変態ではない 裏 

 で、カラミティちゃんの治療許可を貰ったので、早速診せて貰う事になったのだが……


「きりきり案内なさい!」

「わんっ!」


 あろう事か、許可を出した人が犬になってしまったではないか!

 この世界、カボチャは馬車にならないけれど、人間は犬になる。

 流石は剣と魔法のファンタジー世界。

 この世界ではごく普通の出来事。全く恥ずかしいコトではない。


「くぅ……」


 ……ウソだ。滅茶苦茶に恥ずかしい。


 取り敢えず、SMは首輪だよね! ってゴテゴテ飾り付けられたコートから一本のベルトを外し、リヨンさんに嵌めたのが良くなかった。


 リヨンさんは首輪を付けたまま、四つん這いで歩き出そうとするではないか。


 なんとか必死に押し止め、リードまで付けて引っ張り上げる事で、なんとか二足歩行の人間に戻すことに成功。

 そのままカラミティちゃんの部屋まで案内を頼んだのだが……


「なっ?」

「ええっ?」


 当然、ビビりまくる使用人やメイドさん達。

 そりゃ、さっきまでピリピリしていた若旦那がゴキゲンで首輪にリードのお散歩スタイルで出歩いていれば目を疑う。


「…………」


 誰もが二度見、三度見した後に、チラッと俺を見て、スッっと目を逸らす。

 因みに……俺はマイクロビキニのエロエロ姿でリヨンさんのリードを握っているワケだ。


「…………」


 真っ赤な顔で見なかったことにするメイドさん。


 コレ、逆に俺の方が恥ずかしいんだが?


 いっそ、四つん這いのままの方が良かったまである。



『異国のお姫様がお馬さんごっこで遊ぶのに付き合ってあげる若旦那』



 ひょっとしたらほのぼの空間になったのでは?

 実際は、エロい格好の幼女がリードを握って、首輪をつけた若旦那を歩かせてるのだから言い訳が効かない。

 つーか、さっきから何も言わないけれど、田中が白目で見てくるのがウザイ。


『何か言えよ!』

『友達が、別の友達とSMプレイに興じてるのを目撃したらどうなる?』


 ……混ざろうとは思わないですね。そっと距離を置きます。

 でも、俺にも言い分はあるよ?


『豚はともかく、犬になれとは頼んでないんだけど?』

『豚の方が酷いんだが?』


 ……なるほどね、一理ある。


『お馬さんごっこの方がマシかな? 今から軌道修正できない?』


 涙目で訴えれば、笑顔で木村が一歩踏み出す。


『そういうことなら一肌脱ぐぞ! 一匹だから犬の散歩に見えるんだ。俺にも首輪を付けてよ、馬車が二頭立てにパワーアップだワンッ!』

『犬になる気が満々じゃねーか! 脱ぐな! 着とけ!』


 上着を脱ぎ捨てた木村が貧相な体を見せつけてくる。

 この流れなら好きなこと言って良いみたいになってるけどさ、ココは他人のお屋敷だぞ?


「リヨン様ッ!」

「行くな! 若も……お疲れなのだ」


 物陰からはメイドさんの悲鳴とか、ソレを必死に宥める家臣の声とかが聞こえてくる。


 ……端的に言って、大惨事なのだが?


 ここはプラヴァスに来て長い田中が、場を収めてくれる事に期待するしか!


『エルフの王女サマが女王様とは恐れ入ったぜ……ン? 普通か?』


 普通じゃネーし。女王様じゃ無いんだが?

 俺はお姫様だよ? はい、カワイイ!


「痴女かな?」


 あろうことか、カッコイイポーズをキメた俺に対してこの言い草である。

 やはり田中は安定のクソ馬鹿で、一切役に立ちそうに無い。マジでコイツ本当にゴミ。


『何の為に公費で長年プラヴァスに通わせて、現地にパイプを作らせたと思ってるんだよ? こんな時の為だろうがッ!』


 大喝する俺に、木村が頭を抱えていた。


『こんな時は、宇宙の誰も想定してないんだが?』

『じゃあ、どうすんだよ? これ!』

『どうにもならないでしょこんなん、初対面の王子様にSMプレイを仕掛ける方が悪い!』

『違うっ! プリルラの人格で、リヨンさんの趣味が解ったから……』

『ソレがSMの女王様だったと?』

『ってか、ドMだって解ったけど、プリルラちゃんじゃ、どうして良いか解らないって、そこで俺が一肌脱いだのよ!』

『なるほどね、脱ぎ過ぎでは?』


 しょうがねーだろ! コートの下はコレ(マイクロビキニ)なんだから!


