古代遺跡 1
「驚いた、今まで見たことのないタイプの遺跡ですね」
キョロキョロと辺りを見回すマーロゥ君は、どうにも落ち着かない様子だ。
純エルフで魔剣使いでもある彼には、我々の先頭に立って貰っている。
なので警戒心が強い分には良いのだが、どちらかと言うと好奇心が勝って見えた。
遺跡探索は男のロマンって奴なんだろうが落ち着きは欲しい。別に珍しくは無いぞと釘を刺しておこう。
「大森林南西部にある緑の六番遺跡に近いですね」
なんでも無いとばかりに俺がそう言うと、目をまん丸に驚くマーロゥ君。
「え? そうなんですか? って、まさか全ての遺跡について覚えていらっしゃる?」
ハイ、来ました! よーし、チートアピールしちゃうぞー!
「私は王立図書館の全ての書物を記憶しています」
「ま、まさか? 噂には聞いてましたけど、アレって本当なのですか?」
「ええ、ですから記憶違いはありえません。おそらくは病院、もしくは研究所として作られたモノでしょう」
「流石です! ユマ様!」
少し年上の少年が目をキラキラさせて褒めてくれるのは、案外気持ちが良い。
思えば俺の周りにはおっさん達ばかりだったからな。
だが気を良くした俺に、前を歩む緑の外套が翻る。
「流石はユマ姫様、エルフの中でも卓越した知識をお持ちなのですね」
そうだ、
木村には『参照権』のネタバレをしてしまっているからな、
適当な事を言って誤魔化しておこう。
「神の力の一端です、この世界の真実を記録し、神に伝えるのが私の使命の一つですから」
俺がそう言うと後方から「おぉ!」っと歓声が上がる。声の主は近衛兵。彼らは選りすぐりのエリートなのだが、現在は息も
濃すぎる魔力の影響で碌に会話に参加出来ないのが現状だった。
彼らはボルドー王子の死後、ゼクトールさんを筆頭に強烈な俺のシンパになっている。俺が神に近しい存在だと本気で信じているし、そんな話題を出すといちいち喜ぶので面白い。
だが、そんな近衛兵のノリに慣れていないのがマーロゥ君だ。喜色を浮かべて食いついてくる。
「だとしたら帝国は地獄に落ちますね! 姫様を通じて外道な侵略行為を神に見られているのですから!」
まーね、確かに見ては居るよ? でも、あの
「マーロゥ!」
「な、なんですか?」
「復讐と言うのは自分の手で行わなければ意味がありません」
「で、ですが!」
「既に力は頂いているのです。何より神を利用しようなどと、不遜な考えです」
「ハッ! 出過ぎた口をききました」
「解れば良いのです」
と、そんな感じで気取っていたら……小声で話し掛ける奴がいる。
『なぁ、ちょっと適当に設定を盛り過ぎじゃねーの?』
木村に心配されてしまった。
『良いんだよ、本当の神話だって矛盾だらけだし』
『あー解る、だから俺、神話って嫌いなんだよ』
理屈屋の木村には耐えられない領域が神話だ。
だから神の使いを名乗るからには、逆に理屈が無い方が丸く収まる。
もうノリで押し切ったモン勝ちの世界で、神聖不可侵な雰囲気を纏う美少女として、適当にソレっぽい事を言えば何でも通るから凄い。
例えば夜空を見上げて「星が泣いています」とか言えば勝手に良い様に解釈してくれる訳で、『漫画でよく見る、思わせぶりな台詞コレクション』が面白い様に通用した。
そしてどんなハッタリも巧妙に真実を混ぜ込むのが肝。
ぶっちゃけ、さっきの言葉だって嘘は何一つ言っていないのだ。
ただ、俺だけじゃなく、魂を持つ全ての生命体が記録者ってだけである。
それに『参照権』の方はマジで神様から貰ったチート能力。
記録によると、緑の六番遺跡は風雨に晒され、既に生きた設備は残されていなかった。
だがココは防護壁に守られていたのだから期待大だろう。
「ここが古代の病院だとすれば、私の体を治す事も可能かも知れません」
俺がそう言うと、再び歓声が上がる。
「だとすれば、無理にでもトクラ博士に同行を願うべきだったのでは?」
魔力に侵された青い顔でそう尋ねるのはゼクトールさん。トクラ博士はフィダーソン老に紹介して貰った吸血鬼の専門家で、古代遺跡に関しても詳しかったのは確か。
「あの方では魔力に耐えられないでしょう、それに遺跡の知識だけで言えば私の方が上です」
「……なるほど」
この世界にはスマホもネットも無い。全てを完璧に覚えていられる『参照権』の力は計り知れないのだ。
それに……だ。
資料を見て前々から思っていた事だが、古代遺跡って奴は地球の建築物にソコソコ近い。
警戒しているマーロゥ君には悪いが、俺は建物の雰囲気から、ここにトラップなんか有るハズ無いと思っている。
なにせコンクリートの壁やその塗装まで、学校とか病院みたいな雰囲気なのだ。
『この感じ、懐かしいな』
俺はブーツを踏みしめキュッキュッと床を鳴らす。上履きだったらもっといい音で鳴るんだけどな。
懐かしいのは木村も一緒だろう。……いや、何か見つけたのか? 若干興奮した様子で振り返る。
『参照権でリノリウムって検索してみ、多分めっちゃ小説出て来る!』
……どーでもいいがな!
