリと肩をふるわすカラミティちゃん。

 マズイ! ココで彼女を確保されては手が出せなくなる。


「カラミティ! コチラに来るんだ」


 リヨンさんが必死に叫ぶが、洗脳が相手じゃ情に訴えかけても分が悪い。


 職務に忠実な近衛騎士に犯されそうになったのも最近の話。まさか何の変哲も無い少女が自力で破れるハズも無い。


「いや! 叔父様やっぱり変よ!」

「コチラに来なくても良い! せめて逃げるんだ」

「来るのよ、カラミティ!」

「は、はい……」


 リヨンさんの必死に訴えは無視されて、一方で魔女の言葉は染みていく。


「聞くな! お前は洗脳されているんだカラミティ!」

「……違う、洗脳なんてされてない」


 リヨン氏涙の訴えにチラリと少女が振り返る。それが戸惑いだと俺には見えた。


 洗脳が甘いのか? だったら!


「人のコト悪魔だ何だと言うのに、アンタもその魔女のブタなんじゃない」

「ブ、ブタ? 違うっ、別に私は従ってる訳じゃ!」

「でも、その女の言葉でアンタは家族を見捨てようとしてるじゃない、ブタだってソコまでしないわよ? リヨン、アナタ、私の命令でその子を殺せる?」

「ソレは、出来ません」

「そうでしょ? カラミティ、アンタは家畜ブタ以下の玩具よ」

「玩具ッ! 違うッ! 別に私は!」

「カラミティ! 来なさい!」


 いよいよ焦れたのか、魔女が語気を強めて命令し、強烈な眼光で睨んできた。


 ――えっ? なにこれ?


 同時に頭を掴まれたかの様な強制力で俺の体までグラリと向きを変えてしまう。命令されてない別の下僕も一斉に魔女へと向き直る。

 コレが魔女の本気なのか? コレを心の隙間に打ちつけられたとても逆らえない! ただの少女などひとたまりも……


 耐えかねた様に少女が叫んだ。


「違う! 私は玩具なんかじゃないよ! 何で、私が、こんなに!」

「おば?」


「…………」

「…………」


 強制力がピタリと止んだ。


「オ・バ・サ・ン!!」


 俺は笑った! いやもう、コレは笑うしか無いでしょ。ゲラゲラと笑う俺をキッと睨んだ魔女であったが、すぐさまカラミティに向き直る。


「来るのよ! カラミティ」


 恐らくはより強い洗脳を掛けている。


 なのに、いよいよ喧嘩腰で逆らい始めたのがカラミティちゃんだった。


「嫌よ! リヨン叔父様を悪魔の手から救ってくれるって言ったのに、殺しちゃったら意味無いじゃない! 嘘つきオバサン!」

「アナタ! まさか!」

「これ、ひょっとして……」


 皆の視線が少女に刺さり、呆然とリヨンさんが呟く。


「カラミティ、お前、まさか洗脳されてないのか?」

「だから! 初めからそう言ってるじゃない!」

「なんで?」


 魔女が叫ぶが、聞きたいのはコッチである。


 そう言えば、黒峰さんの洗脳が俺の魔法に近いのだとしたら、アヘンで脱力させて精神力を削るのが効果的。


 だけど、死ぬ程のアヘンを吸った今のカラミティちゃんに適量のアヘンなど効くのだろうか? 気持ちいいなって位のモノではないか?


 そして気持ち良いだけのカラミティちゃんに、魔女は俺への猜疑心を植え付けた……

 ……つもりだったに違いない。


 実際には俺への猜疑心は元々埋まっていた。それもガッチリと。

 そう言う事だろう。


 そう言えば、彼女は俺を邪神ではなく悪魔と呼んでいる。


 これっぽっちも洗脳なんて効いておらず、普通に俺が悪魔だと思っていた? なんで?

 おかしくない? カラミティちゃんとその友達のフィナちゃん。都合二人の命を救って悪魔扱いって報われないにも程がないか?


 ……まぁ、代わりと言っちゃアレだけどリヨンさんはブタになってるし、フィナちゃんもついでにブタにしちゃったけど、命の前では誤差みたいなモンだろ?


 あ、そう言えばカラミティちゃんの記憶はまるっと消してるんだった。起きたら叔父が変態になっていた感じ?


 なるほどね、理解理解。俺、悪魔じゃん。

 だったら精々悪魔らしくやりますか!


