カラミティちゃん、マジ、カラミティ

 インディージョーンズごっこが終わった後、カラミティちゃんを抱えた俺は、何事も無くブラッド邸まで辿り付いた。


 襲撃の話を聞きつけ集まった衛士達に道中でワラワラと囲まれたが、報告はリヨン氏にすると突っぱねた。


 門と扉を開けて貰って、ようやっとブラッド邸に上がり込む。


 コレでほっと一安心。


「えっと? 大丈夫かな」


 格好つけてココまでお姫様抱っこで来たが、そろそろ腕が限界だ。


「あ、えと……もうちょっと、このままでも良いですか?」

「……勿論だよ」


 うぐぐ、流石にここで泣きを入れるのはナシだよな。無理をして頑張る。

 そうして、リビングのソファーにカラミティちゃんを降ろすと、待機していた女中さんにお茶をお願いし、カラミティちゃんの様子を確認。


「怪我は無かったかな?」

「はい、大丈夫です」


 恥ずかしそうにお茶を啜るカラミティちゃんを見てるとほっこりする。

 と、そこにリヨン氏が飛び込んで来た。


「キィムラ殿が襲撃を受けたというのは本当か!」

「別にどうと言う事は無いですよ」


 俺がお茶を片手にそう言えば、カラミティちゃんから非難の声が挙がる。


「そんな! キィムラ様は私の為に……」

「カーリーは? 護衛はどうしたのだ!」

「あ、そうだ!」


 別に、とか格好つけたけど護衛は死んでしまったのだ。

 俺もこの世界で、命の価値ってのを低く感じるようになってしまった。


「リヨン殿申し訳無い、借りていた護衛ですが我々を庇ってスレイヤと言う男に討たれました」

「スレイヤ! あの男がポンザル家についているのか!」


 リヨン氏が血相を変えることから、プラヴァスいちってのはともかく、名の知れた剣士ではあったようだ。


 ま、俺としてはあまりコチラの功績を大きく語りたい訳じゃない。正真正銘ただ武器の差で勝っただけだから自慢にもならないし、変にアテにされても困る。


 しかし、俺の言葉に納得しないのがカラミティちゃんだった。


「違います!」

「お前は黙ってろ! 私は今キィムラ様と話をしているんだ!」


 リヨン氏の叱責に一歩も引かず、更に言い募る。


「黙りません! カーリーは勝手に決闘を仕掛け負けたのです、私を守ってくれたのはキィムラ様です」


 カラミティの言葉を受けて、リヨン氏もチラリとこちらを見る。

 うーん、弱そうだって思われているんだろうね。信じられないと顔に書いてある。

 とぼけることは難しくないが、カラミティちゃんを道化にするのは憚られた。


「まぁ、間違っては居ませんが……」

「リヨン叔父様、良いですか?」


 俺の言葉はカラミティちゃんに遮られてしまう。

 結局カラミティちゃんの解説に相づちを打つ形で、状況を説明していくのであった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「キィムラ殿、私は貴方のことを見くびっていた様だ、申し訳無い」

