木村の独白
俺は商会本部の執務室で考えを纏めていた。
思うのは俺の親友、高橋の事だ。
と、言っても今生の奴はエルフのお姫様。そして俺の恋した相手でもある。
「はぁ……」
ため息と共に机に突っ伏した。
キツすぎるだろぉ……神様は俺に何の恨みがあってこんな嫌がらせを……
いや、冷静に考えれば年齢は合うし、多くの運命を巻き込む人物と来れば彼女しか居ないとも言える。
田中と知り合いだったというダメ押しまで考えれば、俺の洞察力をもってすれば自明であったハズ。
それでも俺は、アイツがユマ姫だとは欠片も想像していなかった。
それは何故か?
俺にとっての高橋は『普通』を絵に描いた様な少年なのだ。見た目も、考え方も、能力も。
実際、友達になる前はつまらない奴だと思っていた。孤高のサムライを気取っていた田中に気まぐれに声を掛けた時、田中にくっついてる無個性な奴が高橋だった。
友達になって、よーく観察してみれば、その不思議さがわかってきた。異様な運の悪さは勿論、なにより自分から普通であろうとする事が異様なのだ。
中学生と言えば、誰もが自分だけの個性を求める年頃。中二病って奴の正体である。
だが逆に高橋は自分を没個性に落とし込むことに腐心していた。
俺はその理由を自分なりに分析し、田中に披露した事がある。
「俺、思うにアイツが普通であろうとする理由って周りにあると思うんだよな」
「突然だなオイ、陰口か?」
「ちげーって、いや、オカシイだろ? web小説を読みふける中学生がいかに自分が『普通』であるかに拘るのはよ。アイツの趣味を考えれば、家で黒龍召喚の儀式をしてても驚かねー程なのによ」
「封印された力って奴か? アイツが言うと不気味に感じるがな」
「いや? そうか? アイツは普通だろ?」
「そうかよ?」
「そうだよ」
時間は昼休み、俺は田中の前の席を借りて田中のノートに図を書いていく。
「アイツの運の悪さは異常そのもの、で、アイツは常にドブに嵌まったり、車に轢かれそうになったりするだろ?」
「まぁ、訳がわからねぇが、そう言うモンだと思うしか無ぇんだよな」
「それよ! 理不尽なアイツの運の無さを周りは理解出来ない。だからこそ、その原因を高橋に求めちまうのよ」
「ははぁ、そう言う事か」
「そ、アイツが酷い目に遭うのはアイツが変な事をするからだってな。犯罪被害者が叩かれる『公平世界仮説』に近いモノがあるな」
「難しい言葉は解んねぇけど、言いたいことは解るぜ。なるほどね、オモシレェな」
「だろ? 皆がそう言うから、酷い目に遭わないようにアイツは自分をドンドンと普通にしていった、それがお前の目から見ていっそ異様に映るって事よ」
俺は自分の持論に自信を持っていた、田中が奇妙だと言う高橋の秘密に迫った気がしたからだ。
だが、田中は若干呆れ気味に笑って、俺を見てくる。
「ま、お前はそう言う考察をするの好きだよな、アニメとか小説でもよ」
「真面目に考察しなきゃ、なんだって楽しくないだろ?」
「でもよ、そうやって頭でっかちに考えると本質からドンドン遠ざかる様な気がするぜ、それに肝心のアイツの運の悪さを説明出来てない」
「マジで、たまたまって事は無いか?」
「どうかな? その謎を解かないと、きっと真実には辿りつけないぜ?」
「難題だなオイ!」
……この時の俺は、そんな冗談みたいな疑問が、まさか神ですら匙を投げる程の謎だとは思ってもみなかった。
だが、高橋が普通であろうとする理由に関しては、今でも自信を持っている。
最早、体に染みこんだ本能みたいになっちまって、運の悪さなど気のせいだと言っても普通である事を止めようとしなかった。
……なのに、今生のアイツは普通からは程遠い。これは何故だ?
決まっている! 前世の普通の中学生として生まれた時とは全てが違う。
エルフのお姫様なんて、どこを基準に『普通』とすれば良いか解りはしないのだ!
