クーデター3

「思ったよりも静かですね」


 俺はポツリと呟いた。

 ラクダの上、パノッサさんの背中にしがみついた状態である。

 そろそろプラヴァスの市街地も近い。事実上のクーデターと聞いて銃撃戦でも始まっているかと思えば、街は静まり返っていた。


 拍子抜けした俺の声に、不安げに髭を弄り回すのはパノッサさん


「いえ、オカシイ。静か過ぎる」

「でしょうね」


 俺だってその位は気付いている。街の喧騒がココまで無いのは異常だ。


 だが、悲鳴と呻き声が重奏するよりはずっとマシだろう? アレは二度と聞きたいモノじゃない。今でも夢に見る。


 そんな俺の思いを知ってか知らずか……いや、知らないんだろうな。

 世間知らずな女の子の軽口と思っているのだろう。パノッサさんは露骨に苛立った声になる。


「リヨン様の足ならばとっくに着いてるハズ。コチラには姫様がいるのですから、そろそろ迎えが来ても良さそうなモノですが……」

「ブラッド家も手が足りないのかも知れません……もしくは既に制圧されている」

「馬鹿な! 報告から二時間と経っていません」

「目を切るな!」


 俺はパノッサを怒鳴りつける。世間知らずはどっちだと言いたい。

 ココはもう戦場なのだ。気軽に後ろを見て良い場面じゃない。


「前を向け! 狙撃を警戒しろ」


 低く冷たい声で命じれば、パノッサさんは慌てて前に向き直ってくれた。


 俺はその事実にホッと胸をなで下ろした。

 偉い人の声には、人を従えて当然と言うだけの自尊心と強制力が詰まっている。俺もなんとか会得したいモノだが、幼い体は威厳とは無縁で中々上手く行かない。


 いや、違うな。単純にお姫様が板に付いていないのだ。

 だから俺の事を信じ切れず、パノッサさんはまだ不安げにチラチラとコチラを振り返る。


「考え過ぎです、こんな所で射かけた所で……」

「矢じゃない、銃だ! 知っているか?」


 ならばこそ理屈で武装した上で、キョトンとしたマヌケ面に、噛んで含める様に言い聞かせる必要がある訳だ。


 面倒臭いことこの上ないが、至らぬ自分の所為だから諦めるより他ないだろう。


「小さな鉄球が音と同じ速度で突き刺さる。防ぐことも躱す事も不可能。それが銃です」

「そんな訳が、そんなものに狙われたらどうすれば……」


 信じてくれた、その上で悩んでくれた。


 こんな少女の言葉をマジに受け取ってくれる辺り、俺のお姫様力も中々捨てたもんじゃない。


 お姫様力?

 今の俺にお姫様力とかあるか?


 今一度、自分の姿を再確認。

 余りに暑苦しいロングコートは前を大胆にはだけている。だから、俺のマイクロビキニ姿は振り向いたパノッサさんからは丸見えだ。

 ぷにぷにのお腹に、浮き出る肋骨。局部だけをギリギリ隠した破廉恥な姿。その上、ロングコートでラクダに跨がっている訳だ。

 ……いや、ひょっとしてコレお姫様力じゃ無いぞ? 痴女変態力とかだろ!


 そりゃ、こんなヤベー奴が血走った目で囁くなら、刺激しちゃマズいと従うも道理。全く本気にはしていない可能性がチラリ。


 だけど命に関わる問題だから、俺としては引くに引けない。恥ずかしさと気まずさがない交ぜになり、泣き笑いの表情で凍える声で命令する。


「防げないし、躱せない。だから私が狙われたら、代わりにお前が死ね!」

「そんなっ!」


 あんまりだと振り返るパノッサさん。そりゃそうだろう。でも、守って欲しいんだよ。幾ら何でもこんな姿で死にたく無い。死ぬ気で守って欲しいんだよ。


 だからもう、キチ○イだと思われても構わない。思い切り目を剥いて、渾身の目力で訴えかけるしか無いでは無いか!


「骨は拾ってやる」

「…………」


 これぞ最後の手段。脅し文句である。


 しっかり守らないと、この場で殺すぞ的な意味で取って貰って構わない。

 いや、実際。骨ぐらいバンバン拾ってやる。なんならしゃぶってやる。こんな美少女に弔って貰うなら嬉しいだろ? ぶっちゃけロリコンだろ? 汝、ロリコンであれ!