「いえいえ、運が良かったんですよ」


 状況説明が終わった後、夜も遅いとカラミティちゃんを下がらせて、俺はひとまず風呂に入った。そうして、風呂上がりにまたまたリヨン氏の私室で膝を突き合わせている。


「スレイヤと言えばプラヴァスでは名が通った剣士、タナカさんなら或いはと思ったが、貴方が勝って見せるとは夢にも思っていなかった」

「褒めすぎですよ……私なんて大した事はありません……ただし」


 俺は得意の薄笑いを引っ込めて、リヨンの瞳を見つめ返す。


「田中の事を見くびるのは止めて貰っていいですか? アイツが本気を出したらブラッド家ココの人間を皆殺しにするぐらいはワケ無いですよ?」

「……まさか!」


 リヨン氏は驚くが、アイツの名誉の為にもね。

 流石にカッコイイポーズ決めて死んでいったヤツと同等ってのは甘く見られすぎ。


「スレイヤとか言う奴なら二、三人居ようが俺一人で倒せます。そんな俺がアイツを護衛に雇っている、その意味が解りますか?」

「…………」


 リヨン氏は押し黙った。実際に田中の剣と防具があればシャムシールでえいえい斬り合うなんざ無理筋だし、俺と違って弾数制限も無い。

 加えてアイツが相手じゃ部屋に立て籠もっても一切の意味が無い。


「それでは……たった一人でポンザル家を壊滅させることも可能なのでは?」

「どっこい、アッチの背後には帝国が居る。何が出てくるか解らない、危険過ぎてやらせる気はないですよ」

「……そうなのか?」


 呆然とするリヨン氏に俺はコクリと頷いた。去年の戦争で登場したガトリングガンや手榴弾。

 そう言った物が配備されていれば、田中とて無駄死にになりかねない。

 ソレを伝えるとリヨン氏は無念そうに膝を握り締めた。


「ここ数年で帝国や王国にココまでの差を付けられて居るとは」


 俺は肩をすくめてみせる。実際、俺達の様な異邦人が好き勝手に技術革新をしているのだ。

 プラヴァスの人にしてみれば、目を離した隙に世界が変わってしまったと錯覚するに違いない。


「もしも帝国とやり合うならば……北方には無い、南方プラヴァスならではの戦法が有効だと思います。毒を使った吹き矢や地形を活かした戦法を考える必要がありますね」

「毒か……こちらでは酷く嫌われる手段なのだが」


 そりゃ、好かれる所はないだろうが、帝国は気にせず使うだろうし有効でもある。

 田中がブラッド邸を一人で殲滅可能と言うのも、俺等にとって未知の技術が無い前提。

 砂漠らしく、サソリやコブラみたいな毒があっても不思議じゃ無い。更に言えば境界地みたいな物がある場所で、常識通りに戦いが進むと思うほど油断はしていない。


「解りました、検討しておきます。それにしても早速ポンザル家との抗争に巻き込んでしまうとは……」

「狙って巻き込んだのでは?」


 白々しいとばかり、俺はつまみを口に放り込む。

 どうもこれ、スパイスを利かせた『幼虫』らしい。聞きたくなかった事実だが美味しいのでスッカリ気にならなくなった。


 噛むとトロリと甘く、それでいてスパイスの強烈な刺激が口内で弾ける。

 そこをすかさず、キツめの蒸留酒で流し込む。


 クゥー! 堪らねぇ。


 スパイスが鼻に抜け、爽快感が凄いのだ。コレ変な成分とか無いよな?

 ゴキゲンな俺に対して、リヨン氏は必死だ。


「誤解です、確かにカラミティはボイザンから求婚を受けていましたが。ポンザル家と揉めるのを期待して案内役に頼んだのではありません」


 ……そうなのか。だとしたら?


「じゃあ、アイツにくれてやるのが癪だから、私に押しつけようとしたってワケですか?」

「……その通りです」


 だよな、この国に居たら揉め事の元になる。だからこそ異邦人の俺に押しつけようとした。

 ボイザンは傍目にも小汚いクソ野郎だった。俺がリヨンさんでも同じ事をしたかも知れない。だけどなぁ。


「確かにカラミティさんは可愛いし、頭も良い。ですが、はいそうですかと貰う訳にも行きませんよ」

「本妻にとは言いません、妾としてでもどうでしょうか?」

「うーん……」


 そうは言われても、こちとら少年好きの容疑と、ユマ姫にぞっこんって容疑? を掛けられている。

 まぁ、少年好きはともかく、ユマ姫にぞっこんで全てを捧げる覚悟だと言う噂は悪くない。


 ダシや調味料、スパイスを独占しての商売はとかく嫌われる。

 丁度、コンビニみたいなチェーン店制度を構築したところ。セントラルキッチンで作った肉まんを大量納入みたいな事にまで手を出している。


 何より、うま味や出汁の概念が無い世界だったので、豚骨や昆布が激安な世界だった。それらを圧力鍋で煮だしてスープの素として売り出してるのだ。


 ウチの傘下から離れようものなら、料理はつまらない味になるし品数も大きく減ってしまう。オーナーは高い加盟店料を払い続けるしかない。

 働いても働いても、利益ばかりをウチの商会が吸い取っていると言われている状態なのだ。

 そんな商会が、ギリギリの所で庶民の敵だと突き上げを食らわない理由は、その回収した利益の大半を恋に狂った俺がユマ姫へとつぎ込んでいる。

 そう思われているからだ。


 実際、ユマ姫関連は採算度外視でバンバン金を出しているから間違いじゃ無い。

 巡り巡って可哀想なユマ姫に金が行っている事、そして俺の一途な、それでいてまるで相手にされていない、哀れなイメージが庶民の苛立ちを抑えている格好だ。


 それが、南方で妾を貰いました! と言ったらどうなるか?


「妾……願ってもないお話ですが、コチラにも事情がありまして」


 お断りするしかないだろう。この歳で妻も妾も取らないとなれば、ソレこそ変な疑いを掛けられるがソレでも良い。

 少なくても、リヨン氏はコッチに深い事情があることぐらいは汲んでくれるだろう……そう思ったのだが。

 それでもリヨン氏は引かないどころか、過激に攻めてきた。


「妾でも駄目なら、奴隷としてでも構いません!」

「奴隷!!」


 やっべ! 思わず身を乗り出してしまった。


「…………」


 リヨンさんに「え? 嘘でしょ? ソコで食いつくの?」って顔をさせてしまって恥ずかしい。


 だけどコレに限っては高橋が悪い! アイツが貸してくれた小説で、奴隷の女の子を買って、ハーレムでウハウハみたいなのを読み過ぎたのが原因だ。

 もう一つ言うと、それなりに知識があって絶対に裏切らない労働力は喉から手が出るほど欲しい。

 今だって商会に残したフィーゴ少年に負担を掛けている。


 しっかし、コレでは女の子を嫁にするのは嫌、妾として迎えるのも嫌。だけど、奴隷として酷いことをして弄ぶのは好き。

 そんな超絶鬼畜野郎みたいに思われちゃったんじゃないか?