「まさかっ!?」
その時、俺の背中を薄ら寒いモノが駆け抜けた。
そうだ……だったらアイツは何を自分の『普通』の基準にした?
エルフのお姫様。地球じゃ荒唐無稽な存在だが、アイツが愛するフィクションの世界では、枚挙に暇が無い程に溢れかえっていた。
そんな『主人公』みたいな癖が強いキャラを自分の『普通』に設定してしまったとしたら? だったらアイツはどうやって生きてきたのだろうか?
ソレこそストイックに知識を蓄えたり、魔法の練習を重ねたりしたんじゃなかろうか?
思えばアイツの魔法は如何にも便利過ぎる。
全てのエルフにあれ程の力があれば、エルフの文明は人間界へ強い影響を持っていたのでは?
だとしたら、アイツの魔法の腕前はエルフの中でどの程度のレベルにあるのだ?
アイツは自分の魔力を大したことが無いと言っていたが、自分の腕前を語る時、基準にしていたのは同じ王族である家族だった。
しかし、エルフの最強血統を誇る彼らも当然に一級の魔力を誇っていたのでは?
そんなアイツが「魔法の制御には自信ニキ」とか懐かしいネットスラングで
そして、そんなアイツが精神に干渉する禁術を「制御がめんどくさい」と言ったのだ。
その難易度は一体どれほどなのか?
黒き魔女クロミーネ、いや黒峰さんは魔力を能力として貰った?
でも、彼女は俺や田中と同じ条件。寄る辺ない身でこの世界に落とされ、加えて身体的特徴は人間のソレだ。
どうやって、誰から魔法を習うというのか? たまたま、エルフの師匠なりに師事する事が出来たとして、どうして小さい頃から英才教育を受けて育ったユマ姫以上の魔法が使えると言うのだ?
――何かがオカシイ。
俺はその疑問を解消するために、詳しい話をアイツに聞きに行くことにした。
とは言え、相手はお姫様。手ぶらと言うわけにも行くまい。俺が選んだ手土産はカレー粉だ。
たかがカレー粉と言う無かれ、香辛料は極めて貴重。
それゆえに今まで香辛料として使われていなかった山椒や柑橘類の皮を干したモノが、俺の商会で手軽な香辛料として大ヒットしているぐらいなのだ。
代替品が見つかって従来の香辛料の値段が下がったかと言われれば逆。皆が香辛料の重要さに気が付いた結果。余計に皆が質の良い香辛料を買い求め、珍しい香辛料を試そうと言う気運の高まりから、その値段は上がる一方。
で、そんな南方の珍しい香辛料を山ほど使うカレー粉は極めて高価な食べ物だ。更に言うと、カレーにおなじみの香辛料の幾つかはこの世界では薬の一種として使われるモノで、料理に使うなど勿体ないと言われる始末。
つまり、ユマ姫とは言え早々食べられないのがカレーなのだ。
金を積んだところで街で簡単に手に入るモノは無いので、俺の商会のツテが頼り。
コイツを持っていけばちょっとデカい顔で話を聞けるだろう。
ちなみに、なぜアイツがそんなにもカレーを食いたがるのか?