『黒峰さーん』

「ッ?」


 俺は初めて魔女に日本語で話し掛けた。

 どうせ俺の正体には気がついていただろう? それでも、俺は、俺だけは、三人と違って見た目が前世と違い過ぎる。


 きっと、自分の目で見ても確信は持てなかったに違いない。だから煽る、この瞬間に!


『年増の言う事は聞けないってよ。オ・バ・サ・ン』

「この! アンタやっぱり!」


 いよいよ黒峰さんがヤケクソの絶叫を上げる。


「殺しなさい! 全員! 皆殺しよ!」

「仰せのままに!」


 信者が一斉に向かってくる!

 俺も対抗してブタ共に命ずる。


「ブタ共! 戦え! 帝国の魔女を許すな!」

「ブヒー」


 そうして入り乱れるブタとヤク中。この世の地獄かな?

 だけど流石はヤク中のジャンキーパワー。裏手から帝国兵っぽいヤツらまで飛び出して、形勢は不利。


 なにより俺の体はフラフラで戦闘にはついて行けそうにない。うーんどうしよう?


「逃げましょう!」

「え?」


 俺はリヨンさんに摘まみ上げられ、お姫様抱っこで抱えられる。靴がないから仕方無いのだが、俺はまだマイクロビキニ。コレは相当恥ずかしい。


「カラミティ! 裏口は?」

「コッチ! だけど兵士が一杯いるよ!」

「マズいな、このままじゃ」


 ――パーン


 銃声が響き、弾丸は俺の間近を通過する。銃を構えていたのはプラヴァスの正規兵に見えた。

 帝国の人間が衛兵に紛れている。持っているのは火縄銃? いや違う、最新のフリントロック式。コレでは下手に動くのは自殺行為だ!


「今、動いたら危険です。皆に紛れないと!」

「ですが!」


 ……渋るリヨンさん、民の安全を考えてのことだろう。だけど、俺にはとっておきがある。


 ――パーン


 新たな破裂音。しかし湧き出す煙は硝煙どころではない、モクモクと大量の白煙が上がる。


「なんだ? 何も見えないぞ!」

「クソッ! 換気しろ!」


 煙幕だ! 人で押し合う講堂で煙幕とは! でも、こう言うのが大好きな味方が一人居る。


「また無茶な事してるのね」

「シャリア! ずいぶん遅いのね」


 俺だけには見えていた、窓裏に隠れていた彼女の運命光が。


「隙あらば、と思ったのだけれど無理ね。何故だかアイツも私に気付いていた」

「そうみたいね」


 俺やシャリアちゃんにとって煙幕は有利。運命や魔力で、一方的に位置が解る。


 そのはずが魔女もシャリアちゃんに気付き既に警戒していた。隙が無い。


「口惜しいけど、殺せたとしてもコチラも逃げ損なうわ。今のうちに逃げましょう」

「わかりました」


 シャリアちゃんが侵入してきたのは二階部分の巨大な採光窓。とてもじゃないが手は届かないのだが脱出用にロープが掛けられていた。


「コレを?」

「ええ、上れる?」

「…………」


 ところで皆さん。ロープを掴んで垂直に上る事が出来るでしょうか?

 映画やゲームじゃ当たり前の様にスルスルとロープを上っていくけど、俺の腕力じゃ登り棒だって上がれない。

 そこで気合いを入れたのはリヨンさん。しゃがみ込み、大きな背中を突き出してくる。


「そう言う事なら私の出番だな、さぁ背負います!」

「拒否します!」

「どうして?」


 死ぬからだよ!


「背後から撃たれる可能性が高いでしょう? 抱っこして下さい!」

「何言ってるの! 悪魔! そしたらリヨン叔父さんが死ぬじゃない!」


 大丈夫だって、距離もあるし一発ぐらいなら何とかなる!


