シャリアちゃんの閑話

 時は少し遡り、王都での事。


 薄暗く殺風景な部屋の中、金髪の美女が艶やかに微笑む。

 優雅に指差す先で揺れるのは『奇妙な肉塊』。


 片や舞踏会の美女、片や屠殺場の枝肉。


 それらは合成と見紛う程にチグハグな光景であった。


「昨日のネズミはこの二匹です」


 豪奢な金髪を背に流し、恋する乙女特有の上気した頬は見る者全てを惹き付けるに違いない。


 ただし、それもこの『現場』で無ければの話。


 部屋全体を俯瞰して見れば、彼女は決して目を合わせてはいけない類の悪魔だと、本能が真っ先に理解するであろう。


 ここは城内の一室。

 吊されたのは二体の死体。勿論ネズミなどでは無く、『人間』だ。


「ご苦労様です」


 そんな猟奇的な『現場』に同居しながら、何でもない様に彼女へねぎらいの言葉を掛けるのはユマ姫。城下の話題を独占している人物である。


 だがそこに町で語られる虫も殺せぬ少女の姿は無い。

 大の男でも悲鳴を上げるであろうグロテスクな死体を前に、眉一つ動かない。


 一方でユマ姫の代わり、残酷な死体を目の当たりにして顔色を失うのは侍女であるシノニムだった。

 それを見たユマ姫は一転、シノニムに心配そうな表情で声を掛ける。


「顔色が悪いですね? 風邪ですか?」

「いえ、拷問の様子が余りにも衝撃的だったので」


 ユマ姫と違い、シノニムは事前に拷問の様子を見学していた。

 確かに女の子が見て気持ちが良いものでは無いだろう、と思うユマ姫であったが、それでも納得出来ないと首を傾げた。


「あなたもオーズド伯の特殊部隊に在籍していたと思いますが?」

「諜報特務部隊です、確かに拷問の訓練も受けていますがコレほどは……」


 言葉と共に吊られた死体を見上げるシノニム。

 本当は見たく無かった。

 だが仕事柄、目を逸らすわけには行かなかった。それ程までにプロの手際だ。


 ――どうやったらココまで綺麗に! ココまで薄く!


 ――人の皮を剥げるのか!


 吊られた死体は赤黒い肉を外気に晒していた。それでも『壊れた』と見なされトドメを刺されるその直前まで、確実に生きていたのだから常識外の絶技と言える。

 その絶技の持ち主が凄腕の拷問官ではなく、目の前の高貴な笑顔を振りまく女性と言うのは何の冗談だろうか。


「お褒めに預かり光栄です」


 慇懃に頭を下げるその振る舞いは完璧。少し前まで公爵令嬢だったのだから当たり前と言えるだろうか?


 彼女はシャルティア。暗殺を生業とするダックラム家の表の顔

 実際には表だと思っていたモノが裏で、裏だと思っていたモノが表だと聞かされてシノニムは頭がどうにかなりそうだった。


 だが、あの拷問の手際を見せられては信じない訳にも行かない。


「それにしても流石ですね、今月だけで十匹は退治しています」


 褒め称えるユマ姫の言葉にシノニムは冷静さを取り戻す。

 そう、本当に恐ろしいのは拷問の手際では無い。紛れ込んだ間者を捉える手腕だ。

 シャルティア嬢改め、シャリアちゃんはどれほど用意周到に忍び寄る暗殺者であっても絶対に見逃さなかった。

 それどころかシノニムがユマ姫について、余り良くない心証を上司であるオーズドへ奏上する場合、通常と異なるルートで情報を流しているのだが、それすらも突き止められてしまっていた。


 物陰から突然現れるシャリアちゃんに肝を冷やしたのは一度や二度では無い。

 いや、その場合はシャルティアと呼ぶべきだろう。暗闇から現れる彼女には、普段のシャリアちゃんのおちゃらけた姿は見られない。


「勿体ないお言葉です」


 死体を前にすると真面目な顔を取り戻すのは何の冗談かとシノニムは思う。

 だがもっとイカレているのがユマ姫だ。


「コレはなにか褒美を考えなくてはいけませんね」


 顎先に指をあてた可愛らしい仕草は、友達へのプレゼントに悩む少女そのもの。


 だが元々シャルティアが狙っていたのはユマ姫の命だ。


 それどころか、たまたま失敗しただけで、愛するボルドー王子を殺した仇の一人と言っても過言では無いだろう。そんな相手に褒美だなんて!


 ――アナタの命が欲しいです。


 等と言い出したらどうするつもりなのか?