どうやら馬鹿になった舌でも刺激的なカレーならばちょっとは味を感じる事が出来る上、香りが強烈でそれだけでも楽しめる。
加えて様々な食材を一遍に摂れて、健康にも良く、なぜか自覚出来るほどに元気になると、あの顔でねだられてしまえば嫌とは言いにくい。
元気になる理由を本人も不思議がっていたが、そこに意外な人物から興味深い意見が飛び出した。
魔力が見えると豪語するシャルティア嬢である。
彼女曰く「ウコンやニンニクみたいな根菜には魔力がたくさん含まれていますから、魔力不足には良く効くんじゃ無いかしら?」と言う話。
だったら、芋で良いだろと思ったが、芋にはあんまり含まれていないらしい。
根と言うならゴボウを食わせてやりたい所だが見つからない。似た植物が有っても、えぐみが強い品種しかなく美味しくないのだ。これは調理法が悪いのかも知れない、だが誰も根っこなど食いたがらないのでさっぱり研究していなかったのだ。
で、カレー粉を持って王宮に乗り込み、手ずからカレーをコトコト煮込んで作成。カートを押して私室に直行した。
シノニムさんには外して貰って、ネルネちゃんはまだ療養中。シャリアちゃんはもう居ないモノとして腹を括る。
何せ、会話を聞かれても問題ない。俺は日本語でガンガン話し掛ける。
「どうよ? カレーも工夫してメッチャ旨くなってるんだけど? フィーゴ少年がガツガツ食う料理って中々ないのよ?」
「いや、確かに良い匂いだわ。旨そう」
「だろ? 飯が無いからパンとかクラッカーだけど悪く無いぜ? どうよ?」
「ん~?」
ユマ姫は難しい顔で、スプーンを咥え、唸る。
「いや、香りが良いし、楽しめるんだけどさ……」
「なんだよ?」
「香りが良いのに味を感じない違和感が凄いというか?」
「わがままだなぁ……」
「正直に言うと、カレー味のう○こってパワーワードを思い出してしまって一気に食欲無くなった」
「子供かよ!」
余りのくだらなさに、ツッコミにも力が入らない。
そのカレーに金貨何枚分の価値が有ると思ってるのか。
だが、高橋の下品な暴言は止まらない。
「でもさぁ、味が分からないからお前がコッソリう○こを混ぜていても、俺には解らないわけじゃん?」
可愛い顔でそんな事を口走る。完全なる風評被害。
「お前の中で俺は何時から異世界のスカトロマニアって業を背負い込んでるの? スカ○マニアだったら良いよ?」
「悪かったって、いや、香りで期待し過ぎた」
悪びれずそんな事を言う。
食いたいと言うから折角作ったのに! 真面目に腹が立ったので、う○こ連呼して嫌がらせ。
「そもそもカレー味のう○こって何だよ? それ、最早カレーだろ!」
「いや、逆はともかく、カレー味でもう○こはう○こだろ?」
「うーん、例えば高級コーヒー『コピ・ルアク』がジャコウネコのう○こって知ってる?」
「あ゛ー聞いたことあるかも、未消化のコーヒー豆が発酵してるんだっけ? う○こだけに」
「そ、だから同じ理屈で猿のう○こから出て来たウコンで作ったカレーがウンと美味しくたって不思議じゃ無いだろ?」
自分で言っててウコンがゲシュタルト崩壊しそう。
一方、匙を口に含んだままのユマ姫はピタリと静止する。
「……まさか、コレがソレじゃないよね?」
怯えた様子でこちらを窺うユマちゃん可愛いねー。
「いや、生産者表示が有るわけじゃ無いし、どうやって採取してるかはサッパリ」
俺はおどけた様子で肩をすくめてみせる。
コレは掛け値無しにホント。
でも、流石にう○こって事はないだろ……
だが俺の言葉に、ユマたんは渋い顔でカレーを遠ざけた。
「完全に食欲が無くなったんだが?」
「いや、折角心を込めて作ったんだし食べてよ」
「お前がクソみたいな事言うからだろうが! じゃあお前、猿のケツからひり出されたカレーでも食べれる?」
「え? 食べないけど?」
「あ゛~」
いよいよ、からかわれた事に気が付いたユマたんが文字通り匙を投げる。
いじわるし過ぎたかもだが、自業自得だろうが!
