露出狂だ!

「初めまして、私がエルフの国エンディアンの王女、ユマです。以後お見知り置きを」

「こ、これはこれは、プラヴァスの太守を務めるブラッド家の当主リヨンです。お噂はかねがね」


 二人の顔合わせは思いの外スムーズに始まった。

 しかし、良く見ればリヨン氏の動揺は隠しようも無い。言うなれば初めて見る異種族。それが目を引く奇抜な格好をしているのだから当然だ。


 ユマ姫はスパンコールでキラキラ光るロングコートを、無数のベルトやチェーン、カフスや金属ボタンでゴテゴテと飾り、襟にはワイヤーまで入れてピンと立たせている。


 そんなとんちきな衣装が、どうにも似合ってしまうのがユマ姫なのだ。


 どうだ! と言う思いで俺はリヨン氏のポカンとした顔を見て笑っていたが、笑えなかったのはユマ姫の反応だ。


 彼女は控え目に手を挙げて、ジッと上目遣いでリヨン氏を見つめる。


「え、ええっと……はじめに一つ質問していいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」


 鷹揚に応えるリヨン氏とは対照的に、ユマ姫はモジモジと落ち着かない。


「あ、あの、リヨンさんって……独身なんですか?」

「……そうですが?」

「そう、なのですね……」

「…………」

「…………」


 満足したのか、顔を真っ赤にしてユマ姫は俯いた。


 オイィィィィィ!?


 いきなり骨抜きにされてるじゃネーか! ウッソだろお前!?


 恋多き乙女であるプリルラちゃんの人格は、想像の十倍は惚れっぽかった。

 早くソレ引っ込めてぇ!


 だけど、プリルラちゃんが惚れるのも解る。

 リヨン氏はここ数日でやつれたが、それすら陰がある青年と言った感じで格好いいのだ。

 でも、だからと言って! 『高橋敬一』としてのプライドは無いんか?

 ジト目で見つめれば、正気を取り戻したユマ姫がしまったと言う顔をした。


「それなら良いのです、ココからは危険な戦いになります、家族を悲しませる事があってはいけません」

「え、ええ……」


 言っておくケド、全然誤魔化せてないからね? あまりに雑な物言いにリヨン氏も苦笑い。

 多分だけど、年下の女の子からの猛烈アプローチには慣れているって感じかな?


「しかし、ユマ様に戦いの覚悟があると言うなら頼もしい、後ろの二人も協力して貰えると考えても?」


 ほらぁ! 雑な取り繕いをするからコッチにお鉢が回ってきたじゃ無いか!

 俺は渋々、話を引き継ぐ。


「いいえ、ソレには及びません。権利書である石版は奪取しました。我々が争う必要は無くなった」

「それは誤解です、石版を盗まれた事を知ったポンザル家はあなた達を狙うでしょう。石版を盗めた今こそが好機なのです。これで石版を持ち逃げされたり、粉砕されることで所有権が有耶無耶になるリスクが無くなりました、感謝しています」

「……そ、それは」


 そうだよな、盗まれたなら仕方無いとはならない。誰が盗んだかなどバレバレだしね。

 どうしたモノかと悩んだ所、田中がリヨン氏に詰め寄った。


「結局、やるしか無ぇってンなら構わねぇケドよ、ホントの敵を見誤ると相手の思うツボだぜ?」

「解っています。討つべきは帝国。ですが、その前に傀儡となっているポンザル家を叩かなくては」

「プラヴァスで内戦になるかも知れないんだぜ?」

「覚悟の上です」

「ま、ソコまで覚悟が決まってるなら、俺は乗っても良いぜ」


 オイオイ、あっさり説得されてるんじゃねぇよ!

 次は俺だ!


「私としても、それ程の覚悟と言うなら応援はしたいのですが、そこに私怨は含まれていませんか?」

「それは……」

「失礼ながら、今のリヨン氏は冷静とは思えません。後は地下水脈に網を張り、ノコノコと現れた帝国を血祭りに上げれば済む話。カラミティさんの事が悔しいのは私も同じですが、主犯が死んでいる以上、ココから先は復讐の連鎖が止まらなくなる」

「ソレは違います。アイツを殺したのはボイザンじゃない、麻薬です。違いますか?」

「え? カラミティさんは死んだ……んですか?」


 う、え、あ? 嘘だろ? 容体は安定していたと思ったのに!