 俺の女王様のイメージではコレが限界。

 幾らプリルラちゃんが百戦錬磨の恋の達人であろうとも、まだ少女だった彼女にドMのあしらい方など解ろうハズが無かった。

 この世界にそういうお店は無さそうだしね。

 それで仕方無く、不肖『高橋敬一』が男の人格のまま、必死で女王様を務めあげているワケだ。

 しかも親友二人の前でだぞ? コレが恥ずかしくない訳ない。ドチャクソ露出した肌を真っ赤に染めて、鞭の代わりにベルトを振り回して頑張っているのである。

 精神的に極限まで追い詰められている俺へねぎらいの言葉一つあってしかるべきなのに、親友である男二人は白目でコッチを見るばかり! なんとか言ったらどうなの?


『極限まで追い詰められてるのは、コッチの性癖なんだけど?』

『ンなもん、知るかぁ!』


 俺は涙目で絶叫するのであった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「コレが、今のカラミティです……」


 辿り付いた一室、リヨンさんが苦虫を噛み潰した表情で窓辺のベッドを指差す。

 そこでカラミティと呼ばれた少女が虚ろな瞳で外を見ていた。


 カラミティ。どんな人かと思えば可愛い少女である。黒髪に褐色肌、でも瞳だけは赤い。

 顔立ちからは溌剌としたエネルギーを感じるのだが、その瞳にはなにも映っていないのが痛々しい。

 一目で解った。彼女は心に深い傷を負っている。まるで昔の俺だ。


「リヨン様ッ! コレは?」


 看病していた侍女がリヨンさんに説明を求める。当然だ、絶対的に怪しい集団が病室に押し入ったのだから。


「この方はユマ姫、森に棲む者ザバいや、エルフと呼ばれる魔法使いの種族の姫であらせられる」

「それは? カラミティ様にどんな関係が?」

「……それは、だな」


 魔法が解けて人間に戻ったリヨンさんが必死に俺の魔法について説明してくれる。だけど、リヨンさんだって見たことも無いのだから、どうにもふわふわしたモノになる。


 当然、侍女達は信じない。

 なにせリヨンさんが説明する中には尾ひれが付いた噂話まで含まれている。俺としては他国に俺の事がどんな風に伝わっているか興味津々だったのだが。


 曰く、彼女に惚れた王子二人で王国が真っ二つに割れた。

 曰く、死の淵から不死鳥の様に復活した。

 曰く、ゼスリード平原に集結した帝国兵をたった一人でバッタバッタと打ち倒した。


 ……いや、あながちウソじゃないな。


 ウソじゃないんだけど、実際に視線の先に居るのは堂々たる半裸の幼女である。


 侍女達がコチラをみる視線の痛いこと痛いこと。


 赤く染まった肌から血の気が引く思いである。

 それどころか彼女達は別の疑念を持った様だ。


「あの、失礼ですが、リヨン様は麻薬を試してはいませんか?」

「違うっ! 断じて!」


 当然の反応であった。

 聞けばカラミティちゃんは麻薬中毒でこうなったらしい。となれば看病のため、侍女達は麻薬について勉強している。

 麻薬でもキメてないと、マイクロビキニの幼女を魔法使いとは言い出さないわな。

 侍女達は互いに目を見合わせる。その目には不安や覚悟がない交ぜになっていた。


「リヨン様、麻薬と言うのは本当に恐ろしいモノです、実は私達も少し試してみたのですが……」

「何だと!」

「全ての欲求に麻薬が勝ってしまうのです、自分の意志で麻薬を止めるのは不可能でした」

「お前がソレを言うのか……」

「はい」


 真っ直ぐにリヨンさんを見つめるオバサン侍女。初めて会ったけど、風貌から真面目を絵に描いたような鋼鉄の意志を感じるほど。

 そんな彼女が自分の意志で麻薬を絶てなかったと言うなら、俺なんて一度キメたが最後、アヘアヘになるに違いない。


「まさか……それ程とは」


 リヨンさんだって自分だけは大丈夫と信じられなくなったのだろう、言葉に詰まった。

 侍女はさらに言い募る。


「急に麻薬を絶つのは危険かも知れません。それ以外の何も考えられなくなり、自傷行為に走ります、カラミティ様をベッドに縛り付けましたが、骨が折れるほどに暴れるのです」


 そうなんだ……ヤベェな麻薬。俺も気持ちよくなって家族の夢でも見ながらそのまま死のうかな?