「良いんだ、お前は先に行きなさい!」

「えぇ! うぅ……悪魔め」


 恨み節を残してスルスルとロープを上るカラミティちゃん。なんとパワフル。


「じゃあ、お願いします」

「あ、ああ」


 そしてリヨンさんに真っ正面から抱きついての大しゅきホールド。誰にでも股を開くビッチでごめんな。


「私は最後で良いわ」

「ああ、先に上らせて貰う」


 シャリアちゃんを残してリヨンさんが腕力のみでロープを上る。伊達にプラヴァスの黒豹と呼ばれていない、キュンキュンしちゃうね。


「ぐっ!」

「どうしました?」

「いや、なんでもない」


 ……ひょっとして汗臭いだろうか? 砂漠を渡ってきたし多少はね? それに汗臭いのはお互い様じゃない? リヨンさんから漂う男の匂いに少しドキドキ。


 そんな、甘酸っぱい空気を壊すのがオバサンのヒステリーだ。


「あそこよ! 撃ちなさい!」


 帝国兵達が銃を構える、恐らくは煙幕でロクに見えていないだろうが、魔女が指差すままに狙いを定める。


 ――パーン!


「グッ!」

「当たりました?」

「かすり傷です」


 そうは言うけどマズい、もうすぐなのに! と思っていたら俺だけグイっと引っ張り上げられた。


「早くしてよぉ!」


 窓際の小さなバルコニーで待っていたのはカラミティちゃん! やだ、パワフル!


「さっさと逃げて!」


 グイグイと背中を押され、後は窓から外に飛び降りるだけ、死ぬような高さじゃない。

 だけど、このまま逃げたらどうなる? リヨンさんは銃に撃たれまくるし、構内の騒動も収まらない。

 俺は煙の中、魔女が居る場所に大声で煽る。


『じゃあね、また会いましょう。オ・バ・サ・ン!』

「このっ!」


 魔女の声! そして。


 ――パン!


 他よりも軽い拳銃の炸裂音。だけど弾丸はパリンと窓を割っただけ。

 撃って来ると解っていれば伏せるだけで避けられる!

 これで何発撃った? 鹵獲した武器からお前等が弾丸を作るに至らないのは知っている。さぁ、どうだ?


「もうっ! 何なの!」


 案の定、黒峰さんは逃げに入る。


「追うわ!」

「やめなさい!」


 仕留めようとするシャリアちゃんを止める。追ったらみんな死ぬ。そう視えた。きっと爆弾の一つや二つ持っているのだ。


 そうこうしていると、身軽になったリヨンさんがバルコニーに上がるや、サッと俺を抱きかかえた。


「え?」

「ユマ姫は俺が預かった! 文句がある奴は追って来い!」


 お姫様だっこで堂々の略奪宣言。


 俺は裸みたいな格好だし、凄まじく恥ずかしいんだけど?

 あんまりの宣言に、ブタとヤク中の戦いがピタリと収まる……こうなればヤケだ。


「ブタさん達、またね♪」


 投げキッスを一つ、同時にリヨンさんが外へと飛びして俺達は地面に着地した。

 それと同時に蜂の巣を突いた様な騒ぎが構内から聞こえて来る。


「追え、逃がすな!」

「待って! ユマ様ぁ」


 ああ、もう滅茶苦茶だよ。でもコレで奴らが争う理由はなくなった。


「大丈夫なの?」

「叔父さん、平気?」


 追いかける様に飛び降りてきたのはシャリアちゃんとカラミティちゃん。二メートルぐらいの高さがあったのに、二人とも凄いのな。


「肩を撃たれたが死ぬ様な怪我じゃない、ユマ姫を背負っていなくて良かった」

「でも!」

「良いから逃げましょう!」

「そうは言っても、どこに!」


 学内は敵と味方が入り交じり、俺の『偶然』を考えれば油断がならない。ソレに魔石がないから、リヨンさんの怪我だって治せない。


「魔石商も国庫も敵に押さえられている。他に魔石があるとすれば浄水場か」

「遠いし、危ないよ!」


 土地勘のある二人でも、良い場所は思いつかないみたいだ。


「魔力があれば、良いのよね?」


 なのに、心当たりがあるのはプラヴァスに来たばかりのシャリアちゃんだった。

 そう言えば、彼女は魔力が視えるのだ。


「プラヴァスに魔力が満ちる場所があったの?」

「ええ、アナタが探れと言ったのでしょう?」

「まさか!」

「そうよ、敵の真っ只中、ポンザル家の地下遺跡。今なら誰も居ないから呼びに来たのよ」


 なるほどね。遺跡を操作出来るとしたら俺しか居ない。


「行きましょう!」

「危険では?」

「元々乗り込むつもりだったのです、少し予定とは違いますが……」


 なるほどね、たった四人で敵のお膝元に乗り込む訳だ……


 ……田中と木村アイツらどこで遊んでいるんだよぉ!

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