 俺は動揺が隠せず、ワナワナと震えた。俺すらも怒りでおかしくなりそうだった。


「いえ、死んでは居ないのですが、死んだようなモノです。麻薬を求めて発作を起こしました。いまはベッドに縛り付けているのですが、酷く辛そうで……」

「……そうでしたか」


 急性麻薬中毒。

 どんな症状なのか、想像することも辛い。


 ……だが! だからこそ!


「実はユマ姫は魔法の使い手なのです、彼女が起こしてきた数々の奇跡たるや。魔法の力であれば重傷患者であっても治せる可能性があります!」

「え?」


 え? じゃない! ユマ姫オマエは話を合わせろよ! 可愛い顔でポカンとするな!!


 怪我だけじゃなく精神系の魔法も使えるんだから、治せる可能性は十分有るでしょうが!


「……ユマ様の方は、そうは思って居ないようですが?」


 ホラ! リヨン氏も胡散臭げに見てるじゃ無いか!

 ……あ、ココで珍妙なファッションが悪い方向に効いてしまっているな。ユマ姫はうぬぬと唸る。


「確約は出来ませんが、一度どんな状態か見せて頂くことは出来ませんか? 私であれば治せる可能性は確かにあるのです」

「いえ、アイツも今の姿を皆様に見せたくはないでしょう」

「……そうですか」


 カラミティちゃんの様子は、見せられない程に悪いのか……


 そんな状態でも回復魔法は効くのだろうか?


 ユマ姫に聞いてみようと様子を窺えば、また何か思い詰めた様子である。だが、これ以上変な方向に暴走するのは止めて頂きたい。


 話を変えようと、田中と俺でリヨン氏に何とか穏便に済まないか、せめてポンザル家の当主の首だけで収まらないかと提案していく。


「いえ、やはり私は自分の手で片をつけたいのです」


 だが、リヨン氏の決意は固かった。頑なにポンザル家への討ち入りで決着を付けたいらしい。

 これは打つ手ナシかと諦め掛けたその時、妙に静かなユマ姫を横目で見れば、その口元がヒクヒクと引き攣っている。

 何だ? と思った瞬間。覚悟を決めた様に、スックとユマ姫が立ち上がった。その顔は極度に赤い。


「あらあら、聞き分けのない犬には躾が必要ね」


 ……え? 何この娘。恐い。

 突然、なに言いだしてるの?


 意味不明な宣言と同時、ユマ姫はコートのボタンを外していく。


「まっ!」

「この私が治すと言っているのに、何が不満なのかしら」


 止める間もなく、コートを脱ぎ捨てたユマ姫は……痴女だった。


 そう、コートの下はあのマイクロビキニだったのだ。

 下着が無かったからね、仕方無いよね。


「…………」


 これにはリヨン氏も言葉が無い。ポカンとユマ姫を見上げている。


 俺は慌ててユマ姫を引っ込めようとした。恐らくはプリルラの人格が暴走しているのだと思ったからだ。


 ……だが。


「…………ぅぅ」


 ユマ姫の口元は引き攣り、体は恥ずかしさに真っ赤になっている。

 あ、これ『高橋敬一』だわ。



 え? 狂った? なんで脱ぎ始めたの?