 そんな心配をついシノニムはしてしまう。流石にあり得ない……と頭では思いながら。


「では…………アナタが欲しいです」

「なっ!」


 妄想と現実がシンクロしたような声に驚き、シノニムはキツく腰のサーベルを握りしめる。

 この暗所ではとても敵わない。それでも決死の覚悟を決めるのだが、一方で困った表情で笑ってみせるのがユマ姫だ。


「そう言われても……はい、そうですか、とあげる訳には行かないのですが?」

「少しだけ! 先っちょだけでも!」


 「食べちゃいたいぐらい可愛い」とか、「先っちょだけ」とか、まるでモテない男の様な物言いだが、シノニムはゾッとする思いだった。


 話には聞いていた。だがまさか、と信じていなかった。


 『シャルティア嬢はユマ姫を喰らいたがっている』


 事実だった。

 これはもう理解不能の狂人だ。


 だがそんな相手と笑顔で談笑するユマ姫は、それに輪を掛けた狂人であった。

 しかし流石のユマ姫も食われるのは嫌だとばかり、呆れた様子で欠損した左腕を見せつける。


「そう言われても、もうアチコチ欠けてしまって不便で仕方が無いのですが?」

「でき物とか、豆とか、吹き出物でも良いので、何か口に入れたいのです」


 ユマ姫が天を仰ぎ、シノニムは気色の悪さに俯いた。

 一方で真剣にユマ姫を見つめるのがシャルティアだ、彼女は以前食べたユマ姫の『味』が忘れられなかった。


 一つになれたような快感があった。臭みが無く花のような香りがした。

 ストーカーの様に追いかけた相手と、遂に巡り付いた境地の様に考えていた。


 だが、ユマ姫も食べられたくは無いので代替案を提示する。


「ハーフエルフが食べたいのでしたら、ご存知の通り私の侍女にもハーフエルフの少女が居ますよ?」


 ユマ姫の提案にシノニムはギョッとした。同僚であり、宰相との連絡役のネルネを化け物の餌にしようとする暴挙。

 だがシャルティアは首を振る。


「いえ、ハーフエルフではなく、アナタだから食べたいのです」

「それは……困りましたね」


 心底困ったと二人悩むその様子に、怪談の世界かとシノニムは戦慄する。

 それ程に荒唐無稽、狂人同士の会話に全く付いていけなかった。


 こうもユマ姫がかつての仇、シャリアちゃんに気を使う理由は何か?


 ユマ姫はシャリアちゃんに借りを感じていたのだった。

 せっかく意気投合し「一緒に死にに行こう」と二人の世界とばかりに誘っておいて、結局木村とイチャイチャした所を見せつけるだけに終わってしまった。

 殺すべきところを生かしてやってるんだからチャラ、位に思っていたが、ここの所の活躍は想像以上。


 ユマ姫を狙うのは過激化したカディナール派の残党が主だが、バックには多くの貴族が控えている。


 なにせ他種族の姫が国を支配しているのだから、冷静に考えてしまえば危険にも程がある。

 目先の利益に捕らわれない良識派こそ、この状況を憂いていた。


 諜報員を送り込むぐらいなら良いのだが、難癖をつけるための仕込みを行う連中や、直接的に殺し屋を送り込む輩も居るので眠れぬ夜を覚悟したモノ。

 だが、実際にはシャリアちゃんの八面六臂の活躍で、ユマ姫は枕を高く眠れていた。この感謝は計り知れない程で、何か報いたい思いが強くなっていた。


 しかし死んだことになっている身に地位は論外。かと言ってお金などでは少しも喜びそうにない。


 自分を好きなのは解っているが、恋人同士と言う訳にも行かず。「キスとか、なんならセクロスでも良いかな?」ぐらいに考えていたのだが、流石に食べられるのは本人としても想定外であったのだ。


 ユマ姫は頭を悩ませる。

 眉を八の字にして唸る事、数分。

 最後には大きな大きなため息を一つ。若干の涙目と共に、観念したように絞り出す。


「今度の遠征が終われば、この先っちょだけなら食べても良いですよ」


 差し出したのは欠損した左腕の先端。体を保護するために大きく脂肪が盛り上がり、柔らかな触感を誇っていた。

 ここなら余り感覚も無いし、ちょっとぐらいは切ってもまた脂肪が盛り上がるだろうと言う判断。


「あっ! ああ!」」


 一方で感極まったのがシャリアちゃんだった。

 殆ど意地悪のつもりでしつこくお願いしてみたが、聞き入れられるとは夢にも思っていなかった。

 それが許された。まさか食べても良いと言う言葉が聞けるなどと!

 もしもノリノリで食べて! と言われてもコレほど嬉しくは無かっただろう。




 ……さて、大変に突然だが、ある性癖について語っていこう。

 世の中には『根負けセックス』と言うエロジャンルがある。

 何度も懇願される内に体を許してしまう、と言うシチュエーションで、レイプでは無いが乗り気でも無いのが非常に重要なのである。


 シャリアちゃんが辿り着いた境地はそれに近い。いやソレを超えた献身であった。

 嫌で嫌で仕方が無いが世話になっているし仕方が無い、と文字通りに体を捧げるユマ姫の諦観がシャリアちゃんには余りにも愛おしく思えたのだ。


「はい! 優しく! 優しく囓ります!」


 意味不明な事を言いながら今にも齧りつきそうなシャリアちゃんをユマ姫は必死に制する。


「待って下さい! 今度の遠征、怪我で失敗したとなれば後悔が残ります、帰ってからにして下さい」


 必死で抵抗する。ユマ姫には「ひょっとしたら吸血鬼の力で腕なんてスグ生えるようになる」と言う希望があったのも要因の一つであった。

 そんな事は知らないシャリアちゃんはユマ姫の言葉に素直に頷いた。


「解りました、期待しています」

「そのように願います。今でも体を舐めるぐらいなら許しますから、えっ? いきなり?」


 こうしてご主人様の体を所構わず舐める『おしゃぶりメイドシャリアちゃん』が爆誕したのであった。

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