 いや、嘘だけどね。気持ちいいのは興味があるけど、帝国を滅ぼして、皇族だかを根絶やしにして、帝都を火の海にして地図上から消すまでは我慢。


 と、そんな麻薬でリヨンさんが俺に操られていると侍女は疑っている様だ。


 他人に使うぐらいなら俺が現実逃避に使いたいぐらいなんだが、まぁ疑うのは当然。説得を繰り返し、おかしくなったのは頭じゃなくて性癖の方だと理解して貰った。


 確かに冷静に会話が出来るし、暴れ出さない。麻薬を見ても目の色を変えないから中毒じゃなさそうだと。


 と、ソレだけ麻薬が恐ろしいならば、カラミティちゃんが安静にしてるのが気になってくる。


 リヨンさんが訊ねると、侍女は悲痛な表情で声を絞り出した。


「カラミティ様には少量の麻薬を摂取させています。自傷行為に至らぬ様に、少しずつ量を減らして寛解を目指すのが宜しいかと。まだ自分の名前さえ言えませんが、食事は摂って下さるようになりました」

「そ、そんな……ソレでは」


 よほどショックだったのか、リヨンさんはガックリと膝をつく。


 ……一方で俺は麻薬に興味津々と言うか、正直なところカラミティちゃんの事も知らないしイマイチ話にノリ切れない。


 なんなら殺しちゃえば良いじゃんぐらいの気持ちがある。


 とは言え、相手はまだ幼く可愛い女の子である。男としてはなんとか守ってやりたい気持ちがないではない。

 実はマイクロビキニを着ていると他の人格が出て来ようとしないので、男『高橋敬一』が出ずっぱり。

 俺が一肌脱ごうではないか!


「フンッ! 何を言ってるんだか! その為に、わたくしが居るのでしょう?」


 堂々宣言するも。自分でも何を言っているか解らないし、ブレ放題のキャラ崩壊。


 だけどね、こう言うのは不安そうにやると却って恥ずかしいモノ。控え目な胸を張って自信満々に躍り出た。

 荷物になっていたコートを、さっきからハァハァ言いながらうなじの臭いを嗅ぎに来てウザったかったシャリアちゃんに手渡すと、ズイっとカラミティちゃんの居るベッドに上がりこむ。


 止めようとする侍女をキッと睨む。自信満々の俺の態度に、さしものベテラン侍女もたじろいだ。


「リヨン様? 彼女も麻薬を?」


 違った。完全にキマッてると思われドン引かれていた。

 まぁコレはコレで好都合。さっさと魔法を使ってしまおう。


 俺はベッドの上で、カラミティちゃんにマウントポジションをとり万全の構え。虚ろな瞳を覗き込む。


「我、望む、揺蕩う海の寄る辺なき魂よ、我指し示す先に安寧あれ。

 一つ、母なる命脈に身を委ねん。

 二つ、……」


 催眠魔法だ、コレでカラミティちゃんの深層に入り込み、回復を促す。

 呪文は殆ど雰囲気、やたらと巨大で複雑な魔導回路を部屋の天井に沿うように練り上げる。

 だって、回路がデカすぎてみんなの健康値に阻害されるのよ。

 高い天井を一杯に使って広げる必要があった。



 魔法を使ってしばらく、彼女の瞳孔が揺らめき徐々に意志の光が戻り始める。


 しかし……


 ――アアァァァァァ!


 カラミティちゃんは、廃人同然の魂が抜けた状態から一転。

 狂った様に喚き、暴れ出したのだ。その力はとても小柄な少女のソレではない。


「痛ぁ!」


 非力な俺はアッサリと押しのけられて、ベットからゴロンと転がり落ちた。


 ――アァアアァァ!