 俺の疑問を余所に、ユマ姫はコートのベルトをシュッっと引き抜く。


「何とか言いなさい!」


 そして、ぴしゃりとリヨン氏が座るソファー目掛けて、皮のベルトを打ち据えたのだ。

 これにはリヨン氏も大慌て。


「い、いや、今のカラミティは微妙な状態なのだ、とても客人に見せられるような姿では……」

「黙りなさい!」


 再びぴしゃりとベルトを打つ。流石のリヨン氏も余裕を失い、ビクリと体が跳ねた。

 ……突然やって来たお姫様がマイクロビキニと皮のベルトで威嚇してきたら、そりゃビビる。


 誰だってそうなる。俺だってそうなる。


 だけど、それでも、俺はリヨン氏の反応に少しだけ違和感を覚えた。


 思い出して欲しい。あの悪夢のような地下水路。

 リヨン氏はあの超巨大なワニっぽい魔獣に躊躇なく斬りかかった男だ。俺と違って魔獣なんて見たことが無いにも関わらず。


 度胸と判断の早さに関しちゃ、田中とだって良い勝負。

 それが、年端もいかない少女の威嚇に腰が引けているのは不自然に思えた。


 てっきり怒るか呆れるかすると思ったのだが……


 だから、気をよくしたユマ姫は益々増長した。

 リヨン氏の傍に近寄ると彼の顎をクイと上げ、上から真っ直ぐにその瞳を覗き込む。


「キャンキャン吠えて、アナタ本当は恐いのではなくて?」

「そ、そんなバカな! 私は恐くなど無い、だからこそポンザル家に!」

「違うでしょう? アナタが恐いのは周りの評価。ポンザル家にここまで良いようにやられて、腰が引けてると言われたくなかった。違う?」

「それは……」


 違うとは言えないだろう。若くして太守になったリヨン氏は、何かと貫禄が足りないと侮られていたからだ。


「カラミティさんを見せたくないのも同じ、変わり果てた彼女を見られて、責任を追及されるのが恐いから」

「そんな事は!」

「あるんだよ!」


 ――パァン!


 ユマ姫はとうとうリヨン氏を革のベルトで打ちつけた。


「ぐっ!」


 やっちゃった! とうとうやっちゃった! いくらお姫サマだからって、プラヴァスの最高権力者に鞭打って、ただで済むハズが無い。


「言い訳するんじゃない! アンタが本当に守るべきはプラヴァスの皆の幸せ! アンタのメンツじゃ無い!」

「ち、ちが」

「違わない! 麻薬に対して弱腰で、カラミティを守れなかった罪悪感をそそぐために命を賭ける。ご立派だけど突き合わされる方の身になりなさい!」


 いや、オマエ誰だよ……

 突然やってきて、なんでそんなに偉そうなの? 命を賭けるの俺らじゃん、主に田中ね。


 これにはリヨン氏も歯を食いしばって反論する。


「私は! 私だって、色々と!」

「解ってる、アンタなりに頑張ってるんだろう?」


 するとどうだ? ユマ姫は突然態度を一変。あやすような優しい声音に変わった。

 その上、リヨン氏の顎を撫で、婀娜あだっぽく笑うのだ。その姿は歳に見合わぬ色気と慈愛に満ちている。


「でもねぇ、頑張りすぎなんだ、よッ!」


 ユマ姫はガスッとリヨン氏を踏みつけた。


「ぐふっ!」


 そ、れ、も!

 股間を! 思い切り!


 なんと羨ましい。いや、なにそれ、恐い!


 それにしてもリヨン氏の様子がおかしいのは何でだ? 何故抵抗しない?

 尚もユマ姫はリヨン氏の股間をぐりぐりと踏みにじる。


「アンタみたいな半人前が、一人で頑張ろうとするからそーなる」

「だ、だけど!」

「格好つけないで、助けて下さいって言いな! 他ならぬ、私が助けてやるからさ」

「え、そ、そんな!」

「つべこべ言わない!」


 ユマ姫はバチンとリヨン氏の頬を叩いた。するといよいよリヨン氏の様子が一変した。


「た、助けて! 助けて下さい!」

「もっと犬みたいに! 鳴きな! ソレが似合いだよ!」

「ワ、ワン!」


 ……なにこれ?

 目線で隣の田中に尋ねても、変顔を披露してくるだけで、何も解らない。

 いや、解っては居るんだけど、頭が理解を拒否している。つまり、コレって。


「リヨンってドMだったのかー」

「そうだね……」


 まぁ、そうなるよな。田中の言葉を否定出来ない。


「確かに、プラヴァスのお店に女王様が居る店は無かったな、俺調べ」

「あの、外交予算をオネーチャンが居るお店捜しに費やすのは止めてくれない?」

「正しい使い方では?」

「絶対違うわ!」


 と、そんな雑談をしていたら、いよいよ疲れたのかユマ姫はドッカリと座り込んだ。

 何にって? 四つん這いになったリヨン氏にだよバカヤロー!


