露出狂だ! 裏

「初めまして、私がエルフの国、エンディアンの王女、ユマです。以後お見知り置きを」

「こ、これはこれは、プラヴァスの太守を務めるブラッド家の当主リヨンです。お噂はかねがね」


 胸に手を置き、お上品なご挨拶。だけど右手に感じるのはドキドキと五月蠅い鼓動。


 いやーイケメンですわ。少女漫画に出てくる砂漠の王子様かな?


 ……砂漠の王子様だったわ。


 しかし、そのリヨンさんは目をまん丸にして明らかに動揺している? 何故?


 ンなモン! 俺のトンチキな格好が原因に決まってるだろうが!

 うぅ、シャリアちゃんやり過ぎだよぅ。

 堂々としていれば大丈夫と言うが、普通に恥ずかしい。


 スパンコールでキラキラ光るロングコートを、無数のベルトやチェーン、カフスや金属ボタンでゴテゴテと飾り、襟にはワイヤーまで入れてピンと立たせている。


 こんなトンチキな衣装。似合ってると褒められても嬉しくない。


 捕まった宇宙人じゃないんだぞ! クソッ顔が熱い、恥ずかしい。それもコレもリヨンさんが想ったよりイケメンなのが悪い。

 この俺が、まるで初心うぶ女子おなごみたいに言葉が出てこない!


 このままじゃ会話の主導権を取られてしまう。

 アレだけデカいこと言ったのに!


 焦った俺は控え目に手を挙げて、ジッと上目遣いでリヨンさんを見つめる。


「え、ええっと……はじめに一つ質問していいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」


 鷹揚に応え、優しく微笑むリヨンさんの視線に、どうにもムズムズしてしまう。

 えーっと? なにを? 何を聞けば主導権を?

 何を聞きたい? そうだ!


「あ、あの、リヨンさんって……独身なんですか?」


「…………そうですが?」

「そう、なのですね……」

「…………」

「…………」


 良かった。独身か。うん、良かった!

 満足して頷くが、顔が真っ赤に染まるのが自分でも解るほど。


 うわぁぁぁぁぁぁぁ!


 手玉に取るどころか、開幕で手玉に取られてるじゃねーか!


 クソッ! イケメンめ! イケメンは敵!


 おれは『高橋敬一』の記憶を呼び覚まし、必死に抵抗を試みる。

 恋多き乙女であるプリルラちゃんの人格を出したのが失敗だった。何が『相手の好みを完璧に見切って、演じる事が出来る』だ!


 良く考えたら『恋多き乙女』って、惚れっぽいだけじゃネーか!! 決めゼリフ「恋は戦争!」 じゃねーぞ! イケメン限定で無抵抗主義じゃねーか! 戦え! 侵略戦争しろ!


 と、高橋敬一の精神でリヨンさんを見つめ直すのだが、男から見てもあらいい男。


 田中や木村が惚れ込むのも解る。ナヨナヨした所はなく、黒豹に喩えられる危険さと、理知的な目が同居しているのだ。


 ポンザル家に追い詰められているせいか手負いの豹の風情で、影のある危険さには妙な色気を感じさせる。

 そうか……独身かぁ。うーんなるほどね。


「それなら良いのです、ココからは危険な戦いになります、家族を悲しませる事があってはいけません」

「え、ええ……」


 よぉし、誤魔化せた!

 独身かどうかを気にしたのは家族を心配したから! それだけ、他意は無い。


「ふふっ」


 無理でーす! 誤魔化せませーん。リヨンさんは苦笑いしてまーす。


 恥ずかしいぃぃぃぃ!!


 クソッ! 澄ましやがって!

 女の子に惚れられる事にも慣れっこなのだろう。俺が骨抜きになったと見るや、リヨンさんは取り戻した余裕で柔らかに微笑む。


「しかし、ユマ様に戦いの覚悟があると言うなら頼もしい、後ろの二人も協力して貰えると考えても?」


 あ! まずぃ! 誤魔化したどころか、ポンザル家と戦う方向へと舵が取られて、木村が大波に巻き込まれた。


「いいえ、ソレには及びません。権利書である石版は奪取しました。我々が争う必要は無くなった」

「それは誤解です、石版を盗まれた事を知ったポンザル家はあなた達を狙うでしょう。石版を盗めた今こそが好機なのです。これで石版を持ち逃げされたり、粉砕されることで所有権が有耶無耶になるリスクが無くなりました、感謝しています」

「……そ、それは」


 そうだよな、盗まれたなら仕方無いとはならない。誰が盗んだかなどバレバレな状況。向こうから仕掛けてくる可能性も高い。木村の馬鹿が! さては何も考えて無かったな?