ま、一応検索しますよ? するだけ。
……えーと?
『……俺のログには何もないな』
『おいィ! アナタ読む小説が片寄り過ぎでは?』
『知らんがな』
いや、ホント、知らんがな。
リノリウムって何? フツーに初めて聞いたんだが?
その後もブツクサと「俺にも参照権が欲しかった」とか愚痴る木村を尻目に、俺達は案内板を発見。それを頼りに中央ロビーへと足を進める事にした。
ココが病院だとすれば、さっき入って来たのは非常口。
中央ロビーには詳細な案内板なりがあるハズだ……
適当に歩いても、勝手に辿り着くだろう。
……実際。すぐにロビーには辿り着いた。
しかし、その光景は想像を絶するモノだったのだ……
「コレは……何なんでしょうかね?」
木村が、呟く。
あまりの不気味さに思わずと口を衝いた様だった。
風の哭く音が、不気味にうねりを上げている。
ロビーに辿り着いた俺達の前に広がっていたのは底知れぬ大穴。
吹き抜けかと思ったが違う。中から突き破られているのだ。
遥か地下深くから巨大なナニかが湧き出してそのまま突き抜けて出て行った様な、そんな不気味な大穴であった。
「コレは流石に似た事例がありません」
俺の『参照権』もお手上げ、マジで意味が解らない。
見上げれば本当に天井まで大穴が開いており、うっすらと光が差している。
頭上は岩肌が露出しているので、ひょっとして外まで貫通しているのかも知れない。
だが今は地上へのルートを開拓するべき時では無いだろう。狙うは地下側、なにせ見下ろせば地下深くまで遺跡は続いている。
落ちたらミンチの深さだが、全容を知るには打ってつけ。俺は得意の光魔法を穴の底へと解き放つ。
「我、望む、この手より放たれたる光の奔流よ」
LEDみたいなギンギンの光が穴の深くまで満ちていき、暗闇に閉ざされていた大穴の姿が露わになった。
「……深い!」
叫んだのはマーロゥ君。
大穴は、タップリの魔力を乗せた光魔法をもってしても、なお見通せない程に深かった。
少なくとも二十階層以上はある。距離にして六十メートル以上となれば、穴の底がどうなっているかと問われても難しい。
こりゃー先は長いぞと、ずーんと暗い気持ちになったのは事実。
うんざりしたのは俺だけでは無いらしく、マーロゥ君は焦れた様子で声を上げた。
「俺、ちょっと下に降りて様子を見てきます!」
「止めておきなさい、階段を探して皆で降りるべきです」
近衛兵がフラフラな以上、君は俺のメイン盾。単独行動は困るのだ。
だが、地下何階まで有るのか? ひょっとしてこの穴はマントル深くまで続いているのか? その位は知っておきたい。
俺は手頃なコンクリの塊を放り込むと、音を聞こうと大穴に身を乗り出した。
……その時だ。
記憶が! 雪崩れ込んでくる!