「ポンザル家の事も、カラミティの事も、私が何とかしてやるよ」

「ハイ! ありがとうございますユマ様」


 ……リヨン氏とはここ数日の付き合いだが、一緒に地下水路で冒険しただけじゃなく、政治的にも個人的にも色々な事を相談した。


 ひょっとしたら、こっちの世界で始めて出来た友人かもしれない。


 そんな彼がこうもユマ姫に、見た目だけなら年端もいかない少女に、良いように転がされている光景は見たくなかった。


 ……なんとも居たたまれない、悲しいような嬉しいような……複雑な感情が渦巻いた。


「いや、俺からしたらお前も変わらんからね?」


 田中がなんか言ってるけど、俺は無視する事にした。


 いや、俺だって流石にココまで見苦しくないからね? どうかな? やっぱ自信無い。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「きりきり案内しな!」

「わんっ!」


 で、あろう事かユマ姫はエロ衣装のまま部屋の外に出た。それも犬を連れだって。


 もちろん、犬 = リヨン氏である。


 リヨン氏はベルトの一本を首に巻かれ、リードまで付けられた状態で犬の散歩よろしく我らの前を歩いている。

 直視したくない光景であるが、二足歩行しているだけマシ。四つん這いのまま外に出ようとするリヨン氏を必死で止めたのだから、我々は闘いの成果を誇って良いはずだ。


「なっ?」

「ええっ?」


 だけど、いきなり主人の痴態を見せつけられる使用人にしたら堪ったモノでは無いだろう。

 誰もが二度見、三度見した後に、スッっと目を逸らす。


 気持ちは……解る。


 コレ、むしろ四つん這いの方がお馬さんごっこって事で誤魔化せた可能性があるぞ?


 そうだよ、犬だからアレなんだよな。馬とかラクダなら、幼女の遊びとしてはむしろ普通なのでは?

 そうと決まれば黙ってられない。俺も参戦だ。


『と言うわけで、俺にも首輪を付けて! 馬車を二頭立てにパワーアップだワンっ!』

『語尾からして犬じゃねーか!』


 顔を真っ赤にしたユマ姫に怒られた。日本語で話しているし、やっぱり『高橋敬一』なのだろう。

 コレに安心したのか、田中もウンウンと頷くばかり。


『それにしても、王女サマに女王様の趣味があったとはな……ン? 普通か?』


 なるほどね、安定のクソ馬鹿だ。

 これに、ますます顔を赤くしてユマ姫は反論する。


『違うっ! プリルラの人格で、リヨンさんの趣味が解ったから』

『ソレがSMの女王様だったと?』

『ってか、ドMだって解ったけど、プリルラちゃんじゃ、どうして良いか解らないって』

『なるほど』


 中世に女王様のお店ってあったのかな? まぁ一般的じゃないよね。

 幾ら百戦錬磨の恋の達人であろうとも、まだ少女だった記憶にドMのあしらい方など解ろうハズが無い。


 だけど我々現代地球人なら、何となく想像はつくといった所か。それで『高橋敬一』が恥ずかしがりながらも、必死で女王様を務めていると。


 俺等の前で、女王様を演じる。うーん、確かにキツイかも知れない。

 だが、それが良い。


 照れながら必死に女王様スタイルをする姿、露出が激しい肌を羞恥からピンクに染め、それでも強気に鞭を振るう。


 なんと言うかエロい。新しい扉が開かれそうなんだが?


 ユマ姫にはコッチの性癖にも配慮して欲しいね、切実に!


『ンなもん、知るかぁ!』


 涙目で叫ぶユマ姫が本当に可愛いのだった。ヤバい!


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「コレが、今のカラミティです……」


 辿り付いた一室、リヨン氏が苦虫を噛み潰した表情で窓辺のベッドを指差した。廃人同然の姿を想像したが、横たわるカラミティちゃんは一応意識があった。

 但し、ボンヤリと外を見るだけ、そこに意志の光が宿っていない。体は痩せこけて、溌剌とした印象は鳴りを潜めていた。


「リヨン様ッ! コレは?」


 看病していた侍女がリヨン氏に説明を求める。

 当然だ、絶対的に怪しい集団が病室に押し寄せたのだから。


「この方はユマ姫、森に棲む者ザバいや、エルフと呼ばれる魔法使いの種族の姫であらせられる」

「それは? カラミティ様にどんな関係が?」

「……それは、だな」


 リヨン氏は必死でユマ姫の魔法について説明するが、リヨン氏も見たことが無いのだからどうにもふわふわしたモノになる。

 すかさず俺達が注釈を入れていくが、その俺達だって怪しげである事には違いない。

 それに何より、当のユマ姫が一番怪しいのだから説得力など出るはずが無いのだ。どう見ても露出狂の頭がオカシイ少女であり、ソレに騙されるリヨン氏だってマトモには見えない。


