閑話 シャルティア
時はユマ姫がカディナールに投獄されていた頃。
シャルティアはルージュの屋敷で治療を受けていた。
真っ白な部屋に格子が嵌まった窓。ドアには鍵が掛けられ、中からは開けられない。治療の為と言いつつも実態は監禁状態であった。
(困ったわ……このままじゃ約束を果たせない)
シャルティアが思うのは、ユマ姫との約束。裁判でユマ姫に有利な証言をするというもの。
だが、監禁されていてはそれも叶わない。
(誤算だったわ……)
自分はカディナール派の主要メンバーとして、もっと信頼があるかと思えば早々に監禁されてしまった。
かと言って、裏切りが発覚した訳では無い。
どうやら真実カディナールは自分の事を血の気の多いただの女の子としか思っていないのだと、シャルティアはようやく気が付いた。
(もう、信じられない馬鹿ですわね……)
七年前、ボルドー王子の婚約者ルミナスをギラつく視線で見つめていたカディナール。
その目に映るのは間違い無く狂気だった。手に入らない玩具の様にルミナスを見ていたからだ。
そこに声を掛けたシャルティア。それから一貫してシャルティアは王子の依頼をこなしてきた。
(なのに、カディナール王子は私を単なるメッセンジャーで父の使いと勘違いし続けた。だから口封じと父への人質を兼ねて、監禁されてしまったんだわ)
目の前で剥製を作ったり、自慢の騎士を打ち倒して見せたりもしたと言うのに。度し難い愚かさだとシャルティアは目眩すら感じていた。
(初めは自分と同じだと思ったのよね……)
そう、初めて出会った時は、綺麗な見た目に中身はドロドロの悪意が詰まったカディナールを見て、ある種、自分の同類だと認識したシャルティア。だが、もっと自分に近い存在が現れた。
(ユマ姫! 私の愛しい人。だからこそ負けたくなかった、だけど!)
結果は完敗。
そもそも勝負にもなっていない、相手は隠れている自分の場所を瞬く間に探し当て。どこまでも誘導する魔法の矢は防ぎようが無い威力を誇っている。
対策として、遮蔽物の多い墳墓に魔力を阻害するネズミをばらまいて、地の利を生かし、人質まで使って。
それでも結局勝てなかった。
(それも当然。ユマ姫は私が唯一勝っていると思っていた殺戮への渇望と狂気すら、遙かに上回っていたのですもの)
そんな相手があんなに可愛らしいなんて。
彼女に殺して貰えるなら最高の最期だと思える。
いや、最高の最期にするためにはしっかりと『仕事』をしなければ。
幸い洗脳の魔法は自分には効いていない。あの頭の足りないカディナール王子の事。すぐに追い詰められて自分を呼ぶのでは? と思っていたが案の定だった。
「出なさい、シャルティア! あなたに証言をして貰うわ」
ルージュが呼ぶ声が聞こえた。シャルティアは笑って席を立ち上がった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
証言は終わり、全ては解決した。後はユマ姫に殺して貰うだけ。
シャルティアは一人、監獄の中で待っていた。
囚われている部屋は貴人としてはあるまじき質素な牢屋だが少しも気にならない。
がらんどうの部屋の中、手足は縛られ、ひとつだけしか無い椅子にポツンと座らされている。
見捨てられたかの様な扱いであったが、目当ての人は必ず来る。そう信じられた。
カツンカツンとその軽い足音だけで、それがユマ姫だとシャルティアは解った。いや、そのずっと前から、輝く様な銀色の魔力の渦を感じていた。
「シャルティア、居ますか?」
「ええ、居るわ」
魔力視で見るまでも無く、ユマ姫はたった一人。殺人鬼相手に差し向かいで面談するなんて、どんな無茶を言えばまかり通るのか? それだけ自分との最期の時間を特別に思ってくれたのだと、シャルティアは歓喜に沸いていた。
「私に殺されたいと言うのは本心ですか?」
「ええ、勿論」
シャルティアは恍惚の笑みで答える。しかし、それを見たユマ姫には一分の動揺も無い。平然と質問を重ねた。