「鎮まって! 鎮まって下さい!」


 なんとか這い上がった時には、侍女が三人掛かりでカラミティちゃんを押さえつけているトコだった。慌てて木村が駆け寄ってくる。



「コレは? 何が?」



 コイツ、よっぽどこの女の子が心配なのか、さっきからソワソワと落ち着かない。カラミティちゃんってどんな人かと思えばこんな可愛い女の子なら心配するのは当然って思いがある。


 だけど、アレだよ?


 俺が必死で治療に励んでいる間も、異国の地でこんな可愛い子とお楽しみとはね。

 少し意地悪したい気持ちが目覚めてしまう。


『正直、だめぽ』

『え?』


 お手上げとばかり肩を竦めれば、いつも余裕を絶やさない木村の顔が蒼白になる。俺にはソレが面白くて、更に詳しく容体を説明する。


『いやさ、よっぽど酷い目に遭ったみたいで、自分で意識を封じているんだ。無理矢理引っ張り上げたら完全に壊れてしまう可能性あるよ?』

『そんな……』


 ま、嘘は言ってない。

 実際にカラミティちゃんは自分で自分の記憶を封じてるのだ。無理に起こす必要を、俺は感じて居なかった。


『具体的に言うとさ、脳だって損傷してるから治さないとならない。だけど雑に治したら記憶と馴染まずに赤ん坊同然になっちまう。でも、意識を浮上させながら治療すれば、抵抗されて健康値が魔力ですり切れちゃう。結果、魔法が暴走。脳をズタズタに引き裂いて殺しかねない』

『……ぐっ』


 木村は頭が良いので俺の説明に嘘が無いのが解るのだろう。悔しげにほぞを噛んだ。


 実際、普通に治療すればそうなる可能性は高いワケだ。


『俺のオススメはさ、取り敢えず体だけ治しちゃうコト。骨折とかね。コレで俺の魔法はホンモノと信じて貰えるし、記憶は徐々に取り戻しましょうって言えば良いだろ』

『だけど、ソレじゃ……』


 木村は渋る。

 なぜならそうなればカラミティちゃんは死んだも同然。新しい体に、新しい人格が宿るだけ。


 でも、政治的な事を考えればソレで十分なのだ。それが嫌と言う事は木村としては彼女との思い出が大切だと言う事。

 こんな美少女とどんなロマンスがあったのか……


 嫉妬が止まない俺は、ニヤリと露悪的に笑って囁く。


『別に良いじゃん? 精々が十年ちょっとの記憶だろ? 若いんだし、また新しくやり直せるって』

『テメェ!』


 カラミティちゃんの人格を軽視する俺の言葉。

 温厚な木村が柄にもなく沸いていた。


『そんなんで生きてるって言えるのかよ!』


 俺の髪をひっ掴み、強引に掴み上げ、正面から俺を睨む。

 怒り狂った木村の顔が間近にあった。コイツがこんなに怒るところを初めて見たかもしれない。


 だが、俺にも言いたい事はある。


『解ってるよ、だけどな、それが他人だとしても、そんな形であっても、生きているだけでマシなんだよ』


 大切な人が死ぬなんてこの世界ではんだよ!

 お前は死ぬ覚悟はあるかもしれないが、死なれる覚悟が足りないだろ?


 良い機会じゃないか。死なせてみようぜ? 俺はな、たとえ人形だとしてもセレナに生きていて欲しかった。


 ソレを作れる可能性はあったのだ。


 なんせ細胞一つからでも培養できる。俺が馬鹿な事をして、家ごと燃やさなければそんな可能性もあったのだ。


 今はもう、セレナは灰も残っていない。お前だって、欲してるのは心を癒やす人形じゃないのか?