 知恵者を自称する木村がこの体たらく。コレは終わったか?


「ちょっと良いか?」


 そこに踏み込んだのはなんと田中。信じて……良いのか?


「結局、やるしか無ぇってンなら構わねぇケドよ、ホントの敵を見誤ると相手の思うツボだぜ?」

「解っています。討つべきは帝国。ですが、その前に傀儡となっているポンザル家を叩かなくては」

「プラヴァスで、プラヴァス人同士、内戦になるんだぜ?」

「覚悟の上です」

「ま、ソコまで覚悟が決まってるなら、俺は乗っても良いぜ」


 ハイ、無能! コイツ戦いたいだけじゃネーか!

 苛立ったのは木村も一緒か? 名誉挽回と割り込んだ。


「私としても、それ程の覚悟と言うなら応援はしたいのですが、そこに私怨は含まれていませんか?」

「それは……」

「失礼ながら、今のリヨン氏は冷静とは思えません。後は地下水脈に網を張り、ノコノコと現れた帝国を血祭りに上げれば済む話。カラミティさんの事が悔しいのは私も同じですが、主犯が死んでいる以上、ココから先は復讐の連鎖が止まらなくなる」

「ソレは違います。アイツを殺したのはボイザンじゃない、麻薬です。違いますか?」

「え? カラミティさんは死んだ……んですか?」


 木村が間の抜けた顔で立ち尽くす。


 カラミティ? 知らない名前だが、その死を告げられた途端。木村は激しく動揺した。

 何時もは飄々としている木村がブルブルと震え、顔面は蒼白。


 ソレを見て……俺は自分でも性格が悪いとは想うんだけど、何故だか嬉しい気持ちになっているのを自覚しなくちゃならなかった。


 俺ばっかり大切な人を次々失って、コイツらも同じ様な痛みを味わって欲しい。苦しみを分かち合いたい。そんな身勝手な事を秘かに想っていたに違いない。


 だからこそ、カラミティと言う人物が無事と知らされると、落胆と嫌悪感。二つの感情に同時に襲われた。


「いえ、死んでは居ないのですが、死んだようなモノです。麻薬を求めて発作を起こしました。今はベッドに縛り付けているのですが、酷く辛そうで……」

「……そうでしたか」


 木村はガックリと項垂れる。

 気落ちした木村の仕草が胸に刺さる思いだったが、コイツは突然に立ち上がって俺を見た。


「そうです! 実はユマ姫は魔法の使い手なのです、彼女が起こしてきた数々の奇跡たるや。魔法の力であれば重篤患者であっても治せる可能性があります!」

「え?」


 いや、麻薬中毒なんて治したことないけど?


「……ユマ様の方は、そうは思って居ないようですが?」


 ホラ! リヨンさんに胡散臭げに見られたじゃないか!


 クソッ! こうなったらどうあっても治してやろうじゃないか。

 取り敢えず診せて貰いたい。


「確約は出来ませんが、一度どんな状態か見せて頂くことは出来ませんか? 私であれば治せる可能性は確かにあるのです」

「いえ、アイツも今の姿を皆様に見せたくはないでしょう」

「……そうですか」


 木村は再び項垂れる。


 うーん? 無理矢理攫っちゃダメ? 面倒臭いなぁ。

 どうしてそんなにカラミティって人の事気にするのかワカラン。


 その後も木村は何とか穏便に済まないか、せめてポンザル家の当主の首だけで収まらないかと提案していく。


「いえ、やはり私は自分の手で片をつけたいのです」


 だが、リヨン氏の決意は固かった。頑なにポンザル家への討ち入りで決着を付けたいらしい。

 俺は、その様子を必死に観察していた。


 正直に白状しよう。プリルラちゃんの人格を呼び出して、楽しくイケメンを観察していた。


 俺はその様子を手持ち無沙汰で見つめていた。足をぶらぶら。


 ……視線を感じる。

 行儀の悪い足癖を咎められてるのだろうか? いや、違う?

 プリルラ先生?? コレは一体??


 ……まさか?



 その時、気がついてしまったのだ。リヨンさんの『性癖』を。


 ウソだろ!?


 それが俺の偽りざる想い。

 だけどプリルラちゃんは確信している。間違い無いと。


 どうしよう???