 ……いや、良いけどさ。俺は気まずくて話を逸らす。


「私などより、田中も独り身なので薦めてみてはどうですか?」

「タナカさんか……また、見くびっていると言われてしまうかも知れませんが、あの方には女性を幸せに出来るとは思えません」


 うーん、正解!


「そいつは間違い無いですね!」

「でしょう?」

「です」


 スリルが大好き、殺し合い大好きみたいなヤツだ。危険な男が好きだって娘も居るだろうけどモノには限度がある。

 そう言えば、シャルティア嬢も来るんだったな、彼女を後見人として侍女として……カラミティちゃん分解されちゃいそう。


 うーん、だとしたら俺が責任をもって連れ出すしか無いのか?


「とにかく、私は本気です。どんな立場でもいい、少しでもカラミティの事を考えて頂ければと」

「……わかりました」


 そうして酒もそこそこに解散となった訳だが……


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「はぁ、寝るかぁ、さっすがに疲れたぜ」


 宛がわれた自室。白を基調に爽やかな内装に仕上がっているのだが、寝るぐらいしかやることは無い。


 この部屋で一番お世話になっている家具がベッド。

 木が編み込まれた床板は通気性が良く、敷き布は毛布が一枚引いてあるだけ。それでも弾性があって十分に柔らかい。

 簡素な見た目ながら、支柱はさりげなく輝く金属で補強されている。


 そして、なにより羽毛布団。

 暑い場所で羽毛布団なんてと思ったが、羽毛は体温を自然と調整してくれる。

 飲んで一服後、一気に冷えがちな体には中々嬉しい。それも王国には中々無いレベルの高級羽毛がギッシリだ。

 まずは飛び込んでふかふか具合を堪能する――「キャッ!」


 キャッ?


 あー……布団をめくってみれば案の定。


「カラミティさん?」

「あの、わたし……」


 来ちゃった! って奴だ。いやぁ……どうして来ちゃったのかなぁ。


「どうしても、どうしても嫌なんです。わたし! ボイザンと婚約するのは!」


 そりゃそうだろうけど……流石に押しかけられて来られても。

 そんな俺を見て、益々思い詰めた様子でカラミティは詰め寄ってきた。


「妾でも、いえ、奴隷でも構いません。わたしを外の世界に連れ出して下さい!」


 自分から奴隷になりに来るのかぁ……

 リヨンさんもそうだけど、本当に追い詰められているな。


「えーっと、奴隷だなんて、自分の事を大切に……」

「奴隷でも……家畜でも構いません」


 いや、逆オークションじゃないんだから下げられても!


「家畜でも……ペットでも……」

「いや……」

「ペットでも……玩具でも!」

「え?」

「え?」


 最後が玩具なんだ……って、玩具で反応したからか、カラミティちゃんが青い顔でこちらを見てる。

 リヨンさんと一緒だなぁ……血は争えないって言うか。


「ぷっ、ハッアハハハ」

「え? あの……」


 笑えてきてしまった。


「ボイザンと婚約するのはそんなに嫌?」

「無理なんです! 生理的に! 死んだ方がマシなほど!」


 いやー、解る。


「でも、今日はね?」


 俺の覚悟が決まらないと布団から追い出そうとしたのだが。


「あっ!」

「えっ?」


 まっでやんの。健康的な褐色肌が目に眩しい。だけど、えと、思ったよりもピンク的な?

 部分的に肌が真っ白なのだ。性的な部分を中心に。


「それは?」

「えーっと、ネイタルの跡ですか?」


 聞けばネイタルと言う儀式。女の子は生まれた時から、黒いサラシを胸や股間に下着代わりに巻き付けると言うのだ。


「そうすると、ソコだけ白くなって。結婚する人にだけ白い部分を見せるのです」

「なるほどね……」


 ソレを堂々と見せてくれちゃってる訳か。

 っていうか、日焼け跡萌えを民族単位でやってる感じで、まだまだ俺はプラヴァスの文明を甘く見ていたね。

 ハイ、中々のエロスです。つるペタだけどそれも良い。俺ロリコンかもしれん。

 でもな!


「今日は疲れてるんだ、ごめんね?」

「そんな!」


 もう三十。無理も祟ってクタクタなんだよ! 性欲だけで動ける歳じゃない。


「ここまでして、部屋になんて帰れません」

「うーん」


 そこまで言われて……流石の俺も腹は決まった。

 半端にね。


「解ったよ、とにかく君の事は預かるから、今日は添い寝で良いかな?」

「は、ハイ!」


 そうして十三の女の子と添い寝してその日は終わった。終わらせた。

 まぁ、だけど。結構ヤバいよなぁ、どうしよう……

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