 だったら記憶なんて要らないはずだろ? まして政治的にはソレで正しいハズだ。


『実際、リスクをとって万が一にも殺しちまったらどうなんだよ? この国に居られなくなるぞ? 第一、ソコまで説明すりゃきっと治療を止められるぜ?』

『そうだな……だけど、それでも』


 可能性があるなら治して欲しい。木村が涙目で必死に俺に縋りつく。


 いつもは俺ばかり必死なだけに、余裕のないコイツを見るのは、何というか気持ちが良いね。


 ふむふむ、そこまで言うなら仕方無い。いっちょ頑張りますか……


 しかし、いよいよ彼女がコイツの何なのか。

 俺にもだいぶ気になってきた。


『良いケドさ、大体にして、お前にとってこの娘はナンなんだよ?』

『あーそうだな……』


 柄にもなく、なんだか言い辛そうにモジモジと。

 なんなの? オッサンの癖にピュアっ娘なの? 決心固めて言う事?


 ホラ言ってみろ? 彼女か? 妹代わりか? どうなんだ?


『奴隷かな?』

『ヒャァッ?』


 自分でもビックリする様な声が出た! え? 奴隷?

 聞き間違い? 奴隷? ココまで引っ張って奴隷? 意味が解らんのだが?


『なんで? なんなの? お前がどうやって彼女の奴隷だって証拠だよ?』


 俺は、激しく動揺していた。

 コイツに先に脱童貞されるのは良い。まぁ良い。


 彼女が出来るのだって良い。年齢的に、結婚しても驚かない。


 でもな! 奴隷ハーレムでウハウハってのはナシじゃん?

 俺のやりたかった異世界転生を横取りするな!


 いや、まだコイツが勝手に奴隷って言ってるだけの可能性は高い。こんな良家の令嬢を奴隷とか天が許しても俺が許さないし、リヨンさんはもっと許さない。


 今度は俺が怒りに震えていると、奴隷奴隷とブツブツ呟いていた木村がハッっとした表情でリヨンさんに向き直った。


「リヨンさん!」

「いや、その前に何が起こったのです? コレは?」


 リヨンさんはカラミティちゃんの容体が気になるのだろう。当然に説明を求めてきた。会話する俺達に遠慮して機会を窺っていたに違いない。

 コレはリヨン氏にとってもカラミティちゃんが大切な証拠。


 きっと奴隷宣言を否定してくれるし、全ては木村の吹かしに違いない。

 必死に説明する木村だけど、リヨンさんが危険な治療に納得するかな?


「カラミティちゃんの容態が解りました、先ほどのはユマ姫の検査の魔法です」

「その割に、急に暴れ出した様ですが?」

「そうなのです、心を調べようとすれば、カラミティちゃんは自分を取り戻したくないと抵抗をしました、それ程の悪夢にうなされ、自分から記憶を封じています」

「そんな……では、どうすれば?」

「一つは、体だけを治し、物言わぬ廃人とすること。もう一つは……」

「もう一つは?」

「体と心を同時に治します。コレは死ぬ危険もあるイチかバチかの施術。ですが俺はコレに賭けたい」

「馬鹿な! そんな事は!」

「させないとは言わせません、彼女は俺の『奴隷』です。そうでしょう?」


 なんと、自信満々に木村が言い切る。

 勿論、キレたリヨンさんにぶん殴られる……

 かと思いきや、リヨンさんは悔しげに言葉を濁らせた。


「いや、ソレは……」

「言葉の絢だと? でも、彼女が私に命を預けてくれた事に変わりは無い。アレはこのための運命だったと、私は思いたいのです」


 木村がそう言い切ると、リヨンさんは「わかりました」と治療の許可を出すではないか!


 は? マジでこの美少女が木村の奴隷な訳? 良いトコのお嬢様なのに?


 どんな魔法なの? 俺にもその魔法教えて! いや、嘘だろ? もう一度だけ確認しよう。

 俺は涙目の上目遣いで木村のズボンを掴んで訊ねる。


「うぅ……本当に、本当に彼女はお前の奴隷なんだな?」

「えぇ、コレで万が一失敗したとしても、ユマ姫の責任とは言わせません」


 ンな事聞いてねーよ!


 自信満々の木村を殴りたい。


 コイツがこんな美少女を……奴隷に?


 くぅぅ、悔しい。泣けてくる。ズルい! 俺ばかりがこの世界で苦労している。

 俺は木村のズボンに縋りつき、ポカポカと必死に殴る。


 文句を言おうにも出てくるのは涙声だけ。


「なんで? なんでなんだよう、奴隷だなんて、俺だって、お前が、俺が頑張ってる間に、俺が居ないところで! どうしてだよぅ」


 いよいよ堪えきれず、頬を涙が伝った。

 この世界は余りに理不尽過ぎるでしょう?