「で? ガチで食わないなら勿体ないから俺が食うよ?」
「……いや、折角だし食うよ」
「そんな無理することはねーよ、そう、ちょっと位ユマたんの唾液が入ってても、俺は気にしないし」
「は? キモすぎるんだけど!?」
「冗談抜きでさ、貴重なカレーだから俺も食いたいんだっての。無理して食わんでも良いって」
「そっか……うーん、やっぱり食うよ。考えてみればさ、俺自身がカレー味のう○こみたいなモンだろ?」
自嘲気味に笑う。
コイツはよー、急に鬱モードに入るの止めて欲しいね。
「言い得て妙だな。カレーのお姫様とう○こ高橋」
「ノータイムで俺がう○こなのな! 良いけどよ! どうせ俺はユマ姫のう○こだよ!」
「ん? ちょっと待ってくれ! う○こはう○こでも、ユマ姫のう○こなら話は変わってくるよ?」
「なんも変わんねーよ!」
ユマ姫が牙を剥いて、怒りのツッコミを入れる。うーむ、可愛い。
やっぱり高橋のツッコミは鋭さが違うね、敵わんわ。僕はボケ担当です。
「やっぱ生産者表示は大事。むしろ非常に価値が有ると言えないだろうか? 少なくても俺はカレー味なら間違いなくイケる」
「やっぱりスカトロマニアじゃねーか!」
渋面を作って怒るユマ姫。うーんたまらん。
などとイチャついて居たら、背後からシャリアちゃんの殺気が凄い勢いで飛んで来たので、そろそろ真面目な話をしよう。
カレーを食べ終えたユマたんに俺はカラダの調子を尋ねる。エロい意味じゃなくてね。
「で、義手を作るとして、義眼も要る?」
「要らないでしょ? 眼帯の方が格好いいし」
「だよな、どうしたってガラス玉だし」
この世界の技術じゃどうしたって不気味な印象しか与えないのだ。
だが、目には別の問題があるらしく、ユマ姫は眼帯越しに無くなった目を擦る。
「ソレよりもメッチャ痒いんだよ」
「痒い? ああ、そう言ってたけど幻肢痛の一種なの?」
「うん、痛いのはもう慣れたし我慢できるけど、痒いのは我慢してると頭がオカシクなりそうなんだよ」
「痒いのが痛いより辛いの? そう言うモン?」
「思うにさ、痒みを我慢出来るのは痒かったら掻けるからだと思うんだよ」
「なるほどね」
「無い左目が一生痒いのってマジ辛いよ? どんな痛みよりツライ。気が狂いそう」
「腫れてるんじゃねーの? 見せてよ」
「……良いけどさ」
グロテスクな眼窩を見せたく無いのか、逡巡したユマたんだが結局は眼帯をペロンとめくって中を見せてくれた。
よくよく考えれば、少女の穴の中。剥き出しの肉壁を見るのって何かエロい気がする。
一方で瞳があるハズの場所が暗い虚空しかないビジュアルは、違和感から脳がパニックを起こす様な不思議な感覚に襲われる。
奇妙な感覚に脳を左右に揺さぶられる。甘い物と苦いモノを同時に口に突っ込まれたみたいな……それでも俺はランプを近づけ、患部の様子をジッと確認する。
うーん、エロいしエグい! 俺は頭がオカシくなった。
――ペロッ!
「なっ! なんで舐めたの?」
ユマたんが顔を真っ赤にして抗議するが、そんなの俺にだって解らない。
「傷口を見たら舐めたくなるのが動物の本能だと思うんだ!」
「猿かよ! 馬鹿かよ! このスカトロマニア!」
引っ張るねーソレ。
「で、どこが痒い?」
「あ、痒くなくなったかも?」
ふぅーむ、精神的なものっぽいし、コレで治ってくれれば良いな。なにより照れてるユマたんの表情はいつ見ても可愛い。
「う゛ーとにかく、義手は早めに頼む!」
「解ったよ」
と、サイズを測りながら、魔法について聞いてみたが、結局重要な情報は得られなかった。
これについても「普通であろうとする高橋の謎」と『偶然』の関係と一緒だ。
黒峰さんの能力が魔法じゃないとして、だったら何の能力か見当がつかないのだから考えるだけ無駄と言えた。
取り敢えず、俺に出来ることは義手を作ることぐらいだ。
……しかし、本当にアイツはこんな義手で良いのか? 完全に雰囲気で選んでる気がする。
どうせ次に言い出すことは決まっているのだ。あらかじめ服と帽子も準備しておこう。
また要らない仕事を始めてしまったが、俺がデザインした服を着るユマたんの様子を想像すると、どうにも楽しくて熱中してしまうのであった。
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