戦力外通告
頭がおかしくなりそうだから、前回までのあらすじってヤツ。おさらいな。
――女王ヨルミちゃんとアイドルユニットを組むことになってしまったユマ姫の運命は如何に?
……メチャクチャだな、正気を疑うわ。
大体にして、君主制だってのに君主自身がアイドル活動とか聞いたことも無い。
ヨルミちゃんはいつから承認欲求の獣になったのか? 化粧はここまで女を変えるのか?
どうやら、問題の本質はヨルミちゃんに権力も予算も全く無い所にありそうだ。
「貴族院の連中に食い物にされてるんだヨー」
ヨルミちゃんの言によると、カディナール王子やボルドー王子、ましてや第一王女や第二王女達と違い、政治の表舞台から距離をとっていたヨルミちゃんは後ろ盾が皆無。
旧ボルドー王子派の一部から支援を受けて食いつないでいる状態との事。
それに目を付けた貴族達が「政治に不慣れな女王を補佐しなくては」とか都合の良いことを言って、王の権利を毟っていくのだそうだ。
「いっそ、それでも良いと思ってたんだけどねー、アイツら想像以上にメチャクチャなんだよ!」
聞けば、貴族達は我が世の春とばかりに無茶苦茶な法律を作ったり、好き放題に利権を振り回していると言うのだ。
その割に、王都が大変な事態に陥っていないのは、水際でヨルミちゃんが横暴を食い止めているからとの事。
「そうやって、皆の為に頑張っても、民の人気ってのが無いとどうにもねー、市民の中にはユマちゃんが女王だと思ってる人も居るし……」
資料を見ると、想像以上に酷い。
ゴミや下水処理の予算を減らしたりは現代でもあるが、平民の女性を拉致ったり、勝手に建物を占拠したりと凄い事になっている。
市民を害するのは貴族にあるまじき行いとされるのだが、カディナール王子の行いが明らかになった今、タガが外れてしまった感があるそうだ。
治安維持のために徴発する。みたいな謎の屁理屈も付け放題になってしまっているとの事。
「一番惨めだったのはね……強硬な地上げに対抗するために軍を動かしたんだけど、どうやって軍部を動かしたんだと思う?」
「え゛?」
ふむふむと相づちを打っていた俺に、突然のクイズが襲いかかる。
ハッキリいってヨルミちゃんは頭が良い。
そんな彼女に政治音痴のお姫様と侮られてしまっては困る。
だが心配無用。政治に関しても、俺はキッチリ学習している。参照権から政治知識を披露するだけだがな。
「え、と? 非常事態宣言の後に、君主緊急権を発動したのですか?」
一時的に戦時下とする事で、王の一存で軍を動かせる! コレだ!
「違う! 私はユマちゃんの友達だぞ! って言って軍を動かしたの! 普通逆でしょ! 何で王が自軍を動かすのに、他国の姫の名前を使うんだっての!」
「まぁ!」
俺は目をまん丸に驚いて見せる。
正直、知っていた。
だって、聞きたくないのに軍部の人、確認を取ってくるし。
マジで俺の方が彼らにとって上位にあるみたい。意味不明だね。
思えば、実権は貴族に取られても、天皇よろしく象徴としての役割や人気ぐらいは普通は王様に残るモノ。
なのに、その国の象徴としての人気も俺が奪ってしまっているので、ヨルミちゃんは出涸らしになってしまった。
俺が死にたく無いあまり人気取りに奔走した結果である。責任がないとは言えず、この茶番からも逃げられそうにない。
「と、言う訳でレッスンだよ!」
ヨルミちゃんが叫ぶ。
舞台は変わらず大鏡がある王族の化粧部屋。
ココには楽器は勿論、楽士だってダース単位で揃っているのだ。
貴族のご婦人は化粧が長いってのが常ではあるが、その間に暇を持て余さない様、楽団まで雇っているお屋敷は限られる。
君主の住居たる王宮は、当然その限られた少数の方である。
「みんな休暇に出て貰ってるよ! 予算削減だよ!」
すいません。多数の方でした。
王の暇を潰す人が暇を出される。それぐらいヨルミちゃんは貧乏暇無しと言う事か。
「とっとと、持ち場について!」
「え、コレからですか?」
「私は一応弾けるだけで……」
木村は勿論、何故かシノニムさんまで巻き込まれる。ギターとピアノ風の鍵盤楽器をそれぞれ担当だ。
俺もエルフの国では弦楽器を習っていたのだが、この場に無いから仕方が無い。ヨルミちゃんと一緒にボーカル担当だ。
そんで全員持ち場について、さぁ始めるかって段になって突然アイツが現れた。
「おーい、良いかー?」
田中である。
王宮の最深部だと言うのに英雄タナカはフリーパスで入ってきた。
コイツの身のこなしがあれば普通に潜り込めるのだろう。しかし、褒められた事じゃない。
なのに、どこ吹く風。
ズラリと揃った面々を見渡し、戯けた調子で驚いてみせる。
「オイオイ、みんな揃ってんじゃん、何やってんだよ?」
「アナタがフラフラしているので連絡が付かなかっただけでしょう?」
まーじで苛立つから、俺の声も険がある。
「悪かったって、だから連絡しとこうと思ってな、数日は海辺でトレーニングしようと思ってんだよ」
海? まだ寒いのに?