 ……相手の性癖が解ったなら、口説けば良いじゃないか?


 そう思うだろうが、当のプリルラちゃんが嫌がった。抵抗した。

 イケメンにそんな事は出来ないと。そんなやり方も知らないと。


 一方で俺には知識があった。

 上っ面の浅い知識だけど、そういう商売がある事も。そのやり方も。

 なにより俺も、嫌いじゃない。


 でも、失敗したら? 俺は社会的に死ぬ。ただのキチガイの痴女姫だ。

 そうでなくても、きっと死ぬ程恥ずかしい。


 だけど、だけどだ。

 さっきの苦しそうな木村の表情を見るとね。

 カラミティちゃんってのは大切な娘なのだろう。

 大切な人を失うのは苦しい。

 あまりにも苦しくて。


 この苦しみを理解して貰える仲間が出来たと、嬉しい気持ちすらあった。


 だけどやっぱり、木村には同じ苦しみを味わって欲しくないなって。


 だから、俺はどうしても勝負に出ざるを得なかった。


 殆どヤケクソ、完全に意地。

 良く考えれば、俺はリヨンさんを骨抜きにしてみせると啖呵を切ったのだ。

 ソレを今、見せつける!!!


 俺はスックと立ち上がると、グルグルと焦点の定まらぬ目、真っ赤に染まった顔のまま無理をおして口上を上げる。


「あらあら、聞き分けの無い犬には躾が必要ね」


 口の端を吊り上げ、上から目線でリヨンさんを見下ろす。その瞬間、皆のポカンとした顔たるや。俺は一生忘れることが出来ないだろう。


 頭の中では不可解なラップ音が鳴り響き、耳の血管に流れる血流の音が聞こえる程の興奮状態。

 俺はコートのボタンを外していく。


「まっ!」


 止めようとする木村を無視。


「この私が治すと言っているのに、何が不満なのかしら」


 コートを脱ぎ捨てた俺の姿は……痴女だった。


 そう、スパンコールのコートの下。

 着ているのはマイクロビキニ!

 それだけ! 丁度良い下着なんて無かったからね! 仕方無いね!


「…………」


 これにはリヨンさんも言葉が無い。ポカンと俺を見上げている。

 木村はと言うと、俺が気が狂ったとでも思ったのか止めに掛かってきた。


 ……だが。


「…………ぅぅ」


 俺は涙目のアイコンタクトで必死に木村を睨む。


 俺は『高橋敬一』だ!

 考えがあってのこと!

 任せてくれよ!


 何が悲しくて、俺は親友二人の前でこんな、こんな事を!!!

 泣きそうになりがらも俺はコートのベルトをシュッっと引き抜き、そのままソファー目掛けて振り抜いた。


「何とか言いなさい!」


 ぴしゃりとリヨンさんが座るソファーが鳴る。

 一歩間違えば王子を鞭で打つと言う蛮行、いや、当てなかったとて許される事では無い。処刑でも不思議ではない程に不敬な行い。

 さしものリヨンさんの余裕だって、たちまち吹き飛んだ!


「い、いや、今のカラミティは微妙な状態なのだ、とても客人に見せられるような姿では……」

「黙りなさい!」


 再びぴしゃりとベルトを打つ。するとどうだ? リヨンさんの体がビクリと跳ねた。


 木村と田中はまだ事態が飲み込めないのか、馬鹿面をぶら下げよだれを垂らしている。


 まぁ見てろ!

 ……突然やって来たお姫様が露出して、皮のベルトで威嚇してきたらそりゃビビる。誰だってそうなる。俺だってそうなる。


 だけど、それでもリヨンさんの今の反応を果たしてみたか?

 ビクリと大きく跳ねたんだぜ?


 痛いのが苦手? そうじゃない。鍛え抜かれた筋肉を見れば、実戦でも相当やるのは間違いない。近衛兵相手でも張り合うハズだ。


 そんな男が、年端もいかない少女の革ベルトにびびると思うか?

 ちがう。コイツは今、んだぜ?


 イケル! 俺は、通用・・している!


 嬉しくなった俺は、座ったまま腰が引けてるリヨンさんに近寄って、顎を掴んでクイと上げ、上から真っ直ぐにその瞳を覗き込んだ。


「キャンキャン吠えて、アナタ本当は恐いのではなくて?」

「そ、そんなバカな! 私は恐くなど無い、だからこそポンザル家に!」

「違うでしょう? アナタが恐いのは周りの評価。ポンザル家にここまで良いようにやられて、腰が引けてると言われたく無かった。違う?」

「それは……」


 やっぱりそうだ。コイツは、自分を何とか大きく見せようと気を張っている。だからこそ、脆い!


「カラミティさんを見せたくないのも同じ、変わり果てた彼女を見られて、責任を追及されるのが恐いから」

「そんな事は!」

「あるんだよ!」


 ――パァン!


 俺はとうとうベルトでリヨンさんの体を打ちつけた。


「ぐっ!」


 やっちゃった! とうとうやっちゃった!


 いくらお姫サマだからって、プラヴァスの最高権力者に鞭打って、ただで済むハズが無い。

 普通なら真っ青になって震え上がるべき所。

 だけど俺は何故だか楽しくなってきた!


「言い訳するんじゃない! アンタが本当に守るべきはプラヴァスの皆の幸せ! アンタのメンツじゃ無い!」

「ち、ちが」

「違わない! 麻薬に対して弱腰で、カラミティを守れなかった罪悪感をそそぐために命を賭ける。ご立派だけど、突き合わされる方の身になりなさい!」


 まー俺は安全な所に引っ込むから、命を賭けるのは主に田中だけどね。

 でも決死の討ち入りをただの自己満足と言われれば、リヨンさんも流石に反論してきた。


「私は! 私だって、色々と!」

「解ってる、アンタなりに頑張ってるんだろう?」


 それを遮り、今度は一転。

 あやすような仕草に変調する! きっとこんな感じで良いハズだ。

 リヨンさんの顎を撫で、なるたけ婀娜あだっぽく笑う。ココは演技力の見せ所。


「でもねぇ、頑張りすぎなんだ、よッ!」


 今度は踏みつける。サンダルのヒールっぽい尖った部分で思いっきり!


「ぐふっ!」


 それも! 踏んだのは! ……股間だぁぁぁ!

 すると、リヨンさんはいよいよマタタビ食らったネコみたいにふにゃんとなった!


「ふぁぁ」


 その様子を見つめる、田中と木村の顔ったら。


 もうFXで有り金溶かした感じになっとる!


 まぁ、こんな姿、見たくはなかったよな?

 俺も見せたくなかったよ! チクショウ!


 俺はヤケクソとばかり、リヨンさんの股間をぐりぐりと踏みにじる。


「アンタみたいな半人前が、一人で頑張ろうとするからそーなる」

「だ、だけど!」

「格好つけないで、助けて下さいって言いな! 他ならぬ、私が助けてやるからさ」

「え、そ、そんな!」

「つべこべ言わない!」


 俺はバチンとリヨン氏の頬を叩く。するといよいよリヨンさんの様子が一変した。


「た、助けて! 助けて下さい!」

「もっと犬みたいに! 鳴きな! ソレが似合いだよ!」

「ワ、ワン!」


 決まったな! 完勝です! 我、勝ち申した!


 ふと、もう一度木村と田中を確認すると、木村は菩薩の様な顔で全てを受け入れ、田中は変顔を披露しながら、棒読み音声で呟いた。


「リヨンってドMだったのかー」

「ソウダネー」


 相づちを打つ木村の声にも生気が無い。

 田中は次々と変な顔を披露していく。


「確かに、プラヴァスのお店に女王様が居る店は無かったな、俺調べ」

「あの、外交予算をオネーチャンが居るお店捜しに費やすのは止めてくれない?」

「正しい使い方では?」

「絶対違うわ!」


 まぁコイツらの漫才を聞いてる暇は無い。疲れた俺はそろそろ座りたくなった。


「頭が高いんだよぉ!」

「は、はいぃ」


 俺はリヨンさんの髪の毛をフン掴み。そのままソファーから引き倒す。そうして代わりにドッカリと座り込んだ。


 空いたソファーに? 違う! 四つん這いになったリヨンさんの背中にだ!


「ポンザル家の事も、カラミティの事も、私が何とかしてやるよ」

「ハイ! ありがとうございますユマ様」


 その光景を見つめる木村。


 ……心のなしか、カラミティさんの死を聞かされた時よりも悲しそうなんだけど?


 俺の頑張りはなんなの?


 まぁ、プラスマイナスゼロって事でオールオーケーだよな?

 恥ずかしさから目を逸らし、ふと嫌な予感が頭を過ぎった。


 いや? まさか、木村? お前ものか?


 だとしたら……その、何というか? 気持ち悪いんだけど?

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