「では、殺し方に希望はありますか?」
「いいえ、貴女の好きな様に」
「でも毒で殺されるのは嫌でしょう?」
そう言われシャルティアは眉をひそめた、あれだけ毒殺もしてきたと言うのに、その可能性を少しも考えていなかった。
切り裂くように、嬲り殺しにしてくれる物と思い込んでいたからだ。
「そうね、毒では貴女が殺した事にならないわ。刃物か鈍器、もしくは魔法で殺して欲しいの」
「そうですか……その前に、一つ試したい事が有るのですが良いですか?」
「どうぞ」
元より贅沢が言える立場では無い。
なにより、シャルティアは先ほどのセリフでユマ姫がどこまでも自分と同種だと、愛する者に手ずから殺されたいと言う感情さえ理解していると解ってしまった。
そんな理解の上でなら、ユマ姫がどんな選択をしようが悔いは無い。
自分が嫌がると知って、それで敢えて毒殺を選ぶなら、それはそれで満足出来る死に様と思えた。
「では失礼して」
ユマ姫はそう言ってシャルティアに顔を寄せると。
――キスをした。
「!?!? な、なにを?」
目が見えないシャルティアには、それは全く唐突に感じられた。
見えていたとしても意味が解らなかったに違いない。
一方で、ユマ姫は赤く染まったシャルティアの様子をマジマジと観察する。
「どこかおかしな所はありませんか? 急に心臓が痛くなったりとかは?」
「何を言っているのか解りませんわ!」
「いえ、キスをした人間や、しようとした人間が死んでいくので、そう言う呪いでも掛かっているのかと思いまして」
それはユマ姫にとってみれば『偶然』の検証の一つだったのだが、シャルティアには運命に翻弄された悲しい少女の狂気に感じられた。
「貴女のキスで死ねるなら、これ以上無い素敵な死に方だと断言しますわ」
掛け値無しの本心で思う。それに対して、ふむ……と考え込んだユマ姫はとんでもない事を言い出した。
「では、今度は舌を入れてみましょう」
「え? んっ! むぅ」
理解不能だった。生まれた時から殺す事だけを考えていた自分に、それを誰よりも理解している少女から、文字通りの命を預ける様な奇行。
「あっああ!」
シャルティアは潰れた目からはらはらと涙を零す。
両親すらも自分を理解してくれないと言う思いを抱えて生きてきた。それが遂に理解してくれる人間が現れただけでなく、まさかこうやって受け入れて貰える等、想像だにしていなかった。
一方でユマとしては受け入れたつもりは毛頭無く、投げやりになっていただけで有ったが、それでもシャルティアの事はなんとなく理解して、舌を噛んでこないだろうと思っていた。
「死にませんね」
行為の後、ケロッとした顔で様子を確認するユマ姫だが、一方でシャルティアはキスだけで腰砕けになっていた。
「あ、うぅ……」
「少し経過を見たいですね、その間に人形遊びをしませんか?」
両の手を合わせて、無邪気な笑顔を浮かべ、首を傾げておねだりする。
そんなユマ姫の仕草は誰が見ても愛らしいモノだった。
年上の女性へと、子供っぽいと笑われるのを心配しながら、なお人形遊びをねだるその様子が、光差す花畑の中だったらどれだけ平和で美しい光景だっただろう。
だが、ユマ姫がシャルティアに持ちかけたのは、狂気と恐怖の提案だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シャルティアは回復魔法に感嘆した。もう二度と戻らないと思った光が両目に戻ったからだ。
同時に、あれだけ強かった死にたいと思う気持ちは消え失せ。生きて居たいと思える様になった。
それは断じて『目が見える様になったから、生きる希望を取り戻した』等と言う都合が良い物では無い。
(なんて! なんて良い顔をするの!)
シャルティアは墳墓でユマ姫の可愛らしい悲鳴を聞き、眼球を喰らった。
あのユマ姫をココまで追い詰められるのは自分しか居ないと言う自負があった。
それがどうだ?