コイツは剣に関しては本当に真面目だな。
だけど気配を読むより空気を読んで欲しい。
流石の木村も手に負えないのか、苦笑している。
「タナカ様も参加なさいますか? 英雄と美姫達との共演となれば話題に事欠きませんが」
俺も木村も女王の手前、田中が相手だとしても慇懃に振る舞わざるを得ない。だが、田中にしてみればそれが面白く無いようだ。
「ふぅん? その喋り方かよ、慣れねぇなぁ! どんなお偉様か、かわいこちゃんが居るかしらねーがズイブン気取ってくれるじゃん」
「タナカ! 控えなさい!」
俺は努めて硬質な声で田中を叱責する。
どんなお偉様って、コッチは王様なんだが?
あ、コイツ、ヨルミちゃんの顔とか知らないわ。
王宮を歩いていれば一度や二度、見たことはあるハズなんだけど、ヨルミちゃんってば貴族としてのオーラ的なアレが皆無だからね。
普段だったら、「何様? オイオイ王様だよ?」ぐらいのノリで許してやらない事も無いが、ヨルミちゃんが権威を気にしているタイミングだから見逃せない。
傷ついてやしないかとヨルミちゃんを窺うと、何故か顔を扇子で隠している。
「アラ、私が偉くて可愛かったら敬語を使って下さるのかしら?」
「お、おう……」
なんか言い始めたぞ? ヨルミちゃんも控えめに言ってネジが外れてるから困る。
流石の田中も困惑しているから凄い。
ヨルミちゃんは一息に扇子を畳み、ビッっと田中へ突きつける。
「言いましたね? 控えなさい! 私こそがビルダール王国の女王ヨルミです」
……なんだコレ? 狂ったか?
コレで可愛く無いから控えません、とか言われたらどうすんの?
一方で田中はと言えば、呆然と立ち尽くしている。
あ、可愛いさは合格みたいですね。
「お、おう……?」
おう……じゃない! 王だよ! 王! 繰り返すな!
「控えなさいと言っています!」
更にヨルミちゃんが言い募ると、さしもの田中も膝を折った。
「これはご無礼を、私はタナカ。一介の剣士に過ぎない身なれど、ユマ様を護衛つかまつる任を受けております。以後お見知りおきを」
田中は流れの剣士らしい
前は護衛任務もこなしていたらしいし、これぐらいは出来て当然なのだ。
つまり普段の我々(俺と木村)は舐められている!
白ける俺とは対照的に、イタズラが成功したヨルミちゃんはご機嫌である。
「許す。ユマ姫は妾にとっても無二の友である。励みなさい」
「ハッ!」
礼をすると、田中は護衛らしく俺を守れる位置に控えた。
なんやねん、この空間。
誰やねん、お前ら。
俺にも控えろや。コッチも姫やぞ?
良く考えれば、田中はヨルミちゃんを知らないし、王国に来たばかり。
この反応も当然だ。
『お、オイ。聞いていたヨルミ女王の特徴と一致しないんだが?』
田中が俺の背後で慌てた声を出すが無視。
だけど無視出来ないのがヨルミちゃんの暴走だ。
「じゃあいっくよー! 3・2・1 ミュージックスタート!」
ノリノリだ。振り返れば田中が微妙な顔をしていらっしゃる。
コレが女王ヨルミやぞ! 雑魚は控えてろ!
で、木村のギターと、慌てた感じのシノニムさんの伴奏が続く。
いよいよヨルミちゃんの歌唱力が試される時。
「ああーピルタ山脈に夕日が沈む。我らが故郷ビルダール」
はい、国歌です。色気ゼロ!
でもね、イキナリ歌え! 演奏しろ! って言われても皆が知ってる歌なんて他に無い。
嬉しい誤算だったのはヨルミちゃんの歌唱力。
見た目も可愛いのでアイドル路線も問題なさそうだ。
そしていよいよ俺のパートだ。国歌なのにデュエット曲。斬新だよな。
――行くぞ!