 俺の涙をどう受け取ったのか、ハッとした木村が目を瞑って、何か変な覚悟をキメていた。


「そうですか、こんな少女を奴隷として貰った事でアナタを不安にさせてしまったのですね」


 一人で納得して、ウンウンと頷いている。


 いや? 不安じゃなくて不満なんだけど?

 コイツ、何か勘違いしてないか??


 いよいよ木村が俺の前で膝を折って向き直る。何を言い出すつもりだ? まさか? いや、まさかだよな? 聞きたくないぞ?



「結婚しよう!」

「死ねッ!」


 ノータイムでお断りだっ!


 クソプロポーズ止めろ!

 俺はお前を巡ってカラミティちゃんに嫉妬してるんじゃないの! お前のクソ主人公ムーブに嫉妬してるの!!!


 力一杯力説すると。ポカンと木村は俺を見て首を傾げているじゃないか!!

 俺はもう、悔しいやら悲しいやらで地面を転げ回るハメになる。


『どうして、俺が居ないところで、いつの間にか奴隷ちゃんとか、こさえてるんだよ! 俺が欲しいんだよ! 誰よりも欲しいんだよ! 誰よりも! 異世界モノを愛してるんだよ! 夢なんだよ! 内政チートだってやりたかった、剣一本で無双だってしたかった、それが股間の一本も無いんだよ! 奴隷ちゃんぐらい俺にくれよぉ!』


 転げ回った、それはもう見苦しく転げ回った。暴れるカラミティちゃよりも転げ回った。

 端的に部屋の中は地獄絵図だった。そこに追い打ちを掛けたのが田中だった。


「まったくだ。俺が一時外した途端、奴隷をゲットとかズルいぞ!」


 なんで参戦した!?


 お前は剣で無双してろ!

 もしくは夢精してろ!

 暑苦しいから近寄るな!


 そんな田中に斬り掛かるシャリアちゃんまで現れて、カオス空間が爆誕!


 もう摘まみ出される一歩手間である。

 コレはマズイ、場の誰もが思った刹那。いつの間に近寄ってきた木村が耳元でコッソリと囁いた言葉に、俺は耳を疑った。


『元気に治ったら、カラミティちゃん。あげても……良いけど?』

『ほんとぉ?』


 我ながら、メチャメチャに食いついた。それはもう、俄然やる気になった。


 俺は子供みたいに泣き叫んでいたのを一変。キリッとしたお姫様の貌を取り戻し、治療の為に動き出す。


「ケルタオイルを用意して下さい」

「おい、お前達、ケルタオイルを用意しろ」

「リヨン様? 彼らを信用するのですか?」


 侍女達は抵抗するが、リヨンさんの決心は固かった。


「カラミティの命は、既に彼らの物だ。疑うならパノッサ辺りにでも聞いてくれ」

「承知しました」


 渋々と引き上げて行く侍女達。


 入れ代わりに届けられたのは、タップリの油。


 一方で俺はカラミティちゃんに再びのマウントポジション。

 違うのはその傍らに油がある事だけ。


「一体ユマ姫は何をするのです?」

「それは……」


 不安げに訊ねるリヨンさんの声が背後から。

 それに応えようとする木村だが、コイツだって魔法には詳しくないからね。


 なのに木村は自信満々でうんちくを披露し始めた。


「治療の為に油を用意するのは、それ程イレギュラーではないでしょう?」

「それはそうだな、薬効は油にしか溶けないことも多い」

「まさにソレです。我々が住んでいた場所でもアーユルヴェーダと言われる、油に薬草を溶かし、体に塗り込む治療方法は知られていました。エルフの秘術としてはその更に先があっても不思議ではありません」

「なんと! それは期待出来ますな。しかし肝心の薬草が見当たりませんが?」

「貴重な薬草をエルフは決して手放さないと聞きます。ひょっとしてどこかに隠しているのでは?」


 背後から、視線を感じる。


「…………」


 ……そして、沈黙。


 隠せるかぁ! コッチはマイクロビキニじゃ!


 ソレを思い出したのか、木村は目を泳がせる。

 適当に言いました! ごめんなさいしろ!