……遙か遠い昔の、吸血鬼と呼ばれた少女の記憶だった。
最初の記憶はガラス越しにこちらをのぞき込む男女の姿。
二人は夫婦、私はその娘。でも生まれたのはガラスで区切られた培養槽の中だった。
カプセルの中、私はパパから科学技術を、ママから料理や家事の事を学んだ。
早く二人と触れ合いたい、その一心で私は必死に勉強した。パパにおんぶして貰いたい、ママに抱っこして貰いたい。
四歳になった時、やっと私はカプセルの外に出る事が出来た。
「ママ? どこに居るの? パパ? ドコなの?」
でもカプセルの外には誰も居なかった。
全てはカプセルのガラスに浮かんだ立体映像だったのだ。
私はママを恨んだ、パパを憎んだ。
でも、音声ログを聞いて、仕方ない選択だった事を知る。
ログの中でママは「ごめんね」と何度も謝っていた。
……ある日、魔力炉の暴走により、栄華を極めた古代人の文明は終わりを告げる。
滅亡を自覚した古代人はあらゆる生物の保存を目的とした保管庫を建設した。
しかし余りにも長い年月が過ぎる中、想定しない事故が発生するのはむしろ当然と言えた。
直下型地震で幾つかの装置が故障、そこに地割れからの漏水がトドメを差した。
標本の保存もままならなくなり、多くの生物がカプセルから解放される。
その中には当然、古代人自身も含まれていた。
――それがパパとママだった。
魔力炉の暴走は続いており、世界は有害な魔力で満ちていた。
古代人のパパとママが長く生きられる世界ではなかったらしい。
それでも隔離された部屋の中、愛し合った二人の間に子供が生まれる。
二人の遺伝子を引き継いだ私も長く生きられるハズが無い。だからこそ、二人は私に遺伝子改造を施した。
『凶化人間』
毒となる魔力を逆に生命力として取り込む逆転の発想。
危険な人体実験であったが、パパとママに選択肢は無かった。
最後には自分たちが生きるための設備まで使い潰して、私は培養槽から第二の出生を迎えた。
二人が残した設備と知識は生きていくには十分な物だった。でも、残された遺産は嬉しいモノだけじゃなかった。
私の為にパパとママは動物標本を使っての『凶化』実験を繰り返していたのだ。私が生まれたのはその被検体が大量に脱走した後だった。
私は両親が残した実験体を回収するために旅に出た。
滅びたハズの世界には、新しい人類が住んでいた。
凶化人間である私は新しい人間よりもずっと強かった。力は魔獣以上だし、近代的な武器だって使える。
新しい人類の都で暴れ回っていた凶化魔獣を捕まえて、
――私は食べた。
魔力と共に他の遺伝子を取り込んで、私はどんどん強くなった。
そしてどんどん化け物みたいになって行った。
でもソレで良かった、全ての生物の頂点に立って、新しい人類も、魔獣も。
いっそ全てを滅ぼしてしまいたかった。
ある日、私は怪我をした。片腕を丸々失う程の重傷だった。
拠点に帰れば治療が出来る。
だけど新しい人類は、怪我を負った私を追いたてた。
命からがら逃げ込んだお城の中で、赤髪の化け物がこちらを見ていた。
――それは、鏡の中の自分の姿。
気が付けば、私はすっかり化け物になっていた。
魔獣の遺伝子を取り込み過ぎたのだ。
髪はざんばらで口内にはギザギザの歯が整然と並んでいる。
コレでは化け物と言われるのも仕方が無いと自嘲した。
そんな姿を城の主たる王子に見つかってしまう。
「綺麗だね」
そんな声が掛けられた。
どんな皮肉なのかと思えば、どうやら王子は本気。
少なくとも悪ふざけでは無いらしい。
それから二人で協力して魔獣を倒して回った。彼は私を利用しているだけ、でも私だって彼を利用しているのだ。
そう思っていたのに、自分でも単純だと思うが、気が付けば恋に落ちていた。
第四王子であった彼は魔獣退治で名を上げ、その結果、嫉妬で罠に嵌められた。
生死の境をさまよう程の大怪我を負ってしまう。
彼を担いで、私は拠点へと逃げ込んだ。ココでなら彼の治療が出来るから。
でも、地下深くに作られた施設は濃厚な魔力溜まりになっていた。新しい人類である彼であっても、濃すぎる魔力は害になる。
「もう良いんだ、僕を置いて行ってくれ」
彼は何度もそう言った。
確かにこんな所で治療が出来るなんて、信じられないのも無理はない。私は彼を必死に励ました。
「大丈夫だから、私を信じて!」
私は彼と、最初で最後の口付けをする。
目を瞑り、ギュッと抱きしめて、初めてのキスは血の味がした。
口の中に、まろやかな命の味がした。
「僕を食べるのかい? それでも構わない」
違った。
キスなんてしていなかった。私は彼に噛みついていたのだ。
がぶりと、肩口に。
意味が、解らない。なんで?