 むしろロリコンじゃないと困る。駄目? 聞いてみよう。


「不満か?」

「いえ、身に余る光栄にございます」


 やったぜ! ロリコンだった。


 いや、ロリコンかどうか知らんし、普通に他国のお姫様だと思い出してくれただけかも知れないが、とにかく覚悟が決まった顔をした。

 こうなると俺の『偶然』はまずはコイツを殺してから俺を狙うに違いない。なんて言うかライフが増えた感がある。


「ありがとう」


 耳元で囁けば、少し耳が赤く染まったのでやっぱりロリコンなんじゃないか? 貞操の危機とか無いよな? 別の不安が出て来たぞ?



 とそんな事を考えていたら、いよいよブラッド家の本邸に辿り付いた。


 ここは流石に慌ただしいかと思ったら、どうにも平和そのもの。

 屋敷の門兵達がパノッサの姿を認めると、待ちわびたとばかりに駆けつけてきた。


「パノッサ様、リヨン様が!」

「なに? 若が?」


 パノッサさんが驚くのも無理は無い。リヨンさんは魔石商での戦闘で負傷。田中と木村の二人は敵を追って地下遺跡に入ったままと言うでは無いか。


「して、若はドコに?」

「それが……」

「学校、か……」


 ルードフ家だけでなく、帝国兵の姿もチラつく状況で人々は学校に避難しているらしい。


 良くそんなに手際良く避難できるな、と思ったらどうも砂嵐とかで避難に慣れているっぽい。


「若はブラッド邸ここまで運べば良いでは無いか! 何故学校に?」

「戦力を全て学校に集中させているのです、今やここに居るのは火事場泥棒の警戒と伝言のために残っている我々だけ」

「そうか……すまないがユマ姫様」

「なんでしょう?」


 俺はキョトンと首を傾げる。暑いけどロングコートの前は閉めて、お姫様のお澄まし顔で無言の圧力。


 いや俺だって言いたい事は解るぞ? リヨンさんの怪我を治せと言うのだろう? タダ働きは嫌だぞとしらばっくれて、を待つ。


「リヨン様は怪我をしてらっしゃる。この通りだ、ユマ様の奇跡の力をリヨン様の為に使ってはくれないか?」


 よしよし良いぞ! 合格だ! 俺は華がほころぶ様な笑顔で応えた。


「もちろんです! 行きましょう。学校に!」

「ハッ!」


 そうして再びラクダを駆る事30分。市街地の端にある学校までやってきた。


「コチラは流石に人が多いですね」

「プラヴァスの人口の大半が集まっている様ですな」


 パノッサは住宅地が閑散としていた理由を思い知った。本当にプラヴァス中から人々が集まっているらしく、炊き出しに並ぶ列が延々と続いている。

 流石に全ての人間は学内に収まらなかったのだろう。学校前の通りまで人が溢れ、屋台まで出ている。雑然とした活気に溢れていた。

 コレだけ居れば狙撃の心配は少ないだろう。だけど代わりに別のリスクがある。


「…………」


 俺が不安げにキョロキョロと周囲を窺うと、心外とばかりにパノッサさんが胸を張る。


「ご安心を、姫様はこのパノッサ、命を懸けてお守りします」


 うーん、そう言えば魔法の欠点を言ってなかった。説明しておく必要があるだろう。


「いえ、そうでは無いのです、実は……」

「……なんと!」


 魔法の弱点を話すと、パノッサさんはとても驚いていた。ただ近くに寄るだけで健康値に阻害されて、魔法は使えなくなるのだと知る人間は少ない。


 魔法を使うときには人払いを徹底していたのは、何も技術を秘匿するためじゃない。むしろ真似なんて出来ないから見ても構わない。単純に健康値が邪魔なのだ。

 そして、コレだけの人混みだと魔法はどこに居ても使えないと説明する。


「これでは咄嗟に身を守る魔法すら使えません、それに回復魔法も多用出来ない以上。あまり見せびらかすのは得策では無いでしょう……」

「いえ、それは杞憂でしょう、幾らなんでもリヨン様が他の者と雑魚寝と言う事はありますまい」


 パノッサさんはそう言うが、なーんか嫌な感じがしてしょうがない。特別扱いしてくれたとして、ソレが良い特別扱いとは限らないのだ。

 現に、俺とパノッサさんを迎えに現れたのは偉そうだけどなんか変な感じのオッサンだった。


「ユマ姫様! 良く来てくれましたリヨン様の所までご案内します」

「おおっ! デネシス殿!」


 パノッサさんは嬉しそうにそのオッサンの手を握る。聞けばかなり偉い人。


 デネシスは学園の長にして、プラヴァスの国教であるセイリン教の司祭でもあるらしい。

 パノッサさんと親しいらしく、肩をパンパンと叩いている。


「パノッサ様も! ご無事でしたか! 奴らは未知の武装をしています、怪我人も多く心配しておりました」

「それ程に激しい戦闘が? 街は静まり返っておりましたが……」

「ええ、奴らは街で暴れるだけ暴れた後、地下に引き上げて行きました。勿論追いかけたのですが、それこそが奴らの狙いだったのやも知れません、追撃戦で多くの被害が出たようです」