 なのに、うんちく好きの木村は、謎の可能性に思い至ってしまった様子。


「いや、ひょっとして?」

「キィムラさん、なにか心当たりが?」


 木村の閃きにやたらと食いつくリヨン氏。

 何なんだよさっきから後ろでさぁ!

 お前らは解説好きのモブか??


 阿吽の呼吸で、モブ野郎の解説が始まってしまった。


「アーユルヴェーダには鼻洗浄という施術があります。油を鼻から入れて一緒に毒素を出すのですが……恐らくは、今回も同じ。油を体内に通し、麻薬の成分を溶かし込んで体外に排出するのです」

「おおっ! そんな技が!」


 その解説にリヨンさんは快哉を叫んだ。

 木村の方も自信が有るのだろう、声が弾んでいるし、よせば良いのにコチラに答え合わせまで求めてくる。


「どうですかユマ姫、違いますか?」


 背後だから見えないけれど、とんでもないドヤ声である。


「違いますけど?」

「違うの?」

「違います!」

「…………」

「…………」


 この空気どうしてくれんの?


 滅茶苦茶にやりづらいんだけど????


 俺は一旦振り返り、キッと皆を睨んだ。


 俺の肌は髪と同じ、真ピンクに染まっているに違いない。

 コレから起こることは……出来ればやりたくなかったぐらいに恥ずかしいのだ。


 俺だってさ、ただの意地悪で見捨てようって言った訳じゃないのよ。


「えっと、皆さまには席を外して頂く訳には……エルフの秘術なので」

「いえ、そういうわけには」


 俺の必死のお願いだと言うのに!

 豚宣言まで飛び出したリヨンさんなら、きっと聞き入れて貰えると思ったのに!


 コイツはこんな時だけ素に戻り、俺の言う事を聞こうとしない!


 勿論木村も、田中も! シャリアちゃんも出て行かないし!


 ぐ、ぐぬぬぬぬぬ!


 覚悟を決めるしかないのか……


 俺はマウントポジションの下、跨がった少女の虚ろな瞳を見下ろす。


 彼女は俺の奴隷。


 俺の魔法に彼女の生死が懸かってるとくれば、俺が恥ずかしいぐらいなんだと言うのだ。俺は歯を食いしばって覚悟を決めた。


「奴隷、奴隷、俺の奴隷」


 必死で自分に言い聞かせる。


 そうして油をすくい取ると……自分の体に塗りつけた。


「エッ?」


 木村の意外そうな声!

 お前のクソ予想のおかげで、倍ぐらい恥ずかしいのだが?


「ううっ……」


 俺は半べそで、そのままカラミティちゃんの服を剥ぎ取った!


「エッ?」

「いや、服を脱がすのは普通では?」

「あ、ああ……そうだな」


 田中サン? いまのエッは驚きの「え?」ですか? 違う「エッッッ!」じゃないでしょうね? 問い詰めたいけど、今はその時じゃない。


 俺の体に馴染んだ油が、ランプの明かりをテラテラと跳ね返している状態だからだ。


 うむ、酷く淫靡な絵面である。


 なんで鏡が用意されてるんだよ……


 カラミティちゃんは裸、マウントする俺もほぼ裸。そして体は油に濡れている。


 この状況で変な想像をしない方がおかしいし……


 ……その想像は残念ながら当たっている。

 ヌラヌラと滑る体を、俺はそっとカラミティちゃんに重ねていく。


「「エッッッッ!」」


 木村ッ! 田中ッ! お前らぁぁぁ! 

 言うなよ? それ以上いうなよ?


「ローションプレイかよ」


 田中ァ! ソレは言うな! 空気を読め! ソレだけは言うな! 殺すぞ! 違うのだ! コレは神聖な治療方法なのだ! 俺はもう、真っ赤になって反論した。


「違います! コレは体の接触を密にして、より深く魔力を循環させるための……」


 俺が必死で言い募ると、ベガ立ち勢(木村)の解説が始まった。


「なるほどな」

「どう言う事だ木村? 俺にはレズプレイにしか見えんぞ! リヨンの奴なんか固まってるし」

「わからんのか?」

「解るかぁ!」

「丁度CPUにつけるグリスに近いんだ。より密着して魔力の通りを良くすると言うワケ、密着で魔力の制御を密にして、魔力の損失と健康値の抵抗を最小限にするつもりだろう」


