英雄伝説の始まり

 俺が大牙猪ザルギルゴールを倒すと一転、村はお祭り騒ぎとなった。


「凄い剣じゃないか、見せてくれよ!」


 もう何度この言葉を掛けられたか解らない。


「オイオイ、見た目から切れ味抜群じゃないか!」


 刀を抜き放つとそんな風に持て囃す。

続いて「這いつくばる者ボズの武器も馬鹿に出来ねぇな」「ああ、これじゃ王都の奴らがやられるのも無理ないぜ」なんて声まで聞こえてくる。


「いや、この剣はそこのファーモス爺に貰った物だが?」


 そう言うと、皆が血相を変えてファーモス爺へと突撃していく。

 このやり取りをこの短時間で四回は繰り返していて、俺はほとほと嫌気が差していた。


「お疲れですね」


 そう言って話し掛けてきたのはファーモス爺さんの娘。えーっと


「ミクトルです、パラセル村を救って頂いて感謝していますわ。こんな時だから、なんのお返しも出来なくて悪いんですけれど……」

「んなもん、この剣一つでお釣りが来るぜ、どこで手に入れたんだ?」

「それは……」


 視線の先には、何故だか村の若いのに揉みくちゃにされているファーモス爺さんの姿が!


 ……なるほどな、悪いのは俺だ。


 だが、爺さんは程なく解放された。

 若者達は刀を作った鍛冶師の所へ向かったらしい。


「ふぅ、偉い目にあったわい」

「オイオイ、この剣の秘密。そう簡単に話しちまって良かったのかぁー?」

「誰の所為じゃ! 誰の!」


 年寄りは怒りっぽくて敵わない。俺としても一度、鍛冶師には挨拶に行きてぇ所なんだがな。


「そんな事より、この剣について知ってることを話してくれよ」

「わしが知ってる事など何にも無いわ! コイツはワシの友人モルガンの最高傑作。知ってるのはその程度だな」

「ヒュウ♪ 最高傑作をどこの誰とも知れない男にくれるとは随分と俺の腕を買ってくれたモンだな」

「違うわい、解っとるんじゃろ? この剣はお主以外、誰にも扱えない剣だ。いや、剣で無くカタナと言うべきかの?」


 呆れた様子だったファーモス爺だが一転、得意そうに俺を見上げてくる。

 なんか……ドヤ顔なところ悪いんだが、言いたいことが解らねぇ。


「っと、そりゃあどう言う意味だ?」

「隠すんじゃない。あの時お前はこの剣をカタナと呼んだ。モルガンの奴が長年の研鑽の上、独学で辿り着いた剣の境地だが……境地であるが故、頂点であるが故、他にも同じ結論に至った剣があっても不思議じゃない」

「なるほどな、故郷の剣がそんな風に評されるのは悪くねぇ」


 地球にも様々な国に、様々な剣があった。バスタードソードやシミター、レイピア。他にもマニアックな物を挙げればそれこそキリが無い。

 だが、俺はこと斬る事に関して言えば、日本刀が、刀こそが最強だと信じてきた。

 地球とはかけ離れた土地で、エルフの鍛冶士が人生を賭けて辿り着いた境地が刀だったと言われて嬉しくないはずが無い。

 そんな俺の様子をみて、ファーモス爺は訳知り顔で頷いた。


「やはりな……モルガンの奴は自らが初めて辿り着いた剣の境地と豪語していたが、残念ながら先人が居た訳か」

「いや、そうでも無いぜ? 少なくともこの世界では初めての筈だ。俺はココでは無い世界から来た。少なくともビルダール王国の人間でも、セルギス帝国の人間でもねぇ」

「なんじゃと?」

「遙か遠い、島国とでも思ってくれ。行きたいと思っても行けるはずが無い。神の導きがあって初めて辿りつける場所だ」

「世迷い言を! と言うべきなんじゃろうが、先ほどの剣技の冴えを見れば否定はし難いのう。大牙猪ザルギルゴールを切り裂く剣技などがあれば、我らはとうの昔に滅ぼされていたじゃろう」

「そこは安心してくれ。少なくとも俺みたいな剣士がゾロゾロ出てくる事は絶対にねぇよ」


 俺はそう言いながら、木村や高橋、黒峰さんの事を思い出す。みな剣術はおろか、剣道とも無縁のメンバーだった。

 と、そんな事を考えていた俺に、ファーモス爺がウンウンと頷いている。


「それで、お前はその国で剣士の一族だった、と言うわけじゃな?」

「……どう言う意味だ?」

「……そうとぼけるでない。何か事情があるんじゃろう? タナカと言う名前の剣士と、カタナと言う名前の剣。察するなと言う方が無理があるわい」


 なにそれ恐い!


「い、いや、俺の名前と刀は何の関係も無いが?」

「……ないの?」

「ないよ!?」


 この爺さん萌えキャラか?

 いやぁ、その視点。無かったね。

 一瞬、意味が解らな過ぎて。頭が真っ白になった。

 漢字って大事な。だってどう見たって田んぼの真ん中って意味じゃん?


「家は代々農家だったし。親父の代で農家辞めちゃってるけどな」

「そうなの?」

「そうなの!」

「…………」


 爺さん……真っ赤になって俯くぐらいなら、ドヤ顔で指摘してこないで欲しかった。

 因みに爺の娘のミクトルおばはんは、さっきから笑い転げている。


「おとーさんったら! むっかしからボケてるんだからもう! 思い込みが激しくって! こ、困っちゃ……ぷっ」

「笑うな! 笑うでない!」


 仲が良いね二人で。


「聞いてよタカナさん! おとーさんってば六十年前からこうなのよ?」


 ゲラゲラと笑いながら話し掛けてくるが……このおばはんもキッチリ俺の名前を間違える抜けっぷりで、完全に親子だ。

 あれ? 六十年? 精々四十代かと思ったが、そう言うと非常に嬉しそうに笑った。

 アレだ、人間とは寿命が違うと言うことだ。

 六十代と思った爺さんは百を超えてるし、四十代に見えたミクトルさんは八十位と、完全におばあちゃんだったと言う話。

 じゃあアイツは? と思ったが子供の年齢は人間と変わらないと言うか、むしろちょっと成長が早いぐらいなんだと。


 大人の時間が長いとは便利な生物と思ってしまう。非常に羨ましいと思ってしまった。


 だが、アイツには関係ないな。まず十六まで生き残れるかどうかの問題なのだ。


 と、そう言えばこの空気ならアイツについて聞けるかも知れないな。下手に名前を出すと殺し屋として狙っているのかとか、警戒されちまう恐れがあると、今の今まで話せていなかったのだ。


「なぁ? ユマ姫って知ってるか?」

「…………」


 と、俺の一言は、周りで俺達の様子に聞き耳を立てていた周りのエルフ達も含めて、全員を一斉に沈黙させてしまった。

 マズったか? と思ったのも一瞬。スゲェ勢いで食いついてきた。


「ど、どこでその名前を知った!?」


 聞けば、城を脱出したユマ姫を拾ったのもこのファーモス爺らしいのだ。

 何つー偶然だよ。


 俺は結局、そのまま集会場に集まった皆の前で事の顛末を話すことになった。

 ソノアールって人間の村でユマ姫と出会って、ハーフエルフの村。えーとピルテ村だっけ? やべぇ記憶が曖昧だ……そこでグリフォンって化け物と出会って退ける。

 その後、スフィールへ行くも領主のグプロス卿の陰謀でゼスリード平原で襲われ、そこに再びグリフォンが襲撃。逃げ延びるもユマ姫と離ればなれになり、俺はユマ姫の妹の秘宝を追って再びゼスリード平原へ。

 そこで、またまたグリフォンと死闘を演じるも、秘宝を奪われ大森林まで追ってきた。


 一方でユマ姫はスフィールの隣、ネルダリアの領主の庇護下で王都に向かっている最中。いや、今頃は王都に辿り着いた辺りだろうと説明していく。



 改めて語るとなんとまぁ大冒険だ。たっぷり何時間も話し込んで俺もそろそろ眠い。だが皆が真剣でどうにも明日にしようぜとは言いづらかった。


「生きておったか……」


 呟いたファーモス爺は魔道具の青白い明かりの下で、ポロポロと泣いていた。

 爺さんばかりじゃない、村の皆が泣いていた。

 それだけで無く、中にはユマ姫と一緒に旅立った若者達の両親も居て、息子を知らないかと詰め寄られた。

 だが、ユマ以外唯一の生き残りだった青年の様子から絶望的、その青年も恐らくは大岩蟷螂ザルディネフェロに殺されているとあって希望は無かった。


 村長なんかは大事な一人娘が一緒だったとかで、何度となく特徴を説明して来た。だが俺は馬車に乗ってた訳じゃ無いし知りようが無い、残念ながら死んでるものと思われた。


 どうも村人に若いのが少ないと思ったら、そう言う事情があったらしい。

 しんみりとした空気の中。若者達はユマ姫を守って死んだんだと、遺族は子供達の死を悼んでいた。


「ユマ姫を守って貰って、この村まで守って貰った」

「ああ、タナカさんは俺達のヒーローだ!」


 そんな声が聞こえてくるが、俺は俺の仕事をしただけ。加えて言えば、アイツはエルフの姫である前に、俺のマブダチでもある。


「よしてくれ、俺はそんなんじゃ……」

「照れるでない、少なくともセレナ様の秘宝を追って大森林の奥まで追ってくるなんぞ、仕事の内ではないじゃろう?」

「流石、謙虚でシビれるぜ!」

「オイ! 誰か空飛ぶ妖獣を見た奴は居ないか? タナカさんを手伝うんだ!」


 そんな調子で祭り上げられてしまう。

 マズいな……なんて言うか、どんどんと大げさになっている。


「タナカさん、是非、家に泊まっていってくれ」

「あ、ああ……」


 村長に請われ。俺はパラセル村を拠点にグリフォンを探すこととなった。

 しかし、完全に祭り上げられちまったな……面倒なことにならないと良いんだが。

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