「なんと!」


 当初は優勢に進めたモノの地下では銃撃を躱す術も無い。一行はリヨンの怪我と共に引き上げたと言う。


「目を離すと血気盛んな若い衆が敵討ちだと飛び出して行こうとするので、止めるのに難儀しております、私も許せない気持ちは同じなのですが……」

「これだけの人数です、守りの手が足りませんか……」

「ええ、パノッサ様、引き締めの方お願いできますか?」

「仕方ありません」

「助かります、ユマ姫様はリヨン殿の治療をお願い出来ますか?」

「……良いでしょう」


 俺の身はこのデネシスとか言うオッサンの手に委ねられてしまった。


 知らない人について行っちゃいけませんって言われてるんだが、背に腹は代えられない。

 いや、パノッサさんにも同行して貰った方が良いか?


 しかし、彼には彼で、学園の警備を強化する任務があるらしい。リヨンさんの片腕として知られていると言うのは嘘じゃ無いらしく、既に兵士に囲まれてアレコレ聞かれている。


 諦めるしか無さそうだ。


「ではユマ姫、コチラへ。リヨン様がお待ちです」

「よろしくお願い致します」


 俺はデネシスとか言う脂っこいオッサンの手を取るしかない訳だ。


 そして、案内されたのは保健室だった。


 いや、葦の衝立が並び、ゴザが敷かれているあたり前世の保健室とは似ても似つかないが、仄かに香るアルコールの匂いでそこが保健室だと何となく察せられた。


 まぁ、リヨンさんが怪我をしていると言うのなら保健室に案内されるのは当たり前。

 しかし、そこで待っていたのはリヨンさんではなくカラミティちゃんだったのだ。


「カラミティさん、どうしてココに?」

「リヨン叔父様の一大事に私が居ては変ですか?」


 変じゃない。だが、下手すれば戦闘になると思っていただけに気が抜けた。彼女は彼女の友達共々、魔法で助けているのだし、信用して良いだろう。


 受け答えにも変な部分は無い、目つきも正常だ。


「リヨン叔父様は、今、お医者様に診て貰っています」

「でも、早いほうが良いでしょう?」

「お医者様の都合もありますから、これを飲んでまずは落ち着いて下さい」

「それはそうですね、頂きます」


 だから俺は全く疑わずソレを口にしたのだが……


「カラミティさん、コレは?」

「普通のお茶、ですが?」

「いいえ、コレは……悪魔の薬よ!」


 麻薬! ソレに睡眠薬。俺が糾弾すれば、カラミティちゃんは静かに言った。


「悪魔は……どちらですか? 叔父様を魔法で操って!」

「え?」


 酷い誤解だ、認識をズラされている!!


 誰に?

 そんなの決まっている。黒き魔女。黒峰さんだ!


 どこに居る? 見回す俺の視界に入るのはデネシスと言うオッサン。


「おや、神聖な神酒を否定するとは、流石は邪神の使いだ」

「なにが! 神酒なものか! 誰が! 邪神だ!」


 叫ぶ声に力が出ない。即効性の睡眠薬だ。フラつく足元に、危険な霧が迫っていた。


霧の悪魔ギュルドス!! あなた達、やっぱり」

「コレは神との対話に必要なのです、決して奪わせはしません」


 なにが! 神との対話だ! ヤクがキマって幻覚が見えてるだけでは無いか!


 だが、そうか! 宗教か! 宗教と麻薬は切っても切れない。幻覚を見せて神との会話が可能な薬とうそぶけば、麻薬は飛ぶ様に売れると言う事か。


 ポンザル家だけじゃない、ココにも販路を持っていた!


 そして、俺は神との対話を否定する神敵と化す! 帝国め! やりやがった!


「カラミティ! どうして!」


 俺は彼女の肩を抱く。洗脳は強く否定すれば決して通らないハズなのだ。どうして彼女に? そうか! 麻薬! でも、彼女の目は澄んでいる。


「どうしてって……」


 目の前に顔を突きつければ、頬を染めて彼女は目を背けた。

 コレは?


「さぁ、眠って頂きましょう」


 ボイザンの声。口に液体を突っ込まれた。


 そして混乱の中、俺は意識を手放した。

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