 ……悔しいが、今度のモブの解説はドンピシャで当たっていた。


 当たってはいるのだが、だからこそ言いたい事がある。


「ソコまで解っているなら、よこしまな目で見ないで下さい!」

「ダメだ、俺はこの戦いを見届けないと故郷に帰れない!」

「タナカァ! 鬼め! お前の故郷は地獄だ!」

「俺に出来るのはこの光景を後世に伝えるべく、薄い本を厚くすることのみ」

「キムラァ! そんなの没収! いや、こんど見せて」


 自分でも、何を言っているか解らない。


 今日は親友二人の前でSMプレイを披露した直後、SMプレイをした相手まで加えてのローションレズプレイの披露までしているのだから世の中わからない。


 ……わかってたまるかと言いたい。


 しかし、精神の魔法は一時も気を抜けるモノでは無いのが困りものだ。

 俺はさらにカラミティちゃんと体を密に絡めていく。カラミティちゃんだけに体を搦めていく。

 もうヤケクソであった。

 魔力が浸透すると健康値が削られて苦しいのか、それとも気持ちが良いのか、カラミティちゃんが「ああっ」と悩ましげな声を上げるのがまたエロくて困る。


 しかし、健康値を削りきるには魔力が足りなかった。なにしろこの土地は魔力が少ないから当然。

 そこで、俺が取り出し、掲げたのは秘密兵器だった。


「魔石を、食べます!」


 魔石を食べる。凶化した事で可能になった魔力の回復方法だが、狂気の怪物に成り果てたグリフォンの最期を聞けば危険過ぎる手段ではあった。


 だけど、『参照権』を持ち記憶を上書きされない俺であれば、記憶を失うリスク無く凶化のメリットだけを享受出来る。ちょっと体が変形しても千切って治せば大丈夫!


 俺は何というか、いよいよ吹っ切れてきた。体は羞恥に赤く染まっているし、そもそも

裸同然で友達に見られている現状で恥ずかしさはMAX。


 更に言うとさっきまでSMしてた相手にも見られてるし、それは王子様だし、相手の女の子の保護者でもある。

 完全に狂気のありさまだ。ここから更に狂気が上乗せされても変わらんだろう!

 腰をグラインドさせながら油を馴染ませ、体を更に密着させる。


 俺は魔石を飲み込んで、いよいよ魔法を使い始めた。


「『我、望む、揺蕩う海の寄る辺なき魂よ、我の命に導かれ、息吹を感じよ、鼓動に耳を澄ませよ、我の命の先に安寧あれ、一つの大いなる流れとなりて、傷付く体を癒し給え』」


 そうして、呪文を唱えると同時――

 ――カラミティちゃんと濃厚なディープキス!


「「「エッッッッ!」」」


 もう、お前等はそれしか言えないのか!!

 知ったことか!

 無視だ無視!


 なにせ、ココからは魔法に一切の油断が出来ない。


 なにせ相手の脳みそをイジる大手術!


 ……まぁ、端から見ると、ブツブツ呟きながらねっとりキスして、ヌルヌル体を絡め合って、たまに激しく抵抗するカラミティちゃんを押さえ込んで


 ――をひたすら繰り返してるだけに見えるのが困りもの。


 もう、見た目は完全にアレ。


 ソレを延々と皆が見守るなかでやらされるのだから、邪神降臨の儀式かってぐらいに奇妙な空気になってしまった。


 途中で発狂した木村が「間に挟まりたい」とか叫んで体にオイルを塗り始めるぐらいには、場には狂気が満ちていた。


 ちなみに、シャリアちゃんが止めてくれたので一安心。

 俺だけの黒歴史にしない様、木村なりに気を使ってくれたのかな?



 マジで余計なお節介なのだが?



 と、そんな地獄の儀式が休み休み、四時間以上も続いてしまったのだから記憶も封印したい。


 歴史的に初めてレベルの魔力を使った脳の大手術なのだが、これこそ歴史の闇に葬って欲しいレベルのアレ。


 そんなこんなで、「多分、治ったと思う」と宣言したときには、既に朝日が昇ろうかという時間だったのだ。

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