ううん、本当は解っていた。
私は、もう恋する乙女なんかじゃない。
もうすっかり、化け物に変わっていた。
食欲に抗えなくなっていた。
なのに、
それなのに、
それでも彼は私を拒絶してくれなかった。
私は馬鹿だから、この時初めて、お互いに本気で愛し合って居たのだと気が付いた。
「あ、ああ……」
でも、遺伝子を取り込む内に、私は壊れていた。
『凶化人間』が完全無欠の技術なら、古代人は滅びていない。
みんな、私みたいに生き延びている。
凶化は遺伝子を不安定にし、適応能力を上げる技術。
でも、行き過ぎた適合は遺伝子を不安定にし、最後には化け物に変わってしまう。
私は徐々に精神を蝕まれ、食欲が抑えられなくなっていた。自分が何者なのか、それすらもあやふやになっていた。
「ごめん、ごめんね」
私は泣きながら謝って、強く彼を抱きしめた。
そして……、そして?
「あ、がぁ!」
「どうした? オイ? えぇ? どうしたの?」
「はぁ、はぁ」
『参照権』は死者の記憶を吸収する。そして、死の運命をも引き寄せてしまうのだ。
混線した記憶は、死を求め、引き寄せる。
そして運命はかつての死をなぞる。
――だったら!
俺は気力を振り絞り、記憶に抗った。
抱きつきたいと言う気持ちを必死に押さえ込むと、木村を振り払って歩き出す。
「私の名前は?」
自分で名前を尋ねる。
それと同時、自ら大穴へと身を投げた!
「私はポーネリア!」
そして自分で宣言する! そうだ、運命には逆らえない、一部をなぞらなくてはならない、だったら一人で身を投げる。
慌てて駆け寄った木村が俺へと手を伸ばす、だが俺はその手を取らない。
俺は魔法が使える、一人だったら何とでもなる。
だけどさ、不安なのは確か。
さっきから幻聴が止まらない。
「ごめん、ごめんね」
ポーネリアの末期の言葉が頭に響き、ログに残された彼女の母の声と重なった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
突然アイツが俺に噛みついたと思ったら、脈絡も無く大穴へと身を投げた。
カンテラを投げ込むが、余りに弱い光で全く見通せない。
「落ちた? なんで?」
マーロゥって名のエルフの若いのが慌てるのも当然。
唐突なユマ姫の身投げ、気が狂ったとしか思えない。
……だが、俺には解る。
アレこそが死者の記憶を取り込んだ証拠。
オルティナ姫の宣言は俺も見た。アレだって記憶を吸収した瞬間こそ、ただ名前を名乗っただけだが、ソコから既に事態が傾いていた。
回り始めた歯車は、断頭台の露と消える方向へユマ姫を押し込んだ。
どうあっても逃れられないなら、勝算が強い所で勝負を挑む。
強がってアイツは言ったモノが、その勝算に俺は勘定に無かったのかよ!
伸ばした手を無視したアイツの笑顔が気にくわない。だが俺じゃ空は飛べないのは事実だ。
一方で多少なら飛べる奴だって居る。
「追います!」
「おい、勝手をするな!」
俺の制止も聞かず、マーロゥは姫を追って穴へと身を投じる。しかし後には続けない。
「クソッ! 好き勝手やりやがって!」
俺には魔法は使えない、飛び降りたって死ぬだけだ。
「階段に向かうぞ!」
エレベーターはこの惨状では期待薄。近衛兵を引き連れて階段を探す、建物の端にそれは見つかった。
……だが。
「どうしました? キィムラ様?」
急にしゃがみ込んだ俺をゼクトール氏が覗き込む。
俺はカンテラで照らされた床の跡を指差した。
「隔壁が開けられている、しかも最近だ」
「どうして解るんです?」
「この施設は掃除が行き届いている、きっと掃除するロボットでも居るんだろうよ」
「ロボット? とは?」
「魔道具みたいなモンだと思ってくれ、だがな、壁際までは掃除出来ないのか端に埃が溜まるんだ」
「それで?」
「最近までココは壁だった、埃が残ってる、でも壁が無い」
「壁が、ですか?」
ゼクトール氏にとっちゃ、防火壁は馴染みが無いか? 落とし戸や城門はあるから理解は出来るだろ。
俺は頭上を指差し、隔壁が収まる隙間を見上げる。
「火事とか侵入者防止に壁を降ろすんだ」
「城内に良くある仕掛けですな、それが解除されてると?」
「その通り、恐らく先客が居る」
「それは! 急がなくては! 総員抜刀を許可する」
ゼクトール氏の合図で全員がシャラリと剣を抜いた。対して俺はホルスターから銃を引き抜く。
遺跡に入った当初、想像もしていない程に事態は悪化の一途を辿っていた。
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