「あの、失礼ですが、リヨン様は麻薬を試してはいませんか?」

「違うっ! 断じて!」


 あーそう来るかぁ……きっと彼女達はカラミティちゃんの治療のために、麻薬について勉強している。となればその反応も自然と言えた。


 侍女達は互いに目を見合わせる。その目には不安や覚悟がない交ぜになっていた。


「リヨン様、麻薬と言うのは本当に恐ろしいモノです、実は私達も少し試してみたのですが……」

「何だと!」

「全ての欲求に麻薬が勝ってしまうのです、急に麻薬を絶つのは危険かも知れません。それ以外の何も考えられなくなり、自傷行為に走ります、カラミティ様をベッドに縛り付けましたが、骨が折れるほどに暴れるのです」


 ……そうだ、そう聞いていた。

 だけど現状は縛られる事も無く、ボンヤリと外を見ている。回復したのだと思ったのだが……違うのか?


「では、どうしろと? いや、どうしていると言うのだ?」

「麻薬を摂取しながら、少しずつ量を減らして寛解を目指すのが宜しいかと、まだ自分の名前さえ言えませんが、食事は摂って下さるようになりました」


 やはり、そうだったか……、しかしマズいな。


「そ、そんな……ソレでは」


 リヨン氏はガックリと膝をつくが、残念ながら彼女達の言う事は正しい。

 自らの体さえ使った危険な実験の賜物であろう。


 だが、これから麻薬を目の敵に、根絶しようとするリヨン氏の身内が麻薬を摂取していると言う事実は外聞が悪すぎる。

 ポンザル家を誅しても、全ては麻薬を狙った言い掛かりと誤解されたり、スキャンダルに発展しかねない。


 歯噛みする俺達だが、下らないとばかり、鼻を鳴らした少女が一人。


「フンッ! 何を言ってるんだか! その為に、わたくしが居るのでしょう?」


 何かもう、キャラもブレブレのユマ姫が、無い胸を張って自信満々に躍り出た。

 荷物になっていたコートを、コレまたいつの間にか現れたシャリアちゃんに手渡すと、ズイっとカラミティちゃんの居るベッドに上がりこんだ。


「リヨン様? 彼女も麻薬を?」


 確かに、どう見ても頭がオカシイ。

 だけど、ユマ姫の異常性は麻薬から来る物では無い。もっと悍ましいナニかだ。


 彼女はいつだってソレを俺達に見せつけて来た。


「我、望む、揺蕩う海の寄る辺なき魂よ、我指し示す先に安寧あれ。

 一つ、母なる命脈に身を委ねん。

 二つ、……」


 催眠魔法だ、コレでカラミティちゃんの深層に入り込み、回復を促す。

 しかし……


 ――アアァァァァァ!


 カラミティちゃんは、廃人同然の魂が抜けた状態から一転。狂った様に喚き、暴れ出したのだ。

 のし掛かっていたユマ姫は当然、押しのけられてゴロンとベッドから転がり落ちるし、侍女が三人掛かりで押さえつけ、それでもカラミティちゃんを止められない。


「コレは? どうしたのです?」


 ユマ姫を抱え起こし訊ねると、うーんとユマ姫は宙を見上げた。


『正直、だめぽ』

『え?』


 高橋敬一コイツの魔法で駄目ならば、打つ手が無い。

 仮にもっと優れた魔法使いが居たとしても、こんな魔力が薄い土地では魔法を使えないからだ。


『いやさ、よっぽど酷い目に遭ったみたいで、自分で意識を封じているんだ。無理矢理引っ張り上げたら完全に壊れてしまう可能性あるよ?』

『そんな……』


 思った以上に絶望的だった。今更に、死んだボイザンに殺意が湧く。


『具体的に言うとさ、脳だって損傷してるから治さないとならない。だけど雑に治したら記憶と馴染まずに赤ん坊同然になっちまう。でも、意識を浮上させようとしても抵抗されて健康値で魔力が阻害される。結果、魔法は失敗して脳をズタズタに引き裂いて殺しかねない』

『……ぐっ』


 魔法の特性を考えれば理解が及ぶ事実であった。


 魔法は健康値で阻害される。回復魔法であろうと、受け入れるには強い意志が必要だ。では、必死に抵抗されたならどうなるか? 魔法など形になるはずがない、ソレも繊細な回復や精神の魔法となれば尚更。