「ボエー」
「ストーップ! ストップ!」
慌てたヨルミちゃんの停止が入る。
ん? どうした?
「え? マジ? ユマたん、それマジで歌ってる?」
女王に問われて、首を傾げる?
「お目々パチパチさせてもダメ! 睫毛長いなー! 良いから真面目に歌って!」
いや、大真面目なんだけど?
ソコに、おずおずと田中が手を上げた。
「ユマ姫様は以前より独創的な歌唱力をお持ちでいらっしゃるのでブフゥー」
ブフゥーじゃねーよ! せめて最後まで言え! 笑うな! 控えろ!
ああ、そうだよ! 俺は音痴だよ!
でも、それは前世まで。数多の記憶を回収し、とっくに治ってると思うじゃん? 思うじゃん?
駄目みたいですね。
思えばセレナが歌ったラジオ体操。アレも音程が外れていた。
ひょっとして、我が家系が音痴揃いなのかも知れん。
あ、良く考えれば俺の真似したから音痴になるのは当然で、俺だけ音痴の可能性が高そうです。
木村も頭を抱えている。
「そう言えば、弾き語りの時も歌は歌ってませんでしたね」
まーね、音痴かもって気付いてましたよ。
今の空気が凍る感じ、控えめに言って死にたくなったんだけど?
もう一度、頭をショットガンで吹っ飛ばして、どうぞ。
俺は縋るように木村を見上げる。
「キィムラ子爵。あの、歌唱力を上げる方法ありませんか?」
「……その願いは、わたしの力を大きく超えています」
オメーはシェンロンか! 俺はどんだけ音痴なんだよ!
ヨルミちゃんはニヤニヤとコチラを見てくるし。
「ユマ姫にこんな弱点があったなんてねー」
急に自信満々にマウント取ってくるし!
大体にして、美人になった以上、さっきみたいに普通にしてれば人気も回復しますよね? 俺、要る?
それに俺は歌だけじゃ無いよ!
「我が国の弦楽器、ティアンスがあれば演奏は出来ます!」
「ですが、ユマ姫の歌声が聞きたいという声は上がると思いますよ」
シノニムさんまで退路を断ってくるし! どうすりゃええねん。
頭を抱える俺に、田中は面白そうに笑いかける。
「失礼ながらユマ様は神の御技をお持ちなのですから、歌が上手い人物の記憶を回収すれば良いのではないでしょうか?」
「それです!」
田中の敬語が気持ち悪いが、グッドアイデアだ。
神は砂漠の歌姫の前世があると言っていた。
砂漠の街と言えば? 南方の都市プラヴァスしか無い!
「タナカさん、アナタは海に修行に行くと言ってましたね? どうしてですか?」
「ハッ! 海での修行は負荷の割に怪我がしにくいのです」
「それは、浜辺での走り込みなどですか?」
「? そうですね、それが?」
はい、決定。
「では、もっと広い砂地があります。プラヴァスで悲劇の歌姫の情報を集めて来て下さい」
「え?」
え? じゃない! 言ったことに責任を持て!
木村からもなんか言ってやってくれ。
「最近、極端にスパイスが値上がりしているので原因を探ってきてくれると助かります。このままではカレーが食べられなくなります」
「その大役、非才なる身なれど、拝命させて頂きます」
なんで素直なんだよ!
カレー >>>超えられない壁>>> 俺 なのか?
「まぁ、期待しておくよー」
だらけた様子でヨルミちゃんが手を振った。
なんかもう飽きてないか? この子。
と、言う訳で砂漠の歌姫の記憶を探る事になったのだが、全く焦る案件では無い。
なにせ、ヨルミちゃんの不人気と財政不安は程なくして一服したからだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……なんか、キィムラ商会の化粧品。馬鹿売れしてるみたいだねー」
「はい、お陰様で」
「なんでかなー? ひょっとしてモデルが良いからじゃない?」
「さ、左様ですね」
木村は引き攣った笑みを浮かべている。どうもふっかけられたらしい。
実際、様変わりしたヨルミ女王の美貌は世の女性達を狂乱させた。木村の商会で美容品が飛ぶように売れ、ヨルミちゃんも儲かった。
木村も事ある毎にヨルミちゃんを引っ張り出すので、人気もうなぎ登りである。
……実は、俺も魔法でシミそばかすを取る高額オプションの担当だったりして。
それ以外にも、ヨルミちゃんと一緒に舞台に引っ張り出されたりして、忙しくて困ってしまう。
それに、ヨルミちゃんは普通に歌を披露しているので、いよいよユマ姫も歌えという圧力が強まっている。
はぁ……どうしてこうなった?
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