いま目の前にある、カディナールの方が遙かにユマ姫を追い詰めていた。
ただし、カディナールは手も足も出していない。
否、出せない。
声一つあげられない。
カディナールはただソコに在った。
ただの肉塊になり果てて。
「こんなになっても……死ねないの?」
震えていた、真っ青になって。
歯の根は合わず、それでも必死に回復魔法を掛けて、その様子を観察し、自傷行為の様に自分から打ちのめされていた。
(ああっ! なんて! 愛おしいの!)
シャルティアの脳は沸騰する程に茹で上がった。それは墳墓で眼球をかみ締めた時以上の興奮であった。
ユマ姫は切り刻まれ、小さくなったカディナールに、自分の死、それ以上の絶望を見ていた。
きっと大切な人が『こう』なることを想像しているのだ。
シャルティアは殺し殺される事しか頭に無かった自分を恥じた。ただ彼女の横に居るだけで、殺し以上の快楽を得られると解ったからだ。
同時に、シャルティアはすっかりサディストになってしまった自分を自覚した。ユマ姫の絶望も、痛みも、全てが愛おしかった。
ただし、もう直接痛めつけようとは思えない。そんな痛みでは彼女はめげないし、折れない。
ただ、横に居るだけで。自傷行為の様に彼女は自分から傷ついていく。
だったらずっと一緒に居たいと、今更にそう思った。
実は、シャルティアはカディナールがなんだかんだ嫌いでは無かったので、鋭い刃で痛くないように切り取っていた。
それは『なるべくスグには死なないように、ちっちゃく切り取る』と言うユマ姫のオーダーとも一致したので、実は見た目よりカディナールに痛みは無いとシャルティアは知っている。
恐らく、今の自分がどうなっているのかもカディナールには解らないのでは無いかと思っていた。
実の所、もっと苦しい死に方の方が普通である。
例えば、何年も四六時中、痒みや痛みに苦しむ薬が存在する。見た目もイボだらけになって絶望し、自分から蟄居してくれるので病気療養と称して廃嫡するのに使われる薬だ。
正に今回のケース、ユマ姫が何も言わなければ使われたのではないだろうか?
だが、ユマ姫が選択したのは見る方ばかりが痛い、自傷行為の様な処刑方法だった。
その悲しい少女の生き様に、シャルティアは完全に惚れ込んでしまった。
「是非、お供させて頂きますわ!」
だから、カディナールを殺した後に、一緒に帝国の魔術師に挑んで死にに行かないかと誘われた時は、天にも昇る気持ちで即決した。
これこそがユマ姫なりの、事実上のプロポーズの様に思ったからだ。
その前に、世話になったキィムラ男爵と寝ると言われても、少しも気にならなかった。体よりも命で繋がった繋がりこそが、至高の関係だと信じていたからだった。
――だが。
「ねぇ、はやく、わたしを、殺して」
寝室の奥で二人を覗き見るシャルティアは震えていた。いや、もうその名前は捨ててシャリアちゃんとして両親に挨拶も済ませたのだが。
全てを忘れるほどの衝撃を受けていた。
コレこそが究極の愛の告白なのだと、目からは涙が溢れ、切なさに胸が震えた。
そして、目の前で一人の男の手に掛かって、大好きな少女が死んでいく。
覚悟の重さを知っているからこそ、それを見ている事しか出来ない自分。制御できない感情にどうにかなりそうだった。
もし、それを木村が聞けば、NTRと言うジャンルの一種と揶揄しただろう。全くその通りなのだが、特殊過ぎてシャルティアには理解のしようも無かった。
そして、結局ユマ姫を殺す事すら出来なかった木村に、苛立ちと、嫉妬と、羨望と、良く解らない感情がない交ぜになった思いを抱えてしまう。
今まで、全てを殺戮で解消してきたシャルティアだったが、殺してくれると言う約束も、一緒に死ぬという約束も、全てをフイにされたと言うのに、それでもユマ姫にもキィムラ男爵にも手を出すことが出来ず、ジッと複雑に狂気が混ざった目で見つめることしか出来なくなってしまう。
それがシャルティアの性癖として根付いてしまった為だ。
それをシャルティアが自覚した時。「なんて神様は残酷なの……」と生まれて初めて神を恨んだと、後にユマ姫に打ち明けている。
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