 つまり、意識を戻そうとすれば、辛い記憶から抵抗が増して失敗。意識を戻さぬままに体だけ治しても、大きな赤ん坊が出来るだけ。


『俺のオススメはさ、取り敢えず体だけ治しちゃうコト。骨折はすぐ治せる。コレで俺の魔法はホンモノと信じて貰えるし、記憶は徐々に取り戻しましょうって言えば良いだろ』

『だけど、ソレじゃ……』


 カラミティちゃんは死んだも同然だ。新しい体に、新しい人格が宿るだけ。あの笑顔は二度と戻らない。


『別に良いじゃん? 精々十年ちょっとの記憶だろ? 若いんだし、また新しくやり直せるって』

『テメェ!』


 俺にはその言葉、聞き逃せなかった。

 コイツは人の意識や記憶を軽視している。意識や記憶、それこそが人間そのものなのに。

 俺が記憶喪失になって、俺の記憶や意識が無いままに第二の人生が始まったとしても、ソレは他人の人生だ、俺のじゃ無い。


 他ならぬユマ姫が一番良く知っているハズなのに……


 俺は思わず高橋敬一ユマ姫の髪をひっ掴み、強引にコチラを向かせた。何か言ってやらないと気が済まなかった。お前は自分の家族が同じ目にあって、同じように見捨てられるのかと言いたくなったのだ。


 だが、俺は言う事が出来なかった、その目を見たからだ。


 光っていた。爛々と輝き、そこにはハッキリと狂気が渦巻いていた。


『解ってるよ、だけどな、それが他人だとしても、そんな形であっても、生きているだけでマシなんだよ』


 その目には、たとえ人形だとしても妹の形が欲しいと書いてあった。

 そう言えば妹であるセレナの死体は焼かれ、今では灰も残っていないと言う。


 もしも遺体があれば、彼女は遺伝子から人形を作っただろうか?


 施設の最奥で、ひたすらに人形遊びに興じる少女。

 そんな悲しい想像が脳裏を掠めるも一瞬。拗ねた様にユマ姫は呟いた。


『実際、リスクをとって万が一にも殺しちまったらどうなんだよ? この国に居られなくなるぞ?』

『そうだな……だけど、それでも』


 可能性があるなら治して欲しい。そう俺が伝えると、ユマ姫はヤレヤレと頭を掻いた。


『良いケドさ、大体にして、お前にとってこの娘はナンなんだよ?』

『あーそうだな……』


 アレ? 俺にとってカラミティちゃんとは?

 妹の様に思っていたのは事実。だが、実際には数日調べ物を手伝ってくれただけだ。公的な立場で言うと、彼女は俺の?


『奴隷かな?』

『ヒャァッ?』


 ……なんか変な声で鳴かれた。

 どうした?


『なんで? なんなの? お前がどうやって彼女の奴隷だって証拠だよ?』


 何を言っているかも解らない程に動揺している。何故だ?

 いや、そうだ、そうだった! 彼女は俺の奴隷だった。だったら!


「リヨンさん!」

「いや、その前に何が起こったのです? コレは?」


 カラミティちゃんは暴れたまま、部屋は騒然となっている。

 一体、コイツは何をしたのかとユマ姫に疑いの目が向く中、俺はリヨン氏に全てを説明する事にした。


「カラミティちゃんの容態が解りました、先ほどのはユマ姫の検査の魔法です」

「その割に、急に暴れ出した様ですが?」

「そうなのです、心を調べようとすれば、カラミティちゃんは自分を取り戻したくないと抵抗をしました、それ程の悪夢にうなされ、自分から記憶を封じています」

「では、どうすれば?」

「一つは、体だけを治し、物言わぬ廃人とすること。もう一つは……」

「もう一つは?」

「体と心を同時に治します。死ぬ危険もあるイチかバチかの施術。俺はコレに賭けたい」

「そんな事は!」

「させないとは言わせません、彼女は俺の『奴隷』です。そうでしょう?」


 俺がそう言い切ると、リヨン氏は歯噛みした。ココで彼女の奴隷宣言が効いてきた。ソレこそ命に関わる命令ですら自由に執行出来るのが奴隷なのだ。


 だからこそ、通常は犯罪者にしか適用されない。ある意味で死刑よりも重い刑罰。


「いや、ソレは……」

「言葉の絢だと? でも、彼女が私に命を預けてくれた事に変わりは無い。アレはこのための運命だったと、私はそう思いたいのです」


 俺がそう言い切ると、リヨン氏は「わかりました」と治療の許可をくれた。

 後は、ユマ姫にやる気を出して貰うだけ。


 ……だと言うのにだ。


「うぅ……本当に、本当に彼女はお前の奴隷なんだな?」


 ユマ姫は涙目で俺を見上げていた。責めるような目で睨んでさえ来る。


 いや、本当にカラミティちゃんが俺の奴隷だと証言も得られ、たとえ死んでもユマ姫が罪に問われない状況が整ったと言える。


 なのに、ユマ姫は俺の服の裾を握って、涙声で俺をなじるのだ。


「なんで? なんでなんだよう、奴隷だなんて、俺だって、お前が、俺が頑張ってる間に、俺が居ないところで! どうしてだよぅ」


 そうしてポロポロと泣き出してしまうではないか! え? あの? え?


 あ、そうだ、俺はユマ姫が好きだと言っておきながら、他の女の子の奴隷だなんて、最低だ!

 彼女の気持ちに応えないと、俺は片膝をたて、ユマ姫に目線を合わせると、一世一代の宣言をした。



「結婚しよう!」

「死ねッ!」


 死ねって! プロポーズの返事が死ねって? いやー熱愛か?


『どうして、俺が居ないところで、いつの間にか奴隷ちゃんとか、こさえてるんだよ! 俺が欲しいんだよ! 誰よりも欲しいんだよ! 誰よりも! 異世界モノを愛してるんだよ! 夢なんだよ! 内政チートだってやりたかった、剣一本で無双だってしたかった、それが股間の一本も無いんだよ! 奴隷ちゃんぐらい俺にくれよぉ!』


 転げ回った、それはもう見苦しく転げ回った。暴れるカラミティちゃん、押さえるのに必死な侍女、呆然とするリヨン氏、ぐったりとする俺。


 部屋の中は地獄絵図だった。そこに追い打ちを掛けたのが田中だった。


「まったくだ。俺が居ない隙に自分はロリコンを発揮してイチャイチャとは、俺だって奴隷までは買ってないぞ!」


 堂々と参戦しようとするところ、突然シャリアちゃんに斬り掛かられて急停止。マジで彼女は俺の救世主サマか?

 そのまま首とか刎ねちゃって欲しい。


 で、その隙に俺はユマ姫を宥めにかかる。そうと決まれば打つ手は一つだ。


『え、いや、元気に治ったら、カラミティちゃん、あげても……良いけど?』

『ほんとぉ?』


 元気になった、急に元気になった。

 そして、俄然やる気になった。


「ケルタオイルを用意して下さい」

「おい、お前達、ケルタオイルを用意しろ」

「リヨン様? 彼らを信用するのですか?」


 侍女達は抵抗するが、リヨン氏の決心は固い。


「カラミティの命は、既に彼らの物だ。疑うならパノッサ辺りにでも聞いてくれ」

「承知しました」


 渋々と引き上げて行く侍女達、そして代わりにタップリの油が届けられた。


「一体ユマ姫は何をするのです?」

「それは……」


 俺も知らない。


 だけど治療の為に油を用意するのは、この世界でそれ程イレギュラーではない。


 地球で言う所のアーユルヴェーダみたいに、油に薬草を溶かし、体に塗り込むのはごく一般的な治療方法だ。

 原始的に思えるが、科学的な湿布など無いのだからコレが一番効果的なのも間違いでは無い。


 だが、今回は薬草など用意していない。だからこそリヨン氏は不思議なのだろう。


 一方で俺にはユマ姫の行動に予想がついた。


 脳裏に浮かぶのはアーユルヴェーダの鼻洗浄、なんか液体を鼻に入れて出す光景だ。


「恐らくは、油を体内に通し、油に麻薬の成分を溶かし込んで体外に排出するのです」

「なるほど! それならば!」


 リヨン氏の目に光が宿る。

 不安そうだった侍女達も希望に沸いた。


 俺の予想。あながち的を外してはいないハズだ。


「ユマ姫様、違いますか?」

「違いますけど?」



 …………え?



「違うの?」

「違うよ!」

「…………」

「…………」


 ドヤ顔解説チャレンジ、大失敗である。


 え? じゃあ、なにするのよ? 俺達が答えを求めると、白さを取り戻したハズのユマ姫の肌がまたピンクに染まった。髪の色とお揃いとなるほど。


「えっと、皆さまには席を外して頂く訳には……」

「いえ、そういうわけには」


 リヨン氏にしても、ここまでやって見届けないと言うのはあり得ない。

 勿論俺もだ、カラミティちゃんはまだ俺の奴隷だし。当然、田中もシャリアちゃんも出て行かない。


 その様子を見たユマ姫は歯を食いしばり、覚悟を決めた様だ。「奴隷、奴隷、俺の奴隷」と呟いている。

 そうして何を思ったのか、たっぷりのケルタオイルを自らの体に塗り始めたではないか。


「クソッ……」


 そのままベッドの上、ようやく落ち着きを取り戻したカラミティちゃんにマウントポジションでのし掛かり……服を剥ぎ取りに掛かる。


「え?」


 エロッ!


「いや、治療の時に服を脱がすのは普通では?」


 リヨン氏の冷静過ぎるツッコミ。

 非情である。


「あ、そうですね」


 だけど、何というか、違う妄想を抱かせるほど、ヌラヌラテカテカと光るユマ姫の体がその、なんと言うか……


 俺が『ソレ』を口に出せないで居ると、いよいよカラミティちゃんの体がユマ姫の前に晒される。


 そして、言うまでも無いがユマ姫も僅かな布を纏うのみ。その体は油に塗れている。

 ヌラヌラと滑る体で、ユマ姫はそっとカラミティちゃんと密着する。


「エッッッッ!」


 田中ァ! 黙ってろ!

 って言うか、エロい! ひたすらにエロい! 教授、これはいったい?


「ローションプレイかよ」


 田中ァ! ソレ以上言うな! 空気を読め! 

 だけど、ユマ姫は真っ赤になって反論した。


「違います! コレは体の接触を密にして、より深く魔力を循環させるための……」


 なるほど、解る気がする。

 丁度CPUにつけるグリスに近いのだろう。より密着して魔力の通りを良くすると言うわけだ。


 そうすることで、魔力で健康値を削って、抵抗を無くしてから施術を開始するつもりだろう。


「ソコまで解っているなら邪な目で見ないで下さい!」


 そうは言うが、幼さすら残る少女二人がヌルヌル抱き合う様を見せつけられて、興奮するなってのは無理な注文だ。


 俺に出来るのはこの光景を後世に伝えるべく、薄い本を厚くすることのみ。


「そんなの没収だよ! いや、俺にも見せろ」


 何がなんだか解らない事を言いながら、ユマ姫は益々体を密に絡めていく。

 魔力が浸透すると健康値が削られて苦しいのか、カラミティちゃんがうなされるのが何とも言えない。


 しかし、健康値を削りきるには魔力が足りなかった。

 なにしろこの土地は魔力が少ないから当然。


 そこで、ユマ姫が取り出し、掲げたのは秘密兵器だった。


「魔石を、食べます!」


 魔石を食べる。凶化した事で可能になった魔力の回復方法だが、狂気の怪物に成り果てたグリフォンの最期を思えば手放しで歓迎は出来ない。


 だけど、『参照権』を持ち記憶を上書きされないユマ姫なら、それ程リスク無く凶化のメリットだけを享受出来るのだと言うし、俺もカラミティちゃんを治してくれと言った手前、強くは言えない。


 そうして魔石を飲み込むと、ユマ姫はいよいよ魔法を使い始めた。


「『我、望む、揺蕩う海の寄る辺なき魂よ、我の命に導かれ、息吹を感じよ、鼓動に耳を澄ませよ、我の命の先に安寧あれ、一つの大いなる流れとなりて、傷付く体を癒し給え』」


 そうして、呪文を唱えると同時――


 ――ユマ姫はカラミティちゃんにキスをした。


「エッッッッ!」


 田中、もうソレは良い! それに何かシャリアちゃんがさっきから怖い。

 私もキスしたい、とか思っているのだろうか?

 それとも食べたいとか思っているんだろうか?


 ユマ姫はオイルサーディンじゃないよ?


 それからは、魔法を使う、キスする、ヌルヌルのローテーションがひたすらに続いた。


 ソレを延々と見せられてる方もどうにかなりそうだった。


 間に挟まりたいとか言って、体にオイルを塗り始めるぐらいには。


 むしろ、とっくにおかしくなっていた。


 でも、シャリアちゃんに止められた。

 黒歴史が生まれる一歩手前、やっぱり彼女は救世主だった。



 そんなこんなで、「多分、治ったと思う」とユマ姫が宣言したときには、既に朝日が昇ろうかという